はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(ペロペロ)


悪魔のサガ

 冥界の裏の一つとして奴隷市場がある。専門の商人が人間を拐い、貴族達がオークション形式で購入するのだ。人間を誘拐するだけで纏まった金が手に入り、また貴族ともコネができるので店を構える者は後を絶たなかった。

 

 ぼろ布を着せられた美しい姉妹。

 スノワート、モルプス。

 彼女達も誘拐されてきた奴隷達だ。

 

『お姉ちゃん……!』

『大丈夫だから、私から離れないで……』

 

 二人は鎖に繋がれ、極彩色のライトが照らす華やかな舞台に上がらされた。仮面を着けた司会者が口上を述べていく。

 

『さあ、次は人間の少女達でございます! 育てやすく初心者の方でも楽に世話が可能です。雑用にサンドバッグ、夜の営みと何でもござれ!! ──名をスノワート、モルプス! 神器無所有の姉妹パック、まずは特別価格から!』

『中々の上玉ですな。我輩自慢のケルベロスの遊び相手にしたい』

『磨けば観賞用になりそうだ。戦力としては期待できそうにないがね』

 

 貴族達はざわつきながらも次々とプレートを表示していく。しばらくして木槌の音が響き、甲高い声で司会者が叫ぶ。

 

『これにて締め切りとさせていただきます! 最高入札者は──六十番の方です!! おめでとうございます!』

 

 その言葉と同時にソファから立ち上がったのは、白いスーツに身を包んだファンキャットだった。不敵の笑みを浮かべながら契約書にサインしていき、やがて彼がペンを置いたのを確認すると、覆面を被った複数の大男が舞台脇から現れた。

 その武骨な手が持つのは、シュウシュウと白煙を漏らす焼き印だ。

 姉妹の血の気が引く。これから自分達がどうなるのか、嫌でも理解してしまったのだ。

 

『……ヤダ、ヤダヤダァァァ!!』

『お願いです! どうか妹だけはッ!』

 

 スーパーマン、正義の味方、白馬の王子。そんなものが登場するわけもなく、男達はゆっくりと迫る。モルプスが泣き叫び、スノワートが懇願する様子を、周囲の悪魔はワインの肴とばかりに見物していた。

 

 幻想を壊すべく、ファンキャットは男達に嬉々として告げた。

 

『──押せ』

 

▼悪魔のサガ▼

 

「今のところは順調だな」

 

 気絶したメイド達を廊下に寝かせながら、ディオドラは安堵の息をついた。誘拐するには兵藤家に侵入しなければならないが、意外な程にあっさりと彼は家に忍び込めた。護衛役と思しきメイドも不意をついて気絶させた。

 それにしても奇妙だ、とディオドラは周囲を見回す。

 

「結界どころか監視術式も展開していないとは、責任者は何を考えているんだ……?」

 

 何故か、兵藤家には一切の防犯設備が設けられていなかったのだ。結界が無いのは侵入者を誘い出す罠だとしても、監視術式すらも展開されていないのはあまりに無防備だ。

 

「好都合だ。こうなれば発見される前に早く誘拐するとしよう」

 

 そう言いつつ、彼は家の中を探索した。目標である兵藤一誠の母はすぐにリビングで発見した。テレビの前でうたた寝しており、どうやらワイドショーを見ながら眠ってしまったらしかった。

 起こさないよう、慎重に歩を進めようとするディオドラ。しかしその瞬間、背後から冷たい声が投げられた。

 

「──お母様は結界で護られています。貴方では突破できませんよ?」

「護衛役の悪魔か? いや、それにしては魔力の雰囲気が違う。貴女は何者だ?」

 

 輝く白金の鎧に身を包み、剣を向ける銀髪の美女は問いに答えた。

 

「名はロスヴァイセ。北欧主神オーディン様に仕えるヴァルキリーです。即座に降伏してください。そうすれば命まで取ろうとは言いません」

 

 ヴァルキリー。かのオーディンに仕える精鋭の通称であり、北欧の地においては戦死した英雄を天上に迎え入れる役割を持つとされる一騎当千の半神である。聖なる武器を手に戦場を駆け巡るその姿は、古来より戦士達の羨望の的とされた。

 彼女達は美しいだけにあらず、その武勇も並を超える。こうして目の前に立つロスヴァイセも間違いなく強者の一人であることは容易に理解できた。

 

「アスタロト家の次期当主、ディオドラ。地位も財産もある貴方がどうして──」

 

 その言葉に、ディオドラは思わず叫ぶ。

 

「何も知らないくせに、偉そうに言うな!!」

 

 予想外の激情にロスヴァイセは後退りした。情報ではディオドラたる人物は穏和で冷静、紳士的な人物と聞いていた。そんな彼がこうまで感情を露わしたことに彼女は驚愕したのだ。

 

「君が何を知っているんだ! マーガレット達と引き離されて、無理矢理に片棒を担がされて! 言ってみろ、君がどんな事情を知っているというんだ! 何とか言ってみろよ、ロスヴァイセ!!」

 

 ディオドラは呆然と立ち尽くすロスヴァイセに詰め寄ったが、やがて涙と鼻水に顔を汚して力なく座り込む。そこに華やかな貴族の面影は影も形も無く、ただの優し過ぎる少年のディオドラだった。

 

「……ふむ、厄介な理由を抱えておるのか」

 

 いつの間にか、白い髭を蓄えた隻眼の老人が彼の顔を覗き込んでいた。気配を感じさせず、まるで最初からそこに存在したかのように立っている。

 事態が掴めないディオドラの横で、ロスヴァイセは即座に膝を突いた。

 

「あ、貴方は?」

「儂は北欧で隠居生活を送る、ただの偏屈な田舎爺に過ぎんよ。周囲は儂をオーディンと呼ぶがの」

 

 数秒後、ディオドラもまた彼女の隣で膝を突いていた。知らなかったとはいえ、北欧勢力のトップに失礼な態度で接してしまったのだ。悪戯が成功した少年のように笑うオーディンとは正反対に彼は滝汗を流していた。

 

「気にするな、ディオドラ坊。今日の儂はプライベートで来たんじゃからな。ロスヴァイセも顔を上げんか。ところで、儂が自ら出向いたのには理由がある」

 

 それまで笑っていたオーディンだが、スッと目を細める。

 

「じゃが説明をするには、ディオドラ坊にも事情を把握してもらわなければならん。お主にはその対価として兵藤家に侵入した理由を説明してほしい。裏で糸を引く者から計画の具体的な内容まで一切合切じゃ。等価交換は悪魔の十八番じゃろう?」

「取引、ですか」

「ディオドラ坊は自分の未来を考えた方がいい。このまま悪魔と共に滅びるか、それとも……」

 

 オーディンは敢えて言葉を濁したが、ディオドラの答えは既に決まっていた。眷属を人質にするような連中の下で働くことはできない。

 彼は強く頷いた。それは悪魔との決別の意思表示だった。

 

「分かりました、全てお話しします。ですが条件を一つ追加させていただきたく思います。どうか僕の眷属奪還に協力してもらえないでしょうか?」

「ほう、このオーディンを前に媚びるどころか、あくまで対等に取引を進めるか」

 

 ソーナとリアス、二人が激突したレーティングゲームと同時進行で開催された二試合。即ちサイラオーグとゼファードル、シーグヴァイラとディオドラの若手悪魔同士のゲーム。

 録画であるが、オーディンはそれらのゲームに目を通していた。どちらも多少の粗はあれど、若手なりに頑張ったと評価している。

 

 しかし今の彼はもう若手ではない。眷属のために戦う愚直なまでに真っ直ぐな戦士だ。

 しばらく考えた末に、オーディンはニヤリと笑った。

 

「……その覚悟に免じ、条件を呑もうぞ。我らは強き戦士を求めているのじゃからな」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 勢いよく頭を下げるディオドラ。

 と、通信魔法陣が彼の耳元に展開される。相手はあの姉妹だった。

 

『もしもし、ディオドラ様。私達は無事に誘拐しました。そちらは首尾よく進みましたか?』

「もう拐ってしまったのか!?」

『は、はい。既に』

「……取り敢えずは兵藤家に向かってくれ。僕から重要な話がある」

 

 通信を打ち切ると、ディオドラはオーディンに視線を向けた。その顔は焦りに染められていた。真剣な表情でオーディンも頷く。

 

「どうやら事態は一刻を争うようじゃな。その通信の相手が来たら、話をしよう」

 

 それから少しして兵藤家に転移してきた姉妹は、その直後に驚愕した。北欧のトップであるオーディンが立っていたからだ。しかもその隣にはヴァルキリーらしき銀髪の美女と、誘拐の一翼を担っていたディオドラが並んでいる。

 まさか失敗したのかと戦々恐々の思いでやって来たスノワートとモルプスだったが、今度は別の意味で恐怖していた。

 

「どうしてオーディン様が……?」

「それについては儂が説明しよう。まず前提としてディオドラ坊は悪魔からの離反を決意した」

「え!?」

 

 姉妹は驚愕した。若手悪魔のディオドラが冥界を裏切るなど誰が予想できただろうか。質の悪い冗談と思いたかったがオーディンがそんな真似をする筈がない。そもそも理由も見当たらない。

 思考停止に陥る二人に、オーディンは更に言葉を重ねていく。

 

「二人も苦労したのじゃろう。ああ、口にせんでもいいわい。田舎爺の眼は分かるぞ。そうじゃ、今から二人も取引せぬか? 情報を対価に助けようではないか。人質や仲間がいるなら救おうて」

「人質はいません。仲間も、他の眷属は──」

 

 彼女達以外の眷属は皆、ファンキャットのおこぼれを狙う男達だ。言いがかりをつけては身体を求めてくるゲスばかりである。救う理由は無い。

 スノワートが答えを口にする前に、モルプスが勢いよく土下座した。

 

「お願いします、助けてください! せめて、お姉ちゃんだけでも!!」

 

 十に近い年齢の少女が、頭を擦り付けて頼み込む。自分ではなく最愛の姉を救うために。

 馬鹿なことを言わないで、とスノワートは後ろから強く抱き締める。

 

「私は貴女の姉よ! 妹を売ってまで生きようとは思わない!」

「でも!」

 

 ディオドラは何も言わず眺めていた。恐らく先程の自分も彼女達のように必死で、守りたい誰かのために懇願したのだろう。

 悪魔も捨てたものじゃない。

 彼にそう思わせるには充分であり、しかしあまりにも遅かった。

 

「これこれ、落ち着かぬか。儂は()()と言うたのだぞ。それに肝心の返事をまだ聞いておらん」

 

 オーディンの暖かな言葉に姉妹は互いを見つめ合い、それから息を揃えて答えた。

 

「「取引します!!」」

 

 姉妹が離反を決意してから一時間後、大まかな情報交換が完了した。四神話の同盟や″禍の団″への援助など信じられない話の連続で、ディオドラ達の脳はパンク寸前に追い込まれた。

 オーディンもまた顔にこそ出していないが、赤龍帝捕獲作戦の存在、そして兵藤一誠がSSS級はぐれ悪魔に堕とされた本当の理由を知り愕然としていた。

 

「……つまり、兵藤一誠は上層部とフェニックス家、そして魔王サーゼクスに嵌められたのか。成程、これで疑惑が確信に変わったのう」

「はい。夜伽をさせられたときに、ファンキャットが自慢気に話していましたから」

 

 項垂れる二人にディオドラはそっと毛布をかけた。彼にとっては困っている人を見捨てられない、優しさからの行動だ。だがフラッシュバックを起こし精神的に不安定になっている姉妹にとって、他者に親切にされることがどれだけ心の支えになるだろう。

 思わずディオドラを抱き締める姉妹を尻目に、オーディンは溜め息を吐いた。

 

「ディオドラ坊は天然のジゴロじゃな。誑かしの才能があるのう」

「ジゴロではありません。ただ困っている人を放っておけないのです」

「狙っているようにしか思えんぞ。さてと、お主の眷属を救出せねばの」

 

 オーディンは立ち上がり、杖を一振りした。たったそれだけの動作で、ロスヴァイセを除く四人の足下に魔法陣が描かれる。

 

「ロスヴァイセは見張りを続けよ。では、これより救出に行くぞ」

 

 青白い光に包まれ、徐々に景色が消えていく。そして転移する直前、部屋の扉が開けられた。驚いて振り向くディオドラの眼に映ったのは、かつて命を助けてもらった少女だった。

 

「君は、全てを聞いてしまったのか……!?」

 

 アーシアはなにも言わなかった。しかし消え去る直前、ディオドラは確かに見た。

 彼女の頬に僅かにある、涙の流れた痕を。

 

 

「貴様、どこから入って……ひでぶっ!」

「あべしっ!!」

 

 ディオドラの眷属が監禁されている薄暗い地下牢に転移した途端、あからさまにガラの悪そうな男達に囲まれたオーディン一行。勿論、そこらの雑魚が相手になる筈もなく、立ちはだかった彼らは断末魔と共に散っていった。

 後に残されたのは肉片と、鎖に繋がれた美少女達だ。彼女達は自由になるや否や、ディオドラの下に駆け寄った。

 

「ディオドラ様!」

「すまない、僕の不注意で……」

 

 無事を確かめるかのように、互いを強く抱き締めるディオドラ達。その光景を眺めていたオーディンは転移魔法陣を描いた。眷属を救出したからにはもうこんな悪趣味な場所に用は無い。

 

「応援が来ない内に急ぐぞ、ディオドラ坊」

「はい!」

 

 スノワートとモルプスの姉妹は、ふと床に転がる肉片を見つめた。

 彼らもまたファンキャットの眷属だったが、姉妹と彼らの待遇には雲泥の差があった。そればかりかファンキャットに媚を売ることでおこぼれに(あずか)っていたのだ。元同僚といえど、連中に同情は感じられなかった。

 

 そっとモルプスが呟く。

 

「……私達は先に進みます」

「さようなら、忌々しい過去」

 

 最後に姉妹が術式に加わり、転移魔法陣は光を強めた。そして数秒後にはディオドラも眷属も姉妹も主神も、全員が消え去っていた。

 

 身代わりである思念体を残して。

 

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