さて、前回の終わりに発生したシリアスの影響を受け、本来ならクロノ世界に戻ってからする予定だった尊の暴露回が今回に回ってきました。また、クロノ世界に行ってからの展開に若干ながら影響が出ることが予想されます。
そして暴露の内容が前作と若干違う内容になっていますが、ご了承ください。
それでは本編第29話、どうぞご覧ください。
いつまでも誤魔化せるとは思っていなかった。
自分の異常性は十分理解していたし、いつかそれを指摘される時が来るのも予想できていた。
それなのに――――
「貴方は……何者なのですか?」
サラの問いを受けた瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような苦しい感覚に陥った。
そして同時に悟る。
彼女には、話していなかった全てを語らなければならないのだろうと。
◇
サラの問いかけに尊は言い辛そうな表情を作り、目を逸らすようにミルヒのコンサートが行われる舞台に視線を向ける。
「……この世界に初めて来たとき、シンクを交えて話したことを覚えていますか?」
「ミコトさんが別の世界から来た人で、時代を巡って私の時代に来たという話ですか?」
「そうです。あの時、俺はクロノたちがゲートを封印されてなお戻ってくると断言し、海底神殿が崩壊することを別の時代で知っていたと答えましたが……あれ、正確には違うんです」
視線をサラに戻し、揺れる瞳を落ち着かせて尊は告白する。
「……別の時代で知っていたからじゃない。物語としてそうなることを……全部、知っていたからなんです」
「物語として?」
繰り返された言葉に頷き、話を続ける。
「まずどうして俺が時の最果てにいたか、と言うところから説明することになるんですが……俺は元の世界にいた神という存在のふざけた都合で世界を渡ることになったんです」
「……神のふざけた都合、ですか?」
いきなり神などという大仰な存在の、しかもふざけた都合が原因だと言われサラは戸惑い気味に尋ねる。
そんな彼女の言葉を肯定し、続きを話す。
「俺の世界ではどうやら神が部署を作って働いているらしく、死んだ人間に生きることに未練があるなら特典……超人的な身体能力や娯楽の中の兵器、望むものを与えて別の世界で新しい人生を歩めるようにしていたらしいんです。勘違いしてもらわないで頂きたいんですが、俺は別に死んだから別の世界を渡るようになったんじゃありません」
魔王との決戦のあと流れ着いた次元の狭間で出会った女神の言葉を思い返しながら、ここに至る経緯を説明する。
「なんでも俺の生活していた場所を管理する神が、調子に乗って生きたままの俺を別の世界に飛ばそうとしたらしいんです。本来ならそれはギリギリ防がれるはずだったんですが、世界を移動するためのエネルギーと別の次元から干渉してきた力に巻き込まれてしまったらしく、結果として別の世界に飛ばされてしまったんです」
「そんなことが……。それで辿り着いたのが物語でしかないはずの、私がいる世界だったということですか?」
「はい。 その物語――タイトルを『クロノトリガー』と言います。この物語は俺の世界でゲーム……娯楽作品として大人気となった作品で、俺はそれを隅々まで網羅するほどのめりこんだ結果、どこの時代で何があり、どの敵がどんなことをするのかまで完璧に答えられるほどになりました」
「ではここに来ることも知って……いえ、でもあの時のミコトさんは確かに驚いて……」
「それについてなんですが……一つ、教えておかなければならないことがあります。サラ様にとって、非常に重要なことです」
「私にとって?」
思考の海に沈みそうになったが、今までで一番重い口調の尊から意識を切り替え続きを待つ。
数秒の間を置き、尊は意を決したように告げる。
「本来の物語であればあなたは海底神殿崩壊の折に行方不明となり、生死不明のまま二度と現れることはありませんでした」
「……二度と、ですか」
つまり尊の言う物語ではそれ以降自分は存在せず、終わった人物として扱われているのだろうとサラは推測した。
そしてハッと気づく。そうなるはずだった自分が今、尊とともにここにいるという意味が。
「ではあの時、ミコトさんが海底神殿にいたということは……」
「あなたがいなくなることを知っていて、行方不明となる未来を変えるために動いた結果です」
ゲームをプレイして常々報われないと思った尊が、図らずも得た無二の機会。
最終的に異世界へ渡るという結果になったが、生存がはっきりとした状態でサラは救われることとなった。
それを理解した瞬間、ただでさえ恩を感じていた心が重みを増した。
「なら…なおのこと私は、ミコトさんに何かして差し上げなければなりません」
「いや、これは俺がやりたいからやっただけで、別に見返りを求めてのことでは――」
「そういう問題じゃないんです!」
滅多に大声を出さないサラの声に驚き、言葉が詰まる。
「確かにミコトさんは、個人的な事情で私を助けたかもしれません……ですが私からすれば、助けてもらったということに変わりません。しかも今回のことを含めれば、ミコトさんには二度も命を救われた……それは、まぎれもない事実です。ならばその恩を私は、相応の内容でミコトさんに返す義務があります」
この二回の出来事は、助けに来た尊さえ命を落としてもおかしくはなかったのだ。
そんな命を懸けて助けてくれた相手に何もできないなど、尊が許してもサラは絶対に嫌だった。
「……決めました」
「……何を、ですか?」
胸に手を当て、サラは決意を込めた目で尊を見つめる。
「私は――この身の全てを、ミコトさんに捧げます」
全てを捧げる。即ち、自分を所有物として差し出すということ。
それは真っ当な現代社会で生きてきた尊からすれば到底思いつかないことであり、同時に認められない提案だった。
「捧げるって、そんな自分を物みたいに……」
「海底神殿で生死不明になるところを。そして今回、魔物に取り込まれかけたところを救われたんですよ? 二度も命を救ってもらった私が今ミコトさんにできるのは、この命を貴方に捧げるくらいしかありません」
「いや、しかし……」
――それで自分を差し出すと言われてもな……。
返答に困り、尊はおもむろに頭を掻く。
好きにしていいと言われて本当に物みたいに扱うほど外道ではないし、ましてや見返り目的で助けたわけでもない。
だがそれを今の彼女に伝えたところで主張は変わらないだろうし、納得もしないだろう。
思考を巡らせ、代案を尊は提示する。
「自分を捧げてもらうというのは承服しかねますが、俺が元の世界に戻るまで手を貸していただくということでいかがでしょう?」
「お手伝いさせてもらうことはもちろんお受けしますが、それだけでは私の気が――「それともう一つ」」
言葉を遮り、尊はもう一つの提案を伝える。
「俺が元の世界に戻れるようになった後、サラ様は自分の幸せを求めてください。それ以上のものはないと思えるような、そんな幸せな未来を」
「私の……幸せな未来、ですか?」
尊の言うことなら何でも受け入れようと思っていたサラだが、虚を突かれたような提案に思わず面食らう。
助けてもらってばかりの自分がそんなことを望んでいいのかという疑問が沸き、それはダメだと思いかけたところで尊が自分の考えを口にする。
「どんな過去や経緯があろうと、自分が望む形の幸せを求めてはいけないなんてことはないんです。もちろん内容によってはそれを否定する人もいるかもしれませんが、好きな人と一緒に平穏な時間を過ごすくらいの幸せは誰でも許されると思うんです」
「……私でも、ですか?」
「もちろんです。むしろサラ様が幸せになってくれれば、それが俺にとって掛け替えのない報酬になります」
あの作品をプレイし、多くのプレイヤーが望んだサラの
「……ミコトさんがそれでいいのでしたら、少し、考えておきます」
「是非ともお願いします、サラさ――「ですが、これだけお願いします」」
さっきとは逆に言葉を遮り、サラは尊に願う。
「これから私のことを、『サラ』と呼んでください。それと、敬語も不要でお願いします」
「……それは構いませんが、良いんですか?」
「もうジールは存在しませんし、私も王女という立場ではありません。何より私は、ミコトさんにそう呼んでもらいたいです」
僅かな沈黙が訪れ、尊は小さく頷いて一度深呼吸をする。
「――じゃあ、改めてよろしく。サラ」
「――はい!」
嬉しそうに声を弾ませ、サラは微笑みながら差し出された右手をぎゅっと握った。
その手の温かさを感じていると、尊はいつの間にか胸の苦しみが消え去っていることに気づく。
――そうか、俺は……サラに笑っていて欲しかったんだ。
自分が知る本来彼女が辿るはずだった未来を明かし、それでサラが悲しむかもしれないと思ったから苦しい気持ちになったのだと気づく。
同時に話の一部を打ち明けた時に感じた罪悪感が、彼女に本当のことを黙っていたことからくるものだというのも理解した。
――ならせめて、この笑顔がいつまでも続くように努力しよう。
◇
「な……なかなか壮絶な話だったのであります……」
「でござるなぁ……」
尊たちから少し離れた木の陰から顔を覗かせたリコッタとユキカゼは、図らずも聞こえた内容に複雑な心境を抱かざるを得なかった。
当初はシンクとエクレール目的で串焼きを片手に覗いていたのだが、二人を追う前に聞こえた会話が気になり耳を傾けてみれば、間違っても串焼き片手に聞いていい軽い内容ではなかった。
「これは……姫様に報告するわけにもいかないでありますね……」
「ミコト殿とサラ殿が自ら話されるまで、このことは拙者たちの秘密にするでござるよ」
「はうぅ……こんなことなら、直ぐにエクレたちを追うべきだったのであります」
「時、既に遅しでござる。今から追いかけるとするでござるよ」
尊たちに見つからないようにこそこそとその場を後にし、二人はそそくさとシンクたちを追うのだった。
「ところでユッキー。自分一つだけ気づいたことがあるのでありますが」
「奇遇でござるな。拙者も一つだけ気づいたことがあるでござる」
「「あのお二人、あとで間違いなくレオ様にいじられるで
◇
サラに呼び捨てを求められた後、俺は彼女に自分が神からもらった力の内容を明かし、元の世界に戻るためにラヴォスを倒す必要があることを伝えた。
スキルについて引かれるかとも危惧したが別にそんなこともなく、むしろ気になっていた点が解消されたと納得された。
そんなことを経て現在。俺たちは露店を堪能しながらガレットで見つけた封筒をリコッタに渡すべくその姿を探していた。
ここにきてそれなりになるが露店に並んでいるのは知らない食べ物ばかりで、冒険の意味も兼ねて俺たちは気になった物を購入して食べ歩く。
チヂミっぽい料理のココナプッカなるものやどんな肉を使っているかわからないけど普通にうまい串焼き。そして適当に購入したフルーツジュース。屋台の形も相成って、まるで日本の夜店にきているみたいだ。
日本にいる時と違うのは、気に入った食べ物を片っ端から亜空間倉庫に保管していることだ。食品類はどういうわけか、この中に入れておけばその時の状態で保存されて腐ることはないみたいだからな。
「それにしても、肝心のリコッタが見つからないな。騎士団の人によればユキカゼと回っているのを見たらしいけど……」
白衣のリコッタに忍者装束のユキカゼ。どちらもこの群衆にしては目立つ服装だから、割とすぐに見つかりそうなものだが。
「――あっ、ミコトさん」
「ん?」
サラの声に反応して首を向けると、屋台から離れた場所でシートを広げ露店の商品を飲み食いしているシンクとエクレール、ガウルにジェノワーズ、そして探し人の片割れユキカゼがいた。
「おっ! ミコト! サラ様!」
ガウルがこちらに気づいて食べ終わった何かの骨を振る。それで他の面々もこちらに気づき、歓迎とばかりに二人分のスペースを作ろうとしていた。
何故かユキカゼが気まずそうに視線を逸らしたが、何かやったか?
「丁度良かった。みんな、リコッタを知らないか?」
「リコですか? それならさっき、学院から緊急の呼び出しとかで席を外しましたが」
「なんだ、急ぎの用か?」
ガウルが新しい骨付き肉を頬張りながら訪ねる。しかもこれは幻のマンガ肉じゃないか。ヤバい、すごく欲しい。
「送還に関することだから、それなりに急ぎではあるな」
「お兄さん、何か進展があったの?」
「割と重要なことだとは思うが、送還そのものの手段じゃないからまだ断言できない。確認も含めてリコッタの意見が聞きたかったんだが」
ここにいないならまた探しに行きたいところだが、戻ってくる可能性もあるしちょっと待ってみるか。
「ところでガウル、そのロマンあふれる肉はどこで売ってるんだ? 是非とも食っておきたいんだが」
「おう! 買いに行かなくてもまだあるから遠慮せず食え喰え!」
「尊さん、これもおいしいですよ」
「サラ殿も、遠慮なさらずにどうぞ」
「あら、じゃあお言葉に甘えて」
しばらくシンクたちと一緒に飲み食いして騒いだが、リコッタが戻ってくる気配はなかった。
◇
ライブが始まるまで間もなくまで迫った中、尊とサラはギリギリまでリコッタを探していた。
てっきりライブ前にはシンクたちと合流すると思っていたのだが、開始10分前になっても姿を見せなかったので気になった二人が探しに出たという状況だ。
「聞いた話だと……こっちにきたらしいが」
立ち入ったのは会場から少し離れた林の中。ここにリコッタが一人で向かう姿を騎士団の人間が目撃しており、このタイミングでそれは流石におかしいのではと思い二人は足を踏み入れていた。
「もしかして、もう戻っているかもしれませんね」
「それだったらいいんだが……ん?」
不意に、嗚咽をさらに押し殺したような声が二人の耳に届いた。
まさかと思いその方向へ向かうと、木の下で膝に顔を埋めた彼女を見つけた。
「ここにいたのか」
尊の声にビクッと肩を震わせ、リコッタは顔を上げる。
「み、ミコト様……。サラ様……」
「どうかしましたか? 泣いていたようですが」
サラが優しく尋ねると、リコッタはぽつぽつと話しだした。
シンクの送還方法がわかり一安心かと思ったら、その送還のための四つの条件が彼女を悩ます原因となったこと。
その1.送還においては、召喚主自身が送還を行うこと。
その2.送還が可能なのは召喚から16日以内であること。
その3.送還される勇者は、記憶を含むフロニャルドで得たあらゆるものを持ち帰る事ができない。
その4.送還された勇者は、二度とフロニャルドを訪れる事ができない。
この条件を知ったとき、リコッタは学術研究院主席としての自分の力不足と見識の甘さを痛感したそうだ。
「――そうだったんですか」
「せっかく……せっかく勇者様と楽しい思い出をいっぱい作れたのに、勇者様はそれを覚えておくことさえ許されないなんて…あんまりなのであります……」
ぼろぼろと涙をこぼしながらリコッタは再度己の不甲斐なさを認め、二人に無様な顔を見せまいと俯く。
――と、そんな彼女の頭をサラは優しく抱きしめた。
「さ、サラ様……?」
「一人で抱え込む必要はないんですよ。それに、まだ希望は残っています」
「ふぇ?」
サラが視線を合わせたことに頷き、尊は亜空間倉庫にしまっていた一通の封筒を取り出しリコッタに差し出す。
おもむろにそれを受け取って中身を見ると、先ほどまで沈痛な面持ちだった彼女の顔が驚きに変わった。
「こ、これをどこで!?」
「ガレットの図書館にあった。戦に向かう前に本に挟まっていたのを偶然見つけて、移動中に内容を解読した。 使えるか?」
「もちろんであります!」
力強く答え、先ほどまで流していた涙を袖でごしごしと拭う。まだ目元は少し赤いが、その表情に悲しみはもう見られなかった。
「お二人とも、ありがとうございます! このリコッタ・エルマール、必ずや誰も悲しまない方法で勇者様を送還して見せるであります!」
「ええ、お願いします」
「それじゃ、もうミルヒオーレ姫のライブが始まるし、急いで会場に行くか。リコッタ、吉報の報告をシンクに頼んだ」
「はいであります!」
ぱたぱたと駆け出したリコッタを見送り、二人も遅れまいと後を追う。
――ここの問題はひと段落、といったところか。シンクの送還が一番望まし形で終わったのを確認したらすぐにクロノ世界に移動して、それが片付いたらまた来るか。基本方針はこれとして、今ばかりは楽しむとしよう。
シンクの問題は終わりが見えてきたが、この世界で見つかった問題はまだ終わっていない。
それを解決するためにまたこの世界へ来ることを心に決めながら、今はこのイベントのラストステージを楽しむべく会場へと向かうのだった。
相変わらずのゴリ押しでしたが、第29話いかがでしたでしょうか?
前回にあと2話でDOGDAYS編が終わると言いましたが、すいませんあと一話追加されます。
具体的にはコミック版にあったハチ熊の話です。
これが終われば今度こそクロノ編に戻りますので、もうしばらくお待ちください。
それでは、今回はこのあたりで。
また次回の投稿でお会いしましょう。