はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(Juggernaut→意味:止めることのできない巨大な力、圧倒的な破壊力、あまりにも大きな犠牲、盲目的な献身を強いるもの)


カウントダウン

 帰還したジークからの報告を受けてからというもの、どうすれば二人を救出できるのか、と一誠は必死に思考を巡らせるも有効な策を編み出せないでいた。

 途方に暮れる彼に、北欧勢力から送られてきたという手紙を曹操が手渡した。

 

「これは、オーディン直筆の手紙か……?」

 

 困惑しながらも一誠は手紙を読み進めていき、やがて読み終えたその顔には少なからぬ戸惑いがあった。とはいえ、両親を救うには手紙に従うしか方法がない。彼にとっては大博打だ。

 瞑目し、そして決断する。

 

「……策に乗ろう」

 

 

 リアスとディオドラのレーティングゲーム当日。与えられた控え室にはリアス、朱乃、木場、ゼノヴィア、そして長い不調から立ち直ったアーシアが並んでいた。

 兵藤一誠の母親の誘拐事件が起きた日から、これまでメイドに世話をされていた日々が嘘のようにアーシアは元気を取り戻した。ただし、アザゼルやリアスがどれだけ理由を訊ねても彼女は一切の詳細を語らなかった。

 アザゼルは深い溜め息を吐く。アーシアの件も気になるが、今はディオドラとのゲームを優先するべきだ。

 

「……分かっているな、リアス。お前はもう後が無いんだ。これで勝たなきゃ不味い」

「ええ、アザゼル。ディオドラが来たあの日から私は″王″として必死に考えたわ。その結果はゲームで証明してみせる」

「ようやく吹っ切れたか」

「いくわよ、私の可愛い下僕達! この戦い、勝利で飾って見せましょう!」

「「「「はいッ!!」」」」

 

 フィールドに転移されるリアス達。五人の姿が完全に消え去ったのを確認してから、アザゼルは通信術式を起動させた。四分割されたモニターにはオーディン、帝釈天、ハーデス、天照大神が映されている。全員が神らしい緊張感を纏った顔だ。

 

「リアス達が行ったぜ。それにしても、あの話は本当なんだよな?」

『無論じゃ。故にアザゼル坊にも話した』

『ファファファ、オーディンから聞かされたときには驚いた。まさかコウモリがそこまで愚かとはな』

「よく言うぜ、内心笑ってる癖によ」

 

 悪態をつきながら、アザゼルは苦虫を何匹も噛み潰したような表情を浮かべる。あのときサーゼクスをもっと問い詰めていればと後悔しているのだ。少なくともオーディン達より早く事情を知っていれば或いは他に別の手段もあった筈である。

 思わず俯く彼に、帝釈天が告げた。

 

『HAHAHA! どうしたよ、アザゼル。まさか今さら悔いてるとか馬鹿なことは言わないよな? 俺だって別に勢力維持が悪いとは言わないZE。けどな、三大勢力はやり過ぎたんだ』

 

 怒気を含んだ言葉に、天照大神も続ける。

 

『特に悪魔は土足で日本に踏み込み、我が子に等しい民達を誘拐してきた。傘下である京の妖怪衆からも同胞が誘拐されたとの訴えが山のように届いておる。温厚な儂も流石に我慢の限界じゃ』

『駒王同盟を破棄するなら早めに決断せねばならんのう? もしくは手遅れかもしれぬが』

 

 神々の思惑など知る由もないリアス達は、周囲に広がるタイル張りの広場を見渡した。目の前には古代ローマを思わせる純白の神殿が悠然と聳え立っている。ソーナとのレーティングゲームの舞台はショッピングモールだったが、どうやら今回は趣向を変えて幻想的なフィールドを用意したようだ。

 奇妙なことにアナウンスはいつまで経っても流れない。違和感を感じたゼノヴィアが首を傾げた。

 

「どうしてアナウンスが流れないんだ?」

 

 運営側でトラブルがあったのだろうかと考えたリアスは眷属に待機を命じてから神殿に近付く。こちらから動いてみれば何らかのアクションがあるかもしれない。そう思っての行動だ。

 その直後、前方に二つの術式が現れた。ゲームが始まらないことに慌てたディオドラが合流したのかと思った彼女だが、その表情が驚愕に染まる。

 

「これは、アスタロトの紋章じゃない!?」

 

 翡翠色の術式に描かれている紋章は、アスタロトではなかった。背後に控えていた朱乃達も即座に戦闘態勢に移る。

 やがて術式から姿を現したのは姉妹と思しき少女達だった。警戒を隠さないまま、リアスは二人に訊ねた。

 

「二人はどうしてここに現れたのかしら?」

「「……」」

 

 少女達は口を閉じたまま一言も喋らない。苛ついた彼女が更に言葉を紡ごうとした瞬間、陰謀が動いた。

 

 異変を示す声は、朱乃達よりも更に後方から発せられた。何事かと後ろを振り向き、そこでリアスは怒声を放つ。

 

 アーシアを捕らえるディオドラの姿があったからだ。

 

「やあ、リアス・グレモリー。アーシア嬢の身柄は僕が預かっておくよ」

「アーシアを放しなさい! これはルール違反よ!」

「神殿に来なよ。最奥で僕は待っている」

 

 そう呟くなり、ディオドラとアーシアは転移術式の光に消えた。慌ててリアス達はアーシアを救出すべく神殿へと突入した。罠や妨害があるかもしれないとリアスは警戒していたが、意外な程にすんなりと一同は最奥の部屋に辿り着いた。

 

「やあ、早いね。リアス・グレモリー」

「ディオドラ! アーシアをどこ……に……」

「あ、リアス部長」

 

 リアスの怒号は、しかし急速にすぼんでいった。

 彼女はアーシアが拘束されているものと思い込んでいたが、実際はどうだろうか。

 一目で高級と解る純白のテーブルに、装飾のなされた椅子。洒落た喫茶店の屋外を彷彿とさせるインテリアの中で紅茶を啜りながら談笑しているではないか。

 

「えーと、二人は何をしているのかしら?」

「ちょっとしたお茶会さ。かつて助けてもらったお礼をしたくてね」

 

 そういえば、アーシアは悪魔を救ったせいで追放されたと聞く。まさかディオドラがその相手だったとは。

 驚きながらも、リアスは続けた。

 

「そうじゃなくて、そこは普通もっと別の理由を言わないかしら? 例えば、アーシアを手に入れるためだ、とか」

「僕の真似かい? 即興にしては似ているねえ。それじゃあ次は──」

「部長のワンマンショーではありませんよ」

 

 木場の進言に、お題を聞こうと身を乗り出しかけたリアスは慌てて身体を引っ込めた。爽やかにディオドラは笑った。

 

「ははは、緊張は解けただろう? でも、今から起きることは冗談じゃないんだ。全て、現実だよ」

 

 彼の合図と共に、上からゆっくりと檻が降ろされてくる。その中に入っている影を見て、リアス達は思わず声を漏らした。

 

「イッセーのお父様!? それにお母様も!」

「どういうつもりだ、ディオドラ!」

 

 叫びながら、デュランダルを亜空間から取り出すゼノヴィア。その他の面々も滅びの魔力、雷、聖魔剣と武器を並べる。唯一戦意が見えないのはアーシアだけとなった。

 しかしディオドラは気にすることなく、ティーカップをテーブルに置くと部屋の入口を見つめた。広がる闇にディオドラは言葉を投げる。

 

「いるんだろ? 兵藤一誠」

 

 カツン、と足音が響いた。

 その音にリアスは背後を振り向き、そして一誠と眼が合った。

 

「イッセー!?」

 

 予想外の一誠の登場に、ゼノヴィアとディオドラ以外のメンバーは涙腺を決壊させた。特に元主君であるリアスは小さな子供のようにただ泣いている。

 そんな彼女達を無視して、一誠は黙って″赤龍帝の鎧″を展開した。

 

「退け。今の俺にお前の相手をする暇は無い」

「イッセー……」

 

 かき消えるような彼女の言葉にも一誠は耳を貸さず、真っ直ぐにディオドラの下へと向かっていった。呼応するように彼もまた立ち上がる。その表情に今までの優しさは微塵も感じられず、まるで歴戦の戦士のような気迫を醸し出している。

 

「ディオドラさん……」

「アーシアは下がっているんだ。巻き込みたくない」

 

 朱乃に手を引っ張られて、アーシアは部屋の隅に移動させられた。そしてリアスは幾重にも展開した障壁術式の中に朱乃達と共に避難した。これから勃発する激戦を無意識に感じての行動だった。

 彼女達の安全を確認してから彼らは対峙する。

 

 刹那、二人の拳は衝突した。

 

「これで、どうだ!」

 

 衝突の直前、ディオドラは瞬時に身を翻すと魔力弾を乱射する。折り重なるアスタロトの紋章から打ち出された高密度の魔力を一誠は軽々と避けた。

 しかし超高速で飛翔していった筈の魔力弾は空中で大きく弧を描き、再び彼を追う。一誠は舌打ちした。

 

「自動追尾か、厄介な」

「逃げても無駄だ、兵藤一誠! 確実に対象を追い詰めるのだからな!」

「ならば全てを潰すまでだ」

 

 立ち止まり、拳に力を込める一誠。そうして飛来する魔力弾の一つに殴り掛かった。その瞬間、魔力弾が急激に膨張していく。

 罠だ。頭がそう理解した時には遅く、一誠は零距離で爆発を喰らった。動きを完全に止められた後に次々とぶつかる魔力弾。連続的な爆音と煙を一誠は浴び続けた。

 

「があ……ッ!」

 

 堪らずに床に倒れ伏す一誠に、ディオドラは追撃すべく歩み寄った。そのとき彼の隣に転移術式が出現した。″番外の悪魔″が一角、アバドンの紋章だ。軽やかに降り立った人物に頭を下げるディオドラ。

 リアスは現れた男に見覚えがあった。若手悪魔の会合の際、上層部の席に座っていたのを鮮明に覚えていたからだ。彼女が名を思い出すよりも先に、ファンキャットが口を開く。

 

「よくやった、ディオドラ。もう役目は終わりだ」

 

 そう言い放ち、ファンキャットは突如として右手を彼に翳した。そして一際巨大な音が響き、ディオドラの腹に大穴が抉じ開けられた。

 

「これで私の作戦は成功だ! 眠れ、ディオドラ! 貴様の美しい眷属は私が責任を持って管理してやる! ははは──え?」

 

 ファンキャットが高笑いしたのも束の間、ディオドラの姿が急速に薄くなっていく。まさか、とファンキャットは叫ぶ。

 

「思念体か……!」

「ピンポーン」

 

 答えたのは一誠だ。その鎧には一切の傷が見当たらず、まるで最初から戦闘など行わなかったかのように元気そのものだ。

 

「お前が俺の両親を誘拐したのは知ってるけど監禁場所が分からなくてさ。それで謀ったんだよ」

「おのれ……裏切ったなディオドラ!? 眷属がどうなっても構わないのか!」

 

 部下に連絡を取るべく激昂しながら術式を出現させるファンキャットだが、応答は無い。

 

「まさか、奪還されたのか!?」

「部下はあの世に、眷属達は主の下に。ちなみにディオドラ本人も安全なところに避難済み。ところでお前……死にたいんだってな?」

 

 憤怒の魔力を放出しながらファンキャットを睨む一誠。対するファンキャットはすっかり戦意を喪失し、小便を漏らしながら惨めに後退りしてしまっている。

 しかし彼の首をへし折ろうと一誠が歩み寄った、その瞬間。メキャリと何かが曲がる音がした。

 

 グニャリ、ボコボコッ。

 影は加速度的に膨れ上がっていく。

 

「……おい、嘘だろ」

 

 一誠は涙と共に、吼える。

 

「どうしてだよ! 父さん、母さん……ッ!!」

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』

 

 檻の中にいた筈の両親はどこにも見えず、代わりに二体の黒い獣が閉じ込められていた。

 

▼カウントダウン▼

 

「なんで変異してんだよ……!?」

 

 鋼の檻は怪力に耐えきれずにへし折られ、二体の黒い獣が降り立つ。その胸部には人間の顔らしきものが生えていた。一誠の両親だ。

 

「まさか、ジークが戦ったやつなのか!?」

「ひ、酷い……」

 

 直視できない光景にリアスは吐き気を感じた。第三者でさえ、その状態なのだ。実の息子である一誠の心は潰れる寸前だった。

 すると一誠は唐突に鎧を解除し、ふらふらと今にも倒れてしまいそうな足取りで歩きながら口を開く。

 

「なあ、俺をからかってるんだろう? 俺が親不孝者だから、家にも帰らないから。その仕返しなんだろ?」

 

 周囲の制止も聞かず、彼は足を進めていく。

 

「分かったよ、せめて顔ぐらいは見せる。だから」

「危ない、イッセー!」

 

 視界が横に逸れた。見れば、紅の髪が視界に映る。リアスだ。そう認識した直後に豪腕が頭を掠めた。黒い獣──否、一誠の母親が繰り出した一撃だった。

 彼女に抱き抱えられたまま二人は床を転がっていく。やっと止まったときには、リアスと一誠は埃にまみれていた。

 

 止まるや否や、彼女を押し退けて一誠は立ち上がった。やはり両親は獣だった。

 

「父さん、母さん……」

『Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』

 

 一体が床を強く蹴った。喚きながら、莫大なエネルギーの塊となって飛び出していく。巨大な弾丸が迫るのを彼は黙って眺めるだけであり、必死にリアスが手を伸ばすも届きはしない。

 だがぶつかる直前、間に飛び込んだ小さい影が獣を受け止めた。そのまま腕を掴み、もう一体に向けて放り投げる。轟音と共に獣達は倒れ伏した。

 

 影の正体、オーフィスは振り向く。

 普段の冷静さを失った兵藤一誠がそこにいた。

 

「……赤龍帝、攻撃しない?」

「オーフィス。そうだ、オーフィスなら元に戻せるだろ? 頼む、二人を戻してくれ! 俺の両親なんだ、あんな獣でも俺の大切な親なんだよ!!」

「……無理。獣の構造、把握してない」

「そんな──」

 

 最後の希望だったオーフィスすらも獣を元に戻すことは叶わず、万策は尽きた。

 狂った咆哮が聞こえた。パワーのみならず回復力も高いのか、オーフィスの攻撃を受けても獣は即座に復活している。あれでは本当に化け物だ。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』

 

 飛び掛かってきた獣に向かって、オーフィスは魔力弾を放った。建物を壊さないように随分と手加減を加えた一撃は、しかし黒獣の指先から順番に無へと返していく。

 涙を流しながら必死に中止を訴える一誠を、オーフィスは敢えて見ようとしなかった。

 

「……赤龍帝、殺されるわけにはいかない」

「退いてくれよ、オーフィス! そこを退けッ!」

「……我は退かない」

 

 苦しそうな声を漏らしながら獣は一旦、後方に跳躍した。先程の攻撃を受けたことで両方とも右腕は綺麗に抉り取られている。魔力を消したオーフィスに一誠は詰め寄った。

 

「オーフィス、どうして──」

 

 その先は、パンッ、という頬を叩く音に遮られた。呆気に取られた顔で目の前を見る。

 一誠の頬をオーフィスが叩いたのだ。

 

「……赤龍帝、いい加減にする。我に親は存在しない。故に両親の事について我は分からない。でも今まで観察した結果、これだけは理解できた」

 

 ──このままなら、二人は永遠に苦しむ。

 

 理解していた。心の何処かで自分がやるしかないと一誠は悟っていた。叶うなら元に戻って欲しいと願った。故にオーフィスにも戻してくれと懇願した。その結果がこれだ。

 

 一誠の感情は爆発した。

 

「あ、うあ……うああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

『Welsh Doragon Balance Breaker!!!!!』

 

 具現化した紅蓮のオーラに身を包み、″赤龍帝の鎧″を纏った。肥大化する魔力に反応したのだろう、獣達が一誠に狙いを定めた。漆黒の魔力を口から吐き出すも、それは容易く阻まれる。

 生じた隙を突いて、一誠は高速で両親の眼前に駆けた。

 

「そんな魔力よりも、母さんの拳骨の方が痛いんだよ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 鳴り響く″倍加″の音声を乗せて、拳を思い切り顔に捩じ込んだ。堪らずに身体が浮いたところに連打を浴びせていく。そして振り向き様にもう一体にも魔力弾を投げた。

 

『Aaaaa……!?』

 

 苦悶の声をあげる獣。容赦はしなかった。

 

「どうした、父さんなら耐えれるだろ! 腕相撲だって結局一度も勝てなかった! 息子に越えられるのが夢なら俺よりも長生きしろよ! 母さんだって吠えてる暇があるなら、また料理作ってくれよ! もう食えないとか嫌なんだ! 釣り、プラモ、それから……また一緒にやると約束しただろうがっ!!」

 

 殴る、ひたすら殴る。

 それが息子として最後に出来ることだ。

 

『……』

 

 二匹は抵抗もせず、殴られた。時々か細い呻き声を呟くだけで倒れたまま動こうとしない。傍らで眺めていたオーフィスには、彼らが泣いているように思えた。

 不意に獣達が口を大きく開き、魔力を集める。ビームを放とうとしている合図だ。

 一誠はそれよりも先に魔力弾を放った。

 胸部に露出した人間の顔を貫かれた獣は急速に魔力を四散させ、持ち上げかけた首は糸の切れたように崩れていく。

 

 直後、一誠の視界が白に染まった。

 

 

『立派な男の子です』

 

 病院の一室で、一人の女性が横になっている。その傍らに設けられた小さなベッドには、産まれたばかりの赤ん坊が寝息を立てていた。

 

『……俺の、子供──子供か』

『ええ、私と貴方の子供。もう名前は決まっているの?』

『勿論だ。この日のために徹夜して考えた』

 

 笑顔で男は告げた。

 

『一誠、だ。一番、誠実に生きてほしい。そんな願いを込めたんだ』

『良い名前ね。産まれてきてくれて、ありがとう……イッセー』

 

 視界はまた白に濡れていく。

 

 

 いつの間にか、一誠は現実に引き戻されていた。目の前には獣が倒れており、その胸部に埋め込まれている顔の近くに彼は歩み寄った。

 やはり父親と母親だった。

 ポツリポツリと二人は言葉を呟いていた。身体が動かなくても視線だけは一誠を向いていた。

 

「イッセー、イッセーだろう……?」

「私達を置いて死ぬ筈がないと信じていたわ……」

 

 血に染まった顔で二人はただ微笑んだ。それは息子の無事を知ったことによる安堵である。

 

「生きろ、イッセー……」

「そんな遺言みたいなことを言うなよ! 頼むから立ち上がれよ、明日も仕事があるんだろ!?」

 

 気配すら感じさせず、彼の隣にはオーフィスが立っていた。影に気付いた母が彼女に話す。

 

「名前は……?」

「……我、オーフィス」

「そう、オーフィスちゃんっていうの……これからイッセーのことをよろしくね、この子は寂しがりだから……」

 

 最後の力を振り絞り、二人の獣はしっかりと手を握り合った。サラサラと徐々に砂となっていく。一誠は慌てて掴もうとしたがもう遅く、触れた箇所は維持できなくなり崩壊した。

 思い出が、両親が、そして一握の砂が。風に吹かれ消えていく。

 

「さようなら、イッセー……」

「私達の子……」

 

 そして全ては消えた。

 

「──死んだ。父さんが、母さんが。死んで……」

 

 瞬間、一誠の意識は黒に喰われた。呪詛、怨念。そういった類のものが彼に雪崩れ込んでいく。亡者の囁きが、復讐を願う歴代赤龍帝の憎悪が一誠を埋め尽くした。

 それすらも今の彼にとってはどうでもよかった。だから唱えた。

 

 禁忌の一つを。

 

「我、目覚めるは──」

 

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