二人のやり取りに尊は思わず間の抜けた表情を浮かべた。
ルッカが過去を変えるか否かのイベントだけかと思えばもう一つのゲートが出現し、その場に居合わせたサラとくぐってみればそこで出会った人物はサラの父親だという。
――言われてみれば、確かに似ているが。
二人を見比べて尊は思う。目元や雰囲気は、確かに親子と言われれば納得できそうなほどに。
推察する彼を他所に、男性は笑みを浮かべて喜ぶ。
「いやぁ! まさか本当にサラとはな! 美人に育って父はうれしいよ!」
「ち、父上。その……体の具合は、大丈夫なのですか?」
「そんなもの、何故か成長した娘に会えた事に比べれば些末なことさ!」
心底心配するサラとは対照的に笑みを絶やさないサラの父は、ようやく彼女の隣にいた尊に気づく。
「ところで、君は誰かな?」
「――あ、失礼しました。俺はミコトと言います。えーっと、なんといいますか」
「父上。ミコトさんは…私の恋人です」
ヒュカァン!
言い淀む尊に変わってサラがやや恥ずかしそうに答えると、尊の頬を何かが掠める。
同時にツーっと血が垂れ、振り返ってみれば壁に氷の刃が突き刺さっていた。
まさかと思い向き直ってみると、ニコニコと笑みを浮かべたまま突き出した腕に冷気を纏わせるサラの父がいた。
「すまんな、サラ。父さんの聞き間違えでなければそこの彼が恋人だと聞こえたのだが?」
今の動作と質問で、尊は二つの確信を得た。
――こ、この人……親バカか!
自分がサラの恋人だと聞いた瞬間に繰り出された攻撃と言葉から間違いなくそうだと断定し、サラのためなら寄り付く男の排除も厭わない姿勢は
むしろ後者の方が親子だと断定させる材料に適しているかもしれない。
「父上……いえ、アウル様。それ以上ミコトさんに危害を加えるなら私が許しませんよ?」
「すまんサラ、それだけはやめてくれ」
絶対零度の視線とともに娘から名前で呼ばれたことが余程堪えたのか、サラの父――アウルは冷や汗とともに全力で謝罪をした。どうやら長男と同じく、娘には逆らえないようだ。
「すみません、ミコトさん。父がご迷惑を……」
「い、いや、それはもういい。 あの、アウルさん。何故サラが成長した自分の姿だとわかったんですか?」
「若いころの妻に似ていたからね。それに昔からサラが成長したら美人になるだろうと常々思ていたんだよ。もっとも、生きているうちに会えるとは思わなかったがね」
おおらかに笑って答えるアウルだが、その言葉に尊は違和感を感じた。
「生きているうちに、とはどういうことですか?」
「ああ――――私は心臓を患っていてね、もう長くはないんだ」
◇
あっけらかんと答えられた内容に尊は思わず息を呑む。
同時に自分が近いうちに死ぬというのがわかっているのに、何故この人はこんなに他人事みたいに話すのだろうという疑問が湧いた。
「我々光の民は魔法でしか治療方法を知らないからね。それでどうにもならないとわかると、もう死を待つしかないんだ」
「……だったら、どうしてそんな――「『どうしてそんなに軽く話すんだ?』って思うかい?」――……はい」
言おうとしたことを先に言われ、そのまま肯定する。
「私なりの受け入れ方だよ。 ――二人とも、気にしないで座りなさい」
促され、二人そろってソファーに腰かける。
その間にアウルは部屋の隅にあったティーセットを取り出し紅茶を淹れる。
三つのカップと少し大きなポット。そして砂糖をテーブルに並べ尊たちの向かいに座ると、一息ついたとばかりに息を吐く。
「ミコト君……と言ったね。君は自分の命の時間が残り少なく、それが決して避けられないものだとわかればどうする?」
その質問が自分をアウルに置き換えたらどうかだというのは、考えるまでもなくわかった。
しかし、その質問に尊は直ぐ答えることができなかった。
頭に浮かんだのは自分が元の世界でそうだった場合、死ぬ原因が何なのかですることが大きく変わってくるだろうということだけだ。
「……わかりません。状況によりけりだと思うので、その時になってみなければ何とも」
「まあ、それが普通だね」
アウルもこの答えを読んでいたのか特に何も言わず、蒸らし終えた紅茶をそれぞれのカップに注ぐ。
そのうちの一つを口に運び喉を潤すと、今度は自分の番だとばかりに話し出す。
「私の場合はね、余命が長くないと宣告されたその日から残りの人生を座して受け入れるのではなく、自ら彩ることで胸を張って素晴らしい最後だと誇れるものにして受け入れようと決めたんだ」
「自ら彩ることで……ですか?」
「うん。人間というのは面白い生き物でね、自分がもうすぐ死ぬとわかると今まで単純な日々だったものがとても美しく見えるんだ。それを知った時からの私は残りの時間の短さを嘆くのではなく、残りの時間でどれだけのことを自分が成し得るのかを試したくなったんだ。同時にそれは楽しんで行うもので、死ぬことに怯えながらするものでもないと悟った。だから私は自分が死ぬとわかっていながら、何でもないことのように話せるんだ」
「そうして過ごす余生が、自分の命に色を付ける……というのが父上の結論ですか?」
「そういうことだよ、サラ。無論時間が足りず、諦めていたものもあったがね」
娘が自分の考えを理解したのが嬉しいのか、アウルは笑みを浮かべてまた紅茶を一口含む。
つまり彼はどうせ死ぬなら味気ない最期より、心底楽しかったと思える最期を迎えたいから自分が死ぬということを笑って受け入れているのだろうと尊は推察した。
そうでなければ、死ぬとわかっているのにこんな楽しそうにするとは到底思えなかったからだ。
「さて、今度は私の質問だ。 君たちは、どうしてここにいたのかな?」
もっともな質問にサラが尊に目を向ける。彼女がどうしたいのか察して小さく頷くと、サラはアウルに向き直って説明を始めた。
「父上なら既に察しているかと思いますが、私たちは未来から来ました。ですが、やってきたのはこの時代からおよそ13000年後になります」
「13000年後? どういうことだい?」
「……父上はこのジールに魔法をもたらしたのが、地中深くに眠るラヴォスという存在だというのはご存知ですね? この時代から十年後、父上が亡くなったことで死を恐れた母上が永遠の命を得ようとラヴォスを呼び覚ましました。その結果この国――いえ、この世界はラヴォスによって滅ぼされることとなりました」
サラの説明にアウルはいつの間にか先ほどまで浮かべていた笑みを消し、真剣な表情で話を聞き入っていた。
自分の話の重要さが伝わっていると感じているサラは気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返し、説明の続きをする。
ラヴォスが出現したことでジールだけでなく地上も壊滅的な被害に見舞われたこと。
自分は尊のおかげで難を逃れ、紆余曲折を経て13000年後の未来に辿り着いたこと。
そして不思議なゲートをくぐってみれば、何故かここにいたということ。
「――これが、私がここに至ったまでの経緯です」
「……そうか」
締めの言葉を聞くとアウルは深いため息をつき、悲しそうな表情を見せた。
先ほどまで笑って生きると言っていた人とは思えないほど、とても悲痛な表情だ。
「ジールが世界を滅ぼし、ジャキは復讐に駆られる、か……」
相当ショックだったのだろう。愛する妻が自分の死を欠如に人が変わって世界を滅ぼし、その影響でこの時代ではまだ生まれて間もない息子が後に復讐に身を染めることになったということが。
同時に尊は納得もしていた。アウルが死んだという事実があったからこそジールは永遠の命に対して異常に執着するようになり、そのためならば身も心も魂もラヴォスに捧げたのだろうと。
尊も自分が死んだことでサラがジールのようになったら死んでも死にきれないし、魔王とて愛する姉が狂った母の二の舞になるなど悪夢でしかないだろう。
暫しの間を置き、アウルがゆっくりと顔を上げる。その表情は、他人から見ても複雑に満ちていた。
「確かに妻が世界を滅ぼしてしまうのは悲しいし、その罪が許されざるものだろうというのも理解できる。 ……けど、私はその過ぎてしまったことに一つだけ感謝したいことができてしまった」
「感謝したいこと?」
意外な発言に尊が言葉を繰り返すと、アウルは小さく頷く。
「さっきも言ったが私はもう長くはなく、時間の都合でどうしても出来ないと諦めたことがあった」
「そういえば、さっきそんなことを言っていましたね。父上は、何を諦めていたのですか?」
「なに、とても単純なことさ」
ハハッと笑い、少し照れながら答える。
「父親として、自分の子供が幸せになろうとしているのをこの目で見ることだよ」
それを聞いて、尊は素直に納得した。
親が子供の幸せを願うのは至極当然のこと。だがアウルは本来それを見届けることが出来ないはずだった。
しかし巡り巡った因果の糸が奇跡を招き、図らずも彼の望みを叶える結果となった。その過程で、妻がこの世界を滅ぼすのだとしてもだ。
「確かにサラが恋人を連れてきたというのには驚いて思わず手を上げてしまったが、サラが本気でミコト君を想っているのもわかった。それが君たちの望む未来につながるというのなら、それを知ることができただけでも私は満足だ。 ――だからミコト君」
名前を呼ばれて思わず姿勢を正すと、アウルは尊の手を取って深々と頭を下げた。
「サラのこと、よろしく頼むよ。これは老い先の短い男が望む最大の願いだ」
「はい――必ず、俺は彼女を幸せにします」
握られた手をしっかりと握り返し宣言する。
その答えに満足したアウルは笑顔で頷くと席を立ち、クローゼットから一つのローブを持ち出してそれをサラに差し出した。
「サラ。こうして会えたのに何もしてやれないが、せめてこれを受け取ってほしい」
「これは……父上のローブでは?」
アウルが出したものは青地に黄色のラインが入ったローブで、襟もとには天、水、火、冥を司る四つの宝石が取り付けられている。
このローブはボッシュがジールの王に即位したアウルのためにと作り上げたもので、この世に二つとない破格の性能を秘めた逸品だった。
王位を継承して以来宮殿の外に出る際は常に身に着けていたものだが、病を患ってからは纏う機会がめっきり減ってしまったが。
そのローブを渡されるということが、サラにはとても重く感じられた。そんな彼女を察してか、アウルは優しく語りかける。
「別にこれを受け取ったからと言ってジールを再興させてほしいとか、そういうことを言ってるんじゃない。私自身が守ってやることができないから、このローブにその役を担ってもらうんだ。 ……君は、君だけの幸せのために生きなさい。サラ」
「……おとう、さん」
瞳から涙を溢れさせながらローブを受け取り、アウルに抱き着く。
十年ぶりに感じた父の温もりは、恋人である尊とはまた別の大きな安心感に満ちていた。
◇
あり得るはずのない会合は、再びゲートが出現したのを欠如に終わりを迎えた。
尊は時間切れなのを漠然と理解し、サラはこの奇跡から覚めるのを拒絶したくなった。
そしてゲートを初めて見るアウルは二人の反応からそれが何なのかを察し、名残惜しそうな表情を作る。
「どうやら、この出会いも終わりの時が来たようだね」
「そのようです。正直、もっと話したいことがあったんですけど」
「私は未来の息子と酒を飲み交わしたかったね」
軽口を叩いたアウルだが、悩んでいるようなサラを見て少し困ったような顔になる。
「サラ。君とも話したいことがたくさんあるが、私が言いたいことはさっきので全部だ。唯一ジールのことが気がかりだが……もう、君の声も届きそうにないかい?」
「……おそらくは。 海底神殿の時には、もう話も聞いてくれませんでした。空に浮かぶ海底神殿にいることを考えれば、状況は悪化してもはや誰の声も届かなくなっている可能性が……」
「……そうか。 親の尻拭いを子供に押し付けるのは気が引けるが、二人とも。彼女を頼む」
「はい」「わかりました」
最後の願いを聞き届けた二人は返事をするとゲートに歩み寄り、一度振り返り会釈を残してゲートをくぐった。
二人を受け入れたゲートは自動的に消滅し、部屋には主であるアウルだけが残された。
「……誰が起こしてくれた奇跡かわからないが…………ありがとう。これでもう、安心して逝けるよ」
――翌朝、ジールの王アウルは寝室で静かに息を引き取った。しかしその死に顔は、とても穏やかなものであった。
◇
ゲートを抜けた先は真夜中の森の中で、そこがすぐに少し前まで自分がいた場所であると理解する。
サラが亜空間倉庫から受け取ったローブを取り出し、先ほどの出来事が現実であることを確認した。
「……いい親父さんだったな」
「ええ……私たちの、自慢の父親です」
ローブを倉庫にしまうと、サラの瞳に涙が溜まっていくのが見えた。
何故、と考えるまでもなかった。何も言わずに正面から抱きしめると、サラは胸に顔を押し付け声を殺して泣いた。
彼女が泣き止むまで抱きしめながら俺は必ずラヴォスを倒すことを、遥か昔に永い眠りについた未来の義父とこの星に誓った。
この話の構想はDOGDAYS編を書いている際に思い付いたのですが、今回導入に当たってリメイクで一番梃子摺った回だと思います。
また、今回の話を導入したことで尊が何故か元の世界に戻れたという場面は丸ごとカットとなりました。気になる方は前作第25話「決意」をご覧ください。
オリジナル装備設定・解説
エレメントローブ
・サラ専用の装備
・防御力90
・全属性攻撃無力化
・DS版クロノトリガーに出てくるルッカ専用防具のエレメントガードに匹敵する装備
かつてアウルのためにボッシュが作り上げた逸品で、先述の通り全ての属性攻撃を無力化させる破格の性能を誇る
最終的にサラの手に渡り、以後は彼女の愛用の装備となった