さて、今回はガレットで過ごす日常パートを書いてみました。
これによってクロノ編に戻る話数が数話伸びてしまいましたが、お許しください。
それでは本編第21話、どうぞご覧ください。
「おらぁ!」
振るわれた獅子王双牙が体のぎりぎりのところを掠める。
体にダメージが通っていないことを感覚で確認し、手にしたハルバードで崩れた体制を狙い澄ます。
しかしそれは軽々と回避され、さらにそこから再びオーラで出来た爪が迫る。
「ちぃっ!」
横っ飛びで回避をするが、追撃は止むどころか速さを増してさらに鋭くなる。
獅子は兎を狩るのに全力を尽くすというが、俺は狩られるだけの兎で終わるつもりはない。
「『集中』!」
精神コマンドを発動させ、少しでも攻撃に対応できるようにする。
しかしこれも焼け石に水だ。精々勝率が3割から4割ほどになった程度に過ぎない。
それでもどうにか手にした武器で攻撃を受け流し、隙を見つけて蹴りを放つ。
「おっと!」
だがこれも寸でのところで防がれ、結局お互いの距離を開けるだけに留まった。
俺が少し肩で息をし始めたのに対し、あちらはまだまだ余裕綽々と言った風に笑みを浮かべる。
「なかなかやるじゃねえか。流石は異界の戦士ってところか?」
「なに、俺なんかまだまだだよ。現に、もう息切れが始まっているからな」
ガレットにやってきて二日目。今俺がいるのはヴァンネット城の練兵所で、当初は紋章術について手ほどきを受けようと思っていたのだが、その前にガウルが俺の実力を図りたいと言って攻撃魔法と『熱血』『勇気』なしの制約付きで戦っていたところだ。縛りを設定したのは、自分がそれなしでどこまで接近戦ができるのかを図るためである。
一応、現代社会から来たころに比べてかなり体力は向上していることは実感できるが、今手合わせしているガウルはまだ汗すらかいていない。
さらに予想していたとはいえ、俺は一人だと非力だという現実がここにきて改めて肯定されたようだ。この模擬戦にしても精神コマンドがなければ、とっくにやられていてもおかしくない内容だったし。
シンクはガウルと互角だったという話だし、それを考えると俺は戦力的にシンクよりも下ということになる。だとすれば俺のスペックは深刻な力不足であるということになる。彼の送還が最優先だとしても、後のことを考えればここまで弱いとなるとそうも言ってられないな。
そうなると今図書館で送還の資料探しをしてくれているサラにはそっちをメインでやってもらって、俺は日中は訓練に時間を割いて夜に送還の調査に取り組んだ方がいいのかもしれない。なんにせよ、やることは山積みだ。
「おっし、手合わせはこんなもんでいいだろ。あとは輝力の訓練だな。つっても、ミコトの場合は感覚がうまく掴めてないから不安定になってるだけみてぇだから、数をこなしゃあ大丈夫だろ」
「えらくアバウトだな」
「紋章術なんざそんなもんだ。繰り返して力の流れを体に叩き込んで、馴染んだ頃に反復練習で発動までの時間を短くする。ただ、勇者やサラさんは別だ。あの二人は完全に才能だけでものにしてるからな」
「ガウルも割と才能の面が大きいんじゃないのか?」
「アホか、オレはもっとガキの頃から輝力の訓練をやってんだぜ? 十年近く扱ってりゃ、もう自分の一部も同然よ」
なるほど。そういう裏付けに基づいて今のガウルがある訳か。才能で片付けようとしたのは少し失礼だな。
「んじゃ、気を取り直して紋章の訓練始めるぜ。紋章の出し方はわかるか?」
「大丈夫だ、昨日閣下に教えてもらった」
さて、確か紋章術はフロニャ力を集めて自分の命の力と混ぜ合わせることで『輝力』というエネルギーに変換する、だったな。そしてそれを利用してビームのような砲撃や身体強化、さっきのガウルのように爪のようなものを作り出すことができるなかなかになんでもありの技術だ。
この工程のほとんどがイメージを要求されるためレクチャーを受けた当初は簡単だと思っていた。だが実際やってみるとイメージにプラスしてフロニャ力を感じ取る感性が要求された。
それを踏まえたうえでの閣下に教わった簡単な手順だと――
「まず自分の紋章を発動させて……」
サテライトエッジを召喚するように念じると右手に黄緑色の紋章が浮かび上がる。よかった、昨日はここで既に手間取ったからな。
「うまくいったな? 次はフロニャ力をかき集めて、自分の紋章に流し込む」
ガウルの指示に従い、今度は大気中に漂うフロニャ力を感じ取る。温かな感覚が紋章に惹かれ、そして蓄積されていくのを感じる。
すると先ほどよりも大きな紋章が自分の背後に出現し、辺りで見物をしていた騎士やガウルの親衛隊ジェノワーズから感嘆の声が上がる。
「やればできんじゃねえか。それじゃ、そのままもう一歩先にいってみっか」
ここからさらにフロニャ力をチャージして、初めて行うもう一段階先へと紋章を昇華させる。
すると背後の紋章から今までの比ではない存在感が現れ、目を向けてみると紋章がその姿を鮮やかに現し、力の奔流を放っていた。
「上出来だ! 後はそのままフロニャ力を輝力に変えて、武器に上乗せして空にぶっ飛ばせ!」
「武器に上乗せ……こう、か!?」
溜まったフロニャ力を輝力に変換し、サテライトエッジのブラスターを撃つイメージでエネルギーを空に向けて収束させる。
――が、俺の予想に反して変換した輝力はすぐに霧散し、まるで音のならないクラッカーを使ったような何とも言えない空気があたりに流れた。
それと同時に凄まじい疲労感が全身を襲い、俺は倒れまいとハルバードを杖にして耐える。
「な、なんでだ? 途中までいい感じに出来ていたのに……」
「どうやら輝力を収束させる段階でミスったみてぇだな。けどチャージは成功してんだから、あとは収束を反復して訓練すりゃなんとかなるだろ」
収束の段階か……ブラスターみたいにしようとしたのがまずかったのか? だとしたら次は別のやり方を考える必要があるな。手本を見せてもらってそれを参考にするか。
ひとまず輝力の変換によって疲労した体を休ませるべく、手近な木に寄りかかってそのまま座り込む。
「ミコ
ジェノワーズの虎っぽい女の子、ジョーヌが俺の様子を見て声をかける。ちなみにジェノワーズに俺が呼びやすい言い方で呼んでいいと答えたところ、ジョーヌとノワールが俺を兄と呼びだした。元の世界に妹がいたから特に抵抗はないが、ジョーヌみたいな呼ばれ方は少し新鮮だ。
「輝力を使ったんだから、当たり前じゃないのか?」
「いや。確かに紋章砲を使えば疲れるのは当然だが、ここまで疲れるのはおかしい」
「そうなのか?」
ガウルの回答に訪ね返すと、その隣にいたノワールも頷く。
「いくら模擬戦をした後でレベル3までチャージしたとしても、普通はまだまだ余力があるはず。けどお兄さんを見る限りでは、レベル3を数回は繰り返したような状態になってる」
「そうですね。まるで輝力武装を使い続けた後みたい」
なるほど、ベールの例えは言い得て妙だ。
確か要人誘拐奪還戦のときにシンクが輝力武装というものを使ってミルヒオーレ姫をコンサート会場まで送ったそうだが、無茶な使い方をしてしばらく動けなかったという話だ。
輝力を使いすぎて動けなくなったというのなら、今の俺もまさしくその状態にあたるだろう。
「まあ、どの道もうしばらく動けねえだろうから、ゆっくりしとけよ。オレぁゴドウィンともう少しやりあってくら」
そういってガウルは将軍に声をかけ、模擬戦を再開する。
輝力を使っているわけではないが、ガウルは身軽なその体を生かしてアクロバティックに攻撃を回避、さらにそこから追撃を仕掛けていく。
あの戦い方は俺にはマネできそうにないが、後学のためにゆっくり見物させてもらうか。
◇
「サラ様。お茶をお持ちしましたので、少し休憩をされてはいかがですか?」
「ありがとうございます、ルージュさん」
尊が練兵所で訓練を受けている頃、ヴァンネット城にある図書館の一角で勇者召喚に関する資料を探していたサラは作業の手を止め一息入れる準備を始めた。
フロニャ文字は最初こそ戸惑ったものの、尊と共に制作した早見表を見比べ続けたおかげか今やそれなりのレベルではあるが読み書きができるレベルにまで成長した。
呼んでいる本にしおりを挟み、メモが書かれた羊皮紙を一ヶ所にまとめたところへルージュがクッキーと紅茶を差し出す。
「サラ様。お茶には
「では、花蜜でお願いします」
「かしこまりました」
このフロニャルドに来てから初めて出来たサラの好きなものが、この花蜜を入れた紅茶だ。
ジールの紅茶も好きではあったが、フロニャルドの――特にビスコッティ産の――茶葉はそれ以上にサラの好みとマッチしていた。
差し出されたカップを受け取り、早速香りを楽しむ。花蜜によって一層よくなった風味が鼻腔をくすぐり、一口飲むと甘みが口いっぱいに広がり自然と頬を緩ませる。
「やはり、こちらのお茶はおいしいですね」
「同じことをミコト様も仰ってくださいました。自分が飲んできたお茶の中でもこれは特においしいと」
「そうだったんですか」
お茶の味に世界の壁はないのだなと思いながら、茶請けのクッキーに手を伸ばす。
サクッとした触感と共にバターの味が顔を出し、ささやかながら幸せな気分を感じさせる。
そんな様子にルージュも微笑みを浮かべながら、サラに話題を切り出す。
「調査の具合はいかがですか?」
「芳しい、としか言えませんね。調べる本のほとんどに共通しているのが勇者召喚自体行われることが稀有であり、異世界から召喚することができるが送り返すことができないということですね」
「一般的な情報しか見つかっていないということですか」
少し困った声で「そうなんです」と返すが、表情にそこまで深刻さは感じられない。
「ですがまだ始まったばかりですし、期限もまだ一週間近くあります。焦って肝心なものを見逃したら、それこそ本末転倒ですから」
「そうですか。 作業の手が必要なときはなんなりとお申し付けください。レオ様からも手をお貸しするよう申し付けられておりますので」
「わかりました。必要なときは頼らせていただきますね」
礼を述べてまた紅茶を一口。ふう、と吐息を漏らして召喚にまつわる資料を探しているときに見つけた一つの本を手に取る。
タイトルには『英雄伝説』と書かれており、内容はかつてパスティヤージュ王国――現パスティヤージュ公国――に召喚された勇者が当時の王であるクラリフィエ・エインズ・パスティヤージュと共に魔物退治の旅の果てに、人々に平和をもたらしたというものだった。
これだけなら童話や英雄譚で片づけられるのだが、その中に書かれた一文がサラの興味を引いた。
『姫と勇者には5人の仲間がいた。特殊な紋章術を操る魔王。退魔の兄妹剣士。癒しを司る聖女。聖女の守護戦士。
彼らは旅路の末に人々を脅かす巨悪を打倒し、世界を平和に導いた。しかし聖女と戦士はこの戦いが終わると天へと消え、姫もその後一人で魔物の討伐に向かって不治の毒を受けることとなった。
姫が亡くなったことでパスティヤージュは現在の公国制になり、勇者は彼女の遺志を継いで世界を見守りやがて魔王と共に長き眠りについた。
その後、人々は世界に平和をもたらした姫を英雄姫と、勇者を英雄王と呼び現代まで語り継ぐこととなった』
サラが注目したのは天に消えた二人のことで、何故消えたのか、どのような人物だったのかが気になったのだ。
もしこの二人が勇者召喚によって呼び出されたのであれば、天に消えた理由が元の世界に戻ったという可能性にも届き、何らかの条件を満たせばシンクにも適用できるのではないかと思った。
しかしこの本では英雄姫と英雄王をメインにしているためかそこまで深く語られることはなく、他の資料を探してみても同じ結果となった。
――そこまで重要な人物ではないのでしょうか? それとも資料がなさすぎるのかもしれませんね。
現状ではこの線から得られるものはないであろうと判断し、本を閉じると再び紅茶を手に取るのだった。
◇
翌日。尊とサラはリコッタたちの送還の調査がどれほど進んだのかを確認するべく、ビスコッティへと向かっていた。
今回は他国へ赴くということもあり、立場的な理由もあって二人だけの移動である。
しかしセルクルを一騎しか借りられなかったため、ミオン砦に向かう時のように二人乗りで森の街道を進むこととなった。
――ま、ヘイストで早く移動できることを考えたらこれはこれでよかったか。
「――ミコトさん、見てください」
サラの声に反応して輝力を消し前方に目をやると、シンク、リコッタ、エクレールの三人がビスコッティに続く街道から現れて別の方向に進もうとしているのが見えた。
「ちょうどいいタイミングですね。 おーい!」
尊の声に気付いた三人が二人に気付くと、嬉しそうだったり驚いたりと三者三様の反応を見せる。
エクレールが荷物を持っていることに気付き、サラが訪ねる。
「みなさん、どこかへお出かけですか?」
「はい。ダルキアン卿とユキカゼがいる風月庵という場所へ向かうところです」
「なるほど。 そこに行くの、俺たちもついて行っていいか? リコッタにはちょっと話しておきたいこともあるし」
「大丈夫でありますよ」
移動を再開してさっそくとばかりに送還に関する情報交換を行う。
学術研究院ではガレットでも行っている送還に関する資料探しと並行して、召喚の仕組みから送還に必要な情報の割り出しと新しい送還技術の構築を研究しているとのことだった。
後者二つは自分たちにできないなと思いつつ、それならもう少し希望が見えてくるかもしれないと尊たちはビスコッティの頭脳に期待を寄せた。
「ところで、みなさんはどうしてダルキアン卿の元へ?」
「差し入れを届けに行くところです。ユキカゼには新鮮な
「……ブドウ糖?」
「はい。葡萄桃です」
「……シンク、ブドウ糖って果物じゃないよな? なのに果汁ってどういうことだ?」
「僕も最初はそう勘違いしたんですけど、そっちじゃないです。葡萄みたいな実り方をする桃のことです。甘くておいしいですよ」
「ああ、なるほど。で、ダルキアン卿には酒か。あの人の雰囲気からして日本酒とかその類なんだろうな」
「日本酒? ミコトさん、それはどんなお酒ですか?」
「米と麹を発酵させて作る俺の国の酒です。おそらく、ジールにあったほとんどの酒よりも強いと思いますよ」
酒の力を借りてダルトンを洗脳したのはいい思い出だと心の中でつぶやいていると、道が開けて川が見え出した。それとほぼ同時に川のほうから激しい水音が聞こえ一行が何事かと視線を向けと、そこには狐のような女の子が網を手にして川の中に入っていた。
「あっ、ユッキー!」
その人物に気付いたリコッタが声をかけると、ユッキーことユキカゼ・パネトーネは顔を上げて笑顔を向ける。
「おやリコにエクレに勇者殿……っと、そちらはガレットのご客人でござるな。噂は聞いているでござるよ」
「ユッキーは魚獲りでありますか?」
「でござるー。さっき始めたばかりでござるよ。エクレたちは何用でござるか?」
「風月庵にお使いに向かうところだったんだ。ミコト殿とサラ殿とは、来る途中偶然にな」
「シンクの送還について情報交換のつもりでな。成果に関しては、まだまだといったところだけどな」
「そうでござるか。 そうだ、よかったらみんなもどうでござるか? 水が冷たくて気持ちいいでござるよ」
「魚獲り……」
「水遊び……」
ユキカゼの誘いにシンクとリコッタが目を輝かせ、くるっとエクレールに向き直る。
「「エクレ!!」」
「皆まで言うな……少しだけだぞ」
やれやれといった風に許可が出され、二人はハイテンションで川岸に直行した。
それに続いてエクレールと尊たちも移動し、小休止ということでセルクルから一旦降りることにした。
「ミコト殿とサラ殿は水に入らないのですか?」
「俺は少し寝かせてもらうよ。ここに来るまでずっと輝力の訓練をしていたから、ちょっと眠い」
「私は本を読みながらフロニャ文字の勉強をさせてもらいます」
サラが取り出した本を見て、エクレールが「へぇ」声を上げる。
「『英雄伝説』ですか。私もその本はよく読みました」
「私もこのお話が気に入りまして。少し気になるところもありますが、それも読み返しながら考えようかと」
「わかりました。何かありましたら、遠慮なく声をかけてください。では」
そういってエクレールは裸足になり、既に水辺ではしゃいでいるシンクたちの後を追った。
尊は水がかからずしっかりした岩場に移動すると、頭の後ろで手を組んで寝転がる。その隣にサラが移動し、足を崩して本を広げる。
「……平和だな」
シンクたちの声と川のせせらぎを聞きながら小さく漏れた言葉にサラも小さく微笑み、束の間の平穏に身を委ねた。
第21話、いかがでしたでしょうか?
ラストのシーンはコミック版のワンシーンです。
あちらではこの後シンクのラッキースケベが発動しますが、(本作では)そこはないです。
これからもコミック版のシーンを入れたりしますので、アニメしか知らない方にはコミック版の一読を推奨します。
ちなみに葡萄桃はどんな果物なのか書かれていなかったため、作者がかってに設定しました。
さて、次回こそJumper -IN DOG DAYS-の最新話(14話)に追いつかせます。
あちらも並行して更新できたらいいのですが、ネタが…………!
更新をお待ちしてくださっている方、本当に申し訳ありません。
それでは、今回はこのあたりで。
また次回の投稿でお会いしましょう。