先の戦闘でボロボロとなっているにもかかわらず、ジールの瞳はさらに狂気に染まって継戦の意思を顕わにしていた。
「虫ケラどもが……。わらわは、ラヴォス神とともに永遠にこの世を支配する女王なるぞ。そのわらわに逆らおうと言うのか」
完膚なきまでやられたにもかかわらずなおこの世の女王を自負する彼女を見て、魔王は哀れみを込めて口を開く。
「愚かな……。全ての存在は、滅びの宿命から逃れることは出来ぬ……」
「この杖と同じ名前の花に、盛者必衰という言葉があるそうです。どれほど強大な力を得ようとも、いつか必ず衰えるときが来ます。永遠の力なんて、この世の何処にも存在しないのです」
「黙れっ! ラヴォス神は死に抗えぬ有象無象とは違い絶対にして完全なる存在! 滅びも衰退もないのだ!」
「死を受け入れた父上は最後の時まで自分の生き様に誇りを持とうとしました! 母上は、そんな父上の意思も否定するのですか!?」
「黙れ黙れ黙れぇ! あのような男とわらわを同じにするな! わらわは死なぬ! ラヴォス神の御加護がある限りな!」
かつて愛したはずの男の存在すらジールは否定する。
もはやそこにかつての母親としての姿などなく、邪神に心を奪われた狂信者の醜い姿のみが残っていた。
ここまできたらもう手遅れだと悟り、サラは一度顔を伏せると決意をこめてジールを睨む。
「母上……。もう私たちの声も想いも届かないと言うのなら、父上の望みを酌んであなたを倒します!」
「ラヴォスに魅入られた悲しき女よ。せめてもの情けだ……一思いに楽にしてやるぞ!」
「呪われし予言者よ…そなたが海底神殿で犯した罪、わらわは忘れてはおらぬぞ。そしてわらわに屈辱的な傷を負わせたそこの優男よ! 貴様らだけは楽には死なさぬ! わらわに楯突いたことを後悔するがいい!!」
魔王に続いて尊にそう宣言したジールが光に包まれ、やがて巨大な顔と手となって姿を現した。
不気味な見た目に違わず溢れる魔力からは背筋が冷えそうな冷たさが感じられるが、尊はさもどうでもよさそうに口を開く。
「で、言いたいことはそれだけか?」
「なに?」
「楽には殺さない? 楯突いたことを後悔しろ? 三下のセリフ過ぎて笑いも込みあがらないな……さて、思い残すことはないか? 神様へのお祈りは済ませたか? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?」
涼しい顔で繰り出される挑発行為にジールの顔は忌々しく歪み、視線だけで殺せそうな目で尊を睨みつける。
「貴様、何処までわらわを馬鹿にするつもりだ!?」
「何処まで? 何処までもだよ。あんたが俺たちを見下して虫ケラ呼ばわりするように、俺はあんたを脅威にすら感じていないんだからな。恐れるに足りない相手を馬鹿にするなんて、よくあることだろ?」
その一言が引き金となったのか、ジールの中で何かがキレた。
「殺す!!」
右手からレーザーが、左手から怪光線が繰り出され尊に直撃し、ジール本体からヘブンゲートが放たれ光の柱が立ち上り尊を飲み込む。
さらに水属性のヘキサゴンミストにより、虹色の光彩を放つ六芒星が全員へと襲い掛かった。
「おい! 今のはちょっと痛かったぞ!」
「イキマス!」
クロノの抗議に続いてロボがマシンガンパンチをジール本体に向けて放つが、それを両手が遮り直撃を回避する。
ダメージを受けた右手が反撃の動作に入り、ロボを滅多打ちにし始める。ひときわ大きな爆発が起こると同時に右手が下がると、そこには瀕死のロボが残されていた。
すかさず尊が『ケアルガ』を唱え回復させ、声を張り上げる。
「両手の反撃に注意しろ! 右手はライフシェイバーで今みたいに瀕死の状態に落とし込み、左手はMPバスターを仕掛けてくるぞ!」
「厄介な……。『ダークボム』!」
悪態を付きながら魔王がジール本体に魔法を唱え、ルッカとエイラの連携技『炎3段蹴り』が追撃を仕掛ける。
ダークボムこそうまく本体に直撃したが、連携技は左手に防がれた挙句エイラは反撃のMPバスターを受ける結果となった。
「吹き飛べ! 『ダークギアー』!」
ジールの攻撃は続き、二つの黒い三角形が尊たちの頭上で衝突すると爆炎になって降り注ぐ。
ヘキサゴンミストには及ばないものの、このダークギアーも魔法防御が低いメンバーにとっては結構なダメージを与えた。
「ちぃ! 『勇気』! くらえっ!」
特殊効果を付与したボウで本体を狙い撃つ尊だが、予想外の状況に若干焦っていた。
――両手が邪魔すぎる! 『必中』がある『勇気』のおかげで俺はまだまともに攻撃できるが、普通に攻撃しようにもなかなかダメージが通らない!
『サンダー』や『アイス』など単体にダメージを与える下位魔法なら本体にダメージを与えられるがそれも大したものではなく、物理的要因を伴う攻撃はかなりの確率で両手に阻まれる上に反撃を食らう。
この反撃がまた厄介極まりなく、ロボやエイラといった全体攻撃をしないで直接ダメージを与えるしかないメンバーにとって、あの両手は鬼門に等しかった。
しかも背後や下から攻撃しようにもジールがいるのは足場のない空中で、死角からの攻撃に対して非常に強い位置にいた。尊の輝力武装であるベースジャバーで接近できればいいのだが、一撃でももらえば消滅して地上まで真っ逆さまとなるので選択肢にはない。
一応、接近して攻撃した際は顔や手を足場にして戻ることができるのだが、本命にダメージを与えられないので接近しようとする者はいなかった。
――このままじゃ埒が明かないが……明確な対策が思いつかないな――て言うかレーザーとかヘブンゲートとかやたらと俺に集中してないか!? 思い当たる節はあるけどさ!
少ないダメージも積もれば大きなダメージとなるように、ジールの集中攻撃は確実に尊の体力を削っていた。幸い後衛による『ダブルケアルガ』のおかげでピンチには至らないが、回復した側からダメージを受けるので状況はイタチごっこと言ってもよかった。
「エイラ、怒った!」
尊が状況をどう打破するべきか考えていたところへそんな声が響き、両手に阻まれてロクに攻撃ができなかったエイラが持ち前の身体能力を生かして一気に接近する。
無論ジールも手をこまねいているはずもなく、接近を許すまいと怪光線やヘブンゲートが飛来する。
しかしエイラがそれらを器用に避けると、動揺したかのように手の動きが一瞬鈍る。
「ウラァ――――ッ!!」
数瞬遅れて壁のようにふさがる手をすり抜けるとその手を足場にし、雄たけびと共にジールの顔へ跳び蹴りが放たれる。
文句のつけようもないクリーンヒットにジールの顔が歪み反撃に移ろうとするが、既にエイラはクロノたちの元へ離脱し始めていた。
「おぉー…さすが野生児、一瞬の隙を突いてあんな芸当をやってのけるのか」
くるくると回転しながら戻ってきたエイラを見て思わず呟くクロノに「まったくだ」と尊が同意すると、彼の頭でふと一つの策が思いついた。
ただしそれは諸刃の剣とも呼べるもので、誰かが割を食わないと成功しない策だった。
「……こういう場合、発案者がその役を引き受けるもんだよな――サラ」
「なんですか? ミコトさん」
「一つサポートを頼みたい」
◇
「……本当に、そうするつもりですか?」
尊の策を聞いたサラは、信じられないと言った風に聞き返す。だが尊の返事に変わりはなく、彼は問題ないと告げる。
「MPの消費が少ないサラだからこそできる策なんだ。頼む、危険は承知だが、現状を打破するにはこれが最善だと思うんだ」
先ほど聞かされた内容を思い返してみるが、確かにこれは現状を打破するには最善かもしれない。だがその反面、尊にとっては綱渡りも同然の戦法でもあった。
愛する人を危険に晒すことになるが、勝利のためにこの作戦が必要と言う葛藤の末、サラは決断する。
「わかりました。ミコトさんの命、私が預かります」
「ありがとう。 ――じゃ、早速やるか!」
気合を入れて手にしたサテライトエッジをボウモードに切り替えて素早く2回射る。
放たれた矢の先は――――ジールの両手へと突き刺さった。
「愚か者が! わらわの手はラヴォス神の御力によって圧倒的な強さを誇っておるのだぞ!」
尊の行動を嘲笑いながら反撃のライフシェイバーとMPバスターを放つ。
それとほぼ同時に、彼の口から指示が飛び出る。
「今だ! 本体に総攻撃開始!」
直後に両手からの攻撃を受け苦悶の表情を浮かべるが、指示とその意図を察したクロノたちは尊に群がる手を無視してジールの本体へと攻撃を開始した。
尊が考えた現状での最善策、それは自身が両手を引きつけて反撃を受けている間に残りのメンバーが本体へ直接攻撃を仕掛けると言うものだ。
ジールの反撃はオートで行われているため一度起こした動作が終了するまで行動ができず、尊はそれを利用して隙を作るようにした。
そしてライフシェイバーの対策として用意したのが、最愛の女性に頼んだサポートだ。
「『ケアルガ』!」
サラが唱えた『ケアルガ』により瀕死同然だった尊の体に活力が戻り、表情に笑みが浮かぶ。
これが彼の考えた策の全貌。自身を餌として両手を釣り、そばにサラを置くことでダメージを気にせず敵の守りを引き剥がす。
MPに関しては完全に捨てる方向で行っているため精神コマンドや魔法が使えないが、両手を完全に引き付けるためなら安いものだ。
「肉を切らせて骨を絶つ……一歩間違えれば即死同然だが、サラがいる以上それはありえない!」
回復と同時にまた両手を射抜くという動作を繰り返すことで、ジールの守りは丸裸となっていた。
「小賢しいマネを! ならばライフシェイバーが当たった直後にヘキサゴンミストでトドメを――」
「させない!!」
クロノとマールによる『アイスガソード』がジールの行動を妨げる。続けてルッカとロボの『ファイガタックル』にカエルとエイラの『あぐら落ち斬り』、ガイナーたちの『風神ノ舞』が炸裂する。
「ミコトさんが危険を犯してまでくれたこの隙、絶対に無駄にはしない!」
「虫ケラどもが、わらわの邪魔をするな!」
「戯け、貴様を抑えねば姉上にまで被害が出るのだ。いくらでも邪魔してやるに決まっているだろう――『ダークマター』!」
ジールの懐に飛び込んだ魔王がほぼゼロ距離で『ダークマター』をお見舞いすると、ジールの本体が大きく仰け反る。
「これで眠るがいい! ジール!!」
ヒュカァァンッ!!
魔王の持つ『絶望の鎌』が縦に振りぬかれ、ジールの顔が真っ二つに割れる。
顔の崩壊と共に尊を攻め立てていた両手も消滅し、最後には元の姿に戻ったジールだけが残った。
「ム、虫ケラの分際でこのわらわを追い詰めるとは……!」
「母上! これでお仕舞いです! もうこれ以上は――」
「黙れサラ! ――ラヴォス神よ! その御力をわらわに!!」
この期に及んでなおもラヴォスに縋るジール。
狂信者の言葉に応じたのか、黒の夢の遥か下からどす黒い力が溢れだしその一部が霧となってジールにまとわりはじめる。
霧に包まれたジールは恍惚とした笑みを浮かべ、体を震わせる。
「フフフ……、ハハハ……、フハハハハハハハ!!」
「何が可笑しい、ジール!」
「勝ったと思ってるんだよ――ラヴォスが出てくるからな」
「その通りだ!」
尊の言葉を声高に肯定するのとほぼ同時にジールの体がボロボロと崩れ始める。
その光景に何人かが息をのむが、当の本人はかまわず狂笑を挙げながら叫ぶ。
「ついにラヴォス神が御目覚めになる! キサマたち虫ケラなぞラヴォス神の前では赤子同然! わらわはラヴォス神とともに永遠の生命を手にすることとしよう! 覚悟するがいい……ラヴォス神と一つになったわらわが、キサマたちに絶望を与えるということを! クッククク……クァハハハハハハ…………!!」
その笑いを最後にジールは背後に現れたゲートに呑まれて消滅し、黒の夢が激しく振動を始める。
「な、何が起こるの!?」
「黒の夢が崩壊してゲートに飲み込まれていマス! こ、このゲート反応は……!?」
ロボが解析を進める間もゲートは黒の夢を呑みこむ範囲を広げ、頂上にいた尊たちも巻き込まれるといつの間にか魔神器と戦ったような場所へと導かれる。
すると今度は地鳴りが発生し、海の底が割れると共にソレが姿を現した。
無数の刺を生やした巨大な殻。目とも口ともとれる頭部。
クロノを消滅させ、尊に自分の死を幻視させたこの星に巣くう生命体。
「――ラヴォス」