彼らは撤退できただろうか。肩で息をするアーサーは散り散りになってしまった仲間を心配せずにいられなかった。マリウス率いる軍勢の登場は予想外だった。グレンデルに意識を割きすぎたのも大きいだろう。多勢に無勢。ヴァーリチームが実力者揃いだったとして大軍で押されればどうしようもなく、狼狽えずに逃走を指示できただけ及第点である。
大樹の根元に腰掛け、これから取るべき手段について思考を巡らす。ヴァーリのみならず仲間とも合流する羽目になってしまったのは最悪の展開だ。しかし高速で接近してくる魔力反応を察知して舌打ちする。
「……のんびり考える時間も与えてもらえないのですか」
ふらつく足を支えながらアーサーは駆け出す。魔力の数は二十。普通の吸血鬼なら容易く蹴散らせるが、相手は″幽世の聖杯″により強化を施された化物だ。身体能力もさることながら、最も厄介なのは種族全体の弱点だった光や聖剣を克服している点にある。
どれだけ超人的な能力を持っていても、種族的には人間であるアーサーが異種族と対峙した際に切れる手札は多くない。代名詞であるコールブランドと妹から教わった光属性の魔法、それに常人離れした身体能力だ。相手は前者二つを無効化し、後者も根本的な種族の差と聖杯の加護によって大きく引き離されている。
「発見したぞ! こっちに一匹だ!!」
「他と合流される前に殺せ!!」
「……やれやれ。まあ、妹の身代わりになれたと思えばマシですか」
不敵な笑みを浮かべる彼の脳裏にはどのような光景が過っていただろう。
愛する妹か、故郷に残した想い人か。
それとも来世の戦闘か。
▼ドラゴンであろうとした男▼
『最悪だな』
アルビオンは開口一番にそう言い放った。今まで機嫌を悪くして黙っていた癖に今度は咎める口調で宿主の失態をつついてくる。どうしてドラゴンという種族は揃って自分勝手なのかとヴァーリは溜め息を吐いた。ただし、相棒の言葉は現状を的確に表している。ドラゴンが自分勝手である点も決して間違いではない。何度目になるか数えたくもない溜め息を吐いてから自身を睨む巨大な漆黒を睨む。
先の一撃で樹海に吹っ飛ばされてから僅かな時間しか経過していない。それでもその邪龍が目の前に姿を見せているのは、伝承にあるように彼がネジの外れた戦闘狂であるからに他ならない。
グレンデル。遥か古の時代に討伐された筈のドラゴンが今こうしてヴァーリと対峙している。普段ならば歓喜していただろう現状も今回に限っては考えうる最悪の状態を構成する要素の一つでしかない。自分を捜索するべく樹海に突入した仲間達と彼らを追うように吸血鬼と思われる魔力反応が大量に出現し、それらに各個撃破される形で仲間のそれが消えていく。
『グハハハハッッ!! おいおい、そんな悲しそうな顔すんなよ!! お前だってドラゴンを宿してるんだろ!? それなりに足掻いてみせろよ、白トカゲちゃんよぉ!!』
そしてヴァーリも仲間の後を追うことになるのは想像に難しくない。完全に罠に嵌められた、と唇を噛む。恐らくは予め別の部屋に部隊を伏せさせておき、合図と同時に雪崩れ込んだのだ。例えアーサー達が強かろうと数の暴力には勝てないのだから。仕組んだ張本人であろうリゼヴィムの顔を浮かべて拳を握り締めるも後の祭りだ。
『Vanishing Dorgan Balance Breaker!!!!』
劣勢は覆せない。″白龍皇の鎧″を纏って強がろうと彼の脳裏にネガティブな考えがまとわりついて離れなかった。自分達の有利を確信しているからか、グレンデルも終始ニヤニヤと笑うだけで積極的に仕掛けようとはしない。
「侮るなよ! 俺は白龍皇だ!!」
陰鬱な雰囲気を散らすように、叫んだ。
「過去現在そして未来永劫において、最強の白龍皇なんだよ!!」
絶叫と同時に発射された魔力弾が戦闘の幕開けとなった。王座での一戦で駆使した乱射ではなく、さながら太陽を思わせる巨大な光の球体である。無論、通用しないことはヴァーリとて百も承知だ。魔力弾の陰に身を潜め、グレンデルが防御した隙を突いて攻撃する。身体に触れさえすれば白龍皇の能力である"半減"が行使でき、互角の戦いにも持ち込める筈だ。
勝機有りと笑むヴァーリ。だが、直後にはその余裕が崩れ去ることとなる。グレンデルの対処方法が常軌を逸していたからだ。正面から魔力弾を撃ち込まれた場合は魔法などでガードするか回避に専念するのが定石だ。対策は自ずと絞られてくる為に隙も生まれやすい。そう読んでの攻撃だが、魔力を噴出させてロケットのように突っ込んでくるグレンデルを相手には不足だった。
「自分から飛び込むなんて!?」
『攻撃を避けましょうなんて誰が決めたんだ!? 打ち返すも良し、受け止めるも良し!! 最高のチャンスじゃねえか!! グハハハハッ!!』
衝突するグレンデルの拳と魔力弾。二つは最初こそ互いを相殺しているようにも思えたが、しかしグレンデルが高笑いをあげた瞬間に魔力弾が大きく歪み、そのベクトルを真反対へと曲げられる。ヴァーリが本能的に身体を捻った直後、打ち返された魔力弾がすぐ横を通過しながら木々を巻き添えにし、やがて大爆発を起こした。
爆風に襲われながらも白い翼を羽ばたかせ、滑空の要領で着地する。周囲を覆う焦げ臭さが鼻についた。感情任せではあるものの、今の魔力弾にはヴァーリは少しばかり自信があった。それがこうもあっさりと対応されてしまうとは。彼はグレンデルに視線を移した。素手で迎撃したと思えないほどに腕を元気そうに回し負傷は見当たらない。
『グハハハハッ! どうした、
『黙れ、グレンデル!! 貴様如きが俺を愚弄するつもりか!!』
アルビオンが嘲笑に反応するも、グレンデルには鼻で笑われるのみだ。
『封印されといて偉そうに言うなや、頭にくるからよー。テメェを宿した悪魔の小倅が弱いのが悪いんだろ? 白龍皇におんぶに抱っこされてな!! 恨むなら不甲斐ないご主人様を恨め!』
言い切ると共に大地を踏み締め、跳躍。次の瞬間には一気にヴァーリの眼前へと肉薄する。肉弾戦に特化したグレンデルだからこその荒業だ。さながら砲弾となって突撃する巨体を前に、ヴァーリは白翼をはためかせて優雅に空中へと逃げる。そうすればグレンデルは勢いを殺せず樹木にでも衝突するか、最低でも急停止した巨体は大きな隙が生じる筈だった。
だがしかし、二度目の跳躍が目論見をまたしても覆す。
グレンデルは両足で急ブレーキをかけ勢いを緩め、それと同時に尻尾を地面に叩き付けることで隙を伺っていたヴァーリを目指して飛び上がったのである。そして目眩ましも兼ねた土砂を巻き上げつつ、彼が顔を覆った一瞬に電脳的な翼を強引に掴んだ。
「しまった──」
その段階でようやっとグレンデルの仕掛けようとしている技を悟るも既に遅く、二人の視界はフリーフォールよろしく加速をつけて落下する。右腕でヴァーリを拘束し、空き手は天に掲げて魔力を放出。先程の砲弾を遥かに越えるスピードが彼らを地面に導く。
仮に衝突寸前でヴァーリが放り投げられたならまだ手もあった。受け身だって取れたかもしれない。邪龍グレンデルの恐ろしい点は自分もろとも衝突するつもりでいることだ。高度は樹海を見渡せるほどに空高く、そんな高所から落下すれば重傷は免れない。必然的に普通なら手を離して相手だけ激突させようと狙う。しかしネジ穴の埋め立てられたグレンデルには一切の躊躇や恐怖が欠けているのである。
『こんなお遊戯はドラゴンなら余裕で耐える。俺様だってこの程度じゃ傷一つ負わないが』
落ちていく特有の感覚と風を全身に浴びながら、獰猛な笑みを隠さない。
『半端者のお前は死んじまうかもしれねえな! グハハハハッ!!』
着弾。
次いで樹海全体が揺れる。
切り揉み回転を加えながら、グレンデルは抉じ開けられた大穴の中心を突き進む。その度に肉体が悲鳴をあげるも気にせず、逆に高笑いと魔力の噴出量を増大させた。やがてドリルの真似事に飽きて穴から地上に跳んだのは、鬱蒼とした周辺の自然環境を支える樹々が根元から寸断された頃だった。強固な大地とそれに張り巡らされた根の二つの支えを失い、戦闘の余波も相まって樹海を構成する内の一割がへし折られた。侵入者を拒絶する壁としての責務は果たせそうにない。
これこそがドラゴン、ひいては邪龍の称号を冠するグレンデルの戦いである。更に恐ろしいのはこの大災害の跡地が彼にとってお遊びであることと、たった数分間の出来事であることだ。
這い出てきたヴァーリにもう戦意や体力は残されていなかった。暴風に横断されたかというほどに滅茶苦茶にされた樹々が二人の実力差を語っている。
『……ふん、心が折れやがったか。結局は白トカゲを宿しただけの半端者だな』
グレンデルは身振り手振りで大袈裟に嘆いてみせる。両手もとい全身が血塗れになっているが気にはしない。邪龍随一を誇る頑強さとイカれ具合は伊達ではないのだ。
対して、まともに攻撃を受けたヴァーリは″白龍皇の鎧″が強制解除され、四肢も絶対に曲がってはならない方向に捻れている。魔力で辛うじて浮くことはできるが、戦闘続行が不可能であることは明白だ。
期待して損だった。グレンデルの内心で抱いた感想はそれに尽きる。二天龍の一角を宿していると喜び勇んでいたら想像を下回る弱さだ。速さも攻撃力も打たれ強さも足りやしない。そして許せないのはヴァーリが全力を出していない点である。血筋から考えるとまだまだ余力がある筈だというのに。
『ちゅーか疑問に思ってたんだけどよー。なんで
「それは……」
『白トカゲの神器頼りで、体術や魔力運用はド三流以下。だから白トカゲを封殺されたら戦えない。このオレ様を侮ってるのか? それとも実力と神器を勘違いしたパターンか?』
その問いに答えたのは、本人ではなかった。
「久し振りだね、愛しい馬鹿孫よ。邪龍に挑んで返り討ちにされちゃって可哀想にー。ほんとヴァーリきゅんは幾つになっても白龍皇って中二病拗らせてるから負けるんだよ! プークスクス!」
いつから様子を伺っていたのか、彼を包囲する形でリゼヴィムとユーグリット、それにマリウスの率いる吸血鬼軍が姿を現す。グレンデルが不満げに言う。
『おい、ルシファーの倅! お前の孫はなんだってあんなに弱いんだよ! まだ暴れ足りねえぜ!』
「俺だって孫の軟弱さは予想外なの! 後で遊び相手にラードゥンでも復活させてあげるから我慢してよ! ……で、どうしてルシファーの能力を使わず
餞別代わりに、リゼヴィムは告げる。
「赤龍帝の幻影を追いかけてるからだろ?」