SSS級はぐれ悪魔の兵藤一誠による襲撃事件から今日で三日目となる。悪魔陣営には幾つかの変化が訪れた。その最たる例として、若手悪魔達の評価の変動が挙げられる。
会合に出席していたサイラオーグ・バアル氏とソーナ・シトリー氏の両名は、短時間とはいえ、会場に乱入した兵藤一誠を足止めし、最終的には撤退まで粘った点を讃えられ、政府上層部からの評価が急上昇した。
特に命を削る覚悟でSSS級はぐれ悪魔と戦った匙元士郎氏は、悪魔勢力の将来を支える逸材として各方面から注目を浴びつつある。
現在はシトリー家の屋敷にて治療を受けているが、発表によると命に別状はないとのことだ。
一方、同じく出席していたリアス・グレモリー氏の評価は散々である。
兵藤一誠が彼女の元眷属だからであり、襲撃当日には眷属である搭城小猫氏を拉致されたからでもある。「兵藤一誠に謀反された事実、優秀な悪魔を連れ去られた警戒の無さ。与えた損失は無視できない」と政府はリアス氏を酷評した。
加えて、「会談の襲撃にも兵藤一誠は参加した。このままでは他神話勢力にも影響を与える」と発表し、兵藤一誠を筆頭にテロリスト組織″禍の団″への警戒を強める方針を明らかにした。
若手悪魔活躍の影に隠れがちだが、その他にも変化した部分はある。タンニーン氏の戦死だ。
絶滅寸前のドラゴンを援助していた同氏が不在となったことにより、今まで彼の保護を受けていたドラゴン達はその立場を危うくしてしまっている。
現在はタンニーン氏の主であったメフィスト氏が代理として世話をしているが、多忙故にどうしても眼が届かない場合も多い。
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「……ドラゴンの幼体は密猟者に狙われやすいので早急に対策を講じなければならない、か」
会合の襲撃からしばらく経過した、ある朝の食堂。一誠は冥界で発行されている新聞を読みながら、自身の計画が与えた影響を確認していた。一面に大きく取り上げられているのはやはり先の襲撃事件であり、どのメディアもこぞって一誠の顔写真を掲載している。
「上層部め、グレモリーに上手く責任を押し付けやがったな。ま、それが狙いでもあるけど」
今回の事件で一誠は改めて世間に広く認知され、三大勢力にとっての敵役にも等しいポジションを獲得した。彼が目立つことは上層部にとっては好ましくない。一誠が報道されると彼を調べる者も現れてくるからだ。
その調査が単なる興味本意か、ある種のキナ臭さを感じてなのかは分からない。それでも放置しておけば真相を知られる可能性が大きくなってしまう。どんなに小さい芽でも摘んでおくに越したことはない。
そんな思惑もあり上層部はリアスに責任を押し付けたが、当然ながら彼女の評価は著しく低下した。元眷属が重要な公式行事を襲撃したのだから、非難の声がリアスに集中するのは必然だった。
つまり上層部が事実を認めようが、リアスが矢面に立たされようが、どちらに転んでも結局は一誠の思惑通りになるのだ。
「君の知略には脱帽だ。こうも容易く連中を陥れるとはね。しかも黒歌の願いまで叶えながら」
対面に座るヴァーリが感嘆の声を漏らした。それに対して一誠は首を横に振った。
「ドライグのお陰だ。俺は適当に暴れただけさ」
膝上で揺れるオーフィスの頬を撫でながら、ゆっくりと黒歌との会話を脳裏に浮かべた。
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「悪魔勢力で、何かの記念式典とか誰かのパーティーとかさ。重要なイベントはないか?」
質問された曹操とゲオルクはキョトンとしていたが、質問の意図を理解すると、それに対する答えを口にしようとした。だがそれよりも少しだけ早く、新しい来客が訪れた。
トレーニング室に訪れたのはヴァーリともう一人、着物を着崩した妖艶な美女だった。合同会議で見た覚えがある顔だ、と思い出しながら一誠はヴァーリに訊ねる。
「そっちの女性は誰だ?」
「まだ紹介していなかったな。俺のチームメンバーの黒歌だ。今回は彼女の望みを手伝ってほしいと思って連れてきた」
「……黒歌、だったな。取り敢えずは理由を話してみてくれ。場合によるが、サーゼクス共の利益にならないのであれば手伝うのは構わない」
黒歌と呼ばれた女性は、冷たい眼差しから微妙に視線を逸らしながら口を開いた。
「……実は、私には妹がいるのだけれど、妹は冥界で暮らしているの。だから、妹を奪還する手助けをしてほしい!」
頭を下げる黒歌を見つめながら、一誠は首を傾げた。それを自分に言う目的が分からなかった。そんなことをわざわざ伝える余裕があるなら自分で助ければ解決するではないか。
それこそ力不足ならヴァーリに頼めば片付く問題であり、時間を割いてまで自分に助けを求める理由が一誠には思い付かなかった。
「……私と妹は早くに両親を亡くし、二人で生きてきた。そんなある日に貴族悪魔にスカウトされ、私は生活の安定を願って眷属に志願したにゃ。でも、あの悪魔は妹に無理矢理に術を覚えさせようとした! 未熟な妹が使ったら死に至ってしまう!! だから──」
「殺したのか。主を」
「うん。それで私はSS級はぐれ悪魔に指名手配された。追手との戦闘が激化する中で妹は捕らえられてしまった。今はある貴族悪魔の下で眷属になっているらしいの。だから、私は妹を救出したい」
彼女は涙を浮かべていた。一誠はやはり冷たい眼のままだった。大体の事情は把握したが、手伝いを要求してきた点だけはまだ疑問のままだ。
最後にそれだけを確かめよう、と彼はヴァーリに視線を移した。ヴァーリは何も言わなかった。
「質問だ。どうして俺に協力を求める?」
「……妹はある貴族の眷属になったけど、その貴族が問題なのにゃ。貴族の名前は──」
──リアス・グレモリー。
彼女の名前が出た途端、一誠は纏っているオーラの色を変えた。静かだった波動は激しく揺れ動き、殺気が溢れ出した。その威圧感に正面からオーラを浴びせられている黒歌や隣にいたゲオルクはもちろん、強者を自負する曹操やヴァーリすらも汗を流す。濃厚すぎる殺意が形となって絡み付く感覚に陥った。
そして一誠の背後に集まる赤い殺意が吹き荒れる暴風と共に集まり、やがて強大なドラゴンの姿を象りながらトレーニング室を覆い尽くした。
巨大な翼を拡げ、彼らを尊大に見下ろすその姿はまさしく、遥かな古の時代に三大勢力と激戦を繰り広げた、赤龍帝だ。
「その妹さんは、小猫か」
「……そう、にゃ」
黒歌が千切れんばかりの勢いで首を縦に振ると、一誠は冷静さを取り戻し、どうしたものかと思案する。
彼の復讐対象はあくまで自分の殺害計画に関わった者だけで、一介の眷属に過ぎない小猫は対象外だ。それに元同僚の間柄でもあるし、可能ならば助けてやりたいのが本音である。
だが、そうなると計画を練り直す必要性がある。
元々の計画では、四神話へのパフォーマンスとして、冥界で行われる大規模なイベントに乗り込んで大暴れするだけだった。そうすることにより自分の価値・有用性を釣り上げ、より多くの支援を引き出し、遠回しなオーフィス獲得を目論む神々を牽制、更には元主君であるリアスの評価の暴落にも繋げる魂胆だ。
しかし小猫の奪還となると、話は異なってくる。
「……さて、どうするか」
『悩む必要はないぞ、相棒。もっと単純に策を考えるべきだ』
宝玉が瞬き、ドライグの声音が響いた。
『仮に悪魔共を相棒が襲撃したとしよう。相棒はこの俺を宿す、今代の赤龍帝だ。否が応でも注目は相棒に集まるだろうな。そこの黒猫はその隙を突いて拉致でも話し合いでも好きにすればいい』
「そうか、囮作戦か」
『今の相棒の実力を奴らに見せつけてやれ。そして教えてやれ。赤い龍を敵に回す意味を』
「……分かった。派手に暴れよう」
一誠は会話を終えると、改めて黒歌に向き直った。そのタイミングを見計らい、曹操が提案する。
「数日後、首都リリスにて若手悪魔達を集めた会合が開かれるらしい。魔王や上層部のみならず北欧のオーディンも招待されていると聞く。行くのか?」
「俺は三大勢力に仇なすドラゴンだからな。無論、出撃するさ。そして俺が囮をしている間に黒歌が小猫ちゃんを救えばいい。簡単な話だ」
「……本当に、手伝ってくれるんだね。ありがとう、赤龍帝」
礼を言うのは早い、と彼は釘を刺した。
「絶対に成功させるぞ」
「うんっ!」
かくして一誠は若手悪魔のパーティーを強襲。黒歌はその裏で小猫の保護に動き、そして成功したのだった。
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回想を終え、膝上のオーフィスの頭を撫でる一誠。その様子をヴァーリはぼんやりと眺める。
二人を排除しようと企む者は決して少なくないだろう。
悪魔上層部は当然のこと、彼らと同盟を結んでいる天界や″神の子を見張る者″も何らかの動きを見せてくる可能性が高い。支援を約束した四神話とて腹の中で何を考えているのか未知数だ。
「……北欧はどうするんだろうな」
北欧神話。″禍の団″に物資を援助している四神話の一角でありながら悪魔勢力とも通じている勢力だ。若手悪魔の会合にも主神オーディンが直々に代表として出席したことで、三大勢力と同盟を結ぶのではないかと噂されている。
オーディンは果たして何を考えているのだろうか。
予想はある程度つくが、あの老獪な神のことだ。常に警戒をして、それでも足りないだろう。
自分達は今ギリギリの綱を渡っているのだとヴァーリは顔をしかめる。
名のある四神話がバックにあるにしても、どんな事情があれ、″禍の団″は残忍なテロリスト集団だと世間に認知されている。真実は別として討伐の大義名分は三大勢力にあるわけだ。最終的には多くの神話勢力が彼らに賛同の声を示すかもしれない。
「──らしくないな。そんな顔は」
一誠の言葉に、ヴァーリは我に返る。攻めてくれば圧倒的な力で潰すだけであり、それこそがドラゴンの本懐というものだ。
呼応するかのように背中が蒼白く発光し、龍を模した魔法陣が描かれた。アルビオンの声が場に響く。
『落ち着いたか、ヴァーリ』
「我ながら情けない。三大勢力が向かってくるのなら殺すだけ。何を恐れることがある」
『その殺意、その憎悪。それでこそ我が宿主だ』
そのとき一誠の左手が翠に輝き、アルビオンと酷似した魔法陣が出現した。
『お前も丸くなったな』
積年のライバルの言葉に、アルビオンは感情を現さずに淡々と答える。
『憎き三大勢力を殺してくれるのなら、俺に文句は無いだけだ。腑抜けたなら話は別だがな』
『赤と白が轡を並べるなど、昔では考えられなかったことだ。これもまた運命か』
『三大勢力への復讐を遂に果たせそうだ』
やがて会話は終了し、後には静けさが残った。オーフィスの髪を手に流していく音だけが僅かに聞こえる。
ヴァーリは眼を瞑った。もしかしたら弱気になっていたのではないのかもしれないと考えた。この時間が気に入っているからではないか。心の中でそんな予想を立ててみた。
一誠が加入してから″禍の団″は変化した。ピリピリとして疑心暗鬼に陥っていた各派閥は、少しずつではあるが他と協力体制を敷くようになった。
「いいな……こういう組織」
「組織がどうした?」
急に聞こえる、覚えのある声。入口方向を見てみれば曹操とゲオルク、それにジークフリートが立っていた。呟きを聞かれていたことに苛立ちつつも、ヴァーリは三人が担当していた任務の内容と結果を訊ねる。派閥が根本的に異なる彼は会議の予定などは頭に叩き込んでいるが、英雄派の任務までは把握していない。
成功したのか、笑みを浮かべながら曹操は言葉を返した。
「今回も教会の実験施設を潰してやった。被験者の子供達は全員保護したよ」
得意気に胸を張る彼を見ながら、ヴァーリは心の中で付け足した。
一番変化した人物は間違いなく曹操だ。一誠に感化されたのか、以前はがむしゃらに英雄を目指していた男が神器を宿した子供達の保護活動を行うようになった。他のメンバーも一緒になって、だ。
「変わったよな、曹操」
一誠の言葉にヴァーリが深く頷いていると、ふと思い出したかのようにゲオルクが魔法陣を床に展開した。彼が得意とする拘束術式だ。
そうして紫の光と共に吐き出された人影は、一誠とヴァーリ、両方とも面識のある男だった。
「帰還している途中に倒れているのをジークフリートが見付けてな。昔の仲間だと言うから、取り敢えず縛って連れてきたんだが……」
「やぁやぁやぁ! 誰かと思えば噂の赤龍帝ではあーりませんかぁ! おひさっすねぇ! 素晴らしい再会劇に私はドキがムネムネしまくってますぜぇ!」
▼Mutation▼
魔王城の一角に設けられた応接室には、VIPを迎えるだけあって豪華な調度品が並べられている。堕天使総督であるアザゼルは気品のあるソファに腰を落ち着けながら、テーブルを挟んで対面に座るサーゼクスを見つめている。
訊ねたいことがある、と告げたアザゼルが応接室に招かれてから一時間が経過しているが、目の前に座る彼は口を開こうとしない。出された紅茶を啜りながら再三繰り返した質問を改めて口にする。
「それで、いつになれば兵藤一誠について教えてくれるんだ?」
「……」
しかしサーゼクスはあくまでも黙秘を決め込む様子だった。以前から妙だとは思っていたが、これでアザゼルは確信した。
魔王と上層部は、兵藤一誠についての情報を隠蔽している。
それもある程度の親交があった自分にさえ言えない秘密だ。恐らくはサーゼクス自身も一枚噛んでいるのだろう。そうでなければ、老人達の眼を掻い潜ってでも何らかの情報をもたらす筈なのだ。
紅茶は既に冷めきっていた。鏡のように映し出された自分の顔は酷く疲れている。それは間違いなく、一言も話してくれない親友に疲れているのだ。
悩んでいるのなら助けたいし、力になりたい。アザゼルにとってサーゼクスという男はそう思える存在だ。ずっと昔、三大勢力戦争で初めて出会ってからの仲であり、彼らの年齢には随分と差があるものの、しかし二人は特に気にすることもせず対等に接してきた。
だが今になっては何かが急速に冷えていく。無論、仮に窮地に陥ったなら即座に助けるが、それは単に立場故の義務だからだ、とアザゼルは思う。
「サーゼクス。俺はお前を親友だと思っている。一緒に酒飲んで、馬鹿やってな。これからも親友だと思いたいんだ」
「それは……」
「──だから、話してくれ」
思わず身を乗り出した。勢いよくテーブルを叩き、紅茶の入れられたカップが揺れる。しばらく睨み合うもやはり彼は口を閉ざしたままだった。
自分も言ってしまいたいんだ、とサーゼクスの眼は告げていた。しかし同時に恐いのだろう。秘密を喋ることによって訪れるであろう損失が堪らなく恐ろしいのだ。付き合いの長いアザゼルは、哀れな彼の姿をこれ以上見ていられなかった。
失望からソファを立とうとして、そこで扉が開けられた。入ってきたのは若い男だ。一目でそれと分かる高級そうな紺のスーツを着こなしており、外見はやり手のサラリーマンに見える。
彼はゆっくりとアザゼルに歩み寄り、軽い会釈と共に名刺を差し出した。
「私はファンキャット・アバドンと申します。お見知りおきを。堕天使総督アザゼル殿」
「……上層部か」
確証は得ていないが、上層部が関与しているという予想は当たりかもしれない、とアザゼルは直感した。あまりにもタイミングに恵まれているからだ。まるで邪魔者を追い払うかのように、しかも応接室に現れるなど偶然とは考えにくい。
名刺を懐に仕舞い、アザゼルは早々に部屋を後にした。あのまま余計に勘繰らせるよりはマシだ。確実に警戒されてしまうだろう。
アザゼルは手応えを感じながら、グレモリー家の屋敷に戻った。数日後に行われるソーナとのレーティングゲームに向けて、リアス達にはアドバイスに沿った特訓を指示してある。
──例の件も気になるが、まずは監督として若手悪魔同士のゲームを勝たせてやる方が重要だ。
魔法陣からレポートを取り出しつつ、アザゼルは教え子達の様子を見に行った。
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その夜、ファンキャット・アバドンの屋敷には上層部の面々が集まっていた。彼らは悪魔創世の時代から生きる有力貴族の当主達であり、強大な権力を有しているために魔王ですら手が出せない。秘密裏に地下に造られた会議室では今も、老人達による話し合いが行われている。
中央の映像術式に映し出されているのは、自分達が生み出してしまったSSS級はぐれ悪魔だ。
「兵藤一誠についてだが、彼をどう処理すればいいと思う。皆の意見を聞きたい」
「傍らにあのオーフィスがおるのだ。厄介な者と結託しおって! あのまま大人しく殺されておればいいものを!」
「左様。転生悪魔のくせに生意気だ。ああいう輩こそ見せしめに処刑するべきなのだよ」
一人が意見すると、呼応して次々に自分勝手な意見を述べていく。彼らは焦っていた。メディア、民衆、そして他神話が真実に辿り着いてしまう可能性を。
もし仮に知られてしまえば、一誠は冥界政府に見捨てられた哀れな被害者となってしまう。そして自分達は赤龍帝を切り捨てた悪役だ。
下手をすれば政府に反感を持つ者達に一誠が担がれるかもしれない。彼が生きている限り永遠に怯えなければならないのだ。
殺さなければと焦る老人達とは対照的に、議会の末席を務めるファンキャットは冷静だった。
「落ち着いてください、皆様。私に考えがあります」
「作戦でもあるのか?」
「その通りでございます。私は綿密な計画を作り上げました。上手く行けば赤龍帝だけでなくオーフィスを支配下におけるかもしれません」
──兵藤一誠の両親を拉致するのです。
出世を目論むファンキャットはゆっくりと自分の描いた計画を語っていく。
それがどれほどに愚かな行為なのか、微塵も気付かないまま。