はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(本音)


大罪の暴龍

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。″超越者″の一人にして聖書にも名前を刻みし最上級悪魔であるが、その肩書きに反して本人は実に分かりやすい性格をしている。人間界のゲームや漫画に囲まれて暮らし、ヴァレリーが魔獣に犯される光景を喜んで眺め、そして今は遊び半分でヴァーリチームと一戦を交える直前にある。つまり思考回路が幼稚園児のそれだった。子供が虫を踏み潰すのと変わらない感覚で彼はヴァーリ達の皆殺しを狙っていた。そこに思想や信条は存在しない。

 

 そんなリゼヴィムにとって、実の孫であるヴァーリはどのように映っているのか。答えは簡単だ。

 

「俺の思うがままに踊ってくれたまえよ、ヒヨッコの諸君。お前らがどんな旗を掲げようが、結局は世間を騒がすテロリストなんだからさ! うひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 自分の愉悦を満たす為の駒に過ぎない。

 

 

『Vanishing Dorgan Balance Breaker!!!!!』

 

 全身が″白龍皇の鎧″に覆われていく感覚の中でヴァーリは静かに顔を上げる。その視線の先には、まだヴァレリーが閉じ込められた檻があった。倒れ伏す彼女は衣服を纏っておらず、その隣を我が物顔で独占しているのは蛸や虫を縫い合わせたような姿をした醜悪な魔獣だ。これで平穏無事で彼女が監禁されていたと考える方がおかしい。

 

 戦闘狂を自称するヴァーリにも性に関する知識はあるし、″神の子を見張る者″所属時にはその見目麗しい外見に惹かれた女達から誘われる形で幾度かセックスを経験したこともある。だが、ヴァーリの場合は互いの合意を経て行為に及んだのだ。言語を喋れるかも怪しい化物に、異性に迫る知能があるものか。

 

 考える程にヴァーリの怒りは膨張し、放出する魔力の余波も暴風染みたものへと変貌していく。ここでようやっと余波に吹き飛ばされそうになっている仲間達に気付いたが、その口から放たれる言葉は短く、激情をぶつけまいと堪えていた。

 

「……ルフェイと白音は少女の救出。残る三人は若い男を足止めしろ」

 

 了解、と辛うじて返答したのは誰なのか。チームを率いるリーダーには部下への細かな配慮も求められるのだが仲間は誰一人として指摘せず、ヴァーリ自身も応答さえ得られればそれで構わなかった。何故なら、その瞬間に彼の身体はこの世界を置き去りにしたのだから。

 

「……へっ?」

 

 ニヤニヤと悪趣味な笑みばかり浮かべていたリゼヴィムから余裕が消え失せる。心底から油断していたのではなかった。からかう素振りを見せておきながら、しかし視界からヴァーリを外してはいなかった。一挙手一投足に細心の注意を払い、次に打たれるであろう一手を脳内で予測し、カウンターを決める算段でいた。

 果たして誰が、ヴァーリの姿が消えると予想できただろう。ほんの瞬き一つの間に彼は床にその足跡だけを刻む疾風そのものと化していた。

 

 恐るべきは、直感的に防御術式での迎撃体勢を整えてみせたリゼヴィムだ。彼とて伊達に″超越者″に数えられているわけではない。経験則に基づいた驚異の反射神経が成せる技であるが、しかし。

 

「────リゼヴィィィィィムッッ!!」

 

 その顔面に拳の突き刺さる方が、僅かに速い。脚力と魔力を瞬時加速に変換しての一撃は最初にリゼヴィムの身体を浮かせ、それは捩じ込みながら壁に激突した。恐らく殴られた張本人には何が起きたのかも分かっていないだろう。全く見えていなかったのだ。ヴァーリの全身全霊の攻撃も、胸に抱えた憤怒も。故に慌てて瓦礫から這い出ようとするリゼヴィムの視界には束になって飛来してくる魔力弾も映らなかった。

 

「消えてなくなれ、リゼヴィム! お前は、お前だけはぁぁぁぁ!!」

 

 十や百では終わらない、暴力的なまでの量の集中砲火が星群のように薄暗い天井を照らす。まばゆい輝きを放つ球体の一つ一つが高密度の魔力凝縮体であり、直撃すれば重傷を負ってしまうだろうことは明らかだ。直後、光の豪雨がリゼヴィムの立っていた場所に降り注ぐ。彼は上空に退避してみせたものの、十の翼を広げて飛行していては発生する爆風を避けられない。

 

 防御魔法を駆使して受け止め、リゼヴィムは重傷こそ回避した。ただし、彼の子供並みのプライドはそうもいかない。

 

「……殺してやる」

 

 首をゴキリと鳴らしながら見下ろし、怒りのままに絶叫する。

 

「この、クソガキが! 白トカゲを宿しただけの紛い物が調子に乗りやがって!!」

 

 そう叫ぶ彼の手元に描かれた魔法陣をヴァーリは警戒するが、直前になってユーグリットが制止したことによってそれは消失する。

 

「止めるな、シスコン変態軍曹! こいつを殺して俺も死ぬ!!」

「確かに姉上を愛してますが……って、今は関係無いでしょう!? というか冷静になってください! 将の動揺は兵にも響きますよ!!」

「俺ちゃんは将になりたいわけじゃねーし! 単にトカゲと遊びたいだけだし!!」

 

 急に粗雑なコントを繰り広げる二人だが、対するヴァーリの内心は穏やかではない。敵が次の策を講じる前に火力で圧倒しようという作戦だった。果たして作戦通りにリゼヴィムはパニックに陥ったのだが、隣に立つユーグリットのせいで冷静さを取り戻しつつある。仕切り直しか、と冷静に後退を選んだところで違和感に気付く。

 

 ──何故、ユーグリットがこの場に()()している?

 

「……まさか!?」

「勝手に殺さないでください。まだ生きてます」

 

 慌てて背後を振り返ろうとするヴァーリの耳に、聞き覚えのある冷静沈着な仲間の声が響いた。

 

「無事には見えないな」

 

 その皮肉に、歩み寄ったアーサーは苦々しげに口元を歪める。珍しい光景だった。仲間達は食後の運動と称して身内でさえ平気でバトルを始めるような馬鹿ばかりだが、比較的に温厚な彼でさえ例外ではなく、美猴や黒歌に喧嘩を売られれば笑顔で買うような中毒者(ジャンキー)である。しかし互いの全力を出しきったバトルに歓喜や満足の笑みを浮かべこそすれど怒りを前面に出すような男ではない。あるとすれば戦闘で手を抜かれたか、もしくは水を差されたときぐらいだろう。

 それに、簡単に捌かれるような弱卒でもないのだ。この聖王剣コールブランドの担い手は。

 

 ただの腰巾着ではない、とヴァーリは確信した。誰よりもメンバーの強さと性格を信頼しているからこそ擦り傷だらけのアーサーを見た瞬間にユーグリットの危険性を把握した。

 

「そこの猿と猫はまだ戦えるんだろうな?」

「おいおーい、俺っちがそんな簡単に倒されるもんかってよぉ! この通り、ピンピンしてんぜぃ?」

「私だって掠り傷だしー? ちょっと自慢の着物が破れただけだしー? この万年発情猿と一緒にしないでくれるかにゃ?」

 

 軽口を叩き合う面々だが普段の笑顔は消えて、ネジの外れた戦闘中毒者の、血に飢えた獣を彷彿とさせる表情だけが浮かぶ。

 

「混ざりたくないんですけど。私までイカれてる風に思われるじゃないですか」

 

 ヴァレリーを抱えて戻ってきた白音がジト目で呟く。原型を留めていない檻と魔獣を見るにどうやら救出は成功したようだ。興奮した様子でルフェイがピースする。

 

「救出してきましたよ! 檻の外から魔獣に魔法フルバーストを叩きつけて、その間に白音ちゃんが柵をぶち壊したんです! それにしても物足りないですね。もっと色々な魔法を試したかったのにあっさり死んじゃいましたよ……雑魚が」

「ルフェイさんも同類ですか」

 

 愕然とする白音であるが、実は彼女自身も特訓という名目でガチバトルに参戦していたりする。一騎討ちから乱戦まで何でもありの環境に揉まれてきたせいか最近はメキメキ実力を上げているのだが、どうやら成長過程でネジを欠落したらしい。それはさておき、遂に勢揃いしたヴァーリチームは言い争いを続けているリゼヴィムとユーグリットの前に並び立つ。

 

「ヴァレリーは取り返したぞ、リゼヴィム」

 

 と、ここで二人は冷静になったのか、顔だけをヴァーリ達に向けた。彼らは()()を浮かべていた。

 

「勘違いしちゃいないか、ヒヨッコの諸君。俺達はお姫様を奪われたんじゃあない。その逆だ。諸君らはお荷物を背負わされちまったんだ。その娘はもう目を覚まさん」

「なんだと……! おい、ヴァレリー! 目を覚ましてくれ!!」

 

 彼女を抱き抱えて懸命に声を投げ掛けるヴァーリだが、彼女はグッタリしたまま目覚めようとしない。まさか魔獣が毒を有していたのか。緊張の走る一同に、リゼヴィムは嘲笑いながら手元に魔法陣を作り出す。

 召喚魔法。

 術式を見抜いた黒歌が注意を促すも出現したのは応援のモンスターなどではなく、それよりも遥かに小型の物体だった。

 

「これ、なーんだ?」

 

 手の中の物体を弄くりながら訊ねるリゼヴィム。正体に気付いたアーサーの顔が蒼白に染まる。

 

「おっと、正解者がいらっしゃるよーで。それなら早速の答え合わせといきますか!」

 

 ゲフンゲフンとわざとらしく咳き込み、リゼヴィムは謎の物体を大袈裟に掲げた。直後、ヴァーリが信じられないと言いたげな形相で、その物体と腕の中の少女を交互に見る。ヴァーリとて予測はしていたのだ。亡霊に囲まれているという旨の発言から、ヴァレリーこそが生命の理を司る″幽世の聖杯″の所有者だろうと推測していた。無論、勧誘した理由はそれだけではないが、彼女が所有者だったことが一因であることも事実だ。

 

 まだ悪意に利用される前に。

 好意を寄せる女性がもう二度と神器に翻弄されることのないように。

 

「お前達は、世界はどこまで俺達を!!」

「うひゃひゃひゃひゃ♪ その身に流れる血筋からは絶対に逃げられねぇってばよ。世の中には利用する側される側が最初から決定されてるんだわ。半端者のヴァーリきゅんに前者は務まらない。だって、お前は人間との混血児なんだぜ?」

 

 宙に掲げられたそれは、聖杯を象っていた。

 

 生命の理を塗り替える″幽世の聖杯″。その真骨頂は再生にある。即ち、傷や欠損箇所の治癒に留まらず死者の魂を現世に甦らせる死者蘇生をも可能とするのだ。伝承にある怪物を復活させて駒にするも良し、死者の軍団を結成し他国に攻め寄せるも良し。その気になれば世界をも滅ぼせるというのだから成程、神滅具に名を連ねたのも納得だ。

 能力行使に比例して所有者の精神が磨耗するという副作用こそあれど、数十人もの腕利きの魔法使い達が大量の供物と代償を捧げてようやっと成立する禁術を指先一つで簡単にやってのけてしまうのだから。

 

 そして今現在、所有者であるヴァレリーの魂と密接にリンクしている″幽世の聖杯″はリゼヴィムの手中に収められている。これが何を意味するのか。

 

「手始めにそうだなー、伝説の邪龍でも復活させちまうか! 戦力はどれだけあっても困らねぇし!! うひゃひゃひゃひゃ♪︎」

「……撤退だ! 急いで城から脱出する!」

「おいおい、もう帰るってのか? もっと踊れよ、小僧共(ホベンスエロ)

 

 まず一つ目。この戦場において、彼に敵う者は存在しない。

 二つ目。ヴァレリーの命が危ない。

 

『グハハハハッ! んだよ、現世に召喚されたかと思えば随分と愉快なことになってるじゃねぇか!! オレ様も混ざって構わねぇだろ? ならさっさと命じろよ、聖杯持ちのルシファーよぉ!!』

 

 そして三つ目。悪意の復活を止められない。

 

▼大罪の暴龍▼

 

 ″幽世の聖杯″の発光が収まると同時に、紫の術式が大量に展開される。深海の底をそのまま写し取ったような色のそれらは瞬く間に周辺を覆い尽くし壁や天井までも塗り潰そうとする。リゼヴィムとユーグリットが慌ててその場を飛び退く頃には、既に一帯の空間は魔法陣に押し潰されてしまった後だった。

 

「あっぶねー。聖杯に殺されるなんざ洒落になんねーってばよ」

 

 嘲笑うも彼の口調はどことなく浮わついており、その視線は緻密に組み上がっていく一つの巨大な召喚術式に釘付けとなっていた。

 

 その数は十桁どころではない。数百数千数万単位の極小の術式が部屋中を忙しなく駆け巡り、意志を持つ生物のように独立して稼働する。幻想的ながら気味の悪い光景に白音はゲンナリした表情を隠せなかった。ただし、そうなったのはチーム内で最も経験の浅い彼女だけであり、他の面々は警戒レベルを最大にまで引き上げた。魔法使いのルフェイは恍惚の表情で眺めているが。

 

「……死者蘇生の術式ですね。実家の倉で見た魔法書に記載されていたのを覚えています。しかし禁術の類だったと記憶していますが」

 

 アーサーの推察に、食い付いたのはルフェイだ。

 

「そうなんですよ、お兄様! これって一つ一つが数十人規模の代償で成立する禁術ですよね!! しかも床に形成しようとしているあの術式群は解析不能! 私の記憶にあるどの魔法書にも記載されてません!! ヤバいです世紀の大発見ですよ!!」

「それって、俺っち達は世紀のヤバい事態に陥ってるってことだよな!?」

「つーか邪龍が云々と言ってたけど、リゼヴィムのやつ、もしかして伝承のドラゴンを復活させるつもりかにゃー?」

 

 美猴が現状を把握し、黒歌が敵の策を察知するも、彼らはそれに対する最適案を捻り出すことができなかった。そもそも魔法関連のプロフェッショナルであるルフェイですら知らない未知の魔法だ。分野的にお門違いの二人が分からなくても仕方ないだろう。それはヴァーリやアーサーも同様で、生命の理を愚弄する術式群を前にして、二割の好奇心と一割の違和感、そして残る七割の恐怖を抱いたまま呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 普段の彼らならば戦闘狂の面を抑えきれずに嬉々として突撃しただろう。その点を自覚しているからこそ動けぬ自分に違和感を覚え、それが恐怖に連鎖したのだ。情けないとは思わない。恐怖という感情は生物に備わっている本能にして生存を促す警報装置なのだから。

 

 故に、反応が遅れた。撤退の合図を辛うじて絞り出せたのは術式が巨大な文字の羅列の門を織り成し、その中から一体の巨大な漆黒のドラゴンが降り立った頃だった。

 

『グハハハハッッ! どこの馬鹿野郎に復活させられたかと思ったが、相手はアルビオンかよ!! 寝起きの運動には最高の獲物だ!!』

「ひ……っ!?」

 

 思わず声を溢す白音だったが、その視界が見慣れた黒い布地で隠される。彼女にこれ以上の影響を及ぼすまいと黒歌が袖で庇ったのだ。

 

「絶対に私から離れないで」

 

 黒歌は、捲し立てるように告げた。白音は驚愕から思わず耳を疑った。化け物揃いのチームメンバーと渡り合う姉の口から出たとは思えない程に、その言葉は震えていたからだ。しかし妖怪の本性を晒け出しても恐怖に抗えずにいる黒歌を責めることは不可能であり、この状況下で妹を庇ったことは称賛に値する。姉としての意地である。

 

 暴力的なまでの魔力量と威圧感。一同が屈服せざるを得なかった理由を間近に浴び、蘇生した張本人であるリゼヴィムも冷や汗をかいた。彼は直接的に向けられたわけではない。それでも心底から安堵の息を吐いてしまったのは、召喚されたその漆黒のドラゴンが現世の悪に身を染めた邪龍のカテゴリに属しているからだ。

 

「……"大罪の暴龍"」

 

 誰かがふと口にした異名に、邪龍が反応する。

 

『へえ、知ってるのか!! このオレ様こそが大罪と暴虐を司るドラゴン!! その名もグレンデル様よ!! 冥土の土産に覚えとけ!!』

 

 グレンデル。デンマークの伝承にその姿を現すドラゴンを一言で示すのならば戦闘狂である。ただし彼の場合はヴァーリの比ではなく、自分か敵のどちらかが死して力尽きるまで嬉々として戦い続けるという。討伐に成功した英雄ベオウルフが残した記録では特別な能力を持たないかわりに桁外れの身体能力と魔力を誇り、鱗は剣の一撃を弾き返す程に頑丈とされている。

 

 とはいえ、こうして現世に降臨を果たした以上は記録など信用できる筈もない。何故なら、″幽世の聖杯″によって復活したグレンデルは強化措置を施されている可能性が高いからだ。更に邪龍特有の性質として異常な生命力と、甦る毎に力が底上げされる能力がある。例えば北欧のニーズヘッグなど一部の邪龍は自力で蘇生可能であるし、魂を分割された末に神器の核となったヴリトラも自我が甦りつつある。死を乗り越える度に強化されるのは邪龍の特性にして邪龍がその名を冠する所以だろう。連中を相手取るに過去の討伐記録は到底あてにならないのだ。

 

「……撤退だ」

 

 そして今、ヴァーリ達の前にも邪龍の一角を担うドラゴンが君臨した。自力での強化と聖杯のもたらしたそれにより新たなる領域へと突き進んだグレンデルが、名に恥じぬ蹂躙をもたらすべく動いた。

 

「……撤退だ! 今すぐ城から脱出──」

『邪龍が獲物を逃がすかよ!』

 

 刹那、ヴァーリの姿が跡形もなく消え去る。隣に立っていたアーサーは咄嗟に彼がまた独断で仕掛けたのかと思ったが、しかしそれは希望的観測が過ぎた。直後には壁が瓦礫と化す重音が鳴り響いたのだから。それも一度では終わらない。二度、三度と間隔を空けながら破砕音は急速に遠ざかっていく。

 

 そして砕け散る音が不意に止まったとき、つい数秒前まで確かに隣にいた筈の少年の姿は影も形も見えなかった。壁に大きく穿たれた大穴とその向こうに見える吸血鬼圏の薄暗い空だけが彼の行方を僅かに知らせるのみだ。

 

『んだよ、二天龍を宿してるから期待してみりゃハズレじゃねえかよ! おい、聖杯持ち!!』

 

 グレンデルは失望の溜め息を吐き、それから唖然としたままだったリゼヴィム達に言う。

 

『遊んでやって構わねぇんだろ?』

「うん、盛大にやっちゃって。ただし俺ちゃんも最期に別れの挨拶がしたいから瀕死で我慢してねー」

『……おいコラ、ルシファーの小倅。召喚された側だから文句は言えねーけどよ。邪龍に向かって、瀕死で我慢しろ、だと? あんまり侮ってるとお前からぶち殺すぞ! その気になりゃ聖杯の支配を強引にはね除ける程度の芸当はできんだぜ!?』

 

 耐え難い怒気と圧力を振り撒いてから、追跡に向かうグレンデル。彼の与えた恐怖が完全に四散したのは数十秒が経過してからである。最初に我に返ったのは、やはりアーサーだった。コールブランドを支えにして膝をつくや否や、他の面々も次々に床に崩れ落ちる。さながら嵐の過ぎ去った後に似た室内を見渡して、アーサーは改めて邪龍の恐ろしさと強大さを思い知った。

 

 ただし、グレンデルは召喚したリゼヴィムとは馬が合っていないようだ。もし彼らが一致団結して挑んできたのならアーサー達は成す術もなく皆殺しにされていただろう。リゼヴィムとユーグリットもまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている点から恐らくは想定外の事態なのだ。その点ではまだ彼らにもツキが残っていたのである。

 

「それでも、最悪な状況がその一歩手前になっただけですけどね」

 

 苦笑しつつ、倒れていた仲間を起き上がらせる。あくまでグレンデルが離脱しただけで対面には敵が残っているのだ。ヴァーリが行方不明となってしまったのも無視できない。

 

「……どうするにゃん? リーダーを置いて逃走するなんて無理でしょ?」

「ヴァーリ様を拾って脱出しましょう!!」

 

 極端な話ではあるが、一番手っ取り早いのはヴァーリを見捨てての撤退である。ルフェイが本部に繋がる転移術式を描き、時間稼ぎを残ったメンバーで行うのだ。やむを得ない場合は女性陣だけでも逃がせばいい。しかし彼を回収してからとなると撤退は困難を極める。ヴァーリが飛ばされた方角には広大な樹海が横たわっているのである。

 

 墜落位置を把握しにくく有視界での捜索も樹海全体を包む濃霧によって阻まれる。おまけにグレンデルまで徘徊しているのだから仮に遭遇すれば本末転倒な末路となってしまう。

 

「……今から三秒後。全員でその大穴から森へと降下します。ヴァーリを回収し、発見される前に全員で脱出しましょう」

 

 彼らは見捨てることができなかった。

 

「うひゃひゃひゃひゃ♪ 逃げれるもんならやってみろよ!! この吸血鬼の軍勢を相手にさ!! やっと出番だぜマリウスきゅん!」

「我が国を荒らすテロリスト共め! 聖杯で強化された吸血鬼の精鋭の力を味わうがいい!」

 

 それが最悪な選択であることに、彼らはまだ気付かずにいた。

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