イレギュラーがあったものの無事に野営から一夜明け、ひとまず動くことまでは修理の終えたロボを完璧に仕上げるためオーバーホールをすべくルッカの家に移動した。
「――完全に完了するまで……丸一日ってところかしら」
「こいつを一日で完璧に仕上げることに俺は驚きだぞ……」
メガネを上げながらルッカが口にした言葉にツッコミを入れざるを得ない。やっぱりこいつはメカチート転生者じゃないのか?
それはともかく、昨夜からルッカの機嫌が非常にいい。というか、ララが普通に歩きまわってた時点で未来を変えられたんだな。
ここでロボの修理がおこなわれている間、俺はサラと共に森でロボから受け取った緑の夢をボッシュに頼んで武器にしてもらうべくメディーナ村へ向かうことにした。
なんでもトルース町からメディーナ村へ行ける定期便が出ており、これを使えば2、3時間で到着できるらしい。ぶっちゃけシルバード使った方が圧倒的に早いんだが、まあ時間があるしのんびり行くのもいいか。
これに魔王がさも当然とようについて行くと言いだし、カエルが新しいメディーナ村を見ておきたいので同行するということになり、結局4人でメディーナ村へと向かうこととなった。
トルース町も魔族が普通に生活しており、定期便の受け付けではミャンヌが笑顔で出迎えたりもしていた。
敵としての側面しか知らない俺やカエルはどうにも慣れない歓迎を受けながら船に乗り込み、数時間の船旅を経てメディーナ村へ到着する。
こちらは魔族の村と言うこともあって大通りを歩いている人たちの7割ほどが魔族だったが、訪れる人間に友好的に声をかけている辺り原作での最終的な状態に酷似していた。
「……そういえば、こうなった場合の村長っていったいどうなってるんだろ」
原作であればビネガーの館を攻略するまでビネガーの子孫だったが、攻略後はジャリーが村長になって子孫は気弱なお手伝いさんだったはずだ。
確認してみたい気がしないでもないが、普通に考えればアポなしで村長に会いに行くのは失礼だよな。それに今回そこまで重視する必要もないはずだから……まあいいか。
村を抜けて一直線にボッシュの小屋へと向かう。ここを通るのは初めてここに来たとき以来となるので、あの時と比べるとなんだか感慨深いものがあるな。
しみじみと当時のことを思い返しているといつの間にか小屋の近くについており、あの時のようにカウベルを鳴らしながら入店する。
「いらっしゃい――おや、お前さんたちか」
カウンターで本を読んでいたボッシュがこちらを見るなり席をたって出迎える。俺たちは手早く用件を済ませようと倉庫からそれぞれ傷だらけの杖と緑の夢を取り出す。
「ボッシュ。あなたにこれを直してもらいたいのですが」
「む? これはお主の杖か。ふむ……先端の魔石はもうダメじゃな。それで、代替品として用意したのがそれか?」
「はい。これは緑の夢と言って、400年分の魔力を凝縮した森の樹脂で出来ています。これを使って、サラの杖を直してもらえませんか?」
緑の夢を受け取ったボッシュは宝石を鑑定するときに使うようなレンズでじっくり観察すると小さく唸る。
「驚いたわい。初めてサラの杖を作った時の石と同じようなものをまた見ることができるとは……」
「では、修理の方は?」
「任せておけ。ワシが腕によりをかけて直しておこう。出来上がるまで……まあ、半日といったところか」
半日か……今からだと受け取りが明日になってしまうが、まあ仕方ないか。
その条件で製作を進めてもらうことで話が決まり、俺は頭の中で自分が知る限り他にやり残したことがないか整理する。
虹の貝殻、ビネガーの館、勇者の墓、ジェノサイドーム、国王の裁判、地底砂漠、太陽石、そして緑の夢。竜の里は予想外の出来事ではあったが、とりあえずこれ以上やることはない。
揃えられるだけの手札は揃えたつもりだ。となれば……ついに仕掛け時か。
「そうと決まれば、あとは足がいるな……奴に頼むか」
必要なものを思い浮かべながら、俺はその時を想像して笑みを抑えられなかった。
◇
あれから一夜明けてロボの修理が完了し、俺たちはサラの装備を回収するため再びボッシュの小屋に訪れていた。
今回はシルバードで来ており、ロボが自身の動作チェックを兼ねてシルバードを操作している。ちなみに、他のメンツはリーネ広場で待機中だ。
クローズの札が掛けられた小屋に入るなりボッシュは腰を上げ、テーブルに置いていた布を持ち上げる。
「待っとったぞ。これが、頼まれたものだ」
布が取り払われ、一本の杖が姿を現す。
傷だらけだった本体は一片の汚れもない白銀の姿をしており、縁ふちに施された装飾がシンプルながらも高貴な印象を抱かせる。
そして先端にはひびが入り力を失った石ではなく、昨日渡した緑の夢が新たに備わっていた。
「すごい……。前のものと全然変わっていません」
「あたりまえだ。そうなるようにしたからの」
「魔法の効果については結局どうなったんですか?」
「そちらも心配することはない。むしろ素材のおかげか効果は上がっているとみていい」
さすがリレイズが付与された逸品、格が違ったか。
「ソレで、この杖はなんという名前なのデスカ?」
「いや、特に決めとらん。サラ、お主がつけるとええ」
「私がですか? ……ミコトさん、お願いできますか?」
「名前か……」
緑の夢を使ってできたサラの杖。
緑の夢……森…………サラ――――。
「――沙羅双樹」
「さらそうじゅ? どういう意味ですか?」
「花の名前なんだけど……なんだったかな、俺の世界のある宗教と深い関わりがあって、夏になると白い花弁を咲かせるんだ。で、盛者必衰……どんなにすごい人でも必ず衰えてしまうという意味も含まれているんだ」
盛者必衰のくだりは確か平家物語だったか? 昔習った国語の内容がここにきて役立つとは……やっぱり学校は侮れないな。
さて、肝心の名前についてはサラも気に入ってくれたのか、何度か口にして大きく頷く。
「ミコトさん。その名前、この杖の名前に使わせてもらいますね」
「良いと思うぞ。名前も揃っていい感じだし」
サラが持つ沙羅双樹。駄洒落のつもりはないが、個人的には全然ありだと思う。
正直、盛者必衰の部分は自分でもどうかと思ったが、気に入ってもらえたのならいいか。
「ありがとうございます、ボッシュ」
「かまわんよ。お主たちも気をつけてな」
ボッシュに見送られ小屋を出た俺たちはみんなが待つリーネ広場へ戻り、ルッカのテレポッドがある広場で今後のことについて話し合おうとしていた。
「……はずなんだが、これは一体どういう状況なんだ?」
「ミコト、わからないか? 宴だ!」
さも当然と言うようにエイラが手にした瓶を煽る。
目の前には屋台の料理であろうものがずらりと並んでおり、飲み物も大量に用意されていた。
「次の戦いがたぶん最後になるんじゃないかって話になったんで、場所の都合もあって揃えてみたんです」
「……まあいいか。概ね間違いじゃないし」
用意された椅子に腰かけ近くにあった焼きそばに手をつける。明らかにこの世界のものではない料理が並んでいるが、おそらく気にしたら負けだろう。
「食べながらでいい。俺の話を聞いてくれ」
焼きそばを嚥下しながら水でのどを潤し、俺は昨日の考えを口にする。
「サラの装備を回収したことで、俺が把握している限り回収できる重要な装備やアイテムは全て入手できた。そこで、そろそろ最後の戦いに挑もうと思っている」
最後の戦いと聞き、飲み食いしていた手が一斉に止まり俺の言葉の続きを待つ。俺も手にしていたものを一度置き、続ける。
「行き先は古代の空に浮かぶ黒の夢。ターゲットは最深部にいる女王ジールと、奴が呼び出すラヴォスだ」
「……ついに来たか」
「…………」
近くの柱に寄りかかっていた魔王が呟き、アウルさんのこともあるのかサラが複雑そうな面持ちで話を聞く。他の面々もジールとラヴォスと聞いてどこか強張っているようだ。
「黒の夢への突入については一つ考えがある。これがうまく行けば、ここにいる全員で攻めることが可能になる」
「全員? だが敵は空に浮いていて、シルバードは3人までしか乗れないぞ。お前の……ベースジャバーだったか? あれもそんなに大人数は無理だろ」
「問題ない。古代にはあいつもいるからな。協力を要請する」
「あいつ? もしかして……」
「ダルトンですか?」
誰なのかに心当たりがあったマールに続いてルッカが確認するように名前を挙げる。それに対して俺は正解と返し詳細を語る。
「幸いにも黒の夢は一か所に停滞し続けている。黒鳥号で横付けしてもらって突入し、あとは突き進むだけだ」
原作では黒鳥号もダルトンがシルバードに取り付けたレーザーのせいで撃墜されたからな。こういう時こそ使わせてもらおう。
やり方を聞いて全員納得したのか、突入手段についてはそれで決定した。
次に挙げるのが敵の戦力と特徴、そして規模だ。
といっても、少し鬱陶しいのがミュータントとプチラヴォスの強化型で、あとは本当に有象無象でしかない。
本当に厄介なのはジールから先だが、明らかに原作より多い戦力で殴り込みをかけるので負ける気が全くしない。
大トリのラヴォスも9段階目までは大丈夫だろうが、問題はその先だ。
海底神殿で最強モードだったとはいえ、外殻相手に自分が死ぬのを幻視したことがあるだけにまともに向き合えるか少々不安ではある。
……あの時とは全く違うんだ。やれる、やってやるさ。
誰にも聞かれないよう心の中でそう決意し、話の締めにかかる。
「これが終わったらシルバード組は古代のゲートを解放してくれ。残ったメンバーは時の最果てから解放されたゲートに飛び込んで古代へ移動、そこで俺はシルバードに乗り換えてダルトンに話をつけに行く。 ――俺からは以上だ。あとは好きにしてもらって構わない」
そう告げて俺は再び手元の焼きそばに食らいつく。それを皮切りに他のみんなも並べられたものに手をつけ、思い思いに祭りの余韻を楽しむ。
それを眺めながらふと倉庫の中に放り込んでおいたものを思い出し、それを次々に取り出して並べる。見たことのあるそれに、まずサラが反応した
「ミコトさん、それって」
「ああ、フロニャルドで買ったやつだ。みんな、遠慮せずに食ってくれ」
「うわぁー! 美味しそう!」
提供された異世界の料理にマールが感嘆の声を上げる。みんなの手が次々と伸ばされ、取り出した料理はあっという間に姿を消した。
元々確保していた量がそこまで多くなかったのもあるが、クロノやエイラががっつりと食べていったため消費は思った以上に早かった。
次にこの料理を提供できるとすれば、ラヴォスを倒した後だな。あっちのみんなは、元気でやっているだろうか。
「……そういえば、
思い出したのは、あの三人が賭けをしていた内容だ。
確かジョーヌが俺とサラの中が進展しているにで、ノワールが俺がサラに婚約を決める、ベールが俺とサラが夫婦になっているに賭けていたな。
今のところ賭けに勝っていると思うのがジョーヌだが、あっちに戻るまでまだ日がある。
その間に俺とサラが……夫婦になっているという可能性も決してゼロでない。
実際にそこまでいくのかはまだ分からないが、まあ頭の片隅にでも留めておこう。
ガレットの地酒を喉に流し込みながら、俺は英気を養うことに専念した。