前作との大きな変更点として、タバンとのやり取りと尊がこの世界でどう立ち回るつもりなのかの描写が追加されています。
ゲートホルダーなしで大丈夫なのかという心配も杞憂に終わり、無事に目的地のメディーナ村に到着できた俺は家主の魔物からこの村についての注意事項を受け、厄介ごとに巻き込まれないようそそくさと村を去りボッシュの小屋へと向かった。
直接ヘケランの洞窟へ向かっても良いのだが、ボッシュの元へ向かうのは洞窟を抜ける以外にトルース町へいける手段がないかを確認するためだ。ゲームの最初にリーネ広場で武器を売ってたから船かなんかでやってきたと思うんだが、あちらでは港がトルース町かパレポリ町の二つにしかなかった。
本当に洞窟を抜けてきたという線も捨てられないが、俺は船でやってきたと言う説を信じたい。
そんなことを考察しているうちに、俺はボッシュの小屋と思われる家に到着した。
「ごめんください」
扉につけられたカウベルを鳴らしながら足を踏み入れると、耳のような帽子をかぶり丸いサングラスをかけた老人が一人剣を磨いていた。
かつてPS版のエンディングムービーで見たあのボッシュそのものだった。
「おや、人が来るとは珍しい。ようこそ、ワシの工房へ」
「あなたがボッシュさんですか?」
「いかにも」
どうやら俺の知っているボッシュと同一人物で間違いないようだ。
そのことに少し安堵し、本題を切り出す。
「少し訪ねたいのですが、ここからトルース町へ行くにはどうしたらいいのでしょうか?」
「千年祭へいくのかね?」
「まあ、そんなところです」
「ふむ。普通ならば西にある港で船を使ってトルースへ向かうのじゃが、残念ながら次の定期船は明日じゃ」
「あ、明日!?」
おいおい、まだ時間的には午前中だぞ。いくらなんでも少なすぎるじゃないか? ……いや、そもそもこの大陸にはボッシュを除けばあとは魔族の村しかない。そう考えれば人間を運ぶ定期船がこの大陸に訪れるのは奇跡に近いのでは?
「あとは少し危険だが、北の洞窟からトルースへ抜ける方法がある。ま、ワシは明日まで待ったほうが安全だと思うがね」
これは原作と同じ流れだ。となると、修行を兼ねて洞窟を抜けたほうがまだ早いか。
話を聞いた情報料代わりにチタンベストとミドルポーションを5個購入し、俺はヘケランの洞窟へと向かった。
ちなみに余談だが、ポーションのラベルに書かれた文字が日本語だったのは個人的に安心した。なぜ日本語なのかは知らんが。
◇
「魔族の敵に死を!」
「人間は一人残らず滅ぼせ!」
「お前らそれしか言わないのか!? 死ねだの滅べだのうるせえ!」
洞窟に突入してどれほど経っただろうか、行く先々で現れる魔王のしもべたちが俺を見つけるなりやれ殺せだのやれ人間死すべしなど物騒なことをのたまっている。
それでも現れる数が常に2体以下なのは不幸中の幸いだろうか、どうにかMPを温存してサテライトエッジで対処できている。というかスペッキオの修行で受けた魔法の弾幕に比べたら圧倒的に楽だな……あれ、何だろう、悲しくないのに目から汁が垂れてきた。
それはさておき、今襲ってきた敵をどうにか蹴散らして3本目のミドルポーションを嚥下する(なお、味は昔コンビニで売っていたポーションに近いとだけ言っておこう)。
一応UG細胞改のオートリジェネである程度時間が経てば傷は完全に塞がるのだが、心理的にそれを待つ余裕がない。
しかし可能な限り見つからないようなんとかやり過ごしたりしてきたとはいえ、流石にこれ以上の消費はまずい。だが記憶にあるマップと同じ構造なら現在地からして出口はもう目と鼻の先だ。問題は門番をしているであろうヘケランをどうやってやり過ごすかだが、レベルアップで新たに得た力を使えば突破できないわけでもない。
ただ失敗すれば元の世界に戻る前にこの世とお別れをしなければならないだろうし、何よりクロノたちがこのヘケランから魔王とラヴォスについての情報を得るのだから倒してしまっては情報が伝わらない。
それに引き返すにしてもゲームと違って倒した魔物とは別の魔物がうろついている可能性もある。相当奥に入ってきた今、戻るのも厳しいだろう。
進めば博打。引けば博打。しかし同じ博打でも前者のほうがまだ勝算は高い。
「……ここまで来たんだ。腹をくくって行くか」
某蛇のように物音を立てぬよう道の先を覗くと、今までの魔物とは明らかに違う青い巨体のヤツ――大事な情報を持つヘケランがいた。しかも幸いなことに、俺に背中を向けている。
チャンスは今しかないと判断すると俺は一気に駆け出し、走りながら第一の策を実行する。
「『加速』!」
レベルアップによって得られた新たな精神コマンドの『加速』。これによりいつもより圧倒的に速い速度で洞窟内を駆け抜ける。
「んあ?」
俺の声が耳に入ったのか、振り向こうとしたヘケランを見てさらに幸いとばかりにヤツの真後ろへ回り込み、第二の策を実行する。
――ブーストアップ、起動!
身体能力を向上させるブーストアップを使用し、赤い彗星の如く通常の三倍速(自己推測)でヘケランを置き去りにする!
「へ? ――あっ、人間!?」
「遅い!」
気付かれはしたが、この身は既に安全圏だ。そのまま勢いを殺すことなく目的の水場へと飛び込むと体が何かに吸い寄せられるように進み、洗濯機に放り込まれたかのように視界がぐるぐる回転する。ヤベ、気持ち悪過ぎて吐きそう……。
少しの間そんな状況と戦っていると、不意に体がどこかへ飛びだし地面にドシャッと叩きつけられる。
しかしブーストアップの副作用と最後のスクリューが効きすぎたのか、俺の意識はそのまま闇の底へと沈んだ。
◇
「……知らない天井だ」
意識を取り戻した俺は見知らぬ部屋のソファーで横になっていた。とりあえずこういう時のお約束であろうセリフを呟く。
部屋の様子から病院といった医療施設ではなく誰かの家の中のようで、辺りには消毒アルコールではなくオイルの臭いが充満していた。窓が開いているのにこの臭い、絶対普通の家じゃないよな。
体を起こして辺りを見回すと、物陰で見えなかった先で帽子をかぶったガタイの良いおっさんが、見るからに怪しげな機械をいじくっているのが見えた。
「――ん? おぉ、気が付いたか」
おっさんは俺の様子に気づくと作業をしていた手を止めて首にかけていたタオルで汗を拭く。
……あれ? このおっさんどこかで見たような。
「具合はどうだ?」
「悪くはないです。えっと、俺はどうしてここに?」
「覚えてないのか? あんちゃん、うちの近くの岸でぶっ倒れてたんだぞ。しかも全身ずぶ濡れで、まるで打ち上げられた魚みてえにな」
全身ずぶ濡れ……ああ、そういえばヘケランの洞窟から脱出して地面に叩き付けられたんだった。
そこから先の記憶が飛んでいるが、まあこれは大した問題じゃないだろう。
「助けていただきありがとうございます。俺は尊といいます」
「タバンだ。こっちとしても無事で何よりだ」
おっさんの名前を聞き、思わず反応する。この世界において、タバンという名を俺は一つしか知らない。
――タバンって言ったらルッカの父親じゃないか。ということは、ここはルッカの家だったか。
初めて訪れた原作キャラの実家がまさか彼女の家になるとは……。まあ、だからどうしたという話なんだが。
ともあれ、体は何ともないのであまり長居するわけにもいかない。早々に立ち去るとしよう。
「お? もう行くのか?」
「はい。先を急ぎますので」
立ち上がった俺を見てタバンが尋ね、体を動かして体調が万全なのをアピールする。
大丈夫そうな様子に「そうか」と答えると、タバンは何かを思いついたように声を上げる。
「すまん、急ごうとしているところ悪いんだが、一つ協力してもらえないか?」
「協力……ですか?」
意外な言葉に確認するように問い返すと、タバンは先ほどまでいじっていた何かを持ってくる。一見ただの布のようだが、なんだこれは?
「こいつは俺が娘のために作っている防具の素材のひとつでな、特殊な耐火繊維の生地でできていて炎に対するダメージを軽減させる能力があるんだ」
「へぇ、すごいですね」
ということは、これがタバンベストやタバンスーツの元になるということか。ちょっと欲しい気もするが、助けてもらった上にこれをくれなど虫が良すぎるな。
「そこでだ、この生地を体に巻いて10秒ほど火炎放射に当たってみてくれ。どれくらい熱さを軽減できたかの感想が欲しい」
「……は?」
思わず呆けたような声が出てしまったが、それはきっと悪くないだろう。
まさかいきなり「これ体に巻いて火炎放射に焼かれてくれ」なんて注文をされるなど予想できるはずがなく、即答もできるわけがない。
改めてタバンが持つ生地に目をやり、それを体に巻いて火炎放射に晒される自分を想像する。
……まるで世紀末世界でヒャッハー!と汚物を消毒するかのように焼かれる姿が脳裏をよぎった。
しかもUG細胞改の効力でダメージが自動回復していくから焼かれながら再生するというまるで火口に落ちたカーズ様のような状態になりそうだ。
結局しばらく悩んだものの、助けてもらった手前断わりきることもできず、その生地を体に巻いて火炎放射の前に逝った。スペッキオのファイアを直に喰らったときに比べれば確かにダメージは低かったが、しばらく火がトラウマ物になるのは確定的だろう。
ところで肝心のテストはというと、タバンはその結果に満足したのか、先ほどまで炎に晒されていた生地を手に笑顔を浮かべていた。
「ありがとよ、あんちゃん! これで胸張って、娘に防具を作ってやれるってもんだ!」
「さ、さいですか……。じゃ、俺はこれで……」
俺は疲れた笑みのまま初めて訪れた原作キャラの家を後にし、街道に沿ってトルース町へと足を向ける。
のどかな道をのんびりと進みながら頭を切り替え、これからどう行動かを考察する。
まずこの旅における究極の目的は元の世界に戻ることだが、ゲーム的な発想から考えれば、おそらくラスボスを倒さなければどうにもできない可能性が高い。
クロノトリガーのラスボス――ラヴォスを倒すためのルートは全て頭に入っている。挑むだけなら今すぐにでも行けるが、その結末はどう足掻いても即死だ。レベル、ステータス、装備、どれをとってもラスボスに挑むのには致命的なまでに足りていないからな。
ならば原作チームに合流して進めれば?という考えもあるのだが、せっかく一人で活動できるのならいろいろやってみたいことがある。
特に古代で行方不明となるサラの救出は、かつてゲームを改造してでもやってみたいと思ったことがあるほどだ。
いつも画面越しの彼女が報われないなと思いながら先を進んでいたが、今の俺はうまく事を運べれば彼女を救うことができるかもしれない。
無論、最優先事項は元の世界に戻ることだが、その過程で助けられるタイミングがあるなら是非実行したい。
「……ただ、クロノたちより早く古代に行くのは難しいだろうな」
何せ原作で初めて古代へ向かうのが原始で恐竜人との決着をつけてからだ。もしクロノたちと合流して行こうとすればレベルや装備などの問題は解決されるだろうが、単独行動ができなくなり結局サラの結末が原作と変わらなくなる可能性が高い。
そう考えると、古代に行けるタイミングはティラン城が消滅しゲートに結界が張られるまでの間に限られる。おそらくそれを逃せば、もう助けられない。
「――ま、現状では行けるかすらわからないんだ。これについてはまた次の機会に考えよう」
とりあえずトルース町についたらヘケランの洞窟で魔物とやり合ったおかげで資金に余裕が出来たから、アイテムを買い溜めするとしよう。
そして歩くこと約10分。それなりに長い道のりだったと感じながらトルースの町に到着する。
予定通りグッズマーケットでポーションと万能薬、シェルターを5個ずつ購入し、続いて人の流れに乗って向かったのは千年祭の会場であるリーネ広場だ。
本当は少し祭りを楽しんでいきたいところだが、資金は大切にしなければ。中世に移動したら魔物を倒すなりなんなりして経験値と一緒に稼いでいこう。
出店を総スルーして一直線に向かったのは、原作で初めて使用することになるテレポッド広場のゲートだ。強くてニューゲームでは右側のポッドにカプセルがあると思って調べたら、いきなりラヴォス戦になると言う誰もが一度は通る驚きの事態が隠されているが、ここではそういうものは確認できずテレポッドの間にゲートが存在しているだけだった。しかし今まで特に気にしなかったがこのゲート、なんで途中から時の最果てを経由するようになったんだろうな。
それはさておき。時の最果てからこの時代に来るとき俺はゲートホルダーを使うことなく移動できたわけだが、その原因がまだ解明されていない。ステータスやアイテムを確認してもゲートが絡むようなものは見当たらない。一応仮説が三つほど浮かんだが、正直どれもあり得ると言いきれない。
考察その1.『ゲートホルダーなんていらなかった説』――物語の破綻につながるのでなし。
考察その2.『本当はゲートホルダーがいるけど偶然目的地にたどり着けた説』――あり得るかもしれないがゲートホルダーの存在意義に発展しそうなのでなし。
考察その3.『俺が異世界からの流れ者だから説』――都合がよすぎる。
しばらく考えてはみたものの、最終的に『わからないものはわからないが、使ってて問題がなければそれでいいか』という結論に至った(思考放棄ともいう)。
方針が決まったところで早速ゲートをくぐると問題なく時の最果てにたどり着き、とりあえずHPとMPを回復させるべく広場の方へと移動する。
「あれ? あなた、誰?」
広場に出たところで金髪ポニーテイルの少女に声をかけられ思考が一瞬フリーズする。
――どうしてマールがここにいる。
いや、おおよその見当はつく。おそらくクロノたちが原作通り未来のプロメテドームから時の最果てにたどり着き、ゲートを安定した状態で運用すべく3人パーティーを組んで移動するために残ったのだろう。
一方マールは自分たち以外にここに来る人間がいることに興味がわいたのか、じっと俺からの返答を待っている。
「相手に尋ねる前に、まず自分から名乗るべきじゃないかな? お嬢さん」
表面上はなんでもない風にそう返すが、お嬢さんなんて普段使わない言葉まで出てきたあたりまだ動揺しているみたいだ。
「あ、それもそっか。 私はマール。王国歴1000年からクロノたちと一緒に来たの。あ、クロノって言うのはここにはいない私の友達なんだけど――」
クロノとの出会いからここまでの経緯を聞いてみる――向こうが勝手にしゃべっているだけだが――と予想通り、原作通りの道筋を経て俺がここを発ってから少ししてやってきたらしい。
現在クロノたちは光の柱を通じて現代に戻っているとのことだが、ルッカの家を出たときには特になにもなかったのでおそらくまだヘケランの洞窟あたりだろうと予測してみる。
「――それで、あなたの名前は?」
ひとしきり喋り終わったマールが改めて尋ねてくる。
ここで答えなければ後が面倒になりそうなので、この世界で今の自分を現すのに一番通用しやすそうな答え方をすることにした。
「俺は尊。ただの迷子だよ」
「迷子? ゲートを通ってきたみたいだけど、どこの時代からきたの? もし私たちが知っている時代なら送ってあげられるけど」
迷子と言う言葉に反応して矢継ぎ早に言葉を発するだが、これは普通に答えていたら漏れてはいけない情報まで答えてしまいそうだ。
俺はマールを適当にあしらいつつ体力の回復を諦め、柱の間へUターンすると中世のトルースの裏山に通じるゲートを選択する。
直前までマールが何か言っていたようだが、聞こえないふりをして俺はすぐに移動を開始した。
◇
「……えっ?」
マールは言葉を失った。
新たにこの時の最果てに現れた黒髪の男――尊から話を聞こうとしたのだがまともに取り合ってくれないまま、また別の世界へと移動してしまった。
移動するだけなら自分たちもやっているので特に驚かないが、彼はゲートホルダーなどを使うことなくそのまま移動していった。
自分たちはいつもゲートホルダーでゲートが安定しているのを確認してから移動するのだが、彼はそのそぶりもなく流れるように移動したのだ。
「――ふう、戻ってこれた……って、どうしたのマール?」
「……あっ! みんな、ちょっと聞いて!」
しばし呆然としていると別の柱から現代より帰還したクロノたちが現れ、ルッカに声をかけられたマールは駆け寄るなり今目の前で起こった出来事を説明した。
その説明を受けてクロノ、ルッカ、ロボの三人はそろって「あっ」と声を上げた。
「ねえ、マール。もしかしてその人、チタンベストを装備してなかった?」
「えっと、装備してたと思うけど……どうしたの、ルッカ?」
「実はヘケランとイウ魔物が黒髪の人間にハ出しぬかれたが今度は油断せんぞと言ってマシテ」
「あとルッカの親父さんが黒髪のあんちゃんには本当に感謝しないとなって言っててさ」
「なるほど……。ねえ、広場のお爺さんに聞いてみない? もしかしたら何かわかるかも」
「そういえば、少し前にお客さんが旅立ったと言ってマシタネ」
「スペッキオも珍しい兄ちゃんがいたって言ってたわね」
「こうしてみると、関連性があるのは間違いなさそうだな。よし、話を聞いてみよう」
クロノたちが魔王とラヴォスの情報に加え尊の情報も集めることを決定したその頃、肝心の尊はと言うと――――
「あ゛ー、気持ち悪ぃ……」
トルース村の酒場で行われていた飲み比べ大会(賞金5000G)に参加して優勝したものの、飲み過ぎが祟って宿屋のトイレとお友達になっていた。
もう一話連投します。