「……赤龍帝」
「どうした、オーフィス。あまり無理すんなよ?」
「……この番組つまらない」
どこまでも殺風景な一誠の私室は宛がわれてからずっと同じ内装だ。簡易ベッドや折り畳み式の机、簡単なトレーニング器具、それに冥界の番組も視聴できるテレビだ。オーフィスと同棲中の身としては味気ないが二人共に派手なインテリアには興味が薄く、壁はコンクリート剥き出しのままである。まるで隔離施設に閉じ込められた実験生物のような生活をしているが、彼自身はこの部屋で過ごす時間を特別に好んでいる。ベッドの端に腰掛け、膝の上にオーフィスを乗せ、ぼんやりとテレビを眺めながら情報収集に勤しむ時間を大切にしていた。
ただし、ここ最近は彼女を膝の上に乗せていない。断じて嫌ったのではない。彼女の子宮の中に新たな命が宿っていると知らされた今となっては万が一のことを考えると危なくて乗せられないのだ。
一誠は空いていた隣室に拾ってきたレイヴェルを放り込み、身重となったオーフィスの世話役を担うように言い含めた。彼女はフェニックス家令嬢として相応の英才教育を受けており、妊娠や出産に関する類の知識も叩き込まれたらしい。後々の件も含めて、それだけはフェニックスに感謝してやろう、と一誠は思った。
「……誰もいない悪魔の街を眺めてるだけ。ちっとも面白くない」
オーフィスは頬を膨らませて主張した。
「辺境地域は賑わってるだろ? 首都リリスからの疎開が進められてるんだ」
「……ん。正規軍と反乱軍の間で武力衝突が頻発しているらしい。それをディハウザーやロイガンが次々と鎮圧していってる。でも、次から次に反乱が起きる。どうして?」
「彼らは強固なネットワークで繋がってるからさ」
決起したタイミングや地域、その動員規模、果ては掲げる指導者に至るまで反乱軍は組織としての形が全て異なる。しかし無謀な決起は一誠に指示されたものであり、反乱軍の指導者はあくまでお飾りに過ぎない。指導者達は全員が旧魔王派の残党であり、カテレア達の死後に一誠が秘密裏に接収した連中なのだから。
故に、一誠はカテレア達を始末した。ある程度の数と力があり、思想が単純明快で読みやすく、オツムだけが足りない手駒が欲しかったからだ。事実、二人の敵討ちを煽られた残党軍は一誠の思惑を見抜けないままに協力を承諾した。
故に、一誠は貴族領を順番に襲撃し、その仕上げとしてソーナ・シトリーを名指しで予告した。甚大な被害が出ると悟った領民は他領への避難を開始したが、三大勢力は一誠への迎撃に人員を割いてしまったが為に避難民の身元確認がおざなりになった。避難民に紛れて各地に潜伏した残党軍の存在にも気付かない。
故に、一誠は連合戦争の最後に下級悪魔や元眷属悪魔の不満を煽ることで反乱を誘発させ、それらをディハウザーとロイガンに鎮圧させた。これにより実績を積んだ彼らが魔王に就任しやすくなると同時に、政府上層部の信頼も得やすい状況を作れるからだ。現に上層部の間ではサーゼクス達を解任し、ディハウザーとロイガンの二人を次期魔王の座に据える案が出ているらしい。
「安心してくれ、オーフィス。ここまでは全て俺の計画通りに動いている。順調だ」
とはいえ、懸念事項は幾つか残っている。その最たる例がソーナ及びその眷属の足取りが掴めていない点である。連合戦争では政府によって親族と共に匿われていたらしいが、交渉材料に使われる可能性を危惧して逃走したのだろう。別に彼女自身から危害を受けたわけでもない、と一瞬だけ目溢しを考えたものの、一誠は即座に却下する。彼女達は第二の兵藤一誠と化し、長い年月を経て必ず彼の行く手を阻むだろう。その目的は復讐であり標的は彼の子供だ。絶対にソーナ達を始末しなければならない。
また、避難民として送り込んだ旧魔王派残党の中で未だに連絡が取れない者達がいる。それも一人や二人ではない。ディハウザーが潰した部隊を差し引いても明らかに多過ぎるのだ。まるで集団で忽然と消えてしまったかのように。決起するよりも先に避難民の段階で政府軍に察知されたのか。それなら政府は公式発表で言及する筈だ。旧魔王派が裏で反乱の糸を引いていたと言えば責任を押しつけられるのだから。
──第三者が動いているのか?
このときは仮説に過ぎなかったが、後に正しかったことを証明されることとなる。
「どうした、フリード。そんな血相を変えて」
「マジでやべえんスよ! ルフェイたんが血塗れで帰ってきた!!」
最悪の形で。
▼知りたくなかった▼
私は、森の中を必死で逃げていた。鬱蒼と木々の生い茂る一帯は陽の光が葉に遮られてしまい常に薄暗い。捻じ曲がった気味の悪い樹木が、灰の塊を大気に溶かした色をした霧が、私の方向感覚と視界を狂わせる。この森はどこまでも侵入者に容赦が無いようで、枝も葉も草に至るまで鋭い棘が生え揃っており、服と皮膚を裂いて肉を抉ってくる。
荒い息を吐きながら背後を振り返る。奴らの姿はまだ見えない。けれども私に安堵することは許されない。そもそも休息を取る場所すら無い。森の中での休息といえば、大木の根に腰を降ろしたり大きめの岩に背中を預けるものだ。どうしてこの棘と霧の迷宮で背を預けることができるだろう。きっと少しでも預けてしまえば今度は肉もろとも背骨を持っていかれてしまう。
杖は森に突入してから二度目の交戦で使い物にならなくなった。疼くような痛みが原因で術式構築に集中できなくなり、やむを得ず逃走した。何故か、連中は追ってこなかった。
「ヴァーリ様は、お兄様は、皆様は……」
仲間の顔が脳裏に浮かんでは泡と化して消えていく。森のあちこちから悲鳴が聞き慣れた声色で響いてくる。連中は私達を各個撃破しているんだと直感した。
正直なところ、当初の私は少し楽観視していた。私だけでなくチームメンバーの殆どがそうだったと思う。例外はヴァーリ様とお兄様ぐらいだ。でも、根本的にジャンキーな二人は普段通りの獰猛な笑顔を垣間見せていた。負ける気はしなかった。このチームならどんな相手でも乗り越えられると信じていた。
そんな自信はあっさりとへし折られた。
リゼヴィムの蘇生させたグレンデルによりヴァーリ様は吹き飛ばされ、残された私達も強化を受けた吸血鬼の軍勢に包囲された。なんとか森に逃走したけれど散り散りにはぐれてしまい、今やこうして一人ずつ力尽きている。弱点である光を克服した今、彼らは狩ろうと思えば容易く私達を狩り尽くせるだろう。それだけ吸血鬼の軍勢は個々の実力も練度も高いのだから。
しかし決して強引に攻め込む姿勢は見せず、囲みを狭めながら着実に倒していく。或いはこの森自体が意思を持つ天然の包囲網かもしれない。だって最初に訪れた際はこんなに棘だらけではなかった。
ズル、と根に躓いて転倒。その衝撃で近くの棘や地に生える刃の草が腹に突き刺さった。
「うあ……っ」
また肉が巻き取られ削がれた。靴はとうに底の部分が削り取られてしまい、一歩を進む度に無防備な足裏に激痛が走る。それでも私は逃げなければならない。立ち止まる選択肢など無い。
捕まれば、私はどんな目に合わされるだろう。
自慢ではないし、今となっては見る影も無いだろうけど、私は顔立ちもスタイルも整っている方だと自負している。黒歌様のように妖艶でも、白音様のように愛らしくはないものの、決して劣ってはないと思いたい。
だからこそ、捕まった後の末路が鮮明に過るのだ。連中の夜伽の相手をさせられるのか、それともヴァレリー様のようにキメラ染みた魔物と興じさせられるか。どちらにしてもそこに人権など存在しない。私達が国際テロリストだからという理由もあるが。
更なる嫌悪感に背を押される形で私は前へと進む。こんな形で処女や尊厳を奪われたくないから。これまで自由気ままに生きてきたツケが回ってきたのかもしれない。それはそれとして、家畜以下の扱いを受け入れられるほどに私は大人じゃない。
「あ、光……?」
転倒した際に切ってしまい血塗れになった舌足らずな口で思わず呟く。罠だ、と直感した。急に森が開けるなど考えられないし、連中が今更になって私の追跡を諦めるとも思えないからだ。これは罠なのだ。身も心もズタズタに引き裂かれた私を引き寄せる為の巧妙な罠である。それでも私の足は止まらない。
もしかすれば、もしかすれば逃げ出せる。
うわ言のように繰り返しながら、私は遂に森から這い出て、
「おやおや、これはこれは魔法使いのお嬢さんじゃあーりませんかぁ!! おじさん達が遊んでやろうか? うひゃひゃひゃひゃ♪」
背後に軍勢と魔獣と邪龍を従える、悪意と出会ってしまった。そこから先の記憶は、どうか忘れさせて欲しい。
生きていることに感謝したくない日が訪れることを私は知りたくなかった。
……。
そうして、魔獣も最後にはすっかり満足したのだろう。上機嫌そうに私を地面に放り捨てる。その衝撃で遂に左腕さえ折れた。不思議と痛みは感じなかった。
「熱演だったなあ! ルフェイちゃんはそっちの才能があるんじゃない? いいねえ、気に入ったからお仲間のところに逃がしてやる!」
リゼヴィムが笑いながら転移の術式を展開した。一瞬で宙に魔力の文字が浮かび上がり、一人が通り抜けるには充分なサイズの魔法陣を形成していく。
「特別サービスで回復だけしてやろう。腹に刻んだ伝言は別だけど。あ、でもでも彼氏きゅんには隠したい年頃かなぁ? うひゃひゃひゃひゃ♪」
胃酸と記憶が逆流して、口の中に特有の生臭さが一気に込み上げる。もう何度目かになるか分からない嘔吐。それでも消えてくれない腹の中の渦がまた嘔吐を促す。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……。
一刻も早くこの場を離れたくて転がり込むように転移術式へと走る私の腕をリゼヴィムが掴んだ。
「おっと、帰る前にもう一回だけゲームに付き合ってもらおうかな?」
私は必死に振り払おうとした。元々の力の差に加えて、衰弱しきっていた私ではどうしても抗えない。やがて私は抵抗を諦めた。ここで彼の機嫌を損ねてしまったら、きっと死ぬことすら許されない。そんな末路をリゼヴィムの笑顔の裏に見たからだ。それならまだ大人しくしていた方がマシだろう。
「打算的な女は嫌いじゃあないぜ?」
リゼヴィムは私の首筋に触れながら言った。
今度は誰の相手をさせられるのか。自暴自棄に似た覚悟を決める私だったが吸血鬼達に連れてこられた人影は全く想定外で、しかし心のどこかで納得してしまう三人だった。私の仲間である黒歌様と白音様、それに救出予定だったヴァレリー様だ。全員が猿轡をされていて残念ながら会話はできそうにない。
ああ、彼女達も私と同じように捕まってしまったんだ。
衣服が乱れていない点から私のように乱暴はされていないらしい。安堵する私と、どうして自分だけ犯されなければならないのだと唇を噛む私がいた。
リゼヴィムは司会者のように恭しく一礼すると、拘束された三人の少女を指差した。
「今回のチャレンジャーはルフェイちゃん!! 果たして彼女はどのような選択を降すのか、非常にひじょーに楽しみでヤンすね!! うひゃひゃひゃひゃ♪ じゃあ早速、運命を決める大切な質問しちゃおーかな? デデン、問題っ!!」
──自分の代わりに仲間を奴隷に落とすか、仲間の代わりに自分を奴隷に落とすか。さあ、ど~っちだ!?
そこから先の記憶は、きっと永遠に忘れられない。
仲間に憎悪を燃やしてしまう自分がいることを私は知りたくなかった。
▼
「ルフェイの容態は?」
「オーフィス様のお陰で細かな外傷は治療済みですわ。しかし精神までは……」
「そうか」
レイヴェルからの報告を受け、一誠の表情はより険しさを増した。事態は深刻だ。″幽世の聖杯″所有者を勧誘すべくルーマニアへと向かったヴァーリチームはルフェイを除いて誰一人として帰還していない。あの国が吸血鬼達の勢力圏であり、種族の性質的に一筋縄ではいかないだろうことは一誠も予想済みだった。しかし壊滅状態に陥るとは想定外だ。
つまりヴァーリ達は想定を越える何者かと交戦したに違いない。そしてその者こそが一誠の推測にあった第三勢力なのだろう。その推測を裏付ける証拠はレイヴェルからの報告にもある。
「腹に刻まれた伝言、ね。随分と悪趣味な挨拶をしてくれる」
辛うじて″禍の団″本部に帰還したルフェイ。彼女の腹部には火の魔法によるものと思われる焼き印が生々しく刻まされていた。
Come on──!!
醜く焼け爛れていたというその一文は一誠への挑発行為に他ならない。厄介なのは、その相手と目的が一切不明である点だ。仮にルフェイが会話可能な状態であれば一部始終を聞き出せただろう。しかし彼女は精神が不安定となってしまい、自室に引きこもってしまっている。
「ルフェイ様は、私やオーフィス様が近付こうとするだけで酷く怯えていました。それに、うっすらと残されていた暴行の跡や引き裂かれていた衣服から察するに……」
そこでレイヴェルは敢えて言葉を濁したが、彼女が辿った末路など嫌でも理解できてしまう。
「……ふざけた奴だ」
一誠は、苦虫を何匹も噛み潰した。今後の動きについて早急に話し合う必要があった。
「お望み通りに俺が出向こうか?」
『やめろ、相棒。それはあまりにも危険過ぎる』
会議の最初に一誠が提案したが、それはドライグに即座に反対された。彼の反応も当然だ。第三勢力の正体や目的こそ不明だが、ヴァーリ達を襲撃する為だけにわざわざ吸血鬼の本拠地であるルーマニアを選ぶ筈がない。下手をすれば彼らと交戦するリスクまで抱えなければならないのだから。つまり吸血鬼は既に第三勢力の傘下に降っているか、もしくは協力関係を結んでいると考えるべきだろう。そんな場所に乗り込むのは自殺行為だ。
「だが、相手はヴァーリチームを壊滅に追い込んだほどの手練れだ。旧魔王派の残党を束にして送ったところで結果は知れてる」
英雄派や魔法使い派に協力を要請する手段もあるが、仮に彼らまでもが潰されてしまえば目も当てられない。特に前者は″禍の団″の存続に直結する。首魁のオーフィスが赤龍帝派の実質的な食客となり、また最大派閥だった旧魔王派が消滅した現状、″禍の団″の運営は曹操達が取り仕切っているに等しい。彼らを失うことは組織の空中分解を意味する。
赤龍帝派が少数精鋭であることのデメリットが、ここに来て一誠に牙を剥いた。
「そもそも旧魔王派は信用できるんすか?」
傍らに控えていたフリードが、懸念点について意見を述べた。
「このタイミングで幾つかの部隊と連絡が取れなくなるってのは怪しいでガンス」
「消されたか、もしくは寝返ったと?」
『仮に相棒が第三勢力の所属だと仮定しよう。旧魔王派のカス共を丸め込むだけの交渉材料を持っているとして、相棒なら彼らをどう扱う?』
「俺ならこっそり自陣に引き込んだ上でそのまま″禍の団″でスパイ活動を──成程、実に面倒だな」
確たる証拠があるわけではないが、内通疑惑が持ち上がった以上はこれまでのように残党部隊を使うことができない。つまり手駒を全て奪われたと同義だ。
状況は悪化の一路を辿っている。当初の計画ではディハウザーとロイガンに旧魔王派残党の率いる反乱を鎮圧させ続けることで、ビィディゼ討伐の功績や貴族・民衆の圧倒的支持を盾に悪魔勢力のトップである魔王にまで成り上がらせる算段だった。
遠回りではあるものの、一度彼らを中枢に噛ませさえすれば機密情報も人事も一誠の思うがままに操れる。影響力を失ったグレモリー家や入院を続けているサーゼクス、そしてリアスの今後も風前の灯に等しい。しかしそれらは全て旧魔王派の存在が不可欠である。
計画の瓦解に頭を痛めながらも、一誠の不敵な笑みは崩れない。
「死に損ないの悪魔なんざ、いつでも殺せる。また別の手を考えるさ。それよりも対処すべきは」
「謎の第三勢力、ですわね」
レイヴェルの言葉に、一誠は頷いた。
「そもそもタイミングが良すぎだ。″幽世の聖杯″の所有者を勧誘しに行ったヴァーリはチームもろとも消息不明。そしてヴァーリは俺と協力関係にあったんだぞ」
「既に内部情報が漏れているかもしれねえ。大将はそう言いたいわけだ」
「それが旧魔王派の仕業か、はたまた別に裏切り者がいるのかは分からんが、手足をもぎ取った末に挑発文まで寄越してくるんだ。狙いは間違いなくこの俺だろうさ」
そこで言葉を締め括ったものの、彼の脳裏には一つの不安があった。
仮に一誠が第三勢力の所属であれば、これは単なる挨拶に過ぎない。そうやって旧魔王派に注目を集めた隙に本当の目的を達成する。三大勢力を相手に散々行った手口だ。連中にとっては兵藤一誠という存在すらも囮の一つに過ぎない筈なのだ。
──相手の真の目的は、恐らく。
「……赤龍帝?」
「大丈夫だ、オーフィス。絶対に守るから」
隣に座る彼女の頭を撫でながら、一誠は誓った。
▼
「次の一手はどうなさいますか?」
ユーグリットの問いに、リゼヴィムは手の中の聖杯を弄びながら笑う。
「そうだなー、ヴァーリきゅんとそのお友達はぶち殺したし、これで赤龍帝がぶちギレて乗り込んでくれりゃ楽なんだけどなー」
「彼は策士と聞きます。彼らにとって我々の正体が不明である段階は情報収集に留めるのでは?」
「イッセーきゅんは孫と違って賢いし、早々に仕掛けては来ないっしょ」
リゼヴィムの中で兵藤一誠の評価はすこぶる高く、決して侮ってはならない強敵と認識していた。単純な戦闘能力だけではない。知力と武力と統率力を兼ね備えた″王″の道を進む男だと確信すら抱いていた。″女王″グレイフィアを圧倒する実力は勿論のことながら、連合戦争の裏でディハウザー達の政界進出を推し進めてみせる知謀、そして指導者を失い瓦解寸前だった旧魔王派を戦力として吸収する統率力。ドライグや仲間の助言もあるだろうが、それを差し引いても三大勢力を翻弄して見せた手腕は素晴らしいの一言に尽きる。
だからこそ、リゼヴィム達も入念な準備を整えた上で彼に挑もうとしているのだ。
「ま、今回はヴァーリきゅん達の死体を手に入れたってんで満足するさ! うひゃひゃひゃひゃ♪」
挑発文を送り付ける為に敢えて見逃したルフェイを除き、捕縛したメンバーは全員始末した。彼らは″禍の団″の構成員であり兵藤一誠とも協力関係を結んでいる。
「そして俺らの手中には死者蘇生を可能とする″幽世の聖杯″があるってばよ。つまりヴァーリきゅん達がこれから何をやっても、どの勢力に喧嘩を売っても、世間は兵藤一誠の命令だと見なすのさ。冤罪押し付けるの気持ち良すぎだろ!! あ、ユーグリット君やグレンデル君が猫姉妹をサンドバッグにして遊びたいって言うなら喜んで貸し出すけど?」
「必要ありませんね。愛しの姉さんが手に入れば私は満足なので」
『オレ様もいらねえよ!! ちゅーかよ、いつになったら今代の赤龍帝と戦えるんだよ? 赤龍帝と戦争できるって言うからオレ様はお前と手を組んでるんだ!! その契約を忘れるなよ!?』
リゼヴィムのおふざけを一蹴すると、今度はグレンデルが彼に詰め寄った。″幽世の聖杯″によって現世に蘇生した彼はヴァーリを叩き潰しただけでは消化不良であり、このままでは他神話勢力に乗り込まんとするほどに苛立ちを募らせていた。しかし独断行動をされてはリゼヴィム側としても大いに困る。かくして思案の末にリゼヴィムは蘇生させた本来の目的である兵藤一誠の存在について話し、そして興味を持ったグレンデルは一誠との戦闘を条件に協力を約束したのだった。
そのような経緯で協力関係を結んだが故に、リゼヴィムもまた胸中に不安を抱えていた。一誠を倒すまでひたすらこの邪龍の機嫌を取らなければならない点もだが、最大の要因は目的を達成した後である。そのまま現世で好き勝手に暴れ回るならまだしも、最悪の場合は自分達に牙を剥く可能性も否定できない。そして″神器無効化″以外に突出した能力を持たないリゼヴィムではグレンデルを到底抑えられないのだ。
とはいえ、彼にとっては一抹の不安ではあるものの、さして脅威には感じなかった。寧ろ、その日を楽しみにすら思っている点にリゼヴィムという男の宿す狂気が垣間見えていた。
「まあまあ、落ち着いてよ。赤龍帝との戦争はド派手にいかなきゃつまらないだろ? 二人の戦いには最高の舞台と演出を用意しよう!! それまではラードゥン達と遊んでてよ!!」
『……赤トカゲは楽しめるんだよな? お前のクソ孫みたいに期待外れだったら契約違反でお前からぶち殺すぞ』
「単騎で三大勢力連合の軍勢を壊滅させたって言えば納得するかね?」
『ほー、少しはやるじゃねえか!! 仕方ねえから今は大人しく我慢してやんよ!』
「その代わりに余興がてら、幾つかのバイトも回すからさ! 準備運動も兼ねて楽しんできてよ!!」
怒りのオーラを霧散させ、襲撃部隊を連れて上機嫌で部屋を出ていくグレンデル。そんな彼の背を眺めつつ、ユーグリットは胸を撫で下ろす。
「どうやら上手く懐柔できましたね」
「あっぶねー、今から怪獣大決戦するところだったぜ! まあ、それならそれで楽しそうだけどな! うひゃひゃひゃひゃ♪」
「駄目だコイツ。ところで、グレンデルだけでも過剰戦力なのに彼らまでも預けるとは。やはり連中には三大勢力を襲わせるつもりですか?」
「んー? いや、なーんも指示してない。ルーマニアの後は適当に暴れて来いってだけ」
魔獣とヴァレリーのイチャコラをポップコーン片手に眺めながら、リゼヴィムは淡々と答えた。
「さっきも言ったけど、大事なのは別に襲う相手じゃねーんだわ。
「ええ、ご命令通りに」
「オーケー! エルメンヒルデに連絡して、吸血鬼勢力として国際的に緊急メッセージを発表するように指示しろ!!」
悪意は、続く。
「──″禍の団″の襲撃を受けた被害者に俺はなるってか! うひゃひゃひゃひゃ♪」