「いやー、まさか万能薬が二日酔いにも効果があったとは……。教えてくれてありがとな、トマ」
「いいってことよ。あんたは万能薬の新しい使い方を知って、俺様はその礼に酒が呑める。ギブアンドテイクってやつだ」
時の最果てで体力やMPを完璧な状態にできなかったのと精神的疲労を癒すためにトルース村の宿屋に泊まろうとしたところ、偶然にも酒場で飲み比べ大会が開催されており、優勝賞金5000Gに目がくらんだ俺は後先考えず参加費200Gを支払ってジョッキをあおりまくった。
結果、優勝は出来たものの凄まじい吐き気と酔いに苛まれてトイレと仲良しになってしまったが。
と、そこへ声をかけてくれたのが自称世界一の探検家を名乗る男、トマだった。原作だと虹色の貝殻の場所を教えてくれる大事なキーパーソンだが、この時期だとトルースではなくサンドリノにいたような。
トマは気持ち悪がっている俺を見かねたのか、万能薬を持っているならそれを飲めと助言してくれた。
ゲームだと混乱とか混乱とかの状態異常にしか使う用途がなかったが、まさか日常生活のこんなところにも役立つとは……あれ、だったら何でガルディア21世は床に伏せったんだ? 万能薬で治せる病気じゃなくて過労か心労だったのか?
そんなことを考察しながら、万能薬の新たな可能性を教えてもらった俺はそのお礼としてトマに酒を奢ることにした。
「ところで、ミコトはこれからどうするんだ? パレポリ方面にいくなら早く行ったほうがいいぜ。近々、魔王軍の侵攻でゼナンの橋が戦場になるって噂だ」
「魔王軍が?」
「ああ。しかも魔王の片腕とされるビネガー将軍が直々に指揮を取るって話だ」
ゼナンの橋での戦闘とビネガーということは、直前に騎士団長へハイパー干し肉を届けるイベントがあるあれか。
あそこでの戦闘、ゲームではガルディア軍が終始押されっぱなしだったがクロノたちの加入を得て一気に巻き返すことが出来たんだよな。こちらでもおそらく数日以内にクロノたちがゼナンの橋に到着するだろうが、そうか。『あの』ビネガーを一目見るチャンスでもあるのか。
「なるほどな。まあ、大丈夫だろう。俺が得た噂によれば、ガルディア軍は優秀な戦士たちを呼び寄せたって話だ。まだ到着にはいたってないらしいが、ほぼ確定情報らしい」
「へぇ、それが本当ならガルディア王国も安心だな。 なら、俺は一足先に行かせてもらうぜ」
「そうか。それじゃ、次にあったらまた酒でも飲み明かそうぜ」
「おう。今度は割り勘でな」
ニッと笑みを浮かべたトマは後ろ手に手を振って店を後にした。
俺の予定としては適当に経験値稼ぎか情報収集なんかで時間を潰して、頃合を見て橋に向かうとするか。
クロノたちが攻略していたらそれでよし。交戦中なら恩を売ってよし。まだ来てなかったら……もう少し時間を潰すとしよう。確かに力はそれなりについてきたが、正直まだまだ心許ない。
そうと決まったら、今日はもう寝るか。宿代は先払いで済ませたから……あとはトマの酒代だけだな。
「えーっと、お代の方は…………え゛?」
伝票に記された額を見て、俺は石像のように固まった。
伝票には酒の銘柄とつまみの値段がつらつらと並んでおり、その下には非常に読みやすい字体で総計4980Gと記されていた。
ふと前方から気配を感じてブリキの玩具のようにぎぎぎと顔を上げれば、カウンターのお姉さんがニコニコと営業スマイルと共に手を差し出している。
高い、教えてもらった内容に対して本当に高い授業料を取られたと思いながら俺はトマを一発殴ることを誓いつつ涙を飲んで手に入れたばかりの賞金をお姉さんの手に乗せた。
さらば、俺の賞金。
◇
高い授業料に涙で枕を濡らした翌日、俺は既にクロノたちが攻略したマノリア修道院を訪れていた。
理由は二つ。まずクロノたちが取り損ねた宝箱がないかのチェック。あるならあるで遠慮なくいただき、今後活動していくための糧とさせてもらおう。
もう一つは単純にレベル上げと資金稼ぎである。ただ、このマノリア修道院はゲームだとクリアした後はシスターが一人お祈りをしているだけで魔物はいなかったはずだが、いたら儲けものと割り切るか。
仮にいたとしても序盤のダンジョンなので敵から得られる経験値は低いが、俺には精神コマンド『努力』がある。
これの効果で経験値が2倍となり、比較的に早いペースでレベルを上げることができる。実際、ヘケランの洞窟でもこれのおかげで一気にレベルを上げることができたからな。
などと思いながら修道院に足を踏み入れると、ゲーム通りシスターが一人ステンドグラスに向かってお祈りを捧げていた。となると、魔物はもういないのだろう。隠し扉も出しっぱなしだし。
そう判断した俺はシスターに一言断りお宝求めて奥へと進んだ。
~~~ミコト探索中・・・しばらくおまちください・・・~~~
用済みとなった修道院から出てきた俺は戦利品に頬をほころばせていた。
ダンジョン部分に入ってすぐにキングクリムゾンが起こった気がするが、何故か触れてはいけない気がするのでスルーだ。
予想通り、魔王の像が置いてある部屋の宝箱が手付かずになっていた。おかげでプロテクターとスピードベルトを入手できたので、さっそくスピードベルトを装備する。
ゲームと違ってアクセサリは干渉さえしなければ複数装備できるみたいなので、リング系やイヤリング系は進んで装備するようにしよう。
しかし予想以上に早く終わってしまったな。ゼナンの橋の攻防までまだ時間があるはずだからどこかで時間をつぶした方がいいのだろうが、この当たりでレベル上げできる場所と言えば……。
「ガルディアの森しか残ってないな」
仕方ない、小遣い稼ぎついでに訓練といこうか。サテライトエッジの武装もハルバードやツインソードの近接武装ばかりでなくブラスターやボウの遠距離武装も使わないと。
そんな訳で、ガルディアの森にいるまるまじライダーには尊い犠牲になっていただこう。
~~~ミコト訓練中・・・しばらくおまちください・・・~~~
ある程度狩り終えたところでステータスを確認する。
なんかまたキンクリが発生した気がするが、今回もスルーだ。宇宙の法則が乱れそうだし。
さて、今回の訓練で技ポイントがそこそこ溜まり、それなりの回復力を持つ魔法『ケアル』を習得した。これでポーションの節約が出来るな。
資金に関しても塵が積もって大金になったおかげで一先ず昨日の酒代の半分くらいは取り返せた。ただレベルに関してはやはりもらえる経験値が少ないのがネックになっているのだろう、18のまま止まっている。
しかしゼナンの橋に現れるボス、ジャンクドラガーを『努力』付きで倒せば間違いなくレベルは上がる。うまくいけば20にもいけそうな気がするが、流石にこれは運だな。
さて、流石にゼナンの橋の攻防はまだのはずだから一度トルース村の宿に戻って休むとするか。
そう決め込んで森を抜け、何気なく橋の方角へ眼をやる。
――――――橋の上のそこかしこから、黒い煙が立ち込めていた。
「……ちょっとまて!? まさかもうイベントが始まってるのか!?」
しかも黒煙は橋の半分以上から上がっているではないか。
どうする、当初の予定通りクロノたちの有無で行動すべきか? いや、元々そのつもりだったから何ら不都合はないはずだ。ちらっと戦況見てから行動を……。
などと考えていると、またひとつ橋から新たな黒煙が立ち上った。
「――ッ、ああもう! 見捨てたら寝覚めが悪くなっちまうじゃねえか!」
なまじ力があるのも考えものだと思いながら俺は最初の予定をすべて破棄し、橋の方へと駆け出した。
◇
ゼナンの橋はガルディア軍と魔王軍の攻防で地獄の体を表していた。
兵の質自体はガルディア軍が圧倒していたものの、それを上回るほどの兵力が魔王軍にはあった。
いかに歴戦の戦士と呼ばれるガルディア軍も倒してもきりがない軍団に疲弊して各個撃破され、ついには最終防衛線まで押しこまれる事態となった。
しかしそこへ現れたのがかつてリーネ王妃を救いガルディアの窮地を救ったクロノ一行だ。
彼らは人間から失われたとされる魔法を駆使し、その圧倒的な力で魔王軍をぐいぐいと押し返していた。
「くぅ! 人間のくせに魔法を使うとは!」
これに動揺したのが魔王軍前線指揮官のビネガーだ。
数で押し込もうとしたりガルディア兵の死体を魔物に変えたりと策を巡らすが、あの一行はそれをものともせず自分へと向かって来ていた。
「もう後はないぞ!」
「抵抗なんて無駄なんだから!」
「大人しく観念なさい!」
「ちぃ! 生意気なことを! ワシがこのまま引き下がると思うか!?」
ついに反対側まで押し切られたビネガーはクロノたちの勧告にそう返すと魔法を使い今まで倒された骸たちを集め、自分の前に押しやった。
すると骸たちは混ざり合い、やがて一つの巨大な姿を成し始める。
「くひひ! ワシを追いたければこいつを倒すんだな! いでよ! ジャンクドラ――ぐはぁ!?」
突如、クロノたちの後方から光の光弾が飛来しビネガーに直撃する。
痛みにのたうちまわるビネガーを無視して何事かと思い振り向いた先には、チタンベストを纏った黒髪の男がクリアブルーの刃がついたハルバードを携えて現れた。
「――不意打ちで失礼するが、初めましてだな。ビネガー将軍?」
◇
「み、ミコトさん!?」
「よお、マールちゃん。その二人はお仲間か?」
緊張と震えを押し殺し、俺はマールに軽く返しながら3人の前で足を止める。
しかし、まさか既に戦線に加わっていた上にもうここの終盤とは……予想以上の早さだ。
ちなみにさっきビネガーに打ち込んだのはサテライトエッジのボウモードだ。威嚇のつもりだったんだが、まさか直撃するとは。
背中を冷や汗が伝うのを感じるが、同時に気持も高揚してくるのを感じる。
「あれを倒すんだろ? 共同戦線といかないか?」
「それは嬉しい限りですけど、さっきの攻撃は……」
「悪いが、それは秘密だ」
ルッカの問いかけにニッと笑って答えると、今度はクロノの方を向きあくまで初対面として振る舞う。
「少年、俺と君で前衛を担当するぞ。ふたりは後ろから援護を頼む」
「あ、はい」
並んでビネガーへ向き直すと、ちょうどビネガーも体勢を立て直したところだった。
「よ、よくもワシの見せ場を邪魔しおって……! 絶対に許さんぞ若造!」
「悪いな、今回ばかりはちょっと余裕がなくてな。出来ればここで倒されてくれ」
「馬鹿にしおって! 改めて出でよ! ジャンクドラガー!!」
ビネガーの言葉と共に骸たちが融合し、巨大な骨の魔物ジャンクドラガーが姿を現した。
ジャンクドラガーを呼び出したビネガーはさっさと後退し、今から追っても到底追いつける物でもなさそうだった。アニメとかの悪党にも言えることだが、なんであの逃げ足を初めから発揮しなかったんだろうな。
「さて、ジャンクドラガーか……。確かこいつは物理はなんでも効くが、魔法を使う際に注意しろ。俺が仕入れた情報によれば、上半身は天と火の属性を、下半身は冥と水属性を吸収するらしい」
「と言うことは、それ以外の属性なら効くってことだね?」
その問いに頷いて返すと、ルッカとマールは頷きあって魔法を唱えた。
「上半身に『アイス』!」
「下半身に『ファイア』!」
それぞれの魔法が標的に着弾し、ジャンクドラガーは痛みでその身をよじった。
「おおおおおおッ! 『回転切り』!』
クロノが懐に飛び込んで凄まじい勢いで回転ぎりを放つ。うーん、初めて目の当たりにするが、この早さは人間業じゃないな。
感心しながら俺も後れを取るまいと上半身に攻撃を仕掛ける。先に上半身を倒しておかないと外道ビーム喰らうからな。MPバスター? 警戒するに値しないな。MP吸収しすぎてヤコン死してしまえ。
そしてビネガーがいれば目を覆いたくなるであろうほどのフルボッコがジャンクドラガーを襲う。弱点から対策まですべて網羅している俺の指示は呆れるほど有効的な効果を発揮し、ジャンクドラガーはわずかな抵抗しかできず崩壊した。無論、『努力』の使用は忘れていない。
もう少し梃子摺るかと思ったが、存外あっけなかったな。と言うか、今さらながらこのサテライトエッジ強すぎないか?
ヘケランの洞窟ではダメージを受けたときの心配ばかりしていたせいであまり深く考えていなかったが、よくよく思い出せば魔王のしもべも1発か2発くらいで倒せていた気がする。
ガルディアの森では……まあ、序盤の雑魚ばかりだから一撃は全然おかしくないし。この橋の戦いだって俺が突入したころにはすでにランサーは全滅してビネガーとジャンクドラガーのみだったからな。
ともかく、俺はサテライトエッジを亜空間倉庫に戻すとクロノたちへ向き直った。
「みんな、無事か?」
「はい。弱点や対策を教えてもらったおかげで、全然平気です」
「そうか。それじゃ、俺は行かせてもらう。少し先を急いでいるんでな」
「あ、ちょっとま――――!」
ルッカの制止を振り切り俺は『加速』を使ってその場から離脱、一気にサンドリノへ向かうことにした。
何故振り切ったかって? 嫌な予感がプンプンしやがるんだよ、それも非常にめんどくさい方向に。
◇
突然の加速に呆気にとられたクロノたちは、尊が走り去った方角を呆然と見つめていた。
「な、なんなの、あの早さ……」
「加速の魔法か何かかしら? そういうのがあれば戦闘でも役立ちそうだけど」
「確かに。 それにしても、話を聞きそびれたのは結構痛いな。加えてあの強さ。仲間になってくれたら心強いんだけど……」
「それはもう次に会ったときに聞きましょ。今度は逃がさないように……マール、お願いできる?」
「うん。やってみる」
「よし。じゃあミコトさんについてはそれでいいとして、まずは国王様に勝利の報告をしに行こう」
今後の方針を固めたクロノたちはゼナンの橋防衛成功の旨を報告すべく、尊が向かった方向とは逆の道へと引き換えした。
一方、サンドリノ村に到着し宿屋兼酒場に突入した尊はと言うと――――――
「みぃつけたぞトマぁ!」
「げぇ!? ミコト!?」
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
「テメェ、奢りだからってよくもあんな高い酒ばっか好き勝手に呑みやがったな!?」
「お前が知らなかった万能薬の新しい可能性を教えてやったんだ! あれくらい別にいいだろ!?」
「内容と額が釣り合ってないっての! あれだけで賞金が消えたも同然になるとかどんなぼったくりだ! 返せ! 奢ると言った手前全額とは言わないが半額でもいいから返せ! 今ならそれで手打ちにしてやる!」
「もう酒に消えちまったよーだ!」
「――よろしい、ならばガチンコだ!」
その日、サンドリノの宿屋は大いに荒れたそうな……。
予定を変更してもう一話連投します。