「――これが虹色の貝殻か」
体力が回復しいざ虹色の貝殻の元へやってきた俺はまずその神秘さに見惚れた。
貝殻と呼ぶには大きすぎる――高さおよそ1メートル、直径は2メートル以上と推定――そのサイズ。まだ魔力の見極めが素人だが、そんな俺にもわかるほど高密度に秘められた魔力。そして魔力が漏れ出て辺りに漂う虹色の燐光。いずれも元いた世界では一生かかってもお目にかかれないものだ。
そして原作通りにとてつもない重量があり、全てを持ち運ぶには明らかに人手が足りない。というか亜空間倉庫にも収納できないとかどんな素材で出来てるんだよこれ。
「ミコトさん。確かにこれは素晴らしいものですけど、これをどうするつもりですか?」
「ん? ああ、簡単に言うとこの虹色の貝殻は特殊な素材で出来ていて、様々な魔法や症状から身を守る力があるそうなんだ」
「なんと、この貝殻にそんな力が宿っているのですか」
「そこでだ。こんなハイスペックな貝殻を素材にして防具を作ったら、どんなものが出来上がると思う?」
そこまで聞いて理解したのか、全員がハッとした顔になる。
俺はニッと笑みを浮かべ、解答を告げる。
「魔法に対する防御力が大幅に上昇し、毒や混乱と言った状態異常から身を守ってくれるという高性能な防具が出来上がるってわけだ」
「それはすごいですな。しかし、素材にするということはこの貝殻を削ると言うことになるのでは?」
「むぅ、それは少々もったいない気がしますな」
「だがこの素材はどうしても必要になる。アレに勝利するためには、使えるものを総動員する必要があるからな」
サラに目配せしながら説明すると、彼女も何に対してのことなのかを理解したようだ。
ただ今回作るものは非常に限られたものとなるだろう。なにせ原作だとプリズムメットを3つ作るのに必要な量がプリズムドレスを一つ作るのと同じ量が必要になり、その後さらに攻撃力を超強化する虹のメガネとクロノの最強武器である虹を作るんだからな。
しかもマールのイベントを進めるためにはガルディア城の家宝にするため最低限の形と簡単には運びだせない重量は残しておかないといけないし、かといって取り過ぎを警戒しすぎて防具を作るのに必要な量が作れなかったらそれこそ本末転倒だ。
必要な量がわからないなら加工してくれる人を連れてくるのが一番手っ取り早いんだが、それだったら原作通り偽大臣のヤクラ13世を倒した後の方が効率がいい。
けどそれだったら俺たちでここを攻略したメリットが薄れるんだよな。大きな目的としてはレベル上げだったし、言い方はアレだがこの虹色の貝殻はついでといってもいい。
しかしこうして実物を前にしている以上、やはりガルディア城の騎士たちに回収されるより先に材料を確保してボッシュに加工してもらったほうがいいだろう。
「削るぞ」
サテライトエッジをツインソードで呼び出すと一本だけ手にして貝殻の末端から50センチほどの位置に刃を突き立てる。少し力を込めると――意外なことに――刃はあっさりと貝殻を貫通し、そのまま縦の曲線に沿って切り分ける。
内側のほうは削りすぎないよう少し余裕を空けて刃を通し、切り取った部分は小さく削らずそのまま持ち運ぶことに。これは加工の際に大きさが足りないという事態が発生したときに備えての措置だ。
しかしこれだけでも結構な重量があり、一人で運ぶには厳しい重さだ。
「ガイナー、マシュー、オルティー、頼めるか?」
「「「お任せください」」」
三人に頼んで持ち上げてもらい、俺たちは来た道を引き返す。原作ではここから脱出するときははしごを使用していたが、ここでは普通に道があった。
ただし高さ数メートルから飛び降りることが前提となっているので、降りるときは俺がブーストアップを使う必要がある。洞窟を抜けるまでしんどい思いをするが、仕方ないか。
その後は敵と遭遇することなく抜け道を通過し予定通り俺がブーストアップで貝殻を、ガイナーがサラを下ろし洞窟から抜け出した。
◇
外に出るなり即行でシェルターを展開しベッドで体を休めていた俺は急速に目が冴えていくのを感じた。体を起こして備え付けの時計に目をやると、最後に確認した時間からしてざっと4時間は眠っていたようだ。
体調は万全。明日にでもチョラスで物資を揃えて直接トルース方面へ向かって航海するもよし。パレポリに向かってから地底砂漠のメルフィックを倒しにいくもありだ。ルストティラノに比べたら耐久力ももろく勇気を何発か使えば終わるだろう。
しかしそれなりにでかくて重い虹色の貝殻を運んでいる以上、ここはさっさと現代でボッシュに加工してもらうべきだろう。ただ大きな問題として――
「クロノたちが待機している時の最果てのゲートを使わないとダメなんだよなぁ……」
原作通りなら今頃マールたちはまだクロノの復活に時間を割いているか、すでに復活させて他の時代へ移動しているかだ。
しかも魔王が味方についていた場合、俺の正体を知らされている可能性が非常に高い。そう考えると彼らを誤魔化し通すのももう限界がある。
「ここらが潮時、ということか」
ここまできたらもはや隠し通す理由もない。それに俺自身の行動範囲にも限界がある。まともな移動手段が充実しているのがこの中世だけだし、訪れたことのない未来や原始は知識はあれどまさに未開の地といっていいだろう。
ならばこちらから接触して協力関係を築いた方が圧倒的に有利だ。そうなればまずクロノやガイナーたちには俺の説明をする必要があるな。
これはもう必要不可欠なことであり、一度俺の話をしているサラにはまだ話していないことも教えないといけない。俺の持つ能力についてや三賢者、そして魔王――彼女の弟のジャキについてとか。
「そうと決まれば、さっそく話すとするか」
フロニャルドでサラに話した影響か、割とあっさり決意が固まる。
あそこで話をしていなければ、きっとここでまた悩んでいたことだろう。
膝を叩いて立ち上がり、俺はサラとガイナーたちに声をかけこのシェルターの最後の一室に集めた。
「して、御館様。重要な話とはいったいなんでしょうか?」
「まあ焦るな。 ――さて、何処から話そうか……」
腕を組んで少し間をおき、不思議そうにこちらを見るサラの顔を見て俺は決意を固める。
「――単刀直入に言おう。俺はこの世界とは別の世界の人間だ」
◇
尊はフロニャルドでサラに語ったことと同じ内容の説明をした。
自分がこの世界の人間ではなく、この世界は自分からしたらゲームという空想の世界であること。
この世界には元の世界に居た神のせいでやってきたこと。
そしてサラを助けた先で更に別の世界に渡り、そこで彼女に自分の正体を明かしたことを。
「――そうでありましたか」
「もっと言うなら俺は神に付与された力の一部のおかげで時間があれば大きな怪我も勝手に治るらしく、明らかに人間を逸脱した体を持っている。聞けば化け物と思われるかもしれないが、お前たちはこんな俺でもまだついてきてくれるのか?」
「愚問ですな、御館様」
「然り。我らの主はあなた様のみ。何処の世界からいらっしゃったとしてもそれは変りありません」
「何より我らは御館様に仕えたからこそここまでの強さを得ることができました。あなた様のお役に立つこそが我らの願いであり、誇りであります」
「……ありがとう」
――仕えると言われた当初こそ戸惑いはしたが、今なら自信をもって言える。
「俺は自慢の臣下を得られて最高だ」
「「「恐悦至極に御座います」」」
ガイナーたちの言葉に満足し、今度はサラへと向き直る。
「私は既に答えましたよ。あの世界で伝えたこと……私は今でも、ミコトさんに全てを捧げたつもりですから」
「……それは受けかねるって言ったよな? それを撤回する気は……」
「ありません」
はっきりとした物言いにガイナーたちは感嘆の声をあげ、尊は何が彼女をそこまでさせるのかと頭を抱えた。
「……自分の幸せを掴んでくれとも言ったよな? そっちはどうなった?」
「それも、一応考えてはいるのですが……ここではちょっと……」
「わかった。後で教えてくれ」
急に恥ずかしそうに答えたのを見て打ち明けにくい内容なのかと察した尊は続きを後回しにして今後の方針を打ち出す。
「さて、俺の知っている流れと同じならクロノは時の賢者のアドバイスと理の賢者の遺したサポートで生き返る。そして力を蓄えてラヴォスを倒し、それで物語は終わる」
「! ハッシュとガッシュは生きているのですか!?」
「彼らはラヴォスのタイムゲートに飲まれてそれぞれ別の時代へと飛ばされた。時の賢者は時の最果てで生活していて、理の賢者はラヴォスに滅ぼされた未来で精神を病み、研究の末亡くなった」
「……そう、ですか。ではボッシュは?」
「命の賢者はクロノたちの時代で平穏に暮らしている。俺もこの世界に着たばかりの頃、身を守るために防具を買わせてもらったよ」
その答えに満足したのかサラは少し安心したように息をつき、そしてふと気付いた。
「あの、私の弟のジャキはどうなりましたか?」
「あー、彼は生きているが、その……」
再び言いにくそうな尊を見てサラは首をかしげ、もしやと思いたずねる。
「もしかして、あの予言者ですか?」
「……正解」
心当たりがあったのかと思いながら尊は補足を加える。
「彼はこの時代から少し前に飛ばされて、ラヴォスに復讐すべく魔族の王となった」
「なっ!? ということは魔王はサラ様の弟君となるのですか!?」
「ああ、だからあまり言いたくなかった。生きてはいるがどんな状態かと問われれば答えにくかったし、命のやり取りをしたなんてもっと言いにくかった」
「いえ、生きているとわかっただけでも十分です。ですが、今はどちらに?」
「俺が推測できるパターンは二つ。ひとつはクロノたちに協力して行動をしている。もうひとつは……言いにくいが、この時代での決着を古代でつけてすでに死んでいるかだ」
「……ミコトさんは、どっちだと思いますか?」
「俺の予測は前者だ。奴も俺の正体を知りたがっていたから、早々命を張るようなマネはしないだろう」
「なら、きっと大丈夫ですね。何処へ行けば会えますか?」
「この時代にも時の最果てに繋がるゲートがある。明日、チョラスで道具をそろえてから船で直接トルースへと向かうつもりだが……どうするかは聞くまでもないな」
訊ねる間もなく尊がそう判断したのは、彼女の瞳が絶対についていくと雄弁に語っていたからだ。
「――それじゃあ、明日の朝一でトルースへと船を出し、時の最果てに向かう」
「我々はいかがいたしましょう?」
「すまないが魔物であるお前たちがついてくれば話がややこしくなりそうだから、今回は残ってくれ。その間、可能ならトルースで情報収集を頼む」
この時代で残っているイベントが緑の夢と勇者の墓、そしてビネガーの館の三つしかないのは既にわかっているが、他に何かないか念のため調べてもらおうと尊は考えた。
――黒の夢を見かけないのがどうも気になるが、これから古代で潰すことに成功してもうなかったことになっているのか?
そう考察しながら尊は解散と休養の指示を出し、自分の部屋へと戻るのだった。
◇
ベッドにどかっと腰掛け大きな息を吐く。
一度サラにぶちまけたとはいえ、やはり自分の異常性を説明するのは疲れる。しかもこれがあと一回あり、そっちの方がいろいろ言われそうで頭が痛い。
だがもう決めたことだ。今更変更する気はないし、ここで協力を取り付けなければラヴォスに対して優位に進められない。
それにフロニャルドに現れた個体についても早急に調べる必要がある以上、あまり時間をかけるわけにも――
コンッコンッ。
「ん? どうぞ」
「お、お待たせしました……」
不意に鳴ったノックへ入室を促すと、おずおずとサラが入室した。
さっきの話に出言いにくそうにしていたから呼んだわけだが、どうにも様子がおかしい。
「まあ、適当に座ってくれ」
「あ、はい。――失礼、します」
そそくさと移動し、何故か俺のとなりに腰を落とす。……えーっと、これは……。
「――あ、あの」「――な、なあ」
「「あっ」」
いろいろと声が重なり気まずい空気が余計に気まずくなる。
漫画とかドラマでしかないと思った展開だけど、こういう時ってどうすりゃいいんだ……。
「み、ミコトさんからどうぞ」
「そ、そうか? ――えっと、さっきの話だが、サラが言いにくかったことって何なんだ?」
とりあえず最初に聞いた理由を深く知るべく確認するように訊ねる。
「……ミコトさんは、私が幸せになることが何よりの報酬になると言っていましたよね?」
「ああ、確かに言った。 何か見つかったのか?」
それならそれで喜ばしいが、サラは恥ずかしそうにするだけでなかなか切り出さない。
少し間を置くと落ち着いたのか、自分の手元を見つめたまま話す。
「わ、私なりに考えてみたのですが……自分が本当に望む形を得るためには、どうしても足りないものがありまして……」
「足りないもの? なんだ?」
ジールとの関係か? だとしたらそれは無理と言わざるを得ない。
あれは既に心どころか魂の芯までラヴォスに染まっている。かつての姿に戻ってもらいたいとなれば、もう絶望的だとしか――
「……貴方です」
「……は?」
「私が望むたった一つの未来に、ミコトさんがいないとダメなんです」
頭の中が、真っ白になった。
◇
「な……、え……それは、どういう……」
予想外の言葉に尊は混乱し、一度言ったことで戸惑いも恥じらいも落ち着いたサラが顔を向けてもう一度はっきりと答える。
「私が本当に幸せだと思う未来は、ミコトさんが隣にいることなんです」
「お、俺が?」
何かの間違いでは? と思っている尊に首肯し、それが正しいことを示す。
「きっかけがいつかははっきりしませんでしたが、ジェノワーズのみんながおやつを賭けていたころにはミコトさんが旦那様だったら嬉しいと思っていました」
言われ、尊も思い出した。
グラナ盆地のコンサートから数日してガウルがシンクとの決着をつけにビスコッティへ向かったとき、それに同行した道の途中で三人娘が賭けをしていたことを。
あの時は自分がサラの恋人になるなんてありえないだろうなと思っていたが、そのまさかな展開になるなど予想外もいいところだ。
「そしてこの世界に戻ってきてからそう想うことが多くなってきて、先ほど確認されたときにやっぱりそうでないとダメなんだって気づいたんです」
だから、と繋げ、はっきりと宣言する。
「――私は、ミコトさんのことが好きです。ただ一人の女として、自分の一生を賭けて添い遂げたいと思うほど」
恩のための言葉ではなく、幸せを望む一人の女性としての言葉。
迷いなく、そして強い意志を秘めたそれは尊の心に深く刻まれ、同時に自分の奥から湧き上がる感情を把握させる。
――ああ、そうか。俺も、そうだったのか。
それを理解した瞬間、尊はサラを強く抱きしめた。
「――俺も…君のことが好きだ、サラ。己の全てを賭けて、守りたいと思うほどに」
いつからこんな気持ちを抱いていたかはわからない。だが、この気持ちに偽りはない。それだけは堂々と胸を張っていえることだった。
そこから言葉は要らず、二人の影がゆっくりと重なった。