はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(お墨付き)


断罪戦線

 首都リリスの上空に五人の影が佇んでいた。

 

「グレンデル、それにヴァーリ。現れた理由を訊ねるのは愚問なんだろうね」

 

 二人の侵入者を睨みながら、ファルビウムは迎撃体勢を整える。しかし長く前線を離れていたことによるブランクはあまりにも重たく、彼らに容易く殺害されてしまうであろう未来が容易に想像できた。共に出撃した政府軍を考慮に入れてもその結末は変わらない。軍は先の連合戦争で経験豊富な将兵の多くを失い、その実態は政府軍とは名ばかりの烏合の衆に成り果てた。下手をすればファルビウムよりも先に全滅してしまうだろう。

 

「貴様らの目的は知らんが、私の前で好き勝手などさせんぞ」

「私達を侮るなよ」

 

 では、救援に現れたディハウザーとロイガンはどうだろう。確かに戦力としては申し分ないが、少なくとも前者は兵藤一誠の内通者であり腹の中で何を考えているのか分かったものではない。それこそ最悪の場合は背後から撃たれる可能性もある。それにロイガンとて完全な白とは限らない。ディハウザー同様に内通しているかもしれない。

 

「……詰んだかな」

 

 前門に邪龍後門に次期魔王を抱えて顔をしかめるファルビウム。そんな彼に、グレンデルが笑いながら言う。

 

『グハハハハッ!! どうしたよ、悪魔の王様ともあろう奴が辛気臭い顔すんなよ! お前らは戦いが大好きな種族だって聞いてるぜえ!? だから昔も今も戦争ばっかりしてきたんだろ!』

「やれやれ、耳が痛いな」

『細けぇことは気にすんなよ! これからお前らの大好きな祭りが始まるんだぜ? だからさあ……』

 

 そこで、グレンデルは敢えて言葉を区切る。

 

『──本気で来いよ?』

 

 邪悪な笑みを狼煙に、蹂躙劇の幕が開けた。

 

『グハハハハッ!! ″皇帝″の称号はお飾りか? そんな生温い魔力弾なんざ痛くも痒くもねえ! もっと全力で挑まなきゃ死んじまうぜ? 無敗のディハウザーなんたらさんよ!!』

 

 グレンデルの高笑いに呼応して魔力弾の一斉掃射がディハウザーに襲い掛かった。以前に一誠が放った隕石に比べると小粒だが、その質量と速度は異常の一言に尽きる。彼の周囲から消えたと思えば次の瞬間には視界全てを覆っているのだから。しかしディハウザーは魔力弾を上回る速度で空中を自在に飛翔し、雨霰と飛来するそれらを全て紙一重で回避していく。防御ではなく回避に専念したのは少しでもダメージを抑える為だ。

 

「無敗の″皇帝″を甘く見るなよ! 貴様のような戦闘狂には負けん!!」

『お前だって同類じゃねえか! 戦闘ごっこ(レーティングゲーム)で成り上がった分際で一丁前にほざくなや!』

「どうでもいいけど、僕もいるってことを忘れられては困るね」

 

 ディハウザーに意識が向いたほんの一瞬の隙を突き、お返しとばかりに今度はファルビウムが魔力の弾幕を発射した。ブランクが長いとはいえ、仮にも戦争を生き残り続けた猛者である。流石に全盛期から実力を落としているものの、その威力と精度は未だ健在だった。

 だが、相手があまりにも悪すぎた。なんと視覚外からの一撃にもグレンデルは咄嗟に反応したのである。それどころか顔に掠めそうになった弾の一つを片手で受け止め、そして悠々と握り潰してみせたのだ。

 

 グレンデルは特殊な能力を有さない代わりに身体能力と耐久力が邪龍の中でも群を抜いており、単純な近接戦闘だけなら邪龍の筆頭格たるクロウ・クルワッハにも匹敵するという。そしてこれはファルビウム達は知る由もないことだが、彼は蘇生時に″幽世の聖杯″によって全能力が大幅に強化されている。現に魔王の全力の魔力弾を手で受け止めたというのに痛がる様子を欠片も見せない。これが何を意味するのか。

 

『嘗めた真似をしてくれんじゃねえかよ』

「お褒めに預かり光栄だ。僕らは戦争ばかりしてきた悪魔なものでね」

『……言うじゃねえか。ようやっと本気で挑むつもりになった、ってことだよな? じゃあオレ様もちぃとばかり本気を出すとするかなあ!!』

 

 グレンデルは未だ実力の底を見せてはいない。瞬間、彼を中心に莫大な深緑色のオーラが放射され、その余波が凄まじい速さで首都上空を呑み込んでいく。

 

「不味い……っ!!」

「クソッ!!」

 

 撒き散らされる悪意の波動に思わず二人の表情が歪んだ。とはいえ、それは暴力的なまでの波に屈したわけではない。防御の魔力を持って産まれたファルビウムや″皇帝″の名の下に無敗記録を積み上げてきたディハウザーにとって、この程度の挨拶はどうにでもなる。ただし、避難の完了していない民衆達は別だ。襲撃を感知した時点で避難誘導を命じてはいるものの、時間的な余裕が足りなかった。特に避難に時間のかかる病院施設には避難中の悪魔達が残っている筈なのだ。

 

 と、彼らの焦燥の理由を悟ったのか、グレンデルは口角を吊り上げる。

 

『なんだよ、逃げ遅れたカス共を心配して本気が出せないのかよ!? グハハハハッ!! それならそうと早く言いやがれ! そいつらを今すぐぶっ殺して後腐れなく戦えるようにしてやっからよ!!』

 

 グレンデルは嘲笑うも、ふと二人の様子が変わったことに気付いた。

 

「……ファルビウム殿。私に提案がございますが、お聞きになられますか?」

「裏のご主人様に確認しないで大丈夫かい?」

「さて、何のことやら。しかし仮に″皇帝″に仰ぐべき主君がいたとすれば、ディハウザー・ベリアルはお叱りを受ける覚悟で決意を貫くでしょうな」

 

 亡きクレーリアの復讐を目指すディハウザーではあるが、彼自身としてはその為に多くの民を巻き添えにするつもりなど無かった。粛清すべき悪魔上層部の腐敗と守るべき民衆は別なのだ。今回の独断行動を兵藤一誠に咎められるとしても目の前の邪龍を食い止める覚悟だった。とはいえ、一誠はグレンデルの裏にいる黒幕と敵対している点を考えるに咎めを受ける可能性は低いのだが。

 

「なんだ、気付いていたのかい」

「当然でしょう。赤龍帝があのような杜撰な計画を立てる筈もない。それよりも提案に対する返答を聞いておりませんな。どうなさるおつもりで?」

「……決まってるよ。冷静に考えて、そうしないと撤退に追い込めないからね。ああ、本当に面倒事ばかり襲ってくる」

 

 ディハウザーの問いに対して、ファルビウムは改めて彼の隣に並び立った。それが答えである。

 

『グハハハハッ! まさか、お前らが共闘するとは思わなかったぜ! オーケーオーケー、二人揃ってオレ様が地獄に放り込んでやるよ!!』

「来るぞ、ディハウザー!!」

「分かってる!」

 

 激戦は続く。グレンデルの纏うオーラが一段とその強さを増した。それに比例して深緑のプラズマが迸る。生まれながらに有する、他の邪龍の追随を許さない驚異的な身体スペック。それが″幽世の聖杯″により底上げされた今、グレンデルはかつて討伐された際とは比較にならない力を獲得していた。

 

『……フフ、ハハハッ、グハハハハッ!!』

 

 手を軽く握り締め、開き、それを何度か繰り返す。次に漏れたのは狂喜だ。英雄ベオウルフとの死闘の末に敗北し無念の内に討伐こそされたものの、抑えられない戦闘への渇望だけは消え去ることはなかった。仮に数百数千年の月日を経ようと邪龍特有のしぶとさで蘇生してみせるつもりだった。しかし聖杯によって新たな肉体と力、渇望していた戦場を与えられた。

 

 故に、今のグレンデルにあるものは、まだ見ぬ強者とまだ見ぬ激戦と出会えたことへのどうしようもない歓喜だった。そしてそれが邪龍グレンデルの生きる意味の全てである。

 

『フフ……やっぱ、オレ様は戦闘狂だ!! 戦闘が好きで好きで堪らねえ、己の衝動に準じて生きる最強最悪の邪龍だ!! さーて、頑張ってオレ様を楽しませろよ、悪魔共! なんたってお前らが挑むのは″大罪の暴龍″グレンデルなんだからよお!!』

 

 飽くなき戦闘欲求が更なる暴風に姿を変え、対峙していたディハウザーとファルビウムを一息に呑み込まんと襲う。しかし勢い任せの戯れが魔王クラスの実力者である彼らに届く筈もない。風の隕石は容易く避けられ、そのまま大通りの一部に着弾した。数瞬遅れて、衝撃と余波と巻き上げられた大量の土砂が三人を覆った。着弾箇所を一瞥したディハウザーは内心で冷や汗を流す。道路に巨大なクレーターが抉じ開けられていたからだ。

 

 直撃すれば重傷は免れなかっただろう邪龍特有の挨拶に、改めて種族間のデタラメな力量差を思い知らされると同時に気を引き締め直す。

 

「なんという破壊力だ。まったく、これだからドラゴンの相手は嫌なんだ。勝てる気がまるでしない」

 

 体勢を整えながらファルビウムは困ったように愚痴る。若かりし頃に戦った全盛期の二天龍といい、兵藤一誠と激突した連合戦争といい、彼はどうにもドラゴンと戦う運命にあるようだ。ただし、それら全てを生き残ってきたのも揺るぎない事実である。現に対峙している間も回避する瞬間も、ファルビウムの脳内はこのイカれた邪龍を撤退させる策を練ろうと躍起になって足掻いていた。そして、ただ一つの賭けに等しい作戦を思い付く。

 

「……ディハウザー、提案がある」

「ほう、もう作戦を練られたのですか。流石は知将ファルビウム殿ですな」

「ものっすごい棒読みで言われても説得力に欠けてるよ。どうせ君も、兵藤一誠に手玉に取られてよくも知将やら魔王やら名乗れるな、と陰口を叩いてるクチだろう?」

「おやおや、魔王様に向かってそのような無礼を働く愚か者が世の中にはいるものですなあ。是非とも顔を拝んでやりたいものです」

 

 ディハウザーの嫌味に、ファルビウムはわざとらしく肩を竦めた。

 

「連中なら屋敷の中に隠れてるさ。これだから口だけの上層部共は始末が悪い」

 

 襲撃の報せは政府上層部にもとっくに届いている筈である。それにも拘わらず一人の応援すら寄越さないのは二人に何もかもを丸投げする魂胆だろう。そして彼らが殺されれば嬉々として責任を擦り付けるに違いない。とはいえ、応援を寄越されたところでどうせ邪魔にしかならないのもまた事実である。

 

『おいおい、このオレ様を差し置いてナイショ話とは悲しいじゃねえかよ!!』

 

 咆哮。

 次いで、ディハウザーの視界を豪腕と風圧が遮った。

 

 回避は間に合わない。防御術式を描く暇もない。咄嗟に両腕を交差し、更にありったけの魔力を注ぎ込み腕を覆う。しかしそれも所詮は気休めに過ぎない。その程度でグレンデルの一撃を受け止めきれるわけがない。魔力の鎧が陥没し、衝撃に弾き飛ばされるようにして宙へと放り出される。

 

「クソが……!」

 

 本能的に翼を展開。更に吹き飛ばされた先に幾百もの障壁術式を発動することで即席のクッションとし、それでも勢いを殺せずに次々と術式をぶち破りながら地面に叩きつけられるディハウザー。

 着弾、遅れて轟音。周囲一帯が大きく揺れる。大穴を穿ち、勢いを塞き止められずにディハウザーは地中深くまで沈んでいく。

 

「ディハウザー!!」

 

 思わず叫ぶファルビウム。意識と視線を大穴へと向けてしまったのは完全な悪手だ。

 

『今、よそ見しただろ』

 

 その無防備な土手っ腹に風穴を空けようとグレンデルの腕が迫る。

 

「──嘗めるな!」

 

 即座に防御魔力を形振り構わず噴出し、ファルビウムは全身を強固な要塞で包み込む。弾き合う音が響いた。防御魔力がグレンデルの攻撃を跳ね返した音だと脳が認識する前に、ファルビウムは条件反射的に両掌に魔力の塊を生成する。防御魔力で敵の攻撃をやり過ごしてからのカウンター戦術は現役時代からの十八番だ。魔王となってからは久しく使うこともなかったが脳と身体に染み付いた経験は錆び付いていない。

 

「受け止められるなら受け止めてみろ!!」

 

 発射。極小サイズにまで圧縮された超高密度の魔力砲が巨大な爆発音を連れて、グレンデルの腹を目掛けて突き進む。高速回転するドリルのように風を切り裂きながら直進するそれは、まともに受ければ相手の皮膚も肉も瞬く間にズタズタに裂いてしまえるだろう。

 

『そんな豆鉄砲がオレ様に効くかよ! 叩き潰してやるぜ!!』

 

 恐るべきは、それでも自ら嬉々として向かっていくグレンデルの狂気に他ならない。挑発に乗せられたのではなく、この程度の攻撃は余裕で耐えられると本気で思っているからこそ正面から飛び込んだのだ。右手で魔力砲を握り締め、掌が裂けることなど知ったことかと言わんばかりにそのまま消し潰そうと躍起になる。

 

「まさか片手で受け止めちゃうとはね。伝説の邪龍ってのは凄いや」

 

 でもね、とファルビウムは眼下のクレーターを一瞥する。

 

「ちょっと悪魔(僕ら)を侮り過ぎじゃない?」

『あ?』

 

 彼の言葉に呼応するように、地面に穿たれた大穴から高速で飛び出す一筋の影があった。ディハウザー・ベリアルだ。無我夢中で魔力砲を抑え込もうとしていたグレンデルを目指して一直線に飛翔すると、右に携えた魔力弾を放り投げる。

 「生きてやがったか」と心底楽しそうに笑いながら、残った左手であっさり掴み取るグレンデル。魔王クラスの実力者二人の攻撃を同時に凌いで見せる辺り、流石はデンマークの伝承に名を刻んだ″大罪の暴龍″ではある。しかしファルビウムの言うように彼は悪魔を侮り過ぎた。

 

「さっさと眠りなよ」

「言った筈だ。私の前で好き勝手はさせん」

 

 ファルビウムとディハウザー。

 連合戦争では敵対していた二人が並び立つ。彼らの間に浮かんでいるのは互いの最後の魔力を合わせた巨大な魔力球だ。

 

 両手を封じられたグレンデルに受け止める術はもう残っていない。

 

「まさかと思うけど逃げないよね? だって君は最強で最悪の邪龍だもんね?」

『……グハハハハッ!! やるじゃないか! 認めてやるよクソカス悪魔! そんでもって、よーく見とけよ? ぜってー耐えてお前らをぶち殺してやるからよお!!』

 

 そしてグレンデルは魔力球に呑み込まれた。魔力球の爆発に巻き込まれて落ちていく姿を眺めながら二人はようやっと安堵の息を吐いた。かつて討伐されたとはいえ、伝承に名を刻んだだけのことはある。凄まじい激戦だった。休息もそこそこに彼らは立ち上がる。ヴァーリを相手取っているロイガンの安否が心配だ。

 

「彼女も相応の猛者だ。簡単に倒されるとは思わないが相手は白龍皇だからな。応援に向かわなければなるまい」

「だったら後処理は僕に任せなよ。グレンデルの死体を回収して、二度と利用されないように封印措置をしておこう」

 

 ディハウザーは応援へ。

 ファルビウムは事後処理へ。

 

 二手に別れての行動を開始しようとしたのだが、

 

『……いってぇなあ!! やっぱ受け止めるのには限界があったか! グハハハハッ!! お前ら、誇っていいぜ? このオレ様の鱗に傷をつけたんだからよ!!』

「な、あれを耐えるだと……」

『オレ様の耐久力は邪龍随一だからな! それを聖杯で強化してんだから、魔王の全力の攻撃だろうと耐えるに決まってんだろ! ところで……今度はオレ様の番ってことでいいよなぁ?』

 

 絶望は、終わらない──。

 

▼断罪戦線▼

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