襲撃予告がなされた当日、シトリー領には早朝にも拘わらず三大勢力連合軍を主軸とした厳重な警戒体制が敷かれていた。それも今までの軟弱な悪魔達ではなく、選び抜いた精鋭のみで構成されている。
″皇帝″ディハウザーを筆頭に、最強の女性悪魔の一人であるロイガン、復帰したビィディゼといった最上級悪魔クラスの実力者を有する悪魔軍。武闘派のバラキエルが率いる堕天使軍。ガブリエル配下の天使軍。
そんな血気盛んな軍を見つめる三人の男。
魔王ファルビウム・アスモデウス。
堕天使総督アザゼル。
熾天使ミカエル。
三大勢力の首脳が現場で直接指揮を執るという。それだけ彼らは兵藤一誠を危険視しており、総力を挙げて討ち取ろうと考えているのだ。
「……圧巻だ」
「あの戦争を思い出す」
現在は仮設本部となっているシトリー家の屋敷に首脳陣は集まり、窓から見える合計二十万もの軍勢を見つめる。
三大勢力の連合結成はこれで二度目だ、とアザゼルは冗談めかして笑う。前回は互いに殺し合う敵同士の関係だったが、今回はたった一人の少年を討伐するためだけに集まっている。
「しかも相手は赤龍帝だ。皮肉なもんだぜ。二天龍と再び戦争する羽目になるとは」
「文句は悪魔に言ってください。そもそもの責任は彼らにあるのですから」
「ああ、僕も申し訳なく思ってるよ。だから面倒なのを我慢して現場に出てきたんじゃないか」
ミカエルの嫌味をさらりとスルーして、再び窓の光景に視線を移すファルビウム。
三勢力合わせて総勢二十万。それが今回、赤龍帝との戦争に導入した人員の数である。過剰ではないかとの指摘や三大勢力合同での討伐作戦そのものに対する反対意見も根強い。しかし現状と一誠の手口をよく把握している首脳陣は是が非でも協力しなければならなかった。
″神の子を見張る者″ではコカビエルを処分してからというもの過激派の反発が強まっていた。特に最近は上層部の失策が目立ち、代わりにコカビエルの意見が認められつつあるという点も加えて、堕天使組織内では大きな派閥を形成している。
アザゼルは彼らの反発を抑え込むだけの材料を求めていた。故にファルビウムからの協力要請に応じた。
天使側は他の二勢力と違って直接的な被害は受けていない。軍を派遣したのは彼らと駒王同盟を結んでいる立場を考慮しただけである。
そして根本的な話ではあるが、自分達に恨みを持つ敵は一誠だけとは限らない。敵が未知数である以上は判明している戦力から潰すしかないのだ。故にミカエルはファルビウムからの要請を受けた。
「これでも一回目に比べたら少ないんだよね。あの日は軽く見積もっても倍はあったし、それに神も初代魔王も生きていた」
「……だな。それで、兵藤一誠は
「分かっている癖に。というか選択肢なんて最初から一つだよね」
諦めた魔王。諦めていない堕天使。
二人の男は互いに視線を合わせないままで告げる。
「「──フェニックス」」
▼
「……このコート、暑い」
「悪いが我慢してくれ。俺達は避難民ということになってるんだ。
「……赤龍帝、ロリコン変態。違う?」
一誠の手口は単純明快にして変わらない。自身もしくは目的の分かりやすい襲撃作戦を囮にすることで本当の標的から眼を逸らさせる。
先のアリーナ攻撃や旧魔王派による首都リリス襲撃がまさしくそれであり、二つが注目を集めているその裏で本命──グレモリー家の没落を成功させている。
「違うって。俺はオーフィスが好きなだけの健全な青少年だよ」
『いや、大将は正真正銘のロリコンっすわ。だって大将らの部屋の前を通ったら嫁さんの喘ぎ声が半端ないっすもん』
「通信術式越しに話を盗み聞きするとはいい度胸してるじゃねえか、フリード。脳の水分を倍に増やすぞ」
ミスディレクション自体はありふれた手段であるし、手口を知られると対策も容易にされてしまう。
ただし彼の織り成す作戦が厄介と称される理由は
アリーナ襲撃作戦にしても勢いを作る意味の他に、ゲームを見学しようと首脳陣が集まっていたからこそ攻撃する必要があった。魔力砲撃そのものは外に配置されていた警備を狙ったに過ぎないが、敢えて派手な演出を行うことで意図的にパニック状態を引き起こす副次作用も狙いだ。後に自分がアリーナに降り立つ点を考慮すれば邪魔者は少ない程にいい。囮としての目的なら妥当だろう。
されど最初から本命として見るならば話は全く違ってくる。
「……ロリコンな赤龍帝も我は応援してる」
「おい、どっから電波を受信してきた」
『そういえばさー、こないだボス様に深夜アニメを見せてみたんだけどさー。これが思ったより食い付いてさー』
「ぶっ殺すぞ、フリード」
一誠はパフォーマンスを重視する。それはまるでスズメバチの体に施された警戒色のように、より派手に、より分かりやすく、自分は危険で有能な存在だとアピールしている。危険なSSS級はぐれ悪魔だと三大勢力を恐れさせ、連中を壊滅寸前にまで追い詰める有能な手駒だと各神話体系に売り込み、哀れな復讐者だと全世界に同情を誘う。
そして上層部には、アリーナ襲撃時の大規模な超長距離魔力砲撃により一誠の実力と恐怖を刷り込んだ。果たして目論みは見事に達成され、結果的に彼らは一誠が恐ろしくて堪らなくなってしまった。それこそグレモリー家やシトリー家を簡単に見捨てるまでに。
つまりは復讐対象への報復を同時にこなしているのだ。大勢の犠牲を払った上で。
「……赤龍帝は、今まで食った幼女を覚えているのか?」
「いや、オーフィスだけだから! てか完全にアウトだから!!」
では、三大勢力は指を咥えて眺めているしか道は無いのだろうか。
そんなことはない。
極めて綿密で残酷な作戦ではあるが、所詮は十代後半の子供が考えた計画だ。本人が気付けなかった穴もあれば、対策もそれなりに存在する。例えばソーナの襲撃予告というデコイを設置された現状においても、待ち受ける三大勢力側からすれば実はごく簡単な策だけで対処可能だ。
一誠の目的は復讐であり、当然ではあるが逆算すると本命・囮を含めて全ての作戦が復讐に行き着く。そして首脳陣は彼の復讐対象が誰なのかも把握している。
ならば、本命であろう人物を生け贄に捧げてしまえばいい。
「そろそろ静かにしろ。もうすぐ
「……分かった。お口、チャックする」
『でも大将の下のチャックは!?』
「ハッハッハ、死ね」
魔王であり超越者でもあるサーゼクスを失うのは痛手だが、種族を守る人柱になってもらおう。
リアスを失っても問題はないし、新たな冥界の礎として死んでもらおう。
上層部は消してくれた方が嬉しいので肉塊にでもなってもらおう。
フェニックス家を失うのは痛手だが、そもそも元を辿ればライザーが全ての原因なのだ。つまり全ての責任は彼にあり、子の不始末は親が責任を取るべきなのでフェニックス夫妻に責任を押し付けてしまおう。兵藤一誠の憎悪も大衆の怒りも全てを押し付けてしまって、ついでに退場してもらおう。フェニックスらしく冥界の傷を癒す薬として身を捧げてもらおう。
「行こう、オーフィス。最初の終幕だ」
「……ん」
──
▼望まれた再会▼
その日、ライザーはいつものように眷属を連れて領地の巡回をこなしていた。グレモリー領とシトリー領から雪崩れ込んできた大量の難民の安否を確認する、というのが巡回の表向きの理由である。
フェニックス領の端に寄せ集まって形成された避難地区は今やスラム街のように争いが絶えなくなっており、遂には連中を嫌う元々の領民達が他領に流れていくという本末転倒な事態を引き起こしてしまっていた。それで最近になって区域の安全を守るべく巡回を開始したのだ。
「どいつもこいつも騒ぎやがって。難民の肩書きが好き勝手する免罪符にはならないんだぞ」
「抑えてくださいまし、お兄様。彼らは住む場所を失った身。恐怖に怯えるのは仕方ありませんし、民を宥め安心させるのは領主の務めですわ」
「分かってるよ。今のは忘れてくれ」
フェニックス夫妻は領主としての業務が多忙であるため、巡回は専ら三男坊たるライザーの仕事である。本人も珍しくやる気に満ちており、「難民を無下に扱ったと噂されるわけにもいかないだろう」と二つ返事で了承したという経緯がある。それだけに巡回そのものは無難にこなしているが彼自身は早足に歩くだけであり、彼の眷属達の方が親身になって接している始末だった。
「……最近のお兄様はどうにも妙ですわね」
「確かに、巡回をしている際のライザー様は様子がおかしいですね」
「なんだか脅えているようにも見えますの」
実妹であり″僧侶″を務めるレイヴェルの言葉に、隣を歩くイザベラも頷く。今日はこの二人とライザーで班を組んでの巡回だ。仕事に馴れてきた現在なら少人数でも大丈夫だろうと判断を降したからだし、特に三日前程から
ただし、夫妻が忙しく動いている理由については眷属達も娘であるレイヴェルさえも知らされていない。
思い返してみれば、兄の態度の豹変と両親の仕事量の増加は同じタイミングで起こった、とレイヴェルは思考を巡らす。
果たしてこの二つを切り離して考えるべきなのだろうか。それとも良からぬ事態が迫っていて、それを防ぐべく自分の知らないところで動いているのだと考えた方が良いのだろうか。
「或いは、既に最悪の展開に陥ってしまっていると読むべきでしょうか……って、お兄様が見当たりませんわね?」
「ライザー様なら休憩すると言って木陰に向かわれましたよ。かなりの心労を抱えておられるのでしょう。兵藤一誠が次々と貴族領を襲撃しているのですから。幸いにも犠牲者は出ていませんが、不安にもなられるのも仕方ありませんよ」
「……兵藤、一誠」
イザベラの言葉も半分に、即座に記憶と情報を纏めるレイヴェル。SSS級はぐれ悪魔にして今代の赤龍帝である一誠が本格的に動き始めてから、顔見せに過ぎなかった三大勢力の首脳会談や若手悪魔の会合への乱入を除外して考えると、早くも数ヶ月が経過する。
僅か数ヶ月。彼はたったそれだけの期間でアリーナへの超長距離魔力砲撃や首都リリス襲撃の支援、そしてバアル家次期当主だったサイラオーグの殺害をやってのけた。加えて、旧魔王派と協力して魔王二人にも重傷を負わせている。とても元一般人の少年が企てたとは思えない手際の良さだ。
「とても力に呑まれたとは思えませんわね。政府の発表も役に立ちませんの」
「慎んでください、レイヴェル様! もし誰かに聞かれれば……!」
「ふふ、では貴女も忘れてくださいな。ですが、これだけは言わせて? 近い内にフェニックス家は滅ぼされるだろう、と」
グレモリー、シトリー。今や断絶寸前にまで追い込まれた両家には、兵藤一誠と関わりがあったという共通点がある。グレモリー家はリアスが一誠の元主君を務めていた。そしてこれは一誠の予告映像で判明したことだが、シトリー家も次期当主のソーナが彼と交遊があったらしい。
「下手をすれば、一家揃って皆殺しにされてしまいますわね」
「それは不可能ですよ、レイヴェル様。彼が攻めると宣言したのはシトリー領。あの場には三大勢力の連合軍が待ち構えていると聞きます。兵藤一誠が現れてもすぐに捕縛されますよ」
「……お気楽で羨ましいですわね。彼が好んで用いる作戦を思い返してみなさい。あんな派手なパフォーマンスをしている時点で本当の目的は隠していると白状しているようなものですわ」
「つまり、それは……」
顔を蒼白にさせるイザベラに、レイヴェルは続ける。
「──この瞬間に、私達は兵藤一誠の襲撃を受ける可能性だってある」
彼女の的確な指摘を、木陰に隠れて盗み聞いている者がいた。ライザーである。そして両親や政府から詳細を与えられていないにも拘わらず、独自に真相の欠片を掴んだレイヴェルに内心で恐怖を感じた。彼女の指摘は全てフェニックス夫妻の読みと同じであり、更に付け加えるならば冥界政府からなされた通達にも当てはまっているからだ。
一週間前、魔王ファルビウムからフェニックス家に極秘での書類が届けられた。その内容は、兵藤一誠がフェニックス家を狙っている可能性が極めて高いことを判断した根拠と共に指摘したものであり、同封された手紙には上層部やサーゼクスと結託して一誠を陥れた証拠が細かく綴られていた。
そして書面の最後は、彼はシトリー領を襲うと見せかけてフェニックス家を狙う筈だから秘密裏に兵を置かせて欲しい、と締め括られていた。
「だから俺は安堵した。必ずや捕縛してくれるだろうと安心した! これでやっと枕を高くして寝られると油断したんだ!」
承諾しても返事がされない。焦っている間に政府はシトリー領に三大勢力の連合軍を派遣すると発表した。それでフェニックス夫妻がようやくファルビウムの思惑に気付いたときには手遅れだった。
懇意にしている上層部に掛け合っても突っぱねられ、交流のあった貴族や商人は一気に離れていき、誰の助力も得られなくなってしまった。恐らくはフェニックス家を見捨てる旨は既に周知されていたのだろう。故に誰も彼もが距離を置いたのだ。好んで泥船に乗りたがる馬鹿はいないのだから。
顔を真っ青にしながら、それでも関係各所を駆け回るフェニックス夫妻。そんな彼らを他所に、ライザーは一つの決断を下した。
「……悪いな。俺は逃げさせてもらうよ」
レイヴェル達の姿が見えなくなったのを確認してから、反対方向に歩を進めるライザー。その手には大きめのボストンバッグを掴んでおり、肩にもリュックを背負っている。
つまり、彼は冥界から逃げようとしているのだ。
何もかもを見捨てて。
「俺はまだまだ生きたいんでね。戦争ごっこはお袋達で勝手にやってろ」
ファルビウムから通達がなされた際、ライザーはどうにもキナ臭さを感じ取った。舞い上がっている両親は気付かなかったようだが、そのような極秘情報の通達は当事者以外の誰にも知られないよう、専用に構築のなされた通信術式を用いて行われるのが慣例である。
特に現在は悪名高い″禍の団″が暗躍している状況だ。敵に奪取される危険性を考慮して普通は通信魔法で知らせる筈だし、魔王ならば慎重になって然るべきだろう。
そもそも送られてきた時期自体が奇妙だ。唐突に判明したのならばさておき、内容の細かさから察するにファルビウムは以前からフェニックス家と上層部の密約を把握していたようなのだ。しかし彼が通達を送ってきたのは一週間前。まるでフェニックス家に時間を与えるまいとするかのような絶妙な期間である。
故にライザーは領地の巡回を引き受けたのだ。逃走経路の確認、人の少ない時間帯と場所の確認、それら全てを短期間で調べるために。
「それにしても赤龍帝のガキめ。大人しく殺されりゃいいものを、なんだってテロリストに身を落としてまで生きてやがる……元凶は俺だったな。しかし俺はもう無関係なんだ──」
高笑いしていたライザーだが、ようやっと周囲の異変に気付く。人通りのない道を進んでいた筈が、いつの間にか彼は黒い障壁で包まれていた。
誰もいない、何も見えない。強い闇の中で彼は狼狽えるばかりだ。
「な、なんだ!? 敵襲か!? まさか……」
ライザーの脳裏にレイヴェルの指摘した可能性が過り、慌てて打ち消す。しかし状況的に考えられる原因はそれしかない。即ち、この障壁は足止めだ。
ならば、彼は必ず現れるだろう。
その復讐対象には当然、ライザーも含まれているのだから。
「おいおい、俺に会いたくないばかりに家族を見捨ててまで逃げようとするなよ。俺はライザーに会いたくて仕方がなかったんだぜ?」