夏休みが終わり、学校が始まる日。多くの学生は楽しかった日々を懐かしみながら、或いは手付かずの課題を嘆きながら学園へと向かう。
その中には
兵藤一誠の事故死──。
当初、その報を聞いた二人はあまりの衝撃に思考が停止したと言う。彼らにとって一誠は小学校からの親友だったのだから当然だ。別れすら言えず、唐突にこの世を去った事実に慟哭するしかなかった。
『俺達は三人揃って変態三人組だ! お前が死んじまったら名乗れないだろ……ッ!』
通夜のとき、松田は叫んだ。参列したクラスメイト達も何も言えずに俯く。彼の下品な言動には困り果てていたし迷惑していたが、いざ姿を消すと無性に寂しいものだ。
その日から松田と元浜は人が変わったかのように大人しくなり、騒動を起こすことも無くなった。しかしそれが決して望んで得た平穏でないことはクラスの誰もが知っていた。
閑静な住宅街を二人は歩く。以前なら学園のアイドルであるリアスやアーシアと共に登校してきた一誠に嫌みを言っていたし、ドロップキックもかましていた。
彼が通っていた通学路を、一誠は歩いていない。
「そういえば、グレモリー先輩もなんだか落ち込んでるよな」
ふと元浜が呟いた。
「イッセーはオカルト研究部に所属していたからな。部長のグレモリー先輩も思うところがあるんだろう。それに理由は分からないけど、小猫ちゃんにアーシアちゃん、そんでもって一年のヴラディくんだっけ。三人も休学中なんだ」
「木場も大怪我したらしいぜ。ゼノヴィアさんもやつれてるし、立て続けだよ」
「……尾を引いてるんだと俺は思う」
互いにそれ以上は何も言わない。程なくして学園に到着した二人は、またも無言のまま教室に向かった。
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今日は最初の登校日のため、全校集会だけで授業が終わる。リアス達は既にオカルト研究部の部室に集まっており、その顧問を務めるアザゼルが少し遅れて合流する。
「すまん、会議で遅くなった」
「構わないわ。それで連絡というのは?」
「悪い連絡とかじゃない。一つはお前らも知っているだろうが、新任教師としてガブリエルが駒王学園に派遣された」
「天使ともあろう者が胸元の開いたスーツで大丈夫なのかしら。クラスの男子生徒なんか興奮の嵐だったのよ?」
「それはアイツに聞いてくれ。めちゃくちゃ張り切ってたんだから。職員室も興奮の嵐だったよ」
恐らくは同盟の地である駒王学園に天界からも人員を送り込むことで、内外に三大勢力の結束力をアピールしようという思惑なのだろう。それはリアスでも理解できるし、文句を言おうとも思わない。そのトップの一角が直々に着任することは予想外だったが。
元同僚であるアザゼルも彼女の突拍子もない行動には疲れていたようで、わざとらしく頭を抱えている。
ちなみにガブリエル曰く、ある者を近くで観察したいから教師役に立候補したらしい。
「……頭が痛くなってきたわ。それで、他にも連絡事項はあるの?」
ああ、と彼は言いにくそうに頬を掻く。
「次のゲーム、対戦相手が決まったぜ」
「もう!?」
リアスは思わず叫んだ。ソーナとのレーティングゲームから約一週間が経過したばかりである。若手悪魔六名で行うとは知っていたが詳しい日程を聞かされていなかったのだ。彼女の反応にアザゼルは呆れを隠せなかった。
「お前とソーナが戦っている間に他の若手悪魔達もゲームを行った。その結果、サイラオーグがゼファードルを。ディオドラがシーグヴァイラを仕留めた。サイラオーグは金星、ディオドラは大金星だ。ただし、ソーナは勝って当然の結果ということで評価は伸びてない」
ソーナとリアスのレーティングゲームは下馬評通りにソーナの勝利で幕を閉じた。あまりにも悲惨なゲーム展開だった。
まずギャスパーとアーシアの二人は精神的な問題から欠場。
若手悪魔パーティーでの怪我が癒えていないにも拘わらず強引に出場した木場は、ソーナの″戦車″である由良翼紗に惜敗。更に傷が悪化した。
朱乃は雷を駆使して奮戦するも″女王″真羅椿姫の率いる部隊に包囲され、最後は戦力差を覆せないまま敗北してしまった。
そして残ったリアスはゼノヴィアを引き連れてソーナの本陣に奇襲を仕掛けようと試みるも、ゼノヴィアはその途中で匙と椿姫の連携に、そしてリアス自身もソーナとの一騎討ちに惨敗したのだった。
六名の若手悪魔に順位を与えるなら、上からサイラオーグ、ディオドラ、ソーナ。以下はシーグヴァイラ、ゼファードル。そしてリアスと続く。
「最下位、ね……」
「そう落ち込むな。この次に勝利すれば良い」
彼はケラケラと笑うも、リアスはそんな気にはならなかった。勝たなければならないのは理解しているが、しかし勝てないのだ。どう足掻いても若手最強のサイラオーグにはとても敵わないだろうし、シーグヴァイラやディオドラにも勝てる確率は低い。あのゼファードルと引き分けに持ち込めるかどうかも怪しいレベルだ。
「そうは言うけど勝てないのよ。誰にも……」
「……今のお前は誰にも勝てねえよ」
アザゼルが諦めたようにそう断言した直後、床に魔法陣が輝く。
「久し振りです、リアスさん。挨拶に来ました」
やがて淡い光と共に術式から現れたのは、先程も名前の挙がったディオドラだった。
「ディオドラか。次の対戦相手に挨拶か?」
「ええ、そうです。アザゼル殿」
「……貴方が私の相手?」
「今回のゲーム、互いに正々堂々、ベストを尽くしましょう」
尚も爽やかに告げるディオドラだが、リアスには盛大な皮肉にしか聞こえなかった。自分を嘲笑する目的でやって来たのだろうと彼女は認識した。
「……負けないわ。絶対に」
故に彼女は弱々しく呟いた。主観的にも客観的にも上辺だけの決意であることは明らかだった。
どうせ負ける。
リアスの脳内には敗北の二文字しか回っていない。俯くだけしか出来ずにいた。
その様子を見ていたディオドラは意外そうな顔をした。実際に彼が来た理由は、世間では愚か者と噂されるリアスの様子を自分で確認するためである。暗愚を演じておいて実は才気を隠している、という可能性も一応は考慮したからだ。
しかし敢えて挑発してみても反論されるどころか俯くのみだったので肩透かしを食らった気分だ。この有り様だと警戒せずとも次のゲームは楽勝だろう。
「……それでは僕は失礼します。ゆっくりと人間界を見物したいので」
「──ディオドラ」
床に魔法陣を描くディオドラ。だが直前にアザゼルが呼び止める。その表情は険しい。
「侮ってくれるなよ?」
その言葉には何も反応せず、彼は転移していった。完全に姿が消え去ったところで怒りを帯びた視線がリアスに向けられる。
「お前、馬鹿にされて悔しくないのか!? お前は笑われてんだぞ! 立ち上がれよ、親友にだって発破かけられたんだろ!!」
「でも、私は……」
その時、彼は見た。
リアスが視線を逸らした瞬間を。
途端にアザゼルの身体から力が抜けていく。監督である彼がどんなに張り切ったところで、実際に″王″として戦うのは彼女なのだ。しかし本人に戦う意志が無い以上はどれだけ特訓を重ねても時間の無駄である。
それを悟ったアザゼルは一気に冷静さを取り戻した。怒りで震えていた手が自然に落ち着いていく。
リアスの後ろに控える眷属達。
朱乃はまだ敗北にトラウマを抱き、木場は完治こそしたもののブランクがある。唯一戦えるのはゼノヴィアのみ。
いや、残っているだけでもマシか。
そこまで考えて彼は苦笑する。
「よく聞け、リアス。俺はこれからガブリエルと今後についての会議をしなければならない。終了予定時刻は二時間後だ。それまでに考えておけ。″王″として眷属のことを。お前の両肩に眷属の将来が乗っているんだぞ」
乱雑に扉を閉めてアザゼルは出ていった。
▼赤龍帝捕獲作戦▼
「それであんなに怒っていたのですか?」
「苛立ってな。無能だと周囲に言われているが、それを立証しているのは他ならぬ自分自身さ。どうにも皮肉だろう?」
アザゼルからの愚痴を一頻り聞き終えたガブリエルは、紅茶を啜ると溜め息を吐いた。広い会議室に彼女の吐息はやけに大きく響く。
「それでも見捨てることはしないでくださいね?」
「俺だってそうしたいよ。でもな、リアスはディオドラに何も言い返さないんだ。教育者としては敗北や悔しさをバネにして成長して欲しいもんだぜ。ところでガブリエルはどうだ? 俺がリアスのアドバイザーをしているようにお前もソーナに肩入れしてるんだろ?」
話を振られた彼女は、少し考えてから口を開く。
「特に不満はありません。皆、とても良い子ですから。ただ匙くんがちょっと……過剰に訓練をする癖がありますね。見ていて心配です」
「匙元士郎か。VIP席でゲームを観戦していたオーディンや帝釈天も太鼓判を押すぐらいだ。俺から見ても下級悪魔にしては異様な強さだった」
ここで彼は妙な点に気付いた。匙の名前が出た途端にガブリエルの表情が変わったのだ。
天使としての慈愛に溢れた、或いは生徒を見守る教師の顔と言ってしまえばそれまでだが、アザゼルには違うように感じられた。
まさか、ガブリエルは。
「お前、匙に惚れちまったのか?」
「いいえ、あくまで一人の生徒として──」
「……問い詰めようと思ったけど、やめるわ」
彼女の頬が朱に染まったのを見て、彼は確信した。シェムハザ、バラキエルに続き今度はガブリエルである。あのときは大騒ぎしたが、三回目となれば流石に馴れた。
彼女は慌てて否定しまくるがもう遅く、アザゼルは既に悪戯を思い付いた小学生のような顔をしていた。
散々に弄くられる未来を回避するべく、ガブリエルは露骨に話題を変える。
「そろそろ議題に戻りましょう。まずはディオドラの件についてです」
「あの小僧か。シーグヴァイラとのレーティングゲームの映像を見たけど違和感だらけだ。終盤でいきなり魔力が数倍に膨れ上がるなんざディオドラの力量からして不可能だろ。実力を隠していたとも考えにくい」
「何らかのドーピングを使っている可能性が高いですね。一体、誰が何の目的で渡したのでしょうか」
「そいつは不明だが、このまま泳がせれば或いは尻尾を掴めるかもしれない。さて、ディオドラについてはこの程度で良いだろう。ここからが本題だ」
そう言いながら、アザゼルは魔法陣から一枚の書類を取り出した。
「それは?」
「シェムハザが独自に掴んだ、悪魔上層部が秘密裏に進めている計画だ」
──その名は、赤龍帝捕獲作戦。