″禍の団″という国際テロ組織が存在していた。オーフィスの旗の下に多種多様な勢力のはみ出し者達が集まったその組織は、やはり十人十色の目的と願いを掲げ、そしてその為に戦いを続けてきた。組織を構成する諸派閥には大小様々な思惑が蠢き犇めいていたわけだが、その中でも特にパワーバランス的に突出した四大派閥があった。
先代魔王の血族が率いる旧魔王派。
超常への挑戦を掲げる英雄派。
未知なる強者と冒険を求めるヴァーリチーム。
復讐にその身を焦がす赤龍帝派。
曲者揃いの自分勝手な連中が集った烏合の衆でありながら組織として成立していた理由はこの四大派閥の実力と規模にこそある。即ち、彼らが内部で睨みを効かせていたからこそ有象無象の雑兵に等しい連中も大人しくしていたのだ。
しかし時の流れと共に状況は変化した。四大派閥に名を連ねていた勢力の内、旧魔王派は指導者である先代魔王の末裔を喪い、後継を立てることすら叶わずに瓦解。求心力を失った残党達は別勢力に吸収された。
ヴァーリチームはルーマニアでの勧誘任務中に壊滅し、リーダーであるヴァーリを筆頭にメンバーの殆どが消息不明。唯一の生存者として保護されたルフェイも戦力として使い物にならなくされた。挙げ句にメンバー達が敵組織に寝返る始末だ。
そして空中分解寸前に追い込まれた″禍の団″にトドメを差したのが英雄派の離脱である。幹部級から末端のメンバー、ついでに再起不能のルフェイまで連れて全構成員が″禍の団″から脱退した。「破壊活動よりも孤児院の運営を優先したい」と曹操は述べたが、その真偽は定かではない。この一斉離脱により残る巨大勢力は赤龍帝派のみとなってしまった。
赤龍帝派は四大派閥の一角にこそ数えられているものの、彼らの権威はリーダーの兵藤一誠や食客扱いのオーフィスあってのものであり規模そのものはあまりにも小さい。象徴となり得るオーフィスは妊娠中で満足に動けず、そもそも一誠がそんなことを許さない。されど一誠は世界に向けて身勝手な喧伝を行った直後で諸派閥の反発を買っている。彼らを纏めることは不可能だ。これにより″禍の団″は完全崩壊し、各派閥は独立した別組織への枝分かれの兆しを見せていた。
そうして彼らが独自の方向性と活動路線を定め、各々が元″禍の団″系グループとして新たに別行動を開始したことで、遂に″禍の団″は実質的に一誠達のみの少数精鋭部隊と化したのだった。
▼はぐれ一誠▼
「随分と広くなりましたわね」
「本部基地には俺らしかいねーもんな。ま、クヨクヨしたって仕方ねえし切り替えていこうや。寝る場所に困らないってメリットもあるだろ? てな感じで元会議室で枕投げ大会しようぜ!」
「アホですの?」
どこまでも無人の廊下の中央を敢えて騒がしく進んでいくレイヴェルとフリード。″禍の団″が空中分解していく中で二人にも一誠と袂を別つ機会があった筈だが、しかし彼らは最期まで一誠に付き従う道を選んだ。果たしてどのような心境で彼らがそれを選択したのかは分からない。それは本人達だけが理解し納得していればいいのだ。
「そんな能天気な振る舞いでよく一誠様の側近を名乗れますわね。少しはそのイカれたオツムを作戦会議に活かしたらどうですの?」
「そりゃ無理な話っすわ。俺ってば悪魔を滅多斬りにするしか能ねーもん。だから教会をリストラされちまったんすよね。転職先の上司ガチャもズリネタにしかならねえ
思えば、一誠とはその頃からの付き合いだ。或いは腐れ縁とも言う。
「でもさー? なんだかんだ言ってさ、二度目の上司ガチャは大当たりじゃん? ロリコンなのが玉に瑕だけど実力も策謀もえげつないし、何よりもこんな滅多斬りしか取り柄のない俺を拾ってくれた神上司じゃん?」
だからさ、とフリードは立ち止まった。
「最期まで上司の面倒を見るのも部下の役目ってやつだろ? なーんちゃって!」
「ちょっとキュンとして損した気分ですわ。ほら、そんなこと言ってる間に部屋に到着しましたわよ? さっさとお入りなさいな」
「ボテ腹プレイの真っ最中だったらどーすんだよ」
「あら、ロリコン上司の面倒を見たいのでしょう? 側近の鑑ですわね」
ゆっくりと開けた扉の隙間の先では、二人は特に黒色の結界を展開しなければならないことを致しておらず、ベッドの上で静かに寄り添い合っているだけだった。
オーフィスの腹は一目で妊婦と分かる程度に膨らんできている。大きさから周期換算するなら約五ヶ月目辺りだろうか。赤ん坊の成長が著しいのは、やはり母親が″無限の龍神″であることに起因するのだろう。このままのペースで成長を続けると仮定した場合、あと数週間も経たない内に臨月そして出産を迎える。
永劫に近い時間を生きてきた中で初めての妊娠出産とあってか、腹が膨らむに比例して流石のオーフィスにも動揺や焦燥が行動の節々に見られた。一誠との距離感がチグハグになりつつあったが、今日はどうやらずっと一緒にありたい気分らしい。
「……入ってくれて構わない。今は寝てる。で、何の用件だ?」
「そりゃあ、赤龍帝派の今後の活動内容についてっすわ」
「今の俺は見ていて不安か?」
その問いを、フリードは敢えて首を縦に振って返した。別に今更になって一誠の実力を疑問視しているのではない。彼ならどのような敵が相手でも容易く叩き潰して帰ってくるだろう安心感すら覚えている。しかし彼個人の実力と彼を取り巻く状況は別に分けて考えるべきである。
第三勢力の暗躍によって被せられた冤罪を呑み込むことで全世界のヘイトを集め、オーフィスの代わりに″禍の団″首魁として討伐される──。
多少の路線変更こそあれど、これが一誠の考えた計画だ。そして世界は彼の掌の上で彼の計画通りに踊らされ続けている。
「冥界の各都市で自爆テロが発生した、ってニュースは知ってるよな?」
「犯人は旧魔王派の元構成員で、それらは全て俺の命令らしいな」
「四神話は俺らへの支援を打ち切った。今頃はその事実を揉み消す為に着々と戦争の準備をしてるだろうぜ?」
「テロ組織との繋がりがバレたら立場的に不味いからな。首脳として当然の判断だ。そもそも支援を約束した組織自体が無くなったけど」
「大将亡き後、残された妻子はどうなる?」
「静かに暮らしていけるだろうし、その為の手配も終えた。その瞬間までは死ぬつもりはない」
想定済みなのだろう、フリードの質問に次々と矢継ぎ早に答えていく一誠。そんな彼を真っ直ぐ見つめて今度はレイヴェルが口を開く。
「──悪魔への復讐は、どうしますの?」
それは一誠がこれまで戦い続けてきた理由にして存在意義だ。強い憎悪を宿したからこそ彼はオーフィスとの修行を耐え抜き、神々の領域にまで足を踏み込んだのだ。仮にオーフィスを言い訳にして諦めるのであれば自分自身を否定するに等しく、同時にこれまで共に歩んでくれた彼女への最大の侮辱である。故に、兵藤一誠という存在の集大成として死ぬ前に復讐だけは成し遂げなければいけない。妊娠中の彼女に付き添うなら達成は明らかに遠退いてしまう。
それ故の、レイヴェルの質問だ。手札を全て失い、これまでの順調だった過程が嘘のように窮地へと転がり続け、それでも復讐を果たせるのかという決意の確認である。これで少しでも躊躇した様子を見せたなら彼女はその瞬間に一誠を見限るつもりである。自分を復讐に引き摺り込んでおいて張本人だけ逃げるなど、こんな馬鹿馬鹿しい話もないのだから。
安心すべきか或いは哀れむべきか。レイヴェルの視線の先に座っている男の眼差しは復讐に狂う獣の光を強く残していた。瞳には一切の妥協も慈悲もなく、まるで憎悪のままに悪魔を虐殺し続ける赤龍帝そのものだ。
「復讐をしてやる。俺を捨てた奴ら全員に、腐りきった冥界の悪魔共に」
故に、これは世界への宣言。
「──絶対に復讐してやる」
孤独に戦い続けるはぐれ一誠の呟きは、しっかりと彼らに聞こえた。無限は何も言わず、不死鳥と悪魔祓いは黙って頷いた。
果たして彼はどのような道を歩むのか。誰もが分かっていて、されど誰にも止められないのである。