Re:D
オーフィスを拐われた一誠は、しかし怒りのままに攻めることをせずに赤龍帝派の再建を選んだ。苦肉の策である。本来であれば今すぐにでもリゼヴィムの本拠地に乗り込みたい。オーフィスとその腹の中の子供を救いたい。
だが、現状の戦力でそれは不可能だ。
切り込み隊長のフリードを失い、北欧の片田舎に潜伏していた英雄派や魔法使い派とも連絡が取れない。従って現状の赤龍帝派にはリーダーである一誠と、彼に保護されたティアマットの二人しか戦力がいないのだ。互いに一騎当千の猛者とはいえ、これで挑むのは自殺行為である。
更に不味いことにアジトの座標が既に割れている点も問題だ。
「移動するぞ」
一誠は決意した。いつ奇襲を仕掛けられるかも分からない場所にいつまでも潜伏しているわけにはいかない。故に拠点の移動は当然であり、旧魔王派の寝返りを考慮すれば遅すぎる行動だ。ただし、次の拠点の候補に心当たりは無い。ディハウザーに匿ってもらう手もあるが今度は洗脳が解けきっていない疑惑のあるロイガンの存在が足枷となってくる。下手をすれば背後に潜んでいるであろうリゼヴィムに筒抜けとなりかねない。
「人間界に潜むというのはどうだ? 奴らもそこまではアンテナを張り巡らせていないと思うが」
ティアマットが案を口にした。身体のあちこちに巻かれた包帯が実に痛々しいが、リゼヴィムとの交戦で重傷を負ったばかりだというのにもう回復しつつあるのは流石、龍王の筆頭格を担うドラゴンである。そんな彼女は一誠同様に激しい怒りに燃えている。塒としていた森を荒らされただけでなく親友としていた魔物達を害されたのだから激怒するのは当然だ。世間一般には凶悪なSSS級はぐれ悪魔として知られる一誠と手を組んだのもそれが理由である。
「潜伏するなら駒王町だ。ガキの頃から暮らしていた街でな。あそこの地理も潜むのに打ってつけの廃墟もよく知ってる」
「ほう、そんな場所があるのか」
「廃教会だ。少しばかり思い出がある」
そう笑う一誠の脳裏にはレイナーレの顔が浮かんでいた。アザゼルの寵愛を受けるべく部下達と共に独断で駒王町に侵入し当時の領主であったリアス率いるオカルト研究部と激突した女堕天使にして、一誠の初恋の相手だ。結果として戦いに敗れたレイナーレ達は死亡し、彼女が狙っていた″聖母の微笑″の所有者であるアーシアはオカルト研究部に身を寄せることとなった。かつては苦々しい記憶だったそれも今となっては青春を象徴する思い出である。
それに今度は一誠達が侵入するのだからレイナーレのことを笑えない。いや、笑おうとは思わない。彼女が寵愛を強く欲した理由は分からないしその手段も誉められたものではなかったが、リスクを背負ってでも目的を遂げるという決意があった。その姿はまるで鏡像のように今の一誠に似ているではないか。
「……行くぞ、駒王町に」
一誠は転移術式を展開しながら、かつての故郷に想いを馳せる。そういえば親友達はどうしているだろうか。リアスの後任として送り込まれたシーグヴァイラは優秀な領主として聞いている。少なくともディハウザーと一誠の結託に気付いてしまう程度には。ならば親友達はきっと安心して過ごせているに違いない。先代領主とは違って真面目に日々の仕事をこなしているだろうし、シーグヴァイラの眷属にはかつての同僚達やデュランダル使いも在籍しているのだから。
そんなことを考えている間にも宙に描かれた術式は淡い光を放ち、駒王町への道が開いたことを教えた。一誠が警戒しながら術式を潜り抜け、続いてティアマットがそれに倣う。転移術式の向こう側に一歩を踏み出すと、夜の暗がりと、目と鼻の先の距離に鎮座している白い噴水が二人を歓迎した。
レイナーレに告白され、リアスの眷属となり、そしてオーフィスと初めて出会った公園である。
「……最初の一歩、ってことか。粋な真似をしてくれるじゃねえかよ」
苦笑しつつも、一誠は周囲を警戒した。夜空を星が占めている点から察するに現在はシーグヴァイラ達が街の巡回を始めていてもおかしくない時刻であるようだ。鉢合わせるのは得策ではない。
「さっさと進もう。教会はこっちだ。木場やゼノヴィアに絡まれると面倒だからな」
「すまんが森で暮らしていたので俗世の情報にはあまり詳しくなくてな。その二人は誰なんだ?」
「木場は前の職場の同僚、ゼノヴィアは元教会戦士のデュランダル使いだ」
教会への道中、一誠は自己紹介も兼ねて自分がテロリストに堕ちるに至った理由を話した。
「まさか、そのような事情があったとは……」
事情を知ったティアマットの声音は驚愕に震えていると同時に、三大勢力の都合に人生を振り回された彼に同情しているようだった。それでも一誠は肩を竦めて、「確かに復讐漬けになっちまったけどさ」と言った。
「でも俺は平気だ。お陰で最愛の妻に出会えたんだからな」
超長距離魔力砲撃を実行し、単騎で三大勢力の軍勢に挑み、そしてその度に殺戮を繰り広げた。特に前者は、民間人に多大な被害をもたらしたことを考慮すればまさしくテロリストの所業でしかない。そんな外道に堕ちた一誠でもオーフィスは隣に寄り添ってくれた。両親を失った今は彼女だけが一誠にとっての家族なのだ。故に、絶対にオーフィスを取り戻すという強い覚悟が今の彼にはある。どんな手段を用いてでも。
「あの教会だ……って、しばらく見ない間に余計にボロっちくなってるじゃねえか。はぐれ悪魔とドンパチでもしたのかよ」
一誠は、辛うじて原型を留めている廃教会を指しながら言った。
「……おい、入口に誰かいるぞ。アガレスの眷属とやらが巡回しているのではないか?」
「夜中にも仕事とはご苦労なこった。通り過ぎるのを待つ他ないか」
話し声が聞こえたのだろう、廃教会の前に佇んでいた人影が振り返った。銀髪に眼鏡が特徴的なその少女は名をシーグヴァイラという。この街の領主だ。
「……まさか、兵藤一誠?」
「最初の一歩がこれか」
一誠は溜め息を吐くと、どうにか事を荒立てずに済ませられないか考えようとした。しかしそれは杞憂だった。何故なら、彼女は気にすることなくそのまま廃教会の中に入っていったからだ。
その右手に花束を携えて。
▼Re:D▼
突然ではあるが、この場を借りて諸君に問題を出そうと思う。難しい内容ではない。息抜きの為のクイズだと思ってくれて構わない。
……ふむ、範囲が曖昧で分からない、と。俺の言う
一人ずつ考えていこうか。有名人から順番に挙げていってくれ。ほら、いるだろ? 世界中の神話勢力に宣戦布告してみせた、この世界で最もホットな人物が。
──そう、兵藤一誠だ。
今代の赤龍帝ドライグの宿主であり、愚かしい悪魔上層部と魔王とフェニックス家が顕現させてしまったSSS級はぐれ悪魔であり、テロリスト組織″禍の団″の二代目首魁であり、そしてオーフィスと添い遂げるばかりか孕ませた歴史上唯一の男だ。そもそも彼女
無関係の民衆を虐殺した。親友になれたかもしれないライザーやサイラオーグをその手で殺した。しかし因果応報という言葉があるように或いは悪魔がそうであったように犯した罪から逃れることはできない。復讐の果てに彼は討伐されるだろう。死なすには皮肉だがこればかりは仕方あるまい。
では次に、その妻であるオーフィスが歩む末路についても考えてみよう。
夢幻を除いて世界最強の座に君臨する彼女は人を象っただけの無機質な存在から一人の女へと羽化を遂げた。性行為に励む以前から無意識に兵藤一誠とのそれを望んでいたのだろう、幼い肉体には生殖器や乳腺が備えられ、子を成す機能が付け足された。そうして今度は一児の母になったのだが、それだけで済む話ならどれだけ楽だったか。
兵藤一誠とオーフィスの実子など、世界中からその身柄を狙われ続けるに決まっているではないか。
前者は戦死するとして母親は健在だ。どこぞの英雄にサマエルを仕向けられることもなく、必然的に無限から堕ちる事態も回避されたのだから。リゼヴィムという稀代の愚か者を筆頭に捕獲を目論む馬鹿は後を絶たない筈だ。とどのつまり兵藤一誠の願いはこの段階で破綻しているのだ。
ちなみに、この俺はドラゴン夫婦に助け船を出すつもりはない。二人の結末を観測こそすれど面倒を見てやる義務など無い。
と、本来ならそう言ってやるところだが、ある理由から俺にはオーフィスに手を差しのべてやる義理が生じてしまった。
何故なら、彼女は俺の命の恩人だからだ。
オーフィス自身は知らぬことだが、兵藤一誠に接触したことにより間接的ではあるものの彼女は世界崩壊の危機を救ってみせた。突然現れた必然の出会い、とはよく言ったものだよ。無論、オーフィスだけの功績ではない。実のところ、ここに至るまでには悪魔共の愚行が必要不可欠だった。
仮にサーゼクスや上層部、それにフェニックス家が密約を交わさなければ、多少の分岐こそあれど兵藤一誠は主人公としての道をそのまま突き進んだことだろう。ハーレム王の道を爆走していたかもしれない。
ところが、そうなるとその過程において必ず乳神が接触してくる。あってはならない″E×E″からの使者だ。連鎖的にあの忌々しいリゼヴィムのクソ馬鹿野郎にも異世界の存在を察知されてしまう以上、その先に待ち構えているのは邪神群の襲来だ。俺をあっさり倒してしまう程の怪物達が大量に押し寄せ、世界は長きに渡る戦争へと突入していく。犠牲者の数は計り知れない。
しかし発端となった乳神の介入さえ防げば或いはリゼヴィムのマザコン野郎の興味を別の存在に惹いてしまいさえすれば必然的に邪神群の襲来も阻止することが可能なのだ。あちらの世界線の俺が知ればさぞかし羨ましがることだろうな。命の恩人というのはそういう意味だ。
どちらが欠けてもならなかった。悪魔勢力に裏切られた兵藤一誠をオーフィスが拾わなければ成立しなかった。復讐という強い目的を掲げたからこそ彼はオーフィスの地獄染みた特訓を乗り越えることができた。元人間の転生悪魔でありながら神仏の領域に至った。無限の一端を受け継いでみせた。
出力だけを比べれば夢幻と無限の両方を獲得した兵藤一誠には劣るが、あれはイレギュラーだ。安定性に欠けているしリゼヴィムのボケナス野郎の興味を逸らすには致命的に遅かった。
結論として、俺の手によって二人だけはその結末を保証されている。邪神群の襲来が既に阻止されている以上、この俺が世界最強の座を喪失することも無い。お墨付きとしては心強いだろう。他の有象無象は知らんがね。