タンニーンやアザゼルとの訓練を終えた一同は、二人に別れを告げてグレモリー家の本邸へと舞い戻った。音楽隊や騎馬隊の歓迎、民衆の声援を受けながらやっとの思いで居城に辿り着くと、一人の少年が駆け寄ってくる。リアスやサーゼクスと同じ紅髪を持つ、まだあどけなさの残る少年だ。
「おかえりなさい、リアスお姉様っ! それに眷属の皆さんも!」
「ミリキャス!」
リアスはその少年を愛おしそうに抱き締めた。苦悩続きの時間を送る彼女にとって、愛する家族との再会は深い安心をもたらした。まだグレモリーの家族関係をあまり把握していないゼノヴィア達に向けて、リアスは彼を紹介する。
「この子の名前はミリキャス。魔王サーゼクス様の実子で、つまり私の甥よ」
その言葉に、ゼノヴィアは悟られぬようにミリキャスを観察した。確かに顔つきや雰囲気はサーゼクスと似ている。とはいえ、彼女にとってはどうでもいいことだ。故に挨拶をしてくるミリキャスにも適当に返しつつ、彼女はタンニーンとの訓練を思い返した。
聖剣であるデュランダルが通用しないという事実はあまりに重たい。今までにそんな事態に陥ったことは、コカビエルを除いて皆無だったからだ。
教会戦士として活躍していた頃は、エクスカリバーとデュランダルという剣の違いはあるものの、聖剣を振り回すだけで敵は消滅した。相手はその殆どが悪魔や吸血鬼で、彼女が振るうのは連中に相性の良い聖剣なのだから当然だ。しかしそれによって築いてきた連戦連勝が、いつしか自分を過信させてしまっていたのは否めない。
それ故にコカビエルやタンニーンのような圧倒的な強者を前にすると対抗できないのだ。
──このまま突き進んでも限界は超えられないのだろう。どうすれば強くなれる?
思考に暮れるゼノヴィア。そのとき、ミリキャスの背後に待機していたグレイフィアが挙手した。同時に控えていたメイド達が集結する。
「お嬢様。眷属の皆様をお部屋へご案内したいと思うのですが」
「お願いね? 私もお父様とお母様に挨拶をしないといけないし」
「旦那様と奥方様は外出しておられます。夕刻にはお戻りになるとのことです。晩餐の席にて、皆様と改めて顔合わせをしたいと申されておりました」
「分かったわ。それなら皆には部屋で休んでもらおうかしら。荷物は届いてるわよね?」
リアスの言葉にグレイフィアは深く頷く。
「はい。お部屋は今すぐお使いになられても問題ございません。お荷物はベッドの上に纏めましたので」
グレイフィアが先を促し、メンバーは屋敷の中へと歩を進めた。
▼
ジオティクスやヴェネラナとの晩餐から幾ばくかの時間が経過した。ベランダで自然豊かな景色を眺める小猫は、消えてしまった先輩の存在を思い返していた。
兵藤一誠。
まだ彼がこちら側に巻き込まれる以前から彼女は一誠の名前を知っていた。無論、悪い意味である。
女子更衣室を覗いたりセクハラ発言を繰り返す、駒王学園でもぶっちぎりの嫌われ者。当時はそんな噂しか耳にしなかったし、同じ眷属になってからは更に強く感じるようになった。女性の前で下ネタを連呼するのだから当然の反応ではあるが。
しかし一誠が他人のために努力を重ねられる性格の持ち主であり、いざとなれば頼もしい男であることも小猫は知った。
そんな彼がSSS級はぐれ悪魔に認定されたという情報は、小猫にとって信じがたいことだった。
『アーシア先輩も救って、リアス部長も救おうとして! そんなイッセー先輩がSSS級はぐれ悪魔に堕ちる筈がないです! きっと間違いです!』
彼女の主張は遂に聞き届けられなかった。
サーゼクス曰く、一誠は力に呑み込まれてしまい暴走したらしいが小猫は信じなかった。確かに彼は馬鹿だったが、姉と同じ道を歩むような馬鹿ではないのだと確信もしていたからだ。
ならば疑うべきは、その情報を伝えたサーゼクス本人しかいなかった。
一誠が行方不明になってしまったのは、ライザーとの一騎討ちの直後だ。彼が健闘空しく敗北してしまった後のことを彼女は全く知らない。つまり裏でイザコザが生じたと考えるべきだろう。
例えば、サーゼクスがフェニックス家に婚約解消を頼み込んだとすれば、一誠を恐れたライザーが彼に適当な罪を着せて殺そうと目論んだのなら、両家や上層部がそれに同意したとすれば。
そして事態に気付いた一誠が咄嗟に逃げ出したのだとすれば。
「スケープゴートとしてSSS級はぐれ悪魔に認定されてしまった……」
仮説ながら辻褄は通っているように思えるが、小猫には確かめる手段が無い。誰かに相談するという選択肢も存在しない。
まずリアスと姫島朱乃は却下だ。リアスはサーゼクスの実妹であり、裏の事情を既に把握しているだろう。リアスの懐刀とも揶揄される彼女もまた真相を知っている可能性が高いし、相談すれば自分が嗅ぎ回っていることをリアス達に知られてしまう。木場もあちら側に回ってしまうかもしれない。
ちなみにそもそも事情を知らないギャスパーやゼノヴィアは論外である。
「アーシア先輩はショックからまだ立ち直れていないし、やっぱり私一人で探ってみるしかない」
こうして、小猫は密かに決意したのだった。
▼若手悪魔最強▼
昨夜の晩餐から一夜明け、リアス達は早くから首都リリスへと向かっていた。
目的は一つ、リリス中心部の巨城にて開かれる若手悪魔の会合だ。魔王はもちろんのこと、旧ソロモン七十二柱に数えられる名家の当主やそれに連なる血族、そして政府上層部が一同に会するという貴族達にとって最も重要なイベントである。
というのも、集められた者全員が隠然たる権力を有し、魔王派と大王派という二大派閥のどちらかに属しているのだ。ここで上層部や上位貴族に胡麻を擂っておこうと考える悪魔が多いのも当然だ。
必然的に、参加者は自他の発言や一挙手一投足に意識を集中させなければならない。弱味を握るために或いは威厳を示すために。
そうした緊張が渦巻く会場に眷属と共に入場したリアスは、眷属達に小声で注意を促しながらも、自らも魔王サーゼクスの妹として懸命に振る舞っていた。
晩餐の席で実母から投げ掛けられた言葉は、彼女にとって少なからず混乱と衝撃をもたらした。
『誰だってリアスを魔王の妹として見る。三大勢力が同盟を結んだ今は、その名前と地位も他勢力まで知られることでしょう。それでも、今まで通りに身勝手な我儘を言うのかしら?』
即ち、リアスはこれから先の長い時間を、ただの少女リアスではなく魔王の妹リアスとして接されるということである。そのような扱いは彼女が一番嫌うことであり、それをヴェネラナははっきりと逃れられない運命であると告げた。先のライザーとの婚約解消未遂の一件もあっての発言だった。
事実、彼女を見つめる貴族達の視線はどう考えても年端のいかない少女へ向ける類ではない。利用価値と将来性を計算し、あわよくばと目論んでいるそれだ。
視線に蝕まれていたリアスに、救いの声を掛ける者がいた。
「よう、リアス。久し振りだな」
会場の片隅に佇んでいた複数の人影。彼らを率いる青年を見た瞬間、リアスも思わず微笑みを溢れさせた。
「懐かしいわね、サイラオーグ」
武闘家を彷彿とさせる油断のない立ち振舞いと、正装を着込んでも隠せない屈強な肉体を誇る、まだ若い精悍な青年。彼こそが旧ソロモン七十二柱の序列一位に君臨するバアル家の次期当主、そして若手悪魔最強と称されるサイラオーグだ。
サイラオーグは野性的な笑みを浮かべながら、リアスの後ろに控える眷属達に自己紹介する。
「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主にして、リアスの従兄弟でもある。よろしく頼む」
気迫に圧されながらも頭を下げる一同を尻目に、リアスは彼との会話を再開させた。
「それにしても若手悪魔の筆頭格がこんな片隅で飲んでいるなんてね。堂々と中央で飲んだらいいのに」
「最初はそうしていたが、他の奴らが来たから移動しただけだ。喧騒は好まんのでな」
その言葉を受けて、リアスは訊ねた。
「あら、他のメンバーは既に来ているの?」
「シーグヴァイラやディオドラ、ソーナも顔を見せている。挙げ句にゼファードルだ。早々にシーグヴァイラに喧嘩を売ったからな」
そう口にした直後、会場の中央から爆音と破片が飛び散った。リアスは咄嗟に防御術式を展開し、サイラオーグは破片を全て粉砕することで己の眷属を守った。
安堵の息を吐きながら周囲を見渡してみれば、他の貴族達も術式を展開しているものの、しかしその表情はせせら笑っている。恐らくは会合前の余興にしか思っていないのだろう。
彼らにとっては焦るような騒動でもなく、それ故に止めに入る者もいない。そればかりか一部が喧嘩を煽る始末だ。
サイラオーグは心底から呆れ果てた溜め息を吐くと、かつてテーブルや料理だったものが散らばる中心部にて睨み合う二つの集団へと歩を進めた。すると周囲に陣取る野次馬連中は彼のオーラに圧され、自然と道が完成する。
野次馬が遠退いたことに気付かないままの二人の間に、サイラオーグは割って入った。
顔に魔術的な刺繍を施した、見るからに邪悪そうな服装の男性──ゼファードル。
冷静で知的なイメージを抱かせる、氷に似たオーラを放つ女性──シーグヴァイラ。
直前まで対立していた二人は、目の前に突如として現れたサイラオーグの迫力に驚愕し、思わず後退る。
「なんだよ、これは俺とアガレスの喧嘩だ! 部外者は引っ込んでいやがれ!」
それでも震えながら言い返すゼファードルに、彼は拳を構えながら告げた。
「アガレス家の氷姫シーグヴァイラ、グラシャラボラス家の問題児ゼファードル。もし戦いを続けるならば俺が相手をしよう。これは最後通告だ。次の言動によっては容赦なく、お前達を潰す」
途端にサイラオーグの全身から威圧感が発せられる。彼の鋭い眼光に、シーグヴァイラは素直に矛を下げるという道を選択した。仮に抵抗したとしても絶対に勝てない。そう思わせるほどの存在感がサイラオーグにはあった。
この場はなるだけ穏便に済ませる方が得策だという答えを彼女は即座に導き出した。
それとは対照的に青筋を立てたのがゼファードルだ。彼は自分に絶対の自信を持っていた。サイラオーグに負ける筈はない、と少なくとも自分と眷属達だけは本気でそう思っていた。
その自信を胸に、彼は全身から魔力を漲らせながら飛び掛かった。
「バアル家の無能野郎が──」
そして吐き出した言葉は中断させられた。
何故なら台詞を言い終えるよりも前に、サイラオーグの一撃によって会場の壁に叩き付けられたのだから。
細かな破片が降り注ぎ、ゼファードルは床に墜ちた。後に残ったのは首をコキコキと鳴らしているサイラオーグと、呆気に取られたシーグヴァイラ達だけだ。
眷属達が吹っ飛ばされた主君に駆け寄っていく様子を視界に入れながら、彼は何事もなかったかのように眷属達の元に戻った。
「言った筈だ。これは最後通告だとな」
若手悪魔最強と称される漢の実力、その一端を示しながら。