はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(スイッチを孕んだ姫)


スイッチ姫

「うひゃひゃひゃひゃ♪︎ そうかそうか、どうやってこの冤罪を晴らすかって期待してたがその手でくるのか! まさか冤罪も含めて全ての罪を背負うなんざ思わなかった! 本当にイッセーきゅんは最高だぜ!」

 

 ルーマニアの心臓部、即ち首都中心の古めかしい城の最奥に心底愉快そうな笑い声が響く。銀髪銀髭が特徴的な、貴族らしい豪華な装飾のなされた衣装に身を包む初老の男──リゼヴィムだ。言わずもがな、初代ルシファーの息子たる最上級悪魔でありながら吸血鬼勢力の事実上のトップに成り上がった男である。その冠を頭上に頂くまでに裏側でどのような工作を行ったのかは記すまでもない。そんなリゼヴィムは瞳を幼子のように爛々と煌めかせて、ディスプレイに映し出されたある映像に一喜一憂していた。

 

 財力やコネに物を言わせて導入したであろう最新式と思しき壁一面の大型液晶ディスプレイ。それら全ての画面は兵藤一誠が占拠している。一目でそれと分かる高級なソファにふんぞり返る主人を尻目に、傍らに控えたユーグリットが改めて一誠の来歴や桁外れの戦闘能力について解説を行う。

 

「兵藤一誠。年齢は十八歳、職業は元学生、両親や先祖の中で裏世界に関わった者はいません。それらから分かるように、四月にリアス・グレモリーに拾われるまではただの一般人でした。端的に言うと偶然にも神器を宿しただけのイレギュラーですね」

『グハハハハッ!! ただの元一般人が世界に喧嘩売るかよ!? 赤トカゲを抜きにしても、あの野郎はオツムのネジが外れてるぜ!!』

 

 ユーグリットの解説にグレンデルが頷きながらも付け加える。最終的に敗北寸前にまで追い詰められたとはいえ、その横顔は嬉しそうだ。

 

『グレンデルの言う通り、悪質な冗談です』

 

 そんな彼に一体のドラゴンが話しかけた。樹木がドラゴンの形を成したような或いは四肢を除いたドラゴンの全身が樹木に埋もれたような、そんな不思議な外見をしたドラゴンだ。彼の名は″宝樹の護封龍″ラードゥン。黄金の果実を守っていた元守護者にして強大な結界と障壁の魔術を操る邪龍である。かつて初代ヘラクレスとの激戦の末に毒殺されたが″幽世の聖杯″によって蘇生したのだ。

 

『ただの元一般人に邪龍が敗れるなど、同族として情けない限りですね』

 

 そして邪龍の一角らしく穏やかな口調とは裏腹にその性格や趣味嗜好は陰険である。

 

『ああ!? 表に出ろ、ラードゥン! 久しぶりにキレちまったぞ!』

『私が回収しなければ無様に殺されていた恥晒しの分際で偉そうに。よろしい、目覚めの運動も兼ねて再び冥土に送って差し上げます』

『上等だ、この腐れトカゲ!』

「あーはいはい、君らが喧嘩すると俺ちゃんの城まで瓦礫になるからやめてね? ユーグリットきゅんもボケッとしてないで解説の続きをプリーズ?」

 

 一触即発の雰囲気となる二体を適当にあしらいながらリゼヴィムは解説を続けるように求めた。本来なら邪龍同士の殺し合いを前にもっと慌てるなり必死に宥めてもいい筈なのだがその間も彼の視線はディスプレイに釘付けのままだ。実際、例えるなら花畑を駆け回る少年のように彼の脳内は歓喜で満ち溢れている。それ程までに、永劫に近い時間の退屈を味わってきたリゼヴィムにとって一誠は待ちわびた存在だった。

 

「承知しました。それでは次にSSS級はぐれ悪魔として手配された経緯についてです。手配を受けた時期はリアス・グレモリーとライザー・フェニックスの間で行われたレーティングゲームの直後ですね」

『あのくだらねえ殺し合いごっこか。大会に参加でもしたのかよ。雑魚の中の最強を決める大会を開いてるって聞いたぜ?』

「いえ、前者は年齢的に大会参加資格を有していません。リアス・グレモリーが政略結婚を拒否したことが争った理由のようです。試合の結果で結婚或いは婚約破棄を決める約束だった、と」

 

 内戦以降、悪魔勢力は対外的に実力主義を喧伝し他種族からの転生悪魔であっても功績を残せば上級悪魔に昇格させるとの謳い文句を掲げてきた。リュディガー・ローゼンクロイツや今は亡きタンニーンも新制度の下で実績を積み上げて昇格を果たした者達である。とはいえ、そういった事例は珍しい。悪魔勢力には今も捻じ曲がった貴族主義・純血主義思想が根強く蔓延ったままだ。その極致の一つが家同士の思惑に基づいた政略結婚である。

 

 無論、政略結婚が一概に悪とは言えない。例えば中世ヨーロッパの時代に限っても同盟締結による戦争回避や経済的支援の獲得など経済的に傾いた家を救う為、引いては国民を救う為のケースは確かに存在していた。また現在も企業・家柄の存続目的で政略結婚を行う場合も少なくない。個人の意思が尊重される世の中に逆らう形とはなってしまうが決してデメリットばかりではないのだ。

 

「ですが、それは人間界での話に限ります」

 

 歴史を紐解いてまで長々と説明しておいてユーグリットは冥界で行われる勢力結婚をバッサリと切り捨てた。その表情と口調は腐敗した現魔王政権への侮蔑の色で満ちている。

 

「知っての通り、三大勢力──特に悪魔は立て続けの戦争で同胞を失い過ぎました。″悪魔の駒″を欠いては勢力の維持すらできない。ならば残すべきは家柄よりも種族そのものであることなど明白でした」

 

 ただでさえ悪魔という種族は出生率が低い上に、戦争で多くの純血悪魔を失ってしまった。その状況下で優先すべきは種族の存続であり、政府は各種税率引き下げや補助金付与などの婚姻・出産推奨策を推進すべきだったのだ。家を守るより先に種族が滅んでは本末転倒なのだから。

 

「そうでなくとも、アジュカ・ベルゼブブが″悪魔の駒″の開発に成功したのです。政府はそれを活かすべく他種族が転生しやすくなるような土台を築くべきでした。そうすれば勢力の再建は他よりもスムーズに進んだことでしょう」

「ところが上層部の連中はアホ揃いだからさ。猫も杓子も利権争いと極めて短期的な建て直し政策で迷走しまくって、巨大な捻れを内部に孕んでしまったってわけよ! つまんねー奴らだろ? うひゃひゃひゃひゃ♪」

『で、その結果が元一般人のSSS級はぐれ悪魔の誕生ですか。実に愚かしいですね』

 

 ラードゥンが肩らしき部位を大袈裟に竦めると、「話が脱線しましたが」とユーグリットは咳払いした。しかし話の本質は変わらない。一誠がはぐれ悪魔に堕ちた原因は愚かしい政府上層部にあるのだから。

 

「どうせ赤龍帝の力を危険視した誰かが追放を企んだのでしょう。腐敗した上層部と結託してね」

 

 婚姻を賭けたリアス・グレモリーとライザー・フェニックスのレーティングゲームには、記録には残されなかった続きがある。それが、二人の婚姻発表パーティーに乗り込んだ兵藤一誠と彼を阻もうと立ち塞がったライザーの非公式の戦いだ。

 

「接戦の末に兵藤一誠は敗北し、両者の婚姻は確定しました。ですが、この非公式の戦場にはパーティー参加者という大勢の見物人がいました。無論、政府の役人連中も首を揃えていたことと思われます。赤龍帝の再臨を目撃した彼らは恐くて仕方なかったでしょうね」

 

 そうしてライザーやサーゼクスと手を結んだ上層部は一誠討伐作戦を秘密裏に決行したのである。その後の顛末も記すまでもない。

 

「″禍の団″に合流したイッセーきゅんはオーフィスに婿入りしたってさ! こんな奇跡のラブロマンスって本当にあるんだなぁ! 冥界で映画化したら大人気になるだろうぜ? うひゃひゃひゃひゃ♪」

「……オーフィスは誰にも与しないとばかり思っていたがな。そうか、噂は真実だったのか」

 

 遂に抱腹絶倒するリゼヴィムの言葉に反応したのは、これまで部屋の隅で沈黙を貫いていた黒いコートの男だった。金と黒の混ざり合った髪色、右目が金で左目が黒という特徴的な瞳の色をしたその男には近寄り難い威圧感と風格が漂っている。ラードゥンは勿論のこと、粗暴を塊にして煮詰めたような性格のグレンデルでさえ男が口を開いた途端に大人しくなったのだ。狂える邪龍達すらも恐れさせる実力者であることが窺える。

 

 そんな彼の問いに、流石のリゼヴィムも姿勢の乱れを正してから改めて真剣な声音で言う。

 

「知っての通り、オーフィスは永遠に等しい時間の中で誰にも興味を示さず、次元の狭間で静かに暮らすことだけを目的にしてきた。それが兵藤一誠だけは常に行動を共にし、そればかりか彼の言葉を素直に受け入れている」

「オーフィスにとって自分の目的を捨てるまでに兵藤一誠が特別な存在になったのか。しかし連合戦争以降の二人は別行動をしている。その理由は?」

「手駒に迎えた旧魔王派残党の証言では、彼らは既に一線を越えている。部屋に黒色の結界が展開されている間は近寄らないのが組織内での暗黙の了解だったらしい」

 

 即ち、と彼は敢えて区切り、強い口調で続けた。

 

「──オーフィスは兵藤一誠の子供を妊娠しているのではないか、と俺達は推測している」

 

 それは″無限の龍神″と赤龍帝を支配下に置くことを可能とする、全世界が喉から手が出るほどに追い求めるであろう制御装置(スイッチ)の誕生を意味しており、

 

「さて、この場で邪龍の諸君に一つお訊ねしよう。全力の赤龍帝と戦える最高最大の機会──手に入れたくないか?」

 

 悪意の標的とされるのもまた必然なのである。

 

▼スイッチ姫▼

 

 以前、悪魔上層部は一つの愚かしい計画を実行したことがあった。上層部の末席を預かるファンキャット主導の下で進められたその計画は、兵藤一誠を人質とすることでオーフィスを制御下に置くというものだった。

 その名を、赤龍帝捕獲作戦。

 結論から言うと、実行役の悪魔達の離反もあって計画は失敗した。首謀者のファンキャットは両親の死を引き金に″覇龍″と化した一誠によって跡形もなく消し飛ばされ、計画は永久凍結処置を受けることとなった。

 

「しかし結果的には失敗したとはいえ、一から百まで全てが失敗なのか? いいや、違う。兵藤一誠の両親を餌にして彼を捕獲するというコンセプト自体は決して悪くないものだ」

 

 誘拐の実行役に選んだディオドラ達の離反さえ招いていなければ或いは上層部が″無限の龍神″を飼い慣らしていたかもしれない。故にファンキャットの発想自体は悪いものではなかった。他ならぬリゼヴィム自身も計画に一枚噛んでいたのだから。ユーグリット経由で一誠の存在について教えられたリゼヴィムは久しく枯れ果てていた好奇心を大いに刺激された。そこでかつてのコネを駆使して上層部に秘密裏に接近し、赤龍帝捕獲作戦の共犯者を買って出たのである。

 一誠とリゼヴィムの浅からぬ関係はさておき、嬉々として裏方で動き回っていただけあり彼は計画の詳細から顛末までその隅々を熟知している。計画を自分なりに模倣するなど造作もないことである。

 

「その話をわざわざ俺達にしたということは、再び実行するのか。今度はオーフィスを標的に変えて」

「そうだ」

 

 コートの男の問いに、リゼヴィムは強く頷いた。

 

『正気ですか? 相手は世界最強の座に最も近いオーフィスですよ? とても戦力が足りない』

「その龍神様は妊娠中だ。大きく膨らんだ腹じゃまともに戦えないだろうし、腹の中の胎児を使って脅せば抵抗もできない」

『グハハハハッ!! こいつは傑作だ! まさかオーフィスの野郎がこんな形で完封されるとは思わなかったぜ!! 殺すならオレ様が水風船みたいに破裂させて遊んでやろうか!?』

「やめろ、グレンデル。赤ん坊は生かすことにこそ意味があるんだ」

 

 先の赤龍帝捕獲作戦が失敗した理由の一つに肝心要の人質をむざむざ死なせてしまった点が挙げられる。一誠の暴走を招いた上に脅迫材料を失ってしまったファンキャットはどうすることもできずに殺害された。人質を失った誘拐計画など無意味に等しい。

 

 ──そうか、仮に死ねば全力の二人を見られるんだ。もういっそのことガキを率先してぶっ殺してやろうか。でも破滅に導くスイッチだしな……。

 

 ただし、快楽主義者のリゼヴィムにとっては計画が成功しようが失敗しようがどちらでも構わないのだが。

 

『グハハハハッ!! 面白そうじゃねえか、その話に乗ったぜ!!』

『戦えるのなら私も喜んで参加しましょう。それで具体的なプランは? 私はどう動けばいい?』

 

 真っ先に参戦を表明したグレンデルとラードゥン。対してリゼヴィムはその言葉を待ってましたとばかりに壁のディスプレイを指す。途端に映像に映されたのは、一誠を取り巻く人間関係を矢印で表した簡単な図だ。例えば一誠とオーフィスの間に引かれた↔の上にはハートマークが、一誠とディハウザーを結ぶ矢印の上には内通者の文字が踊っている。そして図を見た際に特筆すべきは同じく矢印が引かれていた旧魔王派や英雄派、更に四神話の名前の上にも大きく×が刻まれている点だろう。

 

「えー、これより順を追って説明していく。無限捕獲作戦は大きく幾つかの段階に分かれる」

 

 第一段階が二人の距離を引き離すことだ。その為にわざわざ一誠から戦力となる手駒を奪い、連続襲撃事件や冥界での無差別自爆テロ事件の冤罪を被せ、組織に属する諸派閥の離反・離脱を誘発させ、たった一人で孤独に戦うように仕向けたのだから。

 赤龍帝派に所属しているフリードやレイヴェルは組織に残るかもしれない。しかし彼らの実力など知れている。それに現状を省みれば二人は身重のオーフィスの世話や護衛を任せられるだろう。一誠は常に単独出撃を強いられ、そうなればオーフィスと共にいる時間もますます削られていく。彼女を狙う隙が幾らでも生じるということだ。

 

 もしくは一誠が復讐を諦めて世界の片隅でオーフィスと静かに暮らす、という逃げの一手を打たれる可能性も少なくない。

 

「しかしお前はそれを選ばない。哀れなピエロのままパフォーマンスを続けなければならない。続けることにこそ意味があるのだから」

 

 リゼヴィムは、強く断言した。

 

「何故だ? 兵藤一誠も自分の現状は理解しているだろう? いっそ復讐を捨てて家庭を持った方が幸せなのではないか?」

「家庭を持った後はどうする? どうやって金を稼ぐ? どうやって家族を食わしていく? 逃げたところで世界はいつまでも追い続けるぞ? 家族揃って逃亡生活を続けるのか? 暴力しか能のないテロリストが、どうやって妻子を幸せにできる?」

『色々と稼ぐ方法はあるだろ? あの実力だし、傭兵として充分に食っていけるぜ』

「転職先の各神話勢力とは敵対していますけどね」

 

 ユーグリットの言葉に、邪龍達は思わず押し黙った。無限捕獲作戦の第一段階が成功し、一誠が世界に向けて復讐を宣言してしまったことにより、もう彼は妻子と共に暮らしていくことは不可能になったのだ。国際テロリスト組織″禍の団″の現首魁を名乗る男の実子など世界中から身柄を狙われるに決まっているのだから。

 

 両親の実力を考慮すれば子供の安全は保証されたも同然だ。しかし物事に絶対は無い。追手の襲撃時に常に二人が揃っているとは限らない。仮に一誠の留守を狙って各神話勢力の連合軍が物量戦を挑めば、妊娠中のオーフィスには我が子を守りながらの戦闘は苦しい筈だ。絶対に隙が生じてくる。

 

 それを防ぐには、そもそも追われる()()を消すしか方法がない。

 

 悪魔への復讐を果たし、愛する家族を狙うリゼヴィムを滅ぼし、そして最後に″禍の団″首魁として世界からの憎悪を一身に受けた上で、

 

「──兵藤一誠は死ぬつもりだ」

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