比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。   作:暁英琉

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だから八幡は無視をする

八幡「うっす」

 

雪乃「あら、比企谷君いらっしゃい」

 

八幡「あれ? 由比ヶ浜は? 俺より先に教室出たはずだけど」

 

雪乃「女性の行動を逐一知ろうなんて下卑たことはやめた方がいいわ、ストー谷君」

 

八幡「…………」

 

雪乃「……比企谷君?」

 

 

 八幡は無言で自分の椅子に座ると本を取り出す。

 

 

八幡「…………」

 

雪乃「どうしたのかしら? もしかして誰とも話さないせいでついに言語能力を失ったのかしら?」

 

八幡「…………」

 

 

 八幡は雪乃を“いないもの”としているかのように無言で文章を目で追っている。

 

 

雪乃「あの、比企谷君?」

 

八幡「…………」

 

雪乃「ここまでこの私を無視すると言うことは、それ相応の覚悟はあると言うことよね」

 

八幡「…………」

 

雪乃「あまり私を……怒らせない……方が……」

 

八幡「…………」

 

雪乃「あの……」

 

結衣「やっはろー!」

 

八幡「おう、由比ヶ浜。俺より先に行ったのにいないから驚いたぞ」

 

雪乃「ぇ……あ、由比ヶ浜さんいらっしゃい」

 

結衣「ごめんねー、ちょっと途中で優美子と話しこんじゃって」

 

八幡「あー、ガールズトークは長引くもんな」

 

結衣「そうなんだよー。楽しいからいいんだけどね」

 

雪乃「そうね、比企谷君には一生できないことだわ」

 

八幡「…………」

 

雪乃「ぇ……あの……」

 

結衣「あれ? どうしたのゆきのん?」

 

雪乃「い、いえ。なんでもないわ」

 

結衣「ふーん、そういえば今そこに……あ、やっぱりなんでもない」

 

 

 途中で歯切れを悪くすると、由比ヶ浜は自分の席に向かう。

 

 

結衣「そういえば、ゆきのん聞いてよ。今日戸部っちが私のクッキー食べてからずっとしゃべらなくなって、教室のテンション超低かったんだよー」

 

雪乃「勉強に向いている落ち着いた空気になったなら問題はないのではないかしら?」

 

結衣「いやけど、いつもと違う空気になっちゃったから皆困惑しちゃって……ねえ、ヒッキー?」

 

八幡「いや、確かに空気が悪かったと言えなくもないけど、勉強はしやすかったぞ?」

 

結衣「ヒッキー戸部っちに厳しい!?」

 

八幡「むしろ戸部には皆厳しいまである。というか、男にプレゼントするならおいしくなくてもいいって言ったの俺だけど、せめて自分で味見してからにしろって。戸部が生贄になったからよかったけど、そうじゃなかったら葉山グループ全滅まで見ててたからな?」

 

結衣「全滅とかそそそ、そんなことありえないし!」

 

八幡「いや、戸部のあれ無言じゃなくて白目剥いて気絶してたからな? なにを食わせたら気絶するんだよ」

 

結衣「これ、だけど……」

 

 

 差し出されたのは結衣曰くクッキー……ではなく明らかにダークマター。炭とかいう次元はすでに飛び越えて、混沌とした闇を思わせた。さらに昨日作ったであろうはずのクッキー? だと言うのに、立ちこめる匂いは禍々しい腐臭だった。

 

 

八幡「なんでランクアップしてんだよ!?」

 

結衣「えっと、ヒッキー食べ――」

 

八幡「すまん、さすがに無理」

 

結衣「即答!? ん~~、もうヒッキーのバカ! ヒッキーマジキモい!」

 

八幡「…………」

 

結衣「あれ? ヒッキー?」

 

 

 八幡は手元に目を落とすとまた無言で読書を再開する。

 

 

結衣「ヒッキー?」

 

八幡「…………」

 

結衣「ヒッキーってば!」

 

八幡「…………」

 

 

 結衣が目の前で手をひらひらさせたり、肩をゆすったりするが八幡は反応しない。

 

 

結衣「ゆきのん、ヒッキーどうしちゃったの?」

 

雪乃「私にもわからないわ。私もさっきから無視され続けているのよ」

 

結衣「むー、よくわかんない。ずっと無視とかマジキモいしありえないし」

 

八幡「…………」

 

結衣「ゆきのーん!!」

 

雪乃「私に泣きつかれても……」

 

結衣「もうヒッキーなんて無視しよ! あ、そうだゆきのん! 私のクッキー食べて感想聞かせてよ!」

 

雪乃「……え?」

 

結衣「どこが悪いのか私にはわかんなくて……。ゆきのんに教えてもらえばもっとうまくなるかなーって思ったんだ!」

 

雪乃「いえ……私は……」

 

結衣「ゆきのん……だめ……?」

 

 

 結衣の泣き落とし! 雪乃には効果が抜群のようだ!

 

雪乃「わかったわ由比ヶ浜さん。友達のためなら全力を出しましょう」

 

結衣「さすがゆきのん!」

 

雪乃「では……ごくり」

 

 

 意を決してダークマターを口に運ぶ雪乃。彼女の口からボロッ、バキッ、ずちゅっ、ぐちょっととてもクッキーを食べてるとは思えない音が響く。

 

 

雪乃「ふっ……くっ……んっ……」

 

 

 恐怖に震えながら謎物質Kを咀嚼し、嚥下する。

 

 

結衣「ゆ、ゆきのん……どう?」

 

雪乃「はぁっ、はぁっ……そ……うね……」

 

 

 決死の覚悟で感想を伝えようと口を開き――

 

 

雪乃「ぐふ……」

 

 

 無情にもその身体は崩れ落ちた。

 

 

結衣「ゆきのーーーーーん!」

 

 

 ちなみにこの間、八幡はずっと読書中である。

 

 

結衣「一体、一体どうしてこんなことに……」

 

八幡「…………」

 

結衣「私は……どうしたら……」

 

いろは「こんにちは~!」

 

結衣「あれ? いろはちゃん?」

 

いろは「はい! 皆のアイドル、いろはちゃんですよ~!」

 

八幡「しょっぱなからあざといな」

 

いろは「ぶ~ぶ~、あざとくないですよ~」

 

結衣「そんなことよりいろはちゃん! ゆきのんが! ゆきのんが!」

 

いろは「そんなことってひどくないですか~? 雪乃先輩……あぁ、きっと寝不足ですよ~。疲れちゃったんですね~」

 

結衣「ねぶ……そく……?」

 

いろは「きっとそうですよ~。ところでせんぱ~い」

 

八幡「っ!? おいやめろ! 抱きつくなって!」

 

いろは「ちょっと生徒会の方手伝ってもらえませんか~?」

 

八幡「は? いやお前はそろそろ助っ人なしで仕事できるようにした方が……」

 

いろは「今日は他の役員皆別の仕事で出払ってて、私一人じゃ今日中に終わらないんですよ~」

 

八幡「そんなこと言ってもな……」

 

いろは「私も一生懸命やりますから、手伝ってくださいよ~」

 

八幡「涙目で懇願してくんなよ……。てか、いつもより妙に謙虚だな」

 

いろは「せんぱいはYESというまでこの体勢を維持します」

 

八幡「謙虚じゃない!?」

 

いろは「おねがいしますよ~。おいしいケーキのお店紹介しますから~」

 

八幡「ほんと今日謙虚だな。はぁ、その謙虚さに免じて手伝ってやるか」

 

いろは「やった~! せんぱい大好きです!」

 

八幡「都合がいい奴だな……」

 

いろは「じゃあ、結衣先輩。せんぱい借りていきますね~」

 

結衣「う、うん……」

 

いろは「あ、雪乃先輩保健室で寝かせてた方がよくないですか? それじゃあ、失礼しました~」

 

 

 いろはは八幡を連れていってしまった。残されたのは結衣と気絶した雪乃のみ……。

 

 

結衣「ヒッキー、いろはちゃんといっぱいしゃべってたな……。なんで無視したんだろ……」

 

結衣「ていうか、私一人だとゆきのん運べない……」

 

 

*   *   *

 

 

 生徒会の仕事が終わるころには完全下校時刻になっていた。八幡と一色は一緒に帰路についていた。

 

 

いろは「今日はありがとうございました~」

 

八幡「おつかれ。まあ、今日はお前が謙虚だったからな」

 

いろは「私はいつも謙虚ですよ~」

 

八幡「ウソつけ……まあ、理由はわかってるけどな。どこから気付いてた?」

 

いろは「せんぱいが『罵倒されたら無視する』ようにしていたことですか?」

 

八幡「あぁ、お前の対応完璧だったからな。いつもの勝手に振られるパターンもなかったし」

 

いろは「実は雪乃先輩をせんぱいが無視しだしたころから見てました」

 

八幡「あぁ、由比ヶ浜が入ってきた時に何か言いかけたのは、お前がいるってことだったのか」

 

いろは「ですです」

 

いろは「それで、なんであんなことしたんですか?」

 

八幡「あー、最近あいつら、というか特に雪ノ下の罵倒がいわれのないものが多すぎてな。昨日も由比ヶ浜が着崩しすぎて服が乱れてたから指摘しただけでセクハラ谷とか言いだすし」

 

いろは「あ~、それは……」

 

八幡「まあ、あいつらの口の悪さも含めてあの空間は俺にとって悪くないものではあるんだが、さすがに不条理すぎたから少しアプローチを変えてみた。予想外に効果があって無視するの大変だったけどな」

 

いろは「なるほど~。けど、私はいつでもせんぱいの味方ですよ!」

 

八幡「はいはいあざといあざとい」

 

いろは「そのあざといはいわれのない罵倒じゃないですか!」

 

八幡「いや、お前のあざとさは最近ちょっとかわいいし、一概に罵倒ではないだろ」

 

いろは「か、かわっ……。はっ、頭撫でながらそんなこと言われてもごまかされないですからね!」

 

八幡「はいはい」

 

いろは「適当すぎます!」

 

いろは「それで、そのアプローチは明日もやるんですか?」

 

八幡「どうだろうなー。とりあえずあいつら次第かな。由比ヶ浜は空気読めるからあまり気にしてないけど、雪ノ下が相変わらずなら続行」

 

いろは「ふへ~、私も気を付けないと……」

 

八幡「お前演技得意だから大丈夫だろ」

 

いろは「得意でも疲れるんです! 疲れたので今からケーキ食べに行きましょ!」

 

八幡「え、やだよ帰りたいよ」

 

いろは「私が疲れたのはせんぱいのせいなんですから!」

 

八幡「わーったから腕を組んでくんな! 自転車倒しそうで危ない!」

 

八幡「はぁ……じゃあ行くか」

 

いろは「なんだかんだ最近のせんぱい私に甘いから、余計な罵倒しなくてもいいんですけどね」

 

八幡「別に甘くないと思うが」

 

いろは「自覚ないならいいで~す」

 

八幡「はいはい」

 

 

*   *   *

 

 

 翌日放課後。

 

 

八幡「うっす」

 

雪乃「ぁ、あら、比企谷君、いら……しゃい」

 

結衣「ヒッキー、や、やっはろー……」

 

八幡「おう」

 

雪乃「ほっ、今日はちゃんと返答してくれたわね」

 

八幡「まあな」

 

結衣「ヒッキー、私、今度からちゃんと味見してから皆にあげるね……」

 

八幡「そうしてくれ。戸部のためにも」

 

結衣「なんで戸部っち?」

 

八幡「あのグループで最初に食べるの戸部だろ?」

 

雪乃「ふふっ確かにそうね」

 

八幡「雪ノ下、冷汗すごいぞ」

 

雪乃「いえ、なんでもないわ。決して昨日の異次元の食感と臭気と味を思い出しているとかそういうことでは決しないから大丈夫よ、問題ないわ」

 

いろは「仲よさそうですね~、せんぱいたち!」

 

 

 入口にいる八幡の腕に一色が抱きついていた。実は八幡と一緒に来たのだが、八幡の反応に戦々恐々していた二人は声がするまで気付かなかったのである。

 

 

結衣「いろはちゃん、やっはろー! ってなんでヒッキーに抱きついてるし!?」

 

いろは「だってこうしないとせんぱい逃げちゃいますもん」

 

八幡「いや、ここから逃げたら平塚先生が世界を縮めるから逃げられないんだけど」

 

いろは「まあ、そうですけどね~」

 

結衣「世界? 縮める?」

 

 

雪乃「一体何をわけのわからないことをのたまっているのかしら。それにしても、学校という神聖な場所で歳下女子に抱きつかれて鼻の下を伸ばしているだなんて、とんだ変態ねロリ谷君は」

 

 

八幡「…………」

 

いろは「…………」

 

雪乃「あ、あれ……?」

 

結衣「ゆきのん……空気読もうよ……」

 

 

その後一週間ほど、雪乃は八幡といろはに無視されるづける生活を送ったのであった。




たまには会話形式でサクッと書いてみようと思って書いたやつ


これはこれで難しいですね
地の文を完全になくして会話だけで表現したかったのですが、私には無理でした

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