Jumper -世界のゲートを開く者-   作:明石明

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どうもこんにちわ、およそ3年ぶりに発売されたゼロの使い魔の最新刊をどうにか入手できた作者です。

さて、今回は参考人招致の後編となります。
かなり飛ばして伊丹の元嫁のところまで話が進みますが、参考人招致で尊が加わったこと以外に原作と大きな違いはありません。

それでは本編第65話、どうぞご覧ください。


第65話「参考人招致 後編」

 自分に向けられた発言が信じられないといった風に呆然としている幸原へ、ロゥリィは先ほどの質問に答える。

 

 

「イタミたちは頑張ってたわぁ。難民を盾にして安全な場所にいたなんてことは、ぜぇったいにないわよ」

 

 

 魅了するような笑みのまま、目の前の女を嘲笑うようにロゥリィは実に、実に楽しそうに続ける。

 

 

「第一、兵士が自分の命を大切にして何が悪いの? 彼らが無駄死にしたら、あなたたちのように雨露凌げる場所で駄弁ってるだけの連中を、一体誰が守ってくれるのかしら。お嬢ちゃん」

 

「お、お嬢、ちゃん?」

 

 

 明らかに自分を見下した発言に苛立ちを募らせる幸原だが、ロゥリィの主張はまだ続く。

 自分が望む展開ではなく、自衛隊を擁護する展開として。

 

 

「炎龍を相手にして生きて帰って来た……先ずはそのことを褒めるべきでしょうに。それと避難民の10分の1が亡くなったと言ったけど、正確に言えばイタミたちは10分の9を救ったのよ? それがどういうことかもわからないのかしら。お嬢ちゃぁん?」

 

 

 先ほど議員が話したドラゴンのスペックを当てはめて10分の9が生き残ったという結果を見れば、これがいかに凄いことかよくわかる。

 600人の避難民が空飛ぶ戦車という規格外の存在に襲われて、最終的に540人も生き残ったのだ。100人以上が犠牲になってもおかしくなかったにも関わらずこれだけ生き残ったかを突き付けられれば、自衛隊を糾弾することなどできるはずもない。

 しかしそれを認められないのは議員としての誇りか、所属する党のプライドがそうさせるのか幸原は論点をずらすように苦し紛れの話題を持ち出す。

 

 

「と、年上に対する言葉遣いがなってないわね……お嬢ちゃん?」

 

「それって私のことぉ?」

 

「当たり前です! 特地ではどうか知りませんが、この国では年長者は敬うものです!」

 

 

 怒りのままそう指摘した直後、国会に一つの笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっはっは! はっははははは!!」

 

 

 ――だ、ダメだ! 議員の発言がブーメラン過ぎてもう耐えられん! 周りの視線がすごいが、こればっかりはどうしようもない!

 

 突然爆笑しだした最後の参考人――尊を見て誰もが呆気にとられ、自分が笑われていることを理解した幸原は顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

 

「な、なな、何ですか貴方は! 突然笑い出すなど不謹慎な!」

 

「はっはっは……いや、失敬。今の発言が俺のツボを非常に強く刺激しましてね」

 

「ツボ? 何のツボだというんです!?」

 

「無論、笑いのツボですよ。さっきから聞いていればあなたは相手の情報をロクに知りもしないのに、さも自分の発言が正しいと決めつけているかのような発言しているんですよ? 彼女たちのことを事前に知っていれば、今みたいな年齢に関する話は出てきませんよ?」

 

「年齢? そんなもの見ればわかります! この少女はどうみても10代前半ではありませんか!」

 

「はい、では10代前半と断じられたロゥリィさん。正解をどうぞ」

 

「961歳よぉ」

 

 

 刻み付けるように、ねっとりと告げられた言葉に議事堂内は水を打ったような静けさが広がり、直後にあたりからざわめきが起こった。

 もちろん、それは先ほどまで年上目線で話をしてた幸原も同様である。むしろ彼女の方が内心では大きな動揺が広がていた。

 

 ――きゅ、961ですって!? ……そ、そういえば昔読んだ本にエルフは長命だって…まさか!?

 

 

「ち、ちなみにテュカさんは……」

 

「165歳よ」

 

 

 ごくり、と生唾を飲む音が嫌に大きく聞こえた。

 ロゥリィの方が800歳近くも年上なのだが、テュカもテュカで女子高生のような見た目に反して年齢は3ケタ台。若さを渇望する人たち――特に女性――からすれば、まさに垂涎ものである。

 

 

「ま…まさか……!」

 

 

 二度あることはなんとやら。もしやとした予感に声を震わせて残りの二人に目を向ける。

 

 

「15歳」

 

「24歳です」

 

 

 残り二人がまだ現実的な年齢だとわかり、先ほどの衝撃とは打って変わって妙な安心感があたりに漂った。

 ここで種族についての説明をするべく、レレイが代表して話し始める。

 

 

「私や彼はヒト種。その寿命は60~70年。私たちの世界の住民は殆どがこれ。テュカは不老長命のエルフの中でも希少な妖精種で、寿命は長く永遠に近いと言われている。ロゥリィは元々人だけど、亜神となったとき肉体年齢は固定された。通常は千年ほどで肉体を捨て霊体の使徒に、やがては神になる。それと彼女の着ている服はエムロイの神官服で、喪服ではない」

 

 

 付け加えるようにロゥリィの服について説明するが、幸原の頭には届いていない。

 永遠に近い寿命を持つエルフに人の姿をしながら神である存在。自分たちの常識をはるかに上回る状況を突き付けられ、幸原が深く考えるのを止めたためだ。

 レレイが下がったことで誰もが質疑が終わるだろうと思ったが、忘れてはならない。この参考人招致に呼ばれた人物があと一人いることを。

 

 

「では、ミコト参考人」

 

 

 名前を呼ばれた尊が前に立つが、幸原は先ほど告げられたロゥリィの服について尊の仮面も同じような意味があるのではと勘繰り、仮面については無視して手元の資料から質問の内容を選ぶ。

 

 

「えー……あなたは自衛隊とともにドラゴンと戦ったとありますが、ドラゴンに襲われる前に避難民を助けることはできなかったのですか?」

 

「不可能です。ドラゴンは出現すると同時に、火を吐きながら避難民の隊列後方を襲撃しました。俺は隊の中腹にいて、自衛隊は先頭と中腹に分かれていました。しかも襲われた場所は見通の良い開けた土地で、どう行動しても犠牲者が出るのは避けられませんでした」

 

「では、どのようにして被害を最小限に留めようとしたのですか?」

 

「簡単なことです。ドラゴンの意識を避難民から自分たちに向けさせ、真っ向から戦ったのですよ。自衛隊の方々がそれぞれの武器を使ったように、俺も自分しか持ちえない武器を使って」

 

「自分しか持ちえない武器?」

 

「そう、魔法です」

 

 

 明確に断言された魔法という単語に辺りからざわめきが広がり、信じられない、しかし特地ならあるいはといった声がそこかしこから上がった。

 相対する幸原も最初はそんなものと思ったが、これまでの出来事からもしかしたらと天秤が傾き、ついに本当ならもうそれでいいと思考放棄にも似た結論を出す。

 

 

「その、あなたが言う魔法というものをこの場で見せてもらうことはできますか?」

 

「できなくはないですが、それを使えばこの場が火事か氷漬けになってしまいます。 なので、魔法とは別の力をお見せしましょう」

 

 

 そう言って尊は右手に紋章を発動させ、手のひらを上に向けてソフトボール大の輝力の球を形成させる。

 この世界ではありえない現象を見せつけられ議員たちから畏怖にも似た驚愕の声が漏れ、中継を見ていた人々も呆然とその映像を眺めていた。

 

 

「ご理解いただけましたか? 議員殿」

 

「……え、ええ。結構です」

 

 

 納得してもらったところで輝力を霧散させると、テュカの時ほどではないが世界に大きな喧騒が広がった。

 使用したのは魔法ではなく紋章術だったが、こっちの世界の人間からすればどっちでも同じかと思いながら、尊は質問の回答を続ける。

 

 

「ご覧になって頂いた力を含め、俺は魔法を使い自衛隊とともにドラゴンを撃退。結果はそちらがご存知の通りです。生き残った人たちの大半は別の村へ避難しましたが、それでも自分やここにいる三人を含め、身寄りをなくしたご老人や子供など総勢37名が自衛隊に保護されました」

 

「その人たちが難民キャンプで生活している、ということですね?」

 

「そういうことです。付け加えて言わせてもらうなら、特地では今回のドラゴン――炎龍というものは嵐や火山と同じ天災のようなものです。それもたった一体で特地の小国を滅ぼすことも可能だとされているほどに凶悪な。そんな化け物級の敵を相手にしていたということを頭に入れて、もう一度考え直してください。600人の避難民を抱えた状態で一国以上の力を持つドラゴンに僅か12名で挑んだ彼ら自衛隊が、どれだけ命を張って奮戦し避難民たちを守ったのかを」

 

 

 たかが十人ちょっとで、国を滅ぼすことが可能なドラゴンを相手に混乱する村人600人を護衛し、全滅どころかたった1割の被害に抑え込んだ。

 世間はこれを聞いて素直に伊丹たちを称え、同時に門の向こうにいるとされるドラゴンに脅威を感じた。

 対して自衛隊の汚点を必死に探していた幸原は改めてとてつもない事実を突き付けられ、質疑開始直後に思い描いていた状況との違いにもはや何も言い返せなかった。

 

 

「幸原議員、質問は以上ですか?」

 

「……以上です」

 

 

 放心状態のままどうにかそれだけ応え、幸原は資料をまとめとぼとぼと席に戻る。

 こうして驚愕と波乱に満ちた参考人招致が終了し、4人は伊丹の先導で退場するのだった。

 

 

 

 

 

 

「……開いた」

 

「開いたな」

 

「開いたねぇ」

 

 

 アルミ合金の扉が音を立てて自動で開きホームのアナウンスが現在地を伝える中、目の前で開いた扉を前にレレイがポツリとつぶやく。

 のんびりとした様子で尊と伊丹が返すが、思い出したように飛び込む。

 

 

「感心してる場合じゃない! 早く乗って!」

 

「急げ! 閉まるぞ!」

 

 

 二人の言葉にレレイとテュカは直ぐに乗り込んだが、ロゥリィだけはおどおどした様子で乗車をためらう。

 直ぐに伊丹が手を引いて乗せると同時に扉が閉まり、一行が乗り込んだ電車は東京へ向けて発進した。

 ギリギリ乗れたことに伊丹が安堵し、吊革につかまりながら尊が先ほど言われたことを思い返す。

 

 

「それにしてもバスを囮にして地下鉄で移動ってことは、なんかやばいことでもあったんですかね」

 

「間違いなくそうだろう。特地の人間ってだけで、どっかの連中が攫う理由としては十分だ」

 

「その対策のためと思えば確かに仕方ないですが……流石に視線がすごいですね」

 

「ああ、怪しいタレント事務所のプロデューサーにでもなった気分だ」

 

 

 何せ昼間のテレビで大々的に取り上げられた国会中継の中心人物がこぞって地下鉄にいるのだ。それぞれの容姿も相成って、周りからの視線はテュカたちに釘付けであった。

 すると隣の車両から見たことのある面々が現れ、こちらを見るなりすぐにやってきた。

 

 

「隊長、お待たせしました」

 

「おう、ご苦労さん」

 

 

 別の場所で会談をしていた富田たちが合流し、特地から来た当初と同じ面々が揃う。

 違いがあるとすれば伊丹たち自衛官と、尊の服装が変わっていることくらいだ。

 それを見て、サラは気づいた。

 

 

「ミコトさん、その服はもしかして」

 

「ああ。上着はボロボロだけど、下はまだ使えなくもないから倉庫から引っ張り出した」

 

 

 今の尊の服装はかつて魔王との決戦でボロボロになってしまい、捨てるのにも何となく未練があったため亜空間倉庫に押し込んでいた自分の服だ。

 上着は完全にダメになっていたので他の服になっているが、伊丹から借りたコートを羽織っているのでパッと見は普通の服を着たようにしか見えない。

 最も尊も、あの時取っておいたものが再び使うことになるとは予想していなかったが。

 

 

「ところで……ピニャ殿下たちも地下鉄が怖いんですか?」

 

「さっきから地の底に連れて行く気かっておどおどしてるわ。けど、『も』ってなに?」

 

「あれですよ」

 

 

 栗林の問いに親指を向けて答えると、そこには地下鉄に怯え伊丹にしがみつくロゥリィがいた。

 怖いもの知らずと思っていた彼女の意外な一面を垣間見たのか、栗林は驚きながらなるほどと納得した。

 

 

「ロゥリィ、地下鉄ダメなの?」

 

「地面の下はハーディの領域なのよぉ! あいつったら、200年前にお嫁に来いって言って以来しつこくてしつこくて……。無理やりお嫁に行かされそうになったことも一度や二度じゃないわぁ……」

 

「200年……スケールでかいな。けど、なんで俺にしがみつくの?」

 

「ハーディ除けよぉ。あいつ男は嫌いだから、こうしていれば寄ってこないのよ」

 

「いや、そこは嘘でも――『か、勘違いしないでよね! あんたはただの虫除け! カモフラージュなんだから!』――だろ?」

 

「きもっちわる!」

 

 

 ツンデレの指南を自ら女口調でした伊丹だが、それがあまりにもひどく栗林は嫌悪感を隠さずはっきりと切り捨て、聞き耳を立てていた乗客も内心でキモいという評価を下すのだった。

 異世界の住人を乗せていようと地下鉄は淡々と平常運転で運行し、定められた駅に停車する。そこで新たな乗客を乗せ、再び規則的なリズムを立てて目的地を目指す。

 

 

「――予定を変更して箱根に向かうぞ」

 

 

 先ほど止まった駅――霞ヶ関駅で合流した駒門が扉にもたれかかりながら告げる。

 

 

「バスの方は?」

 

「見事に引っかかってくれたよ」

 

 

 本来ならば彼らはバスに乗り込んで用意された宿泊施設へ向かう予定だったが、招かれざる客の対処をするために直前で使用予定だったバスを囮に移動手段を変えた。

 面白いように思惑通りになっているのか、駒門は狡猾そうな笑みを浮かべながら続ける。

 

 

「移動手段の変更を知らされていなかった時点で、容疑者は二人に絞られた。今、大元を突き止めるために泳がせている」

 

「本当にいるんですね、自分の利益のために国益を損ねるようなことをするのが」

 

「全員がそうじゃないが、目が眩んじまった奴もいるってことさ」

 

 

 尊の言葉に肩をすくめ、駒門はやれやれとため息をつく。

 そこへ、ロゥリィの切羽詰まった声が上がる。

 

 

「イタミぃ! ここから出たいのぉ! もう我慢できないわぁ!」

 

「もう少しの辛抱なんだが……無理そうか?」

 

「無理ぃ! もう無理よぉ!」

 

 

 今までどうにか苦手な相手の領域(テリトリー)を移動していたがそれも限界らしく、腕を引っ張って必死に訴える。

 目的地まであと二駅。我慢してもらうのが一番なのだが、これ以上不安を与えるのもよくない。

 何よりここまで不安そうにしているロゥリィに、もう少しだけ耐えてくれと返す選択肢を伊丹は持ち合せていなかった。

 その心境を読んだかのように電車が止まり扉が開く。ロゥリィの手を取り、伊丹はホームへ降り立つ。

 

 

「俺たち、銀座(ここ)で降りるから」

 

「はぁ!?」

 

 

 駒門が「ウソだろ!?」と言いたそうに声を上げるが、尊たちから見てもこれ以上ロゥリィを不安にさせるのはよくないと言えた。

 それなら少し時間がロスするが、地上を移動して東京に向かった方が精神的にもいい。

 焦る駒門を他所にぞろぞろと電車を降り、そのまま改札口を抜ける。

 

 

「勝手に移動されちゃ困る! こっちにも段取りってもんが――『お客様にお知らせします。現在地下鉄丸ノ内線は、銀座東京間で発生した架線事故の影響で運行を休止しています。大変ご迷惑をおかけしますが、運転再開の目途はたっておりません。繰り返します――』……」

 

 

 追いついた駒門が伊丹に食って掛かるが、そこへ駅員のアナウンスが耳に届く。

 その内容に二人は思わず顔を見合わせ、何も言わずにそのまま地上へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 12月の太陽は沈むのが早く、地下鉄に乗る前は茜色だった空もすっかり暗くなっていた。

 窮屈な地下から出てくると、ロゥリィは嬉しそうに大きく伸びをする。

 

 

「ん、ん~っ。 不味い空気だけど、地下よりずっといいわぁ」

 

 

 心底安心した様子の彼女を見て地上に出てよかったと思うと同時に、伊丹は先ほどの架線事故について駒門に尋ねる。

 

 

「地下鉄まで止めるとは……『(やっこ)』さん何が目的だと思う?」

 

「デモンストレーションだな。いつでも手を出せると警告したいんだ。だがバスと地下鉄を立て続けに失敗したから、次はもっと単純かつ直接的に手を出してくるだろうよ」

 

「単純かつ直接的に?」

 

「ああ。例えば――」

 

 

 尊の疑問に答えようとしたその瞬間、群衆に紛れていた一人の男がロゥリィの手にあった包みを奪いとる。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ひったくりだと尊が思ったのも束の間、彼の心配は盗られた物より盗った人間の方へと向けられた。

 その心配は的中し、ひったくり犯は奪い取った包みに潰され身動きが取れなくなっていた。

 国会の時も手放さないでいた包みの中は彼女にとって神意の証たるハルバードだ。これがロゥリィの手にある間はそれほど重くないのだが、彼女の手から離れれば大人が数人で抱えるような本来の重さに戻り、一人ではとても持ち運べるものではなくなる。

 そんなハルバードを気を失っていたテュカの上に乗せていたことがあったが、その時はミコトのおかげで事なきを得ていた。

 

 

「あーあ。ご愁傷さま」

 

 

 予想通りの結果となった光景に尊は合掌し、サラやレレイたちも自業自得だとして特に心配をしなかった。

 ただし、何も知らない人間からすればただこけて盗品に潰されたようにしか見えない。

 

 

「やれやれ、なぁにやってんだか」

 

 

 助けて捜査の材料にしようと考えた駒門がハルバードに手をかける。

 それを見て伊丹が声を上げようとするが、

 

グギッ!

 

 

「ふぎぃ!?」

 

 

 先に駒門の腰から破滅的な音が上がった。

 

 

 

 

 

 

 悶絶している駒門さんがストレッチャーに乗せられる。

 ロゥリィのハルバードを持とうとして予想外の重量に腰をやられてしまい、何とも痛ましい姿だ。

 

 

「ミコトさん、魔法で治療してはダメなんですか?」

 

「無理だ。ここじゃ目立ちすぎる」

 

 

 サラの気持ちもわからなくないが、こんな衆人観衆のど真ん中で使えば確実に面倒極まりないことになる。駒門さんには悪いが、素直に病院で治療してもらおう。

 

 

「とりあえず今晩は、市ヶ谷会館にぃ……」

 

 

 それだけ言い残し、駒門さんは救急車に乗せられると速やかに最寄りの救急病院へと搬送されていった。あと不謹慎だが、救急車のサイレンも久しぶりに聞いて少し気分が高揚した。

 

 

「それで、どうします? このまま市ヶ谷会館に直行ですか?」

 

「いや、その前にちょっと寄らせてもらいたいところがある」

 

「秋葉原なら行きませんよ」

 

「違うからな、クリ」

 

 

 栗林さんの言葉を否定しつつ、伊丹さんは最寄りのコンビニに移動し弁当やら飲み物やらを購入する。

 俺たちも同じように適当に購入して後をついていくと、やがて辿り着いたのは住宅街にある小さなアパートだった。

 

 

「あの、伊丹さん。ここに何が?」

 

「ん、ちょっとな」

 

 

 ポケットから鍵を取り出し、表札のかかっていない扉に差し込む。ガチャンと音を上げて鍵が開き、伊丹さんは躊躇いなく部屋に入る。

 入っていいものかと入口でとどまっていると、やがて薄暗い部屋から一人の女性が這って出てきて伊丹さんの持ち込んだ弁当に飛びついた。

 どうも面識のある様子だが、何者なのだろう。

 

 

「みんな、かまわず入ってくれ」

 

 

 気楽にそう告げる伊丹さんだが、正直女性が気になってそれどころではない。

 やがて富田さんが口を開き、単刀直入に尋ねる。

 

 

「あの…隊長。誰です、その人」

 

「あぁ、これは――俺の元嫁さんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………は?

 

 

「元……!?」

 

「嫁……さん!?」

 

『『『ええええええええええええええええええええっ!?』』』

 

 

 夜の住宅街に、驚愕の絶叫が響いた。




本編第65話、いかがでしたでしょうか?

次回はトラブルありの箱根山中夜戦までこぎつける予定です。
最近どこかの賞に出すためにオリジナル作品の構想も練っているので投稿ペースが不安定になっていますが、これからもよろしくお願いします。

それでは、今回はこのあたりで。
また次回の投稿でお会いしましょう。

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