比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。   作:暁英琉

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あなたを追いかけて。君を待ちわびて。

 四月。新年度である。並木道には開花宣言よりも少し遅めに咲いた桜が咲き乱れ、俺を含めた四桁を超える人間を出迎えてくれていた。

 総武高校で三年を過ごし、つい一月前に卒業した俺も今日から大学生だ。初めて公共の場で着る真新しいスーツに緊張しつつも並木道を抜け、入学式が行われる会場――二千人以上の人間を収容できるスペースが学内にないようで、公共の体育館だ――に入る。

 上回生らしきスーツ姿の人に誘導されて学部ごとに並べられたパイプ椅子に腰を下ろすと、ふぃーと小さく息を漏らした。脱力したわけではなく、逆に緊張が強くなって浅い呼吸しかできなかったためだ。

 周りも多少ざわついているがそのほとんどが観覧席に座っている保護者のもので、周りの人間はチラチラとせわしなく周囲に視線を巡らせていたり、時間を確認するためにスマホを何度も取り出したりと各々が緊張を滲みだしている。っていうか、大学の入学式に親って来るもんなんだな。今日は平日だし、俺の両親は当然のように社畜してるのに。や、休日でも来ねえわ。絶対寝てるわあの二人。

 両親の社畜具合に心で泣いていると、会場内に響いていたざわめきがスッと引いた。顔を上げると壇上脇に設置されたマイクスタンドの前にスーツ姿の女性が……あれれ、おかしいぞ? なんか見覚えがある顔なんですが?

 

「それではただいまより、千葉大学入学式を始めさせていただきます」

 

 多少雑味の入った、それゆえに完璧を漂わせる声。雪ノ下陽乃の声が会場中に響き、来賓席と観覧席から拍手が溢れだす。

 マイク前に立つ陽乃さん。そしてその口から発せられた大学名。もうお分かりだと思うが、俺は国立千葉大学に入学したのだ。え、お前私立文系志望じゃなかったのかって? や、確かに二年の頃はそんなことも言っていたが色々と事情が変わったのだ。理系が絶望的な俺だったが、学部の試験が文系に大きく比重が傾いていたので割と何とかなった。学費も安くなったから両親も喜んでたしな。国立受かったことより金に関して喜ぶなんて、うちの親は息子の進路にドライすぎる。別にいいけど。

 それにしても、入学式の進行あの人かよ。あの人が前にいると気まずいというか恥ずかしいというか。

 そう思いつつも一度反らした顔を元に戻して――

 

「っ!」

 

 思わず喉の奥から変な音が鳴りそうになってしまった。さっきまで少し猫背だったのに背筋がピシッと伸びてしまったせいで隣の入学生が不審そうにこっちを見てきたようだが、あいにくそれを気にする余裕はない。

 なぜなら目線を進行マイクの方向に戻した一瞬、彼女が俺を見て微笑んだように見えたのだから。

 ……いやいや、八幡くんちょっと自意識過剰すぎるでしょ。いくら雪ノ下さんが俺の入学を知っているとは言っても、二千数百人がひしめいている中から見つけられるわけがない。あれだ。ライブでアイドルが「愛してる」って歌詞のところで俺を見た! って絶叫するドルオタのあれみたいに錯覚しただけ。ライブとか行ったことないし、さすがにああいう発言はやばさが天元突破してると思うから一緒にしたくないけど。

 意識して視線を彼女から外す。メインステージである壇上では学長やら偉い人の挨拶やらチアリーディングサークルのパフォーマンスなどがつつがなく行われていた。ちなみにここのチアリーディングサークルの名前、某アイドルゲームのユニット名と一文字違いだったりするらしい。……めちゃくちゃどうでもいいなこの雑学。俺の千葉愛がこんなところで発揮されてしまうとは。

 そんな壇上の光景をぼーっと眺めているうちに少しずつさっきことは頭の隅に追いやられていった。節目節目で声は聞こえてくるので、あの人の存在感自体はバッチリ刻み込まれてるんですけどね。

 

「それでは、以上で入学式を終了いたします。新入生の皆さんは出口よりご退場ください」

 

 雪ノ下さんの締めの言葉に静まっていたざわめきが再燃し、それぞれ席から立ち上がった新しい同期たちが会場の外へと流れていく。まあ、この二千数百人のうち俺が関わるのは一桁ぐらいだろうけど。むしろゼロの可能性まである。さすがプロぼっち、一般人にできないことを平然とやってのける。

 俺もそんな人の流れに身を任せて外に――

 

「ひゃっはろー! 比企谷くん!」

 

「うおっ!?」

 

 出ることは叶わなかった。いきなり腕を掴まれたかと思うと、集団の中から引きずり出されたのだ。人の流れに逆らう力になすすべなく引っ張られていくと、やがて身体が人込みから抜け出る。空気中の酸素濃度が高まったような錯覚を覚えながら、疲れをため息に変えて吐き出した。

 

「つら……いきなりなんですか、雪ノ下さん」

 

 まあ、俺に対してこんな横暴を働く人間はこの空間に一人しかない――そもそも知ってるやつが二人しかいないけど――わけで、顔を上げるとさっきまで壇上横にいたはずの千葉の魔王がニッコニコと満面の笑みを浮かべて佇んでいた。なんでそんな楽しそうなんですかね。俺に会えて嬉しいの?

 ほんと、そういうのはやめていただきたい。勘違いしてしまうから。

 

「比企谷くんと久しぶりに会えたからねぇ。今のうちにお話しとこうと思って。合格のお祝いもしてないしね!」

 

「まあ、そうっすね……」

 

 最後にこの人に会ったのは文化祭の頃――去年も有志で参加していた。暇なのだろうか――だったか。それまではことあるごとに奉仕部にちょっかいを出していたというのに、それがぱったりとなくなった。平塚先生曰く受験生である俺たちに遠慮しているとのことだったが、当の妹は逆に不気味がっていたな。さすがに失礼じゃない? いくら雪ノ下さんだってそれくらいの配慮は……や、まあ俺もちょっと不気味に思ったけど。

 そんなこんなで自分から合格報告をすることもなく今日まできたわけだ。まあ、報告しようか考えはしたんだがな。あれがあれであれだったから。

 

「というわけで合格……は今更だし、入学おめでとう」

 

「……ども」

 

 入学式中とは違って真っ正面から、明らかに自分にだけ向けられた微笑みに、思わず顔を逸らしてぶっきらぼうな返事をしてしまう。

 これだから報告したくなかったのだ。たった一言だけで顔から火がでそうなほど恥ずかしくなってしまった。直視なんてできようはずもなく、スーツ姿の上回生たちがパイプ椅子を片づけている光景を意味もなく眺めながら静かに跳ねる心臓をなだめ続けるので精一杯。

 

「それにしても、雪乃ちゃんからここに合格したって聞いたときはお姉さん驚いちゃったよ。比企谷くんって私立志望って聞いてたけど?」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、変わらない口調を響かせてくる。

 

「まあ……平塚先生とかに『もっと力を試してみろ』って言われたんで」

 

 嘘は言っていない。進学校である総武校はどうしても生徒により良い――主に偏差値的に――成績を求める節がある。能力の高い生徒――自分でこんなことを言うのは二年前を思い出して嫌なのだが――には志望大学より上の大学を、私立志望者には国立を勧めてくる。雪ノ下なんてとりあえず東大を受けてみろなんて言われたらしいしな。とりあえずってなんだっけ……?

 まあ、いかにもやりづらそうに国立の受験を勧めてきた平塚先生の言葉に乗ったのは他ならぬ俺なわけだし、逆にその勧めを蹴ってうちの大学の法律政治関係の学科を受験、合格したのは雪ノ下自身の意志なわけだが。

 

「そっかぁ。てっきりお姉さんを追いかけてきてくれたのかなって思ったんだけどなぁ」

 

「そんなまさか――」

 

 思わず、本当に脊髄反射で口から否定の言葉があふれ出して――

 

「だよねぇ。そもそも比企谷くんは雪乃ちゃんのだしね」

 

「っ……!」

 

 次の瞬間には喉の奥から音が消えてしまっていた。

 この人はいつもこうだ。会えば俺をからかってくる。まあ、あの妹と同じ部活で卒業までの丸二年を過ごした男子ということでかまわれているのだろうが、こちらの気持ちも少しは考えてほしい。……考えた上で、あえてこんな対応をされている可能性もあるんだけど……やっぱ魔王怖い。

 

「それでさ、比企谷くん。もしよかったら……」

 

「あれ? 陽乃先輩なにしてるんですか?」

 

 表情を綻ばせたままなにか提案をしようとしてきた彼女の声に、聞き覚えのない声色が重なった。揃って声のした方に振り向くと、上級生だと思われるスーツ姿の女性たちが近づいてきているのが見える。相変わらず友達多いっすね……あれ? はるのんなんでちょっと顔ひきつってんの?

 

「陽乃先輩、暇なら片づけ手伝ってくださいよぉ。椅子めっちゃ重いんですから」

 

「ごめんね、後輩に会ったからちょっとね」

 

 ひきつっていると言っても些細な変化だったので、近づいてきた集団は気がつかなかったようだ。

 むしろ彼女の口から出てきた「後輩」という単語のせいで、瞬時に興味が隣にいた俺に移ってしまったみたいで……。

 

「あ、新入生の子かな? 初めまして~」

 

「初めまして! ハルせんぱいの後輩ってことは総武? わー、超頭いいじゃん!」

 

「総武って?」

 

「千葉でもかなりの進学校だよぉ」

 

 おかしい、挨拶をされたはずなのに圧倒的会話密度でどもることもできないんだが。これが……コミュ力……。

 

「緊張してるのかな? 黙っちゃってかわいー」

 

「いや、あの……かわいいはあまり嬉しくないと言いますか……」

 

 ほとんど口を利かないなんて普段ならマイナス印象まっしぐらものなのだが、入学式という状況のせいかそれとも大学生の余裕という奴なのか、いずれにしても微妙に好印象に受け止められているようだ。

 しかし、千葉の魔王だけならともかく――それでもめちゃくちゃ緊張するのだが――全く未知の存在も出てきて、俺のライフはゼロどころか余裕でオーバーキルものだ。早々にこの場を離れたい気持ちでいっぱいである。むしろいっぱいいっぱい。

 

「あっ、いいこと思いついた! 今夜コンパしましょ、コンパ!」

 

「いいね! 後輩くんも一緒に!」

 

「いいですよね、ハルせんぱい」

 

 え、なにその提案。出会って即引っ張り回されるとか、ちょっと俺の理解の範疇越えてるんですけど。雪ノ下さんの作戦かとも思ったが、彼女も驚いているところを見るにどうやら違うようだ。

 ということは……。

 

「……分かりましたよ。参加します」

 

「やった! じゃあ場所どこにする?」

 

「えっとねぇ……」

 

 了承の言葉を漏らすと女性陣――そもそも今この集団に男は俺だけなのだが――のテンションが一段階上がったようで、早速場所や時間の打ち合わせを始めだした。

 

「よかったの、比企谷くん?」

 

 大学周辺の地理にそこまで明るくないため、その集団から二歩ほど離れて一時の平穏に身を委ねていると、同じく抜け出してきた雪ノ下さんが近づいてきた。魔王たらしめる仮面をしていても分かるくらい申し訳なさそうな表情をして、「ごめんね」と謝ってくる。

 

「まあ予定もなかったですし、問題ないっすよ。……疲れそうですけど」

 

 雪ノ下陽乃の後輩という肩書きがある以上、ここで断ると間接的に雪ノ下さんのマイナス評価になってしまう可能性がある。この人ならその程度のマイナス簡単にプラスにしてしまうだろうが、個人的理由でここは乗っておくのが吉と判断した。

 

「比企谷くん……大学では予定、作れるといいね」

 

「心配してるように見せかけて傷抉るのやめてもらえませんかね……」

 

 予定。予定ね。

 本当なら今日の夜は別の予定を入れたかったのだが、そんな度胸はそもそもなかったので問題ないだろう。実質達成みたいなところあるし。

 とりあえず目下の問題は、小町にコーディネートを頼む際の質問責めをどう切り抜けようかということだった。

 

 

   ***

 

 

 コンパって聞くと俺ガイル読者――読者って言っちゃった――の高校生とかは静ちゃんが足繁く通っているような出会いを求める集まりを想像するかもしれないけど、要は飲み会の通称みたいなものだ。サークルとかゼミとかの人間で集まって、食べて飲んで雑談するだけ。今回のコンパもそういうものだ。

 ……まあ、その中心にいるあの子はずいぶん疲れてるっぽいけど。

 

「あ、比企谷くんグラス空いてるじゃん。はい、これおかわり!」

 

「いやあの、俺未成ね――」

 

「大丈夫大丈夫! 実質ジュースだから!」

 

 差し出されたグラスを最初は断って、けれど勢いに押されてなし崩し的に受け取ってしまっている。気づかないうちに数杯お酒が入ってしまっているようで、目尻の下あたりがほんのり朱に染まりだしていた。大丈夫かな。さすがに後輩たちも最低限の節度は守ってくれると思うけど……。

 

「比企谷クン、高校では部活とかやってたの?」

 

「あー……奉仕部って部活に……」

 

「奉仕部!?」

 

「いかがわしいやつだそれ!」

 

「お姉ちゃんにもご奉仕して!」

 

 というか、比企谷くん以上に周りの酔い方がまずい。君たちちょっとテンションおかしくない? ただでさえ人間不信気味の比企谷くんが引いちゃってるから自重してあげてほしい。女の子の闇を見せないであげて……。

 そんなわたしはどうにもあの輪の中に入りきれず、微妙な位置から比企谷くんと後輩たちのやりとりを眺めてお酒を口にするだけ。質問の内容もわたしが知ってることばっかりだしね。

 本当なら今日は入学祝いに比企谷くんと二人で行きつけのレストランに行こうと思ってたのに。比企谷くんだし、誘ったところで来てくれる保証ないけど。

 頭の中でもやもやを噛み砕いて、お酒と一緒に飲み下す。お酒は好きな方だけど、今日のお酒はなんとなくおいしく感じないのが残念だ。

 そんなわたしにはお構いなしに、完全にできあがった女性集団のペースでお酒の席は進んでいく。

 こういうとき、女子の行き着く先は決まって一つだ。

 

「比企谷くんって彼女とかいるのぉ?」

 

 いわゆる恋バナ。質問をした当人だけでなく、さっきまで思い思いにはしゃいでいた他の子たちも興味津々といった具合に口を休めて新入生の答えを待つ。

 そんな中、質問を受けた比企谷くんは一瞬だけわたしを見て、瞑目しながらちびりと小さくお酒を口に含んだ。

 

「いませんよ」

 

 主張の少ない声が紡いだ声に、一瞬の静寂が錯覚であったかのように皆またしゃべりだす。まさに水を得た魚のような元気具合だ。

 

「ほんとにぃ? 比企谷くん顔いいのに、意外」

 

「目がもうちょっとキリッとしてたらあたしの好みドストライクだったなぁ」

 

「バッカあんた、この目がいいんじゃない。ね、お姉ちゃんが彼女になってあげよっか」

 

 さすがに元気すぎない? 会って一日で告白してる子までいるんだけど。

 まあ、彼女たちの気持ちも分かる。初めて出会った二年前と比べると、比企谷くんはすごくかっこよくなった。奉仕部で雪乃ちゃんたちと交流してきた影響か、「腐っている」とまで言われた目は「気だるげ」くらいまで改善され、元々の目鼻立ちの良さも相まって十分イケメンと言って差し支えないレベルだ。会話の時にどもることも少なくなったし、二年の頃の諸々がなければ隼人ほどではないにしても告白の二、三回はされていてもおかしくなかっただろう。

 けれどそれを別の、雪乃ちゃんですらない人間が口にするのはなんというか……イライラするというか……。

 あれ? そもそもなんでわたしはイライラしているの? お気に入りの後輩がちやほやされているから? ちやほやしている側も後輩だ。仲のいい後輩同士が仲良くなることは、むしろ喜ばしいことではないか。

 いや待って。そもそもなんでわたしは今日、比企谷くんを食事に誘おうとしたの? 合格祝いをできなかったから入学祝いと一緒にお祝いするため? それなら同じくこの大学に入学した雪乃ちゃんも一緒に誘うのが筋というものだろう。どうして二人っきりで行こうとしたのか。

 分からない。彼をして完璧と言わしめた頭でも答えに行き着かない。

 

「手を出しちゃダメだよ。比企谷くんは雪乃ちゃんのものだからね」

 

 だからなのか。まるで防衛本能のようにわたしの唇は、その言葉を口にしていた。

 自分でもいろんな意味でよく通ると自負している声を聞いた彼女たちが数瞬かけて意味を理解し、好奇心に駆られた目で興味をわたしに――

 ――ガンッ!

 移すことはなかった。その前に響いた鋭い音に視線が集中したのだ。

 

「俺は……」

 

 音の発生源、空になったグラスをテーブルに押しつけたまま比企谷くんは俯いていて、陰になった表情はよく見えない。

 けれど、なぜか彼の肩は小さく震えているのが見えた。

 

「…………」

 

 誰も、なにが起こったのか、なにが起こるのか分からず、静まりかえってただただ比企谷くんを見つめている。わたしも声をかけることすらできなくて、彼から目を離せなくなっていた。

 やがて、薄布を丁寧に剥がすようにゆっくりと彼が顔を上げる。一気にお酒を飲み干してしまったせいかさっきよりも明らかに顔を赤く染めた彼は、いつもの気だるげなものよりも明らかに力を込められた目を――まっすぐにわたしに向けていた。

 

「俺は……俺が好きなのは、陽乃さんです」

 

「ぇ……?」

 

 なにを言われたのか分からなかった。五回ほど頭の中で彼の言葉を反芻させて、ようやくその意味を理解できたほどに唐突で、わたしにとっては突飛な言葉だったから。

 比企谷くんが、わたしのことを……好き? LOVE?

 いや、いやいやいや。

 一体いつから君はそんなに冗談言うようになったの? だって、だって君、わたしのこと苦手だったじゃない。会ったら露骨に嫌そうに顔を歪めるし、わたしがどれだけ誘っても……誘って、も……。

 

「散々人のこと誘ってきたくせに、いざこっちがその気になったらパッタリ来なくなって。私立から千葉大に進路変えたのも陽乃さんと同じ大学に行きたかったからですよ。ええさっきあなたに言われたように、『あなたを追いかけてきた』んです! 悪いですか? 好きな人と同じ大学来ちゃ悪いですか!?」

 

 こちらの思考はまとまるよりも先に、堰を切ったようにまくし立てられる言葉に塗り潰されてしまう。

 

「俺は俺のものだし、仮に誰かのものになるとしてもそれは雪ノ下雪乃じゃない。雪ノ下陽乃、あなたじゃなきゃ嫌なんです」

 

 溶かされてしまう。絆されてしまう。いや、その表現はきっと間違っているだろう。

 だってわたしはきっと、ずっと前から彼に溶かされ、絆されているのだから。

 なぜ同じ高校とはいえ入れ違いに入学しただけの後輩をあんなにも構ってしまったのか、何度も遊びに誘ったりしたのか。なぜ妹も一緒ではなく二人っきりで合格祝い、入学祝いをしようなんて考えたのか。そしてなぜ、後輩と話す彼の姿にイライラしてしまったのか。

 ……答え同然の大ヒントをもらわないとこんな簡単な問題も解けないなんて、どうやら雪ノ下陽乃は自分で思っていたほど完璧ではないようだ。

 だってしょうがないじゃない。こんな熱い、茹だってしまいそうな感情。自覚したらなにも考えられなくなってしまうんだから。

 

「わたしの相手をするのは大変だよ?」

 

「俺の相手をするのも大変だと思うんで、おあいこってことで」

 

 微妙に回りくどい問答はわたしたち同士でしか瞬時に伝わらなかったのか、数時遅れて周りから拍手で包んできた。後輩の前での告白――しかも完全な不意打ち――なんて公開処刑ものだし、実際楽しそうにニヤニヤ笑っている子もいるけれど、それ以上に嬉しさが溢れだしてつい笑ってしまった。比企谷くんも笑っているし、きっとこれでいいのだろう。

 なにはともあれ、わたしの最後の大学生活、そしてきっとそれからの毎日は今まで以上に楽しいものになるはず。

 不思議な確信の中口にしたお酒は、今日で一番おいしく感じた。

 ……酔いの覚めた彼に、もう一度告白してもらおうかなと思っちゃったのはご愛敬ということで。




 あけましておめでとうございます。今年も私のSSで楽しんでいただけると幸いです。

 新年一発目は八陽でした。このお話を書くに当たって千葉大学の受験科目とかを調べていたら案外理系が軽い科があって、八幡ならちょっと頑張れば安定圏内行けそうだなと思いました。センターなんて穴埋めだしね! 行ける行ける!
 ゆきのんと同じ大学んい行きたくて国立目指す八幡もいいと思うんですが、先に大学に入っているはるのんを追いかけてって構図もね。いいよね。一年しか一緒にいられないとかそういうのガン無視した、その一年のためだけの努力ってのがね。いい(語彙力喪失


 そうそう、年末に行われた冬コミで発行した俺ガイルSS同人誌の委託予約やら夏コミの本のDL版委託やらやってたりします。興味のある方は活動報告までどうぞ。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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