比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。 作:暁英琉
「せんぱい! ちょっとこれ見てくださいよ! ……あ、あけましておめでとうございます!」
騒音。新年、新学期早々部室にやかましいのがやってきた。みんな大好き一色いろはの襲来である。え、今の告白じゃないかって? 俺は“みんな”に入れないことで有名な比企谷八幡だから、ははは……はぁ。
というか、普通「あけましておめでとうございます」が先に来るもんじゃないんですかね? 今更そんなことをツッコむ人間がここにいるのかと言われれば否なのだが。この部活ほんと一色に甘すぎない?
「あけましておめでとう、一色さん」
「いろはちゃんあけおめー!」
由比ヶ浜は特に気にした様子もなく、雪ノ下も一瞬眉を寄せつつも迎え入れる。俺? 俺はそんな形式ばった挨拶をするだけでキモがられる逸材だからな。ここはいつも通りスルーを――
「せんぱい、挨拶もできないなんてちょっとキモいです。キモいというか哀れです」
……こっちでもキモがられちゃうのかぁ。もうなにが正解なのか分かんねえよ……。
「それでいろはちゃん、何か用だったんじゃないの?」
「あ、そうでした! せんぱいがキモいせいですっかり忘れてましたよ」
追加攻撃で抉るのもやめていただきたい。初撃でもう瀕死だから。ワンターンキルだから!
そんな今にも突っ伏してしまいそうな俺を気にした様子もなく、一色はポケットから取り出したスマホを長机の中央に置いてきた。三人揃ってのぞき込むと表のような画像が表示されていて――
「……『二〇一七年最も運のいい誕生日ランキング』?」
「あー、あれか」
表の上部にあったタイトルを由比ヶ浜が読み上げたのを聞いて、一人合点がいった。
確か冬休み中にテレビでやっていたやつで、熱心に見ていた小町が六三位だったとか言って喜んでたっけか。全体の五分の一以上とはさすが大天使コマチエル。来月には受験を控えているが、今年も楽しんで過ごせるならなによりだろう。……まあ、面倒だったからって俺の誕生日は探してくれなかったらしいけど。や、俺も興味なくてゲームしてたしね。小町が悪いじゃないんだ。こんな企画用意したテレビ局が悪い。
「せっかくなので、これで今年の運勢を見てみましょうよ!」
わざわざこんなものを見せてきた時点でそういう提案になるのは当然か。ほんと占いとか好きね、女子って。
だが一色よ、忘れてはいけない。ここにはそんな一般大衆に染まらないアウトローが二人も在籍しているということを。
「めんどい。勝手にやって――」
「あ、せんぱいに拒否権なんてありませんから」
「横暴すぎない?」
一言で一般大衆に放り込まれたアウトローがいるらしい。……俺だわ。いやまあね、一色が持ってきた時点で俺の力じゃ逃げられないことは分かってたよね。悲しい……。
となると、頼みの綱はもう一人のアウトローだけ。
そんなアウトローにして奉仕部部長、雪ノ下雪乃は小さく息をつくと一色を見据える。整った顔立ちも相まって、神妙な面もちの彼女に見つめられるとこう……睨まれているわけでもないのに顔を逸らしたくなってしまうもので、視線の受け手である一色も居心地悪そうに目を泳がせ始めた。すごいぞー、部長強いぞー!
「一色さん、こんなものは神社のおみくじよりも信憑性がないわ。日本の人口だけで一億二千万人、それをたかが三六六に分けて順位とつけただけですもの。単純に計算しても一位が三十三万人ほど出ることになるわね。残念だけれど、私はこれに意味があるとは思えないわ」
「あ、えっと……」
バッサリ、バッサリである。一刀両断が三回はぶち込まれたくらいのバッサリ具合に、一周回って一色が不憫になってきた。ほらゆきのん、いろはす落ち込んでるじゃん。俺知ーらない!
このまま順当にいけば雪ノ下が勝つだろう。そして一色は泣くだろう。いや、それはさすがにない……か? まあ何はともあれ、一色の提案が完全に却下されるのも時間の問題だ。
――あくまでここにいるのが二人だけなら、の話だが。
「えー、いいじゃんゆきのん。こういうの楽しいよ?」
なぜならここにはゆきのんキラーのガハマさんが標準搭載されているからである。通販の「今なら特別に~」並みの二個一感。お得かどうかは分からんけどな!
「いえ由比ヶ浜さん、これはただ順位を見るだけのものであって、こんなことをするくらいなら今すぐ神社に言っておみくじを引いた方が有意義よ。おみくじなら願事待人失物縁談病気商売学問など細かい項目についても記されていて……」
「そういうのは初詣でやったじゃん? 別に有意義だとか変に難しく考える必要ないよ。みんなで見てみてわいわい楽しめれば楽しい! それだけなんだよ!」
「それは……そうかもしれないけれど……」
「ね? やろ?」
「……分かったわ」
早い。早いよゆきのん。確かにゆきのんキラーとは言ったけど、ここまで速攻だとは思わなかったよ。攻撃力百倍の特効武器なんじゃねえの、ガハマさん。
まあ自陣の最後の砦も無事(?)陥落したということで。
「それじゃあ、早速自分たちの誕生日を探してみましょう!」
女子高生のお遊びに付き合うことになったのである。はあ、めんどい。
さすがに小さなスマホの画面を四人でのぞき込むのは――主に俺のメンタルが――まずいということで、一色から全員に画像が送信されてきた。各自で自分の誕生日を探そうというわけだ。それぞれが目を皿のようにして探しているのを横目に、俺も自分の誕生日を探し始める。っていうか、いざやるってなるとめっちゃ必死だな雪ノ下。ノリがいいのか悪いのか分からん。
さて、いざ三六六から一つを探すとなると面倒この上ない。エクセルやワードなら検索で即発見できるのだが、残念なことにこれは画像データである。軽くウォーリーを探せ状態に辟易しつつ、地道に探すしかないと早々に諦めた。
この場合人はどういう順番で探すだろうか。上位に入ったことを信じて一位から下っていくか、傷を浅くするために悲観主義を発動させて最下位から上っていくか。普段の俺なら間違いなく後者なのだが、所詮は遊びだ。そこまで躍起になることもないだろうと一位から見ていくことにする。
「っていうか、一色は自分の順位もう知ってんじゃねえの?」
画像を持ってきたのはこいつだし、確か小町がこの番組を見ていたのは五日ほど前だったはずだ。それなのになぜこいつも必死に順位表に視線を這わせているのか。葉山の誕生日でも調べてるのん?
単純な疑問だったのが、当の一色はぷっくりと両頬を膨らませて「そんなの決まってるじゃないですか!」なんて怒りだした。なんで俺怒られてんの? 一色いろはマジ理不尽。
「わたしだけ知ってたらおもしろくないじゃないですか! せんぱいたちと一緒に探してわいわいしようと思ってたから、調べるの我慢してたんですよ!」
え、こいつ五日間ずっと我慢してたの? 俺らと楽しむために? なんだこいつかわ……あざといな。
危ない危ない、危うく一色の評価が鰻登りになって危険信号が鳴り響くところだった。どんだけ“危”使うんだよ。
それにしてもこの順位表、なかなか自分の誕生日を探すのに時間がかかる。なにせ数字と「月」と「日」だけで構成されているのだ。見間違いが多くて多くて、遅々として進まない。お願いだからCtrl+Fを使わせてくれ。
「あ、あった!」
内心この表を作った人間に悪態をつきながら視線を這わせていると、さっきまで静かだった由比ヶ浜が声を上げた。
「一七四位かぁ……なんか微妙」
日付の後に順位を目にしたのか、ややテンションの下がった声で自分の順位を読み上げる。しかし、微妙と言っても真ん中よりは上だ。平均以上ということはいい方ってことである。勉強で平均取れない反動かな?
「「「………………」」」
なんて軽口を挟む者はこの場に一人としていなかった。むしろ由比ヶ浜以外に口を開く人間がいない。由比ヶ浜も明らかに沈んだ空気を察したのか俺たち三人を心配そうな目で見てきたが、誰一人としてそんな彼女を気にかけることはなかった。できなかった。
「百位台なんてよかったわね、由比ヶ浜さん」
なぜなら――
「私なんて三三三位だもの。こんな低い順位、屈辱だわ」
「え…………ええええええ!?」
雪ノ下“でさえ”後ろから数えたほうが早いのだから。あと一つ順位が低かったらネット民的には「なんでや!」と関西弁で流せたものだが、ゾロ目というだけではネタとしても弱い。
そして“でさえ”ということは……。
「お前はまだいい方だろ。俺たちなんて……なぁ?」
「三五四位と三五九位ですからね……」
「みんな低すぎない!?」
そう、俺と一色に至ってはあわや最下位争いレベルだったのだ。あまりにも近すぎて両方とも同時に見つけちゃったよね。
いやまあ、お遊びだってのは分かってるよ? 毎朝のニュース番組でやっている星座占いと大差ないってことくらいね、分かってるんですよ。
けどさ、それでもさ……。
「へこむ」
「ヒッキー、マジで落ち込んでる!?」
確かに普段、生まれながらの負け組だとか負けることに関しては最強だとか言っているが、まさかこんなところでも負け組になるだなんて……。
「わたしたちの一年はお先真っ暗ですね……」
「いえ、まだ諦めるのは早いわ一色さん。これを知るのが早かったのが不幸中の幸いよ」
「なるほど、今のうちに厄落とし的な感じでお祓いしてもらうか。……三人で」
こういうお祓いって予約とかいるんだっけ? と調べてみると、近くの神社で予約不要のところがあるようだ。まだ時間に余裕はあるし、今から行くか。……依頼料を俺が払う未来が見えるが、まさかな。
なにはともあれ、善は急げと帰る準備を始める。というか、一色はなんで最初から鞄をここに持ってきてるんだよ。生徒会にも部活にも行く気なかったなこいつ。
「ちょっとみんな何で帰ろうとしてるの! まだ部活中だよ!?」
「「「黙れ勝ち組」」」
「嬉しい単語なのに全然嬉しくない!!」
勝ち組ガハマのことは放っておいて、さっさと神社へ行こう。悪いものは早く吐き出すに限る。吐き出したところにいいものが来ることを祈る。神頼みに次ぐ神頼みぃ。
そう思って三人連れ立って部室を出ようとすると、何の前触れもなく扉が開いた。
「ん? なんだもう帰るのか? 普段はまだ部活をしている時間だと思うが……」
まあ、部員以外でノックをしない人間はこの学校で一色かこの人くらいだよな。いつも通り白衣を羽織った平塚先生は、今まさに帰ろうとしている俺たち三人と、逆に帰る準備を一切していない由比ヶ浜を見比べて首を傾げた。
正直今、先生の相手をしている暇はない。俺たちにはさっさと神社に行かなくてはいけないという大事なミッションがあるのだ。
しかしそんな俺たちとは逆に、由比ヶ浜は天の助けを得たように表情を綻ばせる。
「先生いいところに! あ、そうだ。先生も自分の順位確かめてみましょうよ!」
なるほど、先生の順位に俺たちの興味をシフトさせる作戦か。確かに気になる。順位がよかったら今年先生に春が来るかも、とか思ってしまうくらいには興味がある。顔を動かすと雪ノ下や一色も興味を持ち始めたようだ。由比ヶ浜、お前いつからそんな策士に……。
さて先生の誕生日は……あれ……?
「あれ……?」
こっちでも探してみるかとスマホを取り出した俺の内心と、既にさっきの画像から探し始めていた由比ヶ浜の声が重なった。
「あたし、先生の誕生日知らない……」
「そういえば、私も知らないわね。一色さんは?」
「雪ノ下先輩たちが知らないのに、わたしが知ってるわけないじゃないですか~」
そう。この場の誰も、平塚先生の誕生日を知らないのだ。当然俺も知らない。先生って割と自分のプライベート話すのに、なんで誰も知らないんだ? 由比ヶ浜なんて真っ先に聞いてそうなもんなのに。
「そういえば一学期の頃聞いたけどはぐらかされた気が……」
「ほ、ほら。女性がみだりに生年月日を教えるものじゃないだろう?」
…………。
………………。
「先生……」
「な、なんだ雪ノ下?」
まさに開いた口が塞がらなくなっている俺たちを代表して、頭が痛そうに眉をひそめて額に手を当てている雪ノ下が口を開く。
「誰も何年生まれかなんて聞いていません。何月何日生まれかと聞いているだけですよ」
「い、いやしかしだな。ほら誕生日を祝われると何歳になったのかとか聞かれたりな……」
まあ、普通の知り合いとかには聞くかもな。平塚先生にそれ聞いたら確実に俺のみぞおちが死ぬから絶対言わんけど。
ただ、さすがにそれは……。
「はあ……さすがにそこまで過敏だと引きますよ。アニメの技を叫ぶよりもずっと引きます」
「――――――」
あ、先生が膝から崩れ落ちた。声をかけてあげるべきかと隣にいた一色と視線を絡ませたが、言葉にせずとも同じ結論に至って静かに首を横に振った。
だって、ねえ。雪ノ下の言い分も尤もだし。技名に関してもな、俺も中二で卒業したし。
「さて、急がないと間に合わなくなってしまうわ。比企谷くん、一色さん、早く行きましょうか。ぁ……勝ちぐ、由比ヶ浜さんも一緒に行く?」
「おう」
「お祓いって初めてなんで楽しみです!」
「ゆきのんまだ引きずってるよ! けど行く! 連れってってよぉ!」
うずくまったまま割とガチな嗚咽を漏らしている先生を横目に、ゾロゾロと部室を後にする。鍵は先生が閉めてくれるだろう。確か雪ノ下の使っている鍵とは別に予備があったと思うし。
部活を早く切り上げた元々の理由はランキングが低かったというローテンションものな理由だったはずだが、三人ともどこか楽しそうだ。まあ、こうして楽しめるのなら三六六分の三五九位も悪くはないのか、なんて思ってしまうくらいには俺も楽しみだったりするのだが。
「比企谷くん、遅いわよ」
「ヒッキー早く早く!」
「急がないと置いてっちゃいますよ!」
「……わーってるよ」
やっぱりあんなランキングなんて信用ならない。いったい誰があんな企画を打ち立てたのか知らんがその時間をもっと別の面白企画に充てるべきだろう。
あんな下の順位だったというのに、俺は今年一年が運の悪い年になる気がしないのだから。
ちなみにお祓いを終えて帰宅してからスマホを見ると、平塚先生から恐ろしいほどの着信が来ていて割と怖かったのは別の話。
Twitterで知ったランキングを見てみたら、何ともネタになりそうな順位だったので書いてみました。特にカップリングのない話はかなり久しぶりかな?
最初ははるのんも出そうかと思ったんですが、順位がガハマさんと大差なかったのと、さすがに大学あるだろってことで断念。
静ちゃん好きはごめんね! 少し前に原作読み返してて「生年月日ならともかく誕生日も隠すなんてさすがにこじらせすぎでは?」って思ってたからどこかでネタにしたかったの! ごめんね!
それでは今日はこの辺で。
ではでは。