はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(愛情表現)


共食い

 悪魔の軍勢が冥界の空を染めていた。彼らは同じ種族でありながら、違う目的と使命を持つが故に、今こうして互いに泥沼の殺し合いをしている。

 

 現政権派と旧魔王派。

 穏健派と過激派。

 正規軍とテロリスト。

 

 それだけの理由で、同胞である筈の彼らは空から血の雨を降らせていた。

 

 そんな武力衝突の中心で対峙する三人の男女の影があった。奇しくもかつての内戦とそっくり同じ構図である点に気付いた一人が笑いを溢す。

 

「……何がそんなにおかしい。クルゼレイ」

「そうよ!」

 

 サーゼクスとセラフォルーは怪しむも、しかしクルゼレイは笑うのを止めなかった。まさか自分の最後の舞台があの内戦の続きとは、と運命の面白さを感じていた。

 

「偽りの魔王達は忘れたのか。あの内戦を」

「ちゃんと覚えてるわよ! 私達はその功績で魔王に選ばれたんだから!」

「ただの神輿だろうが。あのとき我々に大人しく政権を渡していれば、こんな大騒ぎをせずに済んだ」

「それはできない。仮に政権を渡していれば、君達は三つ巴の戦争を再び勃発させていただろう。そうなれば我々は共倒れだった」

「赤龍帝を捨て、結果として冥界に甚大な被害を与えた男がどの口で言う」

 

 吐き捨てるとサーゼクスは口をつぐんだ。

 話を聞かされていなかったのか、はたまた特撮で培った演技か。セラフォルーは首を傾げたが、それも一瞬でクルゼレイに食ってかかる。

 

「ねえ、クルゼレイくん! 今からでも部下と一緒に降伏してよ! そうすれば命だけは助けてあげるからさ!」

 

 現実が見えていないのだろう、この期に及んでもまだセラフォルーはクルゼレイを説得しようと試みた。

 

「──避けろ、セラフォルー!!」

「え……っ?」

 

 故に、致命的に反応が遅れた。セラフォルーは四方八方から迫り来る魔力弾を避けられず、一瞬で蜂の巣にされた。

 赤い血の霧雨が降り注ぐ城の上で、サーゼクスは傷だらけとなって墜ちていくセラフォルーに手を伸ばす。だがサーゼクスの右手は遂に彼女に届くような素振りを見せないまま、彼女は真下へと落下していった。

 

 数瞬の沈黙の後で、ゴシャリ、と一際大きく鈍い音がサーゼクスの耳に聞こえた。眼下に小さく見えるのは、全身が醜く潰れてしまっている赤黒い一つの点だった。赤色の染みになってしまったそれが直前までセラフォルーだったモノであることは誰の目にも明らかだ。その命の灯火が消え去ろうとしていることも。

 

「この高さだ。辛うじて生きていても彼女は虫の息だろう。今から応急処置をすれば、もしくは命だけは助かるかもしれんな」

 

 クルゼレイは、この状況を作り出した張本人でありながら黒い笑みを浮かべる。対してサーゼクスは近くに展開する部下にセラフォルーを治療施設へと搬送するように命じた。部下達が慌てて彼女の元へ向かう間も、そした回収を終えて施設へ転移していく間も、サーゼクスは俯いてずっと黙ったままだった。

 やがてゆっくりと上げたその顔は激しい憤怒に歪んでいた。

 

「どうしてセラフォルーを狙った」

「……それは今、この場所が戦場だからに決まっているだろう。お前はかつての内戦で、わざわざ敵を区別して殺したのか?」

「戦場だと!? 卑怯な襲撃を仕掛けて、無関係の者まで巻き込み! 挙げ句にセラフォルーまで!」

「いいや、戦場だ。周囲を見てみろ」

 

 天をも喰らう炎柱に包まれながら首都上空でぶつかり合う悪魔達は、相手の腕を切り落とし、脚を抉り、倒れた仲間を見捨て、ただ敵を殺すためだけに戦っている。少し遠くに見えるアリーナでは民衆が悲鳴すらも残せずに肉片となって散りばめられている。

 

「ほら、これは戦争だよ。三大勢力(俺達)が愛してやまない戦争なのだ」

 

 抑揚の無い声で締め括るクルゼレイ。それでも理解も納得もできる筈がなく、サーゼクスは口でこそ一言も反論せずにいたが、その代わりとして全身に大質量の深紅の魔力を纏わせた。テロリストとの争いを繰り広げていた政府軍は巻き添えを恐れて我先にと退却を始める。

 一方のクルゼレイも部下達を諌めて、即時退却を言い渡した。蛇によって強化されているとはいえ、サーゼクスとは未だ埋めきれない実力差が存在する。クルゼレイが蛇の力を全開にして戦ったところで腕の一本が関の山だろう。

 

「あの三つ巴の大戦時代からお前達には長く世話になった。しかし負け戦の供をさせるつもりは無い。この俺が殿を務めよう」

 

 そう短く告げてから、クルゼレイは体内に宿した蛇の魔力を限界まで膨れ上がらせた。器たる身体が耐えられなくなり全身にヒビが入り始めるも、しかし彼の知ったことではない。どうせ残り僅かの命なのだから。

 一人、また一人と部下達が去っていく。そんな彼らにサーゼクスが魔力を放つべく狙うも、それは間に割って入った影に阻まれた。

 

「俺の可愛い部下だ。手出し無用」

「……最後に言い残すことは?」

「貴様には、無い」

「そうか」

 

 直後、短い発射音がクルゼレイの額を貫いた。

 

▼共食い▼

 

「……クルゼレイの生命反応、消えた。体内に潜る蛇が教えてくれた」

「ほう。それで他に変わったことは?」

「……我の蛇、膨れ上がったまま。危ない」

 

 一誠は、オーフィスからの報告に笑って頷きながら呑気に歩を進める。周囲には炎と煙が広がっており、死体がそこかしこに転がっているが、彼は特に気にした様子も見せず、隣を歩くオーフィスの手をしっかりと握り締めて先を目指す。

 一誠が上機嫌のまま鼻唄まで歌っているからか、オーフィスも嬉しさから彼の手を握り返した。

 

「ちなみにだけど、どうして危ないんだ?」

「……行き場を失った魔力が暴走する。そして、最後には爆発する」

「ふーん」

「……何故、訊ねた?」

 

 小首を可愛らしく傾げるオーフィス。何でもないよ、と頭を撫でて一誠はふと空を見上げた。

 いつ見ても忌々しい紫色の空、地面を見れば彼方までも拡がる赤色、首都の方向から聞こえてくるのは()()()()()()()()

 しかし今の一誠には全てがどうでもよく、痛い程に手を握り返してくるオーフィスと共に自らの目的を果たすことしか考えていなかった。

 

 だからこそ、標的の人物を見付けた彼は満面の笑みを浮かべたのである。

 

「久しいな、リアス・グレモリー」

「……イッセー」

 

 少年の姿を視界に入れた瞬間、リアスはその名前を呟きながら手を差し出そうとした。彼もまたリアスをじっと睨んでいる。焔が逆巻くアリーナの中心で見つめ合う二人は、さながらラブロマンスの主人公とヒロインのようだ。

 勿論、リアスは分からないが、少なくとも今の一誠にそのような想いは欠片すら残っていない。彼らの間には深すぎる溝があった。

 

 合流したサイラオーグとアザゼル、そして朱乃を筆頭とするグレモリー眷属全員が彼女を庇うようにして前に進み出た時点で、一誠とリアスの関係性は端的に示されている。

 

 若手悪魔最強の獅子王。

 ″神の如き強者″の名を冠する堕天使総督。

 並び立つ二人の実力者を目の前にしても、一誠は飄々として余裕の態度を崩さない。

 

「目的は、リアスの殺害か」

「そうだ」

 

 赤いシャツの上にすっかり擦りきれてしまった駒王学園のブレザーを羽織る一誠の姿は、リアスと初めて出会った日と同じ服装である。そして彼女もまた学園の制服を着ているので、場所こそ違えど、二人は偶然にもあの夕暮れの続きを演じているようにも思えた。

 故にサイラオーグに静止されても、彼女は最後まで伸ばした手を引っ込めようとはしなかった。最終的には手首を強く掴まれたことで諦めはしたものの、リアスは憂いを帯びた視線を一誠に向けた。

 

 しかし一誠は気にした様子も見せず、逆に彼女への当て付けのようにオーフィスの肩に手を回し、リアス達にもそれと分かるぐらいに強く抱き締めている。

 だが、それも束の間。

 名残惜しそうに彼女を離して、次には戦士然とした顔付きでリアス達を睨む。渇ききって何も映さない瞳に気圧され、彼女達は不覚にも冷や汗を流した。まるで凍てついた氷水をかけられたかのように嫌な震えが全身を襲った。

 

「……待て」

 

 一誠の放つプレッシャーに呑み込まれながら、それでもサイラオーグは鋼の意志を振り絞り、獅子を模した黄金の鎧を顕現させると一誠の前に立ちはだかった。

 冥界を護りたいという正義感か、若手悪魔最強の意地と誇りか、はたまた絶対に譲れない覚悟がそうさせるのか。それは本人にも分かっていない。

 

 兎も角、彼はこの戦場でただ一人、赤龍帝を宿すSSS級はぐれ悪魔に立ち向かったのだ。

 そんな男の勇姿に感じるものがあったのか、一誠もまた″赤龍帝の鎧″を纏った。

 

 一誠の向ける視線に無言で頷いて、オーフィスは漆黒の結界を作り出して二人の戦士をすっぽりと覆った。簡易的ではあるが、各神話の主神クラスが束になって挑んでも破壊不可能な代物である

 同時に、アザゼルはこの戦いに自分達が干渉出来なくなってしまったことに気付いて叫ぶ。

 

「無茶だ、サイラオーグ! お前さんじゃ兵藤一誠に勝てん!」

「……無駄。この結界はあらゆる衝撃や音を遮断する。中にいる二人に、声は聞こえない」

 

 そう言ったきり寂しげに結界を見つめるオーフィス。小さな手をグッグッと握って、開いて、白い掌に残る暖かさを忘れないようにしながら。

 

 彼女が少し機嫌を損ねていることなど露知らず、結界の中で一誠はサイラオーグと対峙していた。互いに鎧を纏うが故に相手の表情は見えない筈だが、二人の身体が滾る魔力の波動が彼らの抱く感情を如実に映し出している。

 

 どこまでも純粋で力強い黄金の波動。それがサイラオーグの纏うオーラの色であり、彼の本質であった。幼少からの厳しい努力の果てに会得した、冥界を守り抜くという強い正義感を持つ彼にこそ相応しい闘志だ。

 そして同じく黄金の体躯を持つレグルスと同化している影響なのか、放つ威圧感は若手悪魔の領域を踏み越え、最上級悪魔にも匹敵するものだ。

 

「俺はお前を倒すべく修行を重ねてきた。その成果は己の眼で確かめてみろ」

「……勘違いしている間抜けが多くて困るぜ」

「どういうことだ」

 

 一誠は呆れたように溜め息を吐いた。あまりに隙だらけの体勢であるが、しかしサイラオーグは動けなかった。それどころか第六感がけたたましい音を鳴らしていた。

 

「俺の目的は復讐なんだよ」

 

 彼の放つ魔力が、赤黒く濁ってたからだ。

 

「ほら、勇敢に挑んでこいよ。特訓の成果とやらを見せるんだろ? アリーナでは誰も守れなかったけど」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

 嘲笑いながら、一誠は手招きの素振りをする。その見え透いた挑発や気だるげな一挙手一投足の全てが己を誘い込む罠であると看過しながらも、サイラオーグはどうしても堪えることができなかった。

 冥界を強襲し、今こうしている間にも罪のない大衆が死んでいるというのに、その張本人は呑気にケラケラと嗤い、今も五体満足のままで立っている。

 その理不尽で残酷な光景は、サイラオーグの持つ正義感と怒りを刺激するに充分だった。

 

 元よりオーフィスの結界に阻まれて、退却も味方との合流もままならないのだ。生き残るには目の前の赤龍帝を倒すしか道はない。

 状況的に追い詰められていた点もサイラオーグから冷静さを奪い、彼を一つの決断に追いやった。

 

 こうなれば倒すしか道は無い。

 サイラオーグは一誠から視線を外さないままで拳を構えようとして、

 

「──遅いな」

 

 次の瞬間には、一誠が目の前に立っていた。

 

「……っ!」

 

 反射的に飛び退こうとするも間に合わず、顔面を思いきり殴り飛ばされる。鈍い衝撃に襲われその場に倒れ伏すサイラオーグ。必死に立ち上がろうとするものの、彼の頭が大きく揺れる。

 今の一撃で脳にダメージを負ったのか。

 咄嗟に体勢を整えた彼が手で顔を拭うと、液体特有の妙な感触が掌に付着した。視界が赤くなった理由はそれである。

 

 ──今の一撃、もし生身で受けていれば出血だけでは済まなかった。

 

 嫌な映像が彼の脳裏を過るも、サイラオーグの闘志は消えていなかった。己を鼓舞すべく、咆哮する。

 

「……まだ、負けてはいない! 戦い続ける限り俺は負けない! レグルス!! お前の力を俺に貸してくれ!!」 

『はっ!!』

 

 諦めようとしない彼を、一誠はどこか懐かしそうに眺めていた。しかしそれも一瞬のことで、次にはサイラオーグに向かってゆっくりと歩き始める。そうして立ち上がれないままでいる彼の頭に左手を触れさせた。

 

 翡翠の宝玉が発光した。能力を発動させる合図だ。

 

「……いや、もう終わりだよ」

『──Transfer!!!!!』

 

 さて、歴代赤龍帝の一人にエルシャという女性がいる。発想力と機転に長けていた彼女は″赤龍帝の籠手″の主な能力とされていた″倍加″ではなく、高めた力を他者に与える″譲渡″に着目した。そしてエルシャは一つの仮説に辿り着いた。

 

「敵の魔力を意図的に膨張・暴走させてしまえば、器である肉体は自壊する。ぶっつけ本番で試してみたけど便利な技だよな。格上レベルにも充分に通じるし、なんたって確実に相手を殺せるんだから」

『やるじゃないか、相棒。だがエルシャにはまだまだ及ばんな。彼女は″倍加″と″譲渡″を超遠距離の狙撃にまで昇華させたぞ』

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

 彼女の理論は正しかった。限界以上にまで膨張した魔力はやがて肉体を攻撃し、堪えきれなくなった器は最終的に崩壊してしまうのだ。

 例を挙げるなら、高密度の魔力凝縮体であるオーフィスの蛇を自ら暴走させることでサーゼクスもろとも自爆したクルゼレイがそのケースに該当する。

 強いて異なる点を挙げるなら、爆発の規模が桁違いであることだろう。

 

 強力な技ではあるが、一誠は本来の標的に使おうとは思えなかった。連中はもっと苦しませてから殺さなければならない。それでこそ復讐だ。

 

「そういう意味では、苦しまずに死ねて幸せなのかもしれない」

 

 かつてサイラオーグだった肉の塊には目もくれないで、一誠は嗤った。

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