はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(イデア)


獅子の戰い

 ──良い眼をしている。

 

 彼女達に対する一誠の感想はそれだった。敵への恐怖をバネに普段以上の実力を引き出している。油断せずに持てる全てをぶつけてくるだろう。例え敵わずともソーナ達は必死に立ち向かってくる筈だ。

 魔力、薙刀、或いは徒手空拳。

 彼女達の手が僅かに震えているのが見えた。しかし顔は不自然なまでに笑みを浮かべている。

 

 より警戒を強めながら、一誠は訊ねる。

 

「どうして笑っていられる?」

「さあ、何故でしょうか。私にも分かりません」

 

 ″王″であるソーナは後を続けなかった。にも拘わらず、彼は質問に対する答えを聞いた。

 

 ──眷属を信じているから。

 

 脳内にリアスの声が染みた。どうやら未だ過去を拭えないでいるらしい、と一誠は苦い記憶を感じながら頭を横に振る。

 

「やはり、お前の方がずっと強いよ。匙」

「ええ、匙は強いです。彼は命懸けで赤龍帝を倒そうとしました」

 

 だから、とソーナは語気を強める。

 

「私は兵藤一誠を討ち取ります」

 

 対峙する二人を見ていたセラフォルーは翼を拡げ、実妹たるソーナの援護に駆けつけようとした。しかし彼女の前にオーフィスが立ち塞がる。一誠の邪魔をさせたくないからだ。

 セラフォルーではオーフィスを降せない。介入手段を絶たれた彼女は歯軋りをしながら怒鳴る。

 

「どうしてオーフィスがテロリストに協力するの!? 理由は何!?」

 

 セラフォルーと睨み合いながらも、彼女は一誠に視線を向けていた。その姿はどこか神秘的な雰囲気だが、引き込まれるような独特のオーラには一種の恐ろしさも醸し出している。

 オーフィスは、淡々と答える。

 

「……赤龍帝の隣にいて、確かめたい。それだけ」

「確かめる……!? 一体、何を!」

「……始まる」

 

 オーフィスの眼差しは、高速でソーナに詰め寄る一誠を捉えていた。

 

 ″倍加″の音声をBGMにして、一誠は早々に近接戦闘を仕掛けた。指揮官さえ倒してしまえば残りのメンバーは戦わずとも墜ちると判断したからだ。

 瞬時に魔力弾を撃つも、それは彼女の前に何重にも展開された防御術式に阻まれる。しかし完全には防ぎきれなかったようでヒビが生じた。ヒビが広がる速度は異常に速く、シトリー家の紋章が刻まれた術式は次々に砕け散っていき、そして最後の一枚が崩れ去った。

 

 瞬間、彼の視界を覆ったのは水蒸気だ。直前まで魔法陣が存在していた場所から大量の蒸気が噴き出し、一誠だけでなく会場全体を埋め尽くす。

 

 ソーナの姿を見失ったものの、一誠は即座に次の策を練る。

 

「……霧、か」

 

 一誠は彼女が打つであろう手を予測する。可能性としては、視界を塞いでいる間に大規模な魔法の準備を進めるか、眷属達が事前に取り決めた配置に着き物量戦で圧倒するかの二択だ。

 少なくとも後者はソーナに限っては考えにくい、と彼は読んでいた。事前調査によると彼女は計略を得意とするらしい。シトリー家の特色である水を操り、魔力操作技術にも長けている。今更になって数に頼るという下策は取らないだろう。

 では、前者はどうだろうか。

 そもそもどのような魔法にしても、貴族が集まるこの会場で魔力弾やそれに準ずる攻撃魔法の類は撃てない。他に考えられるとすれば転移魔法であるが、それだと水蒸気を展開した意味が薄い。

 

 どうしたものか、と長考する一誠。その時、ゆらりと蒸気が揺れ、その向こう側に人影が現れた。失望の眼で一誠が魔力弾を放つとそこにあった影は消えた。パシャリと水が跳ねる音がした事から、どうやら人影の正体は水人形のようだ。

 ゆっくりと辺りを見回すと、一誠は既に人影に完全包囲されていた。本体である彼女や眷属の姿は見当たらない。

 

「消耗が狙いか?」

 

 一誠は強烈な違和感を覚えながらも水人形の殲滅に力を注ぐ。発射音と破裂音が交互に響き、瞬く間に数を減らしていくが、時間が経過するほどに却って気持ち悪さが大きくなっていった。

 脳裏に嫌な予感が巡る。

 察するに、彼らは能力や術式を付与されていない単純な操り人形であり、戦力とするには粗悪な存在だ。それでもソーナからのアクションは無い。人形が倒されていることは本人が一番知っている筈なのに、彼女は今も行動を起こさない。不気味で静かな戦いだけが続いた。

 

『敵も随分と水人形を用意したものだ』

 

 宝玉からドライグの呆れる声が響いた。

 

「そうだな。お陰で滑りやすくなって──」

 

 瞬間、彼の中で違和感が確信に変わった。飛翔しようと翼を展開するも僅かに遅く、床から出現した無数の槍に襲われる。絶え間なく繰り出される水の槍を避け、更に横合いからの一閃も強引に首を捻って逸らした。

 気付けば、得物を構えたソーナ達が彼の周囲を包囲していた。そして床の水の跳ねる音と共に、ソーナが一誠の前に進み出る。

 

「……水蒸気や人形はフェイク。本命はぶちまけられた水で作成した槍、そして眷属の襲撃か?」

「ええ。普通は人影に注意が向けられますし、周囲が霧に包まれればより警戒を強めます。人形を倒すことで床に撒かれる水こそが狙いだとは気付きません」

「槍に驚いた隙に全員で俺の首を取る、か。面白い作戦だが、俺の前に姿を現すとは油断が過ぎるんじゃないのか?」

 

 首をポキポキと鳴らす一誠。しかし、尚もソーナは余裕を崩さない。

 

「私達の実力だけでは兵藤一誠を討ち取れない。それは認めましょう。それなら、倒せるであろう者にバトンタッチするのみです」

 

 直後、膨大な闘気と息の詰まる敵意が一誠を襲った。そのオーラの持ち主には心当たりがあった。

 一誠にとって、その悪魔はある意味で注目していた男だ。いつかは拳を交えるだろうとも考えていたが、こんなに早く戦うことになるとは予想していなかった。

 

 もしくは、このパーティーに殴り込んだ時点で一誠は待ち望んでいたのかもしれない。

 ドラゴンは戦いを呼ぶ。

 以前に聞かされた言葉を噛み締めながら、現れた男を見据えた。

 

「俺はサイラオーグ・バアル。お前を倒す男だ」

「……自己紹介はいらないだろ?」

 

 交わした視線が合図となった。

 サイラオーグは幾度か軽く身体を縦に弾ませ、次に一誠の背後から挨拶代わりの蹴りを放つ。勢いよく踏み込んだことで得た跳躍、その力の方向を強引にねじ曲げて撃ったのだ。体術に秀でていないとできない芸当であり、幼少から鍛え上げてきた彼だからこそ可能な力技だ。

 

「──背後!」

 

 意表を突いた攻撃に一瞬だけ動揺こそしたが、一誠は的確に受け止めた。ぶつかり合う衝撃が響くもサイラオーグの猛攻は終わらない。二度、三度。連続して蹴りと打撃のラッシュが繰り出される。

 ドライグの鱗を全身に再現した″赤龍帝の鎧″を素手で攻撃すれば当然ながら肉は削がれ、骨は折れる。それでも彼は止まらなかった。

 

 痛々しい光景に、戦闘を眺めていた眷属達は思わず眼を逸らすも、ソーナだけは現実から逃げなかった。

 

 会談の記録映像を幾百回も見直した。パーティー襲撃の可能性を危惧しシミュレーションを重ねた。全員でハードな特訓をこなし、場合によってはセラフォルーの眷属達にも手伝ってもらった。

 

 だが遠い。若手悪魔最強の男がまるで相手にならない。

 否、そんなことは最初から分かりきっていた筈だ。グレイフィアでさえ圧倒されていたのに、力も経験も劣る自分達で勝てるわけがないというのに。

 しかしソーナ達は、それでも戦わなければならなかった。

 護衛の兵士は使い物にならず、グレイフィア達は魔王や賓客であるオーディンを護らなければならない。上層部や貴族達は恐怖で動こうともしない。結局は自分達が独自に動くしかなかった。

 

「……届かない、ずっと遠い!」

 

 焦燥は混乱を呼び起こし、混乱は敗北を招く。そして敗北は死へと誘う。

 だが、ソーナは諦めることだけはしなかった。

 

「俺は冥界の敵であるお前を倒す!!」

「……やってみろ」

 

 互いの拳が、意地が、ぶつからなかった。

 ″倍加″を重ねた一撃がサイラオーグの拳を正面から粉砕したのだ。右腕の骨が砕かれ、それでも止められずに回転しながら床に叩きつけられるサイラオーグ。咄嗟に左へ転がる彼を赫の魔力弾が強襲する。

 紙一重。

 頬に線が入るが、彼はギリギリで回避する。水蒸気に砂煙が混じった中を一直線に突き進んでいく。

 

「シトリー、援護をッ!」

「分かりました! ──水よ!!」

 

 ソーナの号令に応じて、床に撒かれた水が球状の弾を象った。それらを足場にしてサイラオーグが飛翔する。そして渾身の力で叫ぶ。

 

「俺はこの力で冥界の危機に立ち向かうと決めているッッ! 来い、レグルスッ!!」

 

 その瞬間、周囲全てに烈風が発生した。冷たい連鎖が巻き起こり、その中心で金色の双眼が瞬いた。六メートルを超える巨大な金獅子が、力強い躍動を続けながら主君である彼に並んだ。そしてサイラオーグの身体を獅子と同じ色の気迫が覆っていく。

 獅子が巨大な咆哮を放ち、光となってサイラオーグに重なった。誰よりも高らかに、力強く、輝きを纏いしサイラオーグが宣言する。

 

「我が獅子よッ! ネメアの王よッ! 獅子王と呼ばれた汝よ! 我が猛りに応じて!! 衣と化せェェェェッッ!! ──″禁手化″!!」

 

 会場が震え、閃光が空間を支配する。光が終わった後に現れたのは全身鎧を着込んだ黄金の獅子王だった。胸部には獅子の顔が装着され、肩部分には獅子を思わせる紋章が刻まれている。兜には金毛が光を散らしており、さながらたてがみのようだ。

 事態を見つめていた一誠が「ほう」と感嘆の声を漏らす中で、ドライグが助言する。

 

『相棒、あれは神滅具だ。初代ヘラクレスが討伐したネメアの獅子だろう』

「どうして神滅具が独立して動いてるんだ?」

『分からん。だが気を付けろよ、相棒。あの力は今までの比ではないぞ』

 

 次に一誠の視界に飛び込んできたのは、黄金に輝く拳だった。咄嗟に身体を捻って回避するが、追撃するかのように蹴りを入れられる。

 

「確かに、これは……っ!!」

『BoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 

 瞬き一つの間に″倍加″を繰り返し、押し返す。重傷を負っているその身体のどこにそんな力を隠していたのか、対するサイラオーグは不敵な笑みを浮かべるだけだ。

 不意打ち気味に放たれる下からのアッパーを受け止めた直後に、一誠の視界を影が襲う。鈍い音と共に彼は落下し、更に水の魔力弾が追撃に動いた。

 

 煙が晴れ、サイラオーグは床に墜ちた。ネメアの獅子が分離して主を支える。

 やはり不味かった、と彼は表情を歪めた。″禁手″は未完成だからと出し惜しみしていればこの始末だ。終盤こそ抗えたが無理が祟ったらしい。獅子の身体に身を預けながら、駆け寄ってきたソーナに笑いかける。

 

「なんて無茶なことを! 最初から獅子を纏っていれば……っ!」

 

 彼女の言葉に答えたのは、サイラオーグの″兵士″を務めるネメアの獅子だった。

 

『私の本来の所有者は既に殺害されている。所有者が死ねば消滅する運命である私も、その場から速やかに無くなる筈だった。しかし私は獅子の身体を手に入れ、消滅を免れた。サイラオーグ様に出会ったのはその直後だ』

「神滅具が……っ!?」

『協力して所有者を殺した奴らを全滅させた後に、私は志願してサイラオーグ様の眷属となった。だがそのような経歴故に力が安定しておらず、″禁手″も未完成なためにとても実戦に出れる状態ではなかったのだ』

「成程、確かにそのような不安定な状況ならば、使えるのは一度だけの切り札。躊躇しても仕方ありませんね」

 

 そう言って頷きながら、ソーナは一誠が墜落した方向を睨んだ。

 赤い龍の波動はまだ終わっていない。

 

「──まさか墜とされるとはな」

 

▼獅子の戰い▼

 

 全くダメージが通っていないのだろう、肩をグルグルと回している様子からも、一誠にはまだ余裕が残っていることが窺える。サイラオーグとソーナは、彼との実力差に戦慄するしかなかった。

 

「様子見の為に手加減こそしていたが、力を見誤っていたということか。これは反省だな。慣れないことをするものじゃない」

「やはり本気を出していなかったのですね……」

 

 欠伸する一誠に、ソーナは鋭い視線を送る。

 主戦力であるサイラオーグは重傷を負い、ネメアの獅子は力が不安定、自分達では実力不足。現状は詰んでいた。

 ならば、とソーナは敢えて前に進み出ると話を切り出した。

 

「……教えてくれませんか。どうしてリアスを裏切ったのか、その理由を。私達は単に暴走したとしか聞かされていないのです」

「時間稼ぎか?」

 

 彼女の目的は見透かされていた。しかし、ソーナは続けなければならない。

 

「その通りです。しかし知りたいのは本当です」

 

 しばらくの沈黙が訪れた。一誠は何かを考えているような仕草を見せたが、やがてフェイス部分のみ鎧を解除した。

 ソーナは初めて、一誠の顔を直接見た。自分達が知っている少年とは思えないような、どこまでも冷たい眼差しをしていた。

 

「……簡単に話そうか。ライザーとの戦いの後に、俺は刺客に襲撃された。そいつらは冥界上層部、そしてサーゼクスから殺害命令を受けたと自慢気に語ったんだ」

「……ッッ!?」

 

 明かされていた情報とは全くの正反対である真実に、彼女達は驚愕した。予想すらしていなかった。まさか上層部までも関わっているとは誰が考えるだろうか。

 敗北したから、殺す。そんな理不尽があるのか。

 もしや姉も関与しているのか。気持ちを落ち着けながら、しかし様々な憶測がソーナの頭を過る。

 

「それが本当なら、私達は……」

「だから俺は復讐を目指す。対象はサーゼクスや政府上層部、ライザー及びフェニックス家」

 

 ──そして、リアス・グレモリー。

 

 一誠は顔を歪めながら天井に視線を向けた。

 

「帰ろう、オーフィス。目的は果たした」

 

 いつの間にか、彼の肩にはオーフィスが座っていた。華奢な足を揺らしながら、彼女は魔法陣を地に描き、尾を噛む蛇の紋章を浮かび上がらせる。二人が消え去った後には何も残らなかった。

 

 しかしソーナやサイラオーグ達、次世代の悪魔には確かに疑念が芽吹いたのである。

 

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