Jumper -世界のゲートを開く者-   作:明石明

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ある程度話が進むまで特地語は【】で、日本語は「」で表現します。


第55話「特地の脅威」

 自衛隊に案内されて到着したのは、トルース村より規模が小さいコダ村という場所だった。

 伊丹さんは村長と思しき人に手元の本を見ながらこの世界の言葉で会話しており、竜の絵を見た瞬間に村長だけでなく他の村人からもどよめきが上がった。

 すると村人たちは一斉に動き出し、荷車や馬車を出しては次々と家財道具などを載せ始めた。

 

 

「どうやらここの住民たちは、ドラゴンから逃げるタメに村を捨てるようデス」

 

「ロボ、わかるのか?」

 

「イタミ殿が会話を始めタ段階から言語の解析を行っていマス。デスガまだまだデータ不足なので、主観から推測シタにすぎまセンガ」

 

「いや、十分だ。そのまま解析を続けてくれ」

 

 

 サテライトゲートを開くためのチャージが終わるまでこの世界に留まるのなら、最低限会話と読み書きはできるようになっておかなければならないだろう。

 いくら自衛隊がいるにしても、いつまでも保護される立場ではいられないからな。長引くかもしれないなら、どこかで自立することを視野に入れなければ。

 そんなことを思っているといつの間にか自衛隊の車両を先頭に避難する人が長蛇の列を作っており、名残惜しそうに村から去ろうとしていた。

 ちなみに俺たちは自衛隊が避難民に合わせて速度を落としているのを機に、徒歩に切り替えて列に加わっていた。

 また、ベースジャバーは村についた時点で混乱を避けるため解除し、それに合わせて目立つ装備はすべて亜空間倉庫に入れ、比較的現地人に似た服装となっている。

 だがそれでも俺たちの面子は異色なのだろう。避難民の大半がロボやカエルにチラッ、チラッと視線を送っている。

 中には俺たちへの興味を隠そうともせずガン見している少女もいた。ローブと杖を持っている姿から、もしかしたら魔法使いなのかもしれない。

 

 

「……この人たち、行く当てはあるんですかね?」

 

 

 列を眺めながらクロノがポツリとつぶやく。

 確かにいきなり村を捨てる羽目になったんだからすぐに行く当てが見つかるはずがない。

 ある程度は最寄りの村で受け入れてもらえるかもしれないが、全員を受け入れられるキャパシティなどないはずだ。

 必然的に、ある程度の人数は新たに受け入れても会える村や町を探して逃避行を続けることになる。だがそれも、そう長く持つはずがない。

 体力もそうだが、食料や路銀がすぐに底をつくだろうし、なによりこの世界じゃ盗賊なんかが普通に出てくるらしい。

 移動をする人数が少なくなり、自衛する手段を失ってしまえば格好の的になる。襲われてしまったら、後はどうなるか容易に想像できる。

 どうにかしてやりたいとは思いたいが、流れ者の俺たちにできることなど何もない。

 

 

「……ままならないな」

 

「ええ、本当に」

 

 

 サラも同じ心境だったのか、俺の言葉に同意してくれる。

 嘆息していると、不意に列が進んでいないことに気づいた。

 

 

「御館様。どうやら荷を積みすぎた馬車の車軸が折れ道を塞いでいるようです。それに伴い、少女が怪我をしたとか」

 

 

 先に様子を見に行っていたらしいガイナーが報告してくる。

 なるほど、持てるだけ持っていこうとして重量オーバーになってしまったわけか。それにしても子供が怪我か……それくらいだったら治せるか。

 

 

「ちょっと様子を見てくる。ついでに、怪我したって子供も治してくる」

 

「あ、私も行きます」

 

「じゃあ俺たちは道を塞いでるっていう馬車の撤去を」

 

 

 俺の行動を皮切りに全員が移動し、問題が起こったという場所にやってくる。荒い呼吸を繰り返す女の子の様子を黒川さんが診ていて、その近くでは倒れた馬に横転した荷台が惨状を物語っていた。

 

 

「黒川さん、ちょっといいですか」

 

「え? あっ、迂闊に触れないで。この子は脳震盪を起こしていますし、肋骨に皹が入ってる可能性も」

 

「肋骨に皹…ですか。だったら――『ケアルガ』」

 

 

 唱えた魔法が少女を包み、擦り傷などを一瞬にして癒す。同時に女の子の呼吸が安定し、目に見えて危険を脱したことが伺える。

 その様子に辺りから驚愕が広がり、間近で見ていた黒川さんも信じられないといった表情をした。

 

 

「い、今のは?」

 

「回復の魔法です。怪我に関してはこれで大丈夫ですから、あとは意識が戻れば大丈夫です」

 

 

 よし、子供はこれでいいとして、後は馬と荷台を――

 

 

「うおっとぉ!?」

 

「ウラァ!」

 

 

ズドムッ!

 

 後ろから馬の高い嘶きとともにクロノの驚く声が上がり、同時にエイラの力強い声と何かを殴ったような鈍い音が響く。

 振り返ってみれば泡を吹いて気絶している馬と、手をプラプラさせているエイラがいた。

 

 

「クロノ、何があった?」

 

「馬が突然暴れ出したんですけど…まあ、見ての通りです」

 

 

 それだけで察した。暴れ出した馬をエイラが拳一つで黙らせ、被害を未然に防いだといったところか。

 暴れ出した馬は危険だと聞くけど、エイラにとっては子犬を黙らせるようなものなのだろう。ともあれ、新しい怪我人が出なくてよかった。

 

 

「あの嬢ちゃん、すげぇな……。俺は馬を撃つつもりでいたんだが」

 

「原始時代を体一つで生き抜く世界でも有数の戦士ですからね。あの拳にかかれば、大抵の敵は沈みますよ」

 

 

 小銃を手にした桑原さんにそう答えながら、ついでにと提案をする。

 

 

「桑原さん、俺たちも何か手伝わせてください。ただ見てるだけっていうのは、ちょっと嫌なんで」

 

「……わかった。隊長に聞いてみよう」

 

 

 さっきの出来事で俺たちが普通の人間じゃないことを理解したのか、桑原さんは俺たちにできることがないか伊丹さんに確認しに行った。

 さて、とりあえず俺はロボたちと一緒に荷台を退かすか。

 

 

 

 

 

 

 少女、レレイ・ラ・レレーナは目の前で起こった現象に目を見開かずにはいられなかった。

 初めは聞いたことのない言葉を話す緑の人たちと進まない前方の様子を見るために向かったのだが、そこでは緑の服の女性と話す男が見たことのない魔法で子供の傷を癒したり、露出の多い服を着た女性が拳一つで馬を倒すという光景が広がっていた。

 後者に関してはまだ納得できなくはないが、男の使った魔法は賢者の異名を持つ師匠からも聞いたことがない未知の技術だった。

 しかもカエルと鳥の亜人、鋼鉄のゴーレムと自分の知らない存在が目の前にいる。

 

 

【……世界は、広い】

 

 

 彼らのことをもっと知りたいと思いながら、レレイはこのことを師匠に教えるべく自分たちの荷馬車へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「――一晩でたった1.5%か……」

 

 

 伊丹たちと行動を共にしてから最初の夜が明け、尊は家臣であるデナドロ三人集とともに列の最後尾を移動しながらステータスを確認し渋い表情を浮かべる。

 彼が自力でゲートを開くには、サテライトエッジに月の光を当ててチャージを100%にする必要がある。

 クロノ世界、フロニャルドと二つの世界を通じてそれは同じであり、尊は月が多い方がチャージ率がいいと仮説を立てていた。

 しかしこの特地ではどういうわけか月があるにもかかわらずチャージ率は予想を大きく下回っており、このままでは最低でも3ヶ月は特地に留まる必要があった。

 だがこの世には「働かざるもの食うべからず」という言葉がある。

 自衛隊の保護を受けるにしてもそれはずっと続くものではないため、やはりどうにかして自立をするしなければならない。

 

 

「とはいっても、現状で使える手段なんてないんだよなぁ……これがフロニャルドだったら、閣下やミルヒ姫様を頼れるんだが」

 

 

 ない物ねだりをしてもしても仕方ないのは理解しているが、つぶやかずにはいられない。

 と、唐突に列の動きが止まってしまう。昨日から断続的に荷車のトラブルが起こっているため今回もそれがらみではと考え、その場をガイナーたちに任せて前に向かう。

 どうやら荷車がぬかるみに嵌り、進行の妨げになっているようだった。既に荷車の持ち主だけでなくパワーのあるロボと自衛隊の富田 章、栗林 志乃も駆けつけて後ろから押し出そうとしていた。

 人手が足りていることを確認し、せっかく前に来たのならとついでに先頭の車両にいるサラの元へと移動する。

 彼女は昨日尊が使ったような回復魔法が使えるということで、怪我人の治療係としてマールとともにエルフの女の子を看病しながら待機していた。

 トラブルがあったため移動も中断されたおかげでものの数十秒で目的の車に追いつき、後ろの扉を開けてひょいと乗り込む。

 

 

「お邪魔しますよっと」

 

「あ、ミコトさん」

 

 

 出迎えたマールに片手を挙げながら、エルフの看病をしているサラと黒川に声をかける。

 

 

「その子、様子はどう?」

 

「バイタルは安定しているので、意識が回復するのも近いそうです」

 

「エルフってことで人間と同じ基準にしていいか不安だったけど、大丈夫みたい。助けた後すぐ暖められたのも大きな要因よ」

 

「よかった。せっかく助けたのに死なれたんじゃ、目覚めが悪いですしね」

 

 

 一安心とばかりに胸を撫で下ろすと、今度は前の席にいる伊丹から声がかかる。

 

 

「月崎君、後ろの様子どうだった?」

 

「富田さんと栗林さん、それからロボがぬかるみに嵌った荷台を押し出してました。あれならすぐに移動を再開できると思います」

 

「ありがとう。君らのおかげで、少しは楽させてもらって助かるよ」

 

「ですね。特にあのロボットのおかげで、特地住人との会話が隊長より断然捗ってますからね」

 

「余計なお世話だ」

 

 

 運転席でハンドルを握る倉田の茶々に伊丹が手にした翻訳本を投げつけ、車内に少し笑い声が上がる。

 しかし実際、尊たちのメンバーで最も自衛隊に貢献しているのがロボだった。

 機械ならではの疲れ知らずのパワーにコンピューターによる言語解析、果てには内蔵されたセンサーでの警戒行動とまさに百人力の働きをしていた。

 だがこの逃避行には、それだけでは足りないのも現状であった。

 

 

「移動速度は、如何ともしがたいですがね」

 

 

 こればかりはどうしようもなかった。

 徒歩で移動するしかない住民の心配だけでなく、荷車を引く馬やロバの体力も考慮しなければならないのだ。

 それらを考えたうえで移動するとなると、どうしてもゆっくりとした移動になってしまう。実際この高機動車でさえアクセルはほとんど踏まれず、倉田自身こんな速度で運転するのは教習所以来だとぼやいていた。

 

 

「車両の増援とか頼めないんですか?」

 

「あー、一応ここフロントライン……前線超えててね。下手に大規模な部隊を動かせば俺たちの敵が動くかもしれないし、それに伴って偶発的な戦闘や無計画な戦線の拡大、戦力の消耗だけでなく新たに広がる戦火に避難民まで巻き込みかねない。最悪の事態を考えればぞっとする……てね」

 

 

 挙げられた内容に尊は閉口せざるを得なかった。

 最後の一言から上の人間に厳命されたことなのだろうが、確かに一つの村の住人をドラゴンから助けるためにそれ以上の被害を誘発しては、何のために村人を助けたのだということになる。

 サラとマールも同じことを想像したのか、何ともやるせない気持ちになりながらエルフに視線を落とした。

 

 

「……じゃあ、俺たちでどうにかするしかないってことですね」

 

「そういうこと。ま、戦闘は俺たちに任せて、君たちは避難民を守ってやってくれればいいよ」

 

「正直、戦闘にならないのが一番ですがね」

 

「まったくだ」

 

 

 全員同じ気持ちなのか、このまま何事もなく終わってほしいと心から願うのだった。

 

 

「……ん?」

 

 

 何気なく視線を前方に向けると、道の先で大量のカラスが空を飛んでいるのに気づいた。

 その様子に伊丹も気づいたのか、双眼鏡を取り出して様子を探る。そんな彼の視界に飛び込んできたのは――

 

 

「――ゴスロリ少女!?」

 

「ヴェッ!?」

 

 

 巨大なハルバードを手に黒いゴシックドレスを纏った少女が、妖艶な笑みを浮かべてこちらに向かってきている姿だった。

 

 

 

 

 

 

 伊丹さんの声に反応して倉田さんが妙な声を上げて双眼鏡を構える。そんな姿に呆れる黒川さんを横目に改めて前を注視すると、確かに黒地に赤いフリルのついたゴスロリ服を着た少女がこちらに歩いてくるのが見える。

 ただし、その体躯に不釣り合いな大きなハルバードを手にしてだ。しかも蛇みたいなのが絡みついた禍々しい装飾付きの。

 

 

【あなたたち……どこからいらしてぇ、どちらへ行かれるのかしらぁ?】

 

 

 特地語で話しかけられ俺の頭にハテナが埋め尽くされる。

 この場で一番言葉を理解できるであろう伊丹さんに目を向けるがこの人も把握しきれていないようだ。こんな時にロボがいてくれたらなぁ……。

 

 

【神官様だー!】

 

 

 突如、後ろにいた子供たちが車から降りて少女に駆け寄っていく。

 子供だけでなく大人や老人まで少女に近づくと、祈りを捧げるように跪いた。

 

 

「祈りを捧げているみたいですね」

 

「ということは……服か武器に宗教的な意味があるんですかね?」

 

 

 だとしてもゴスロリ服に宗教的意味があるとは思えないし、まだ禍々しいハルバードの方が邪教とかの神官として証明するのに説得力がある。

 だが物怖じせず話しかける子供たちの様子から、別にその手の神に仕える神官とかいうわけでもなさそうだ。

 件の少女はこちらに近づくと不思議そうに車両を眺め、子供から何か言われると楽しそうな笑みを浮かべてつぶやく。

 

 

【これ、私も乗せてもらえるかしらぁ?】

 

「あー……さ、【こんにちわ、ご機嫌いかが?(サヴァール ハル ウグルゥー?)】」

 

 

 とりあえず答えた伊丹さんだが、少女はハルバードを車両に乗せると満面の笑みで彼の膝に座った。というか君、ハルバードを寝ているエルフに乗せるんじゃありません。うなされてるぞこの子。

 一方、突然椅子にされた伊丹さんは何度も降りるように促すが、少女はそのポジションが気に入ったのか動こうとしない。その隣で倉田さんが頻りに「羨ましいッス!」と叫んでいるが……あれか、我々の業界ではご褒美ですってやつか?

 そんなことが数分続き、結局伊丹さんが席を詰めることで納得してもらい移動が再開された。ちなみにハルバードはエルフの隣に置きなおしたが、正直尋常じゃない重さだった。キログラムで軽く三桁はあった気がするぞ。

 予定外のこともあったが用が済んだので先頭から離れ、戻りながらトラブルがないか目を通していく。その間に草原が主だった景色が茶色い荒野へと推移し、心なしか気温が高くなった気がする。

 

 

「――あ、ミコトさん」

 

 

 唐突に名前を呼ばれ足を止めると、ロボが肩に子供を乗せ、その隣でクロノが子供をおぶって歩いていた。そのさらに隣には魔王の姿もあるが、こいつは腕を組んで歩いているだけだった。

 

 

「どうだ、なにか問題はないか?」

 

「今のところハ大丈夫デス。シカシかなりの距離を歩いたこともアリ、村人たちの体力に懸念がアリマス」

 

「確かに昨日から歩きっぱなしだが、こればかりはどうしようもないんだよなぁ」

 

 

 村から大分離れたとはいえ、ドラゴンの脅威から逃れたとは言い切れない。

 しかもここはかなり開けた場所だ。体力を消耗して動きが鈍くなってる今を狙われたらどんな被害が出るかわかったものじゃない。

 

 

「フン、こちらから始末した方が早いのではないか?」

 

「おいおい、確かにそれが手っ取り早いかもしれないが、相手の具体的な戦闘力がはっきりしてないんだぞ。しかも伊丹さんが村長から聞いた話じゃ、そのドラゴンだけで国が滅びかねないほどらしい。もしそれが本当だとすれば……」

 

「最低でもドラゴンは国を滅ぼすだけの力がある……ってことですね」

 

「そういうことだ」

 

 

 いくら俺たちがラヴォスという星を殺すほどの敵を倒した実績があるとはいえ、大部分は俺が反則じみた手段を用いたことと、ラヴォスについてよく知っていたことに起因している。

 おそらく原作通りのクロノたちだけでは、あの並外れた力を振るったラヴォスを倒すのは困難だっただろう。

 よしんば第2形態まで倒せたとしても、ラヴォスコアの法則を知らなければ最後の戦いでやられていた可能性が高い。

 無数のビットに紛れたコアを仕留めなければならなかったあの悪夢は、もう二度と味わいたくないな。

 さて、そろそろガイナーたちのところに――

 

 

「! センサーに反応! 上空ヨリ巨大な熱源を感知デス!」

 

 

 突然ロボが叫び、俺たちは反射的に空を見上げる。

 その行動につられて村人も空を見上げると、彼らの顔が絶望に染まった。

 

 

「GRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 

 真っ赤な鱗に覆われた巨大なドラゴンが、そこにいた。




クロノ世界やフロニャルドと比べてサテライトエッジのチャージが悪いのは作者の都合によるものです。特に深い理由はありません。
また、今回の投稿でついにストックが切れましたので次回投稿に少し時間が開きます。ご了承ください。

次回、炎龍遭遇戦。

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