「……で、そろそろ教えてもらえるかしら? この駒王町に現れた理由を。まさか故郷を滅ぼしに来たのではないでしょう」
「俺にも色々あるのさ。それより領主様が呑気に話してていいのかよ。テロリストだぜ、俺は」
礼拝堂のまだ床の崩れ落ちていない場所に長椅子を移動させ、そこにシーグヴァイラと一誠は並んで腰を落ち着けていた。片や駒王町の運営を任された名門アガレス家の誇るご令嬢、片やSSS級はぐれ悪魔として三大勢力のみならず各神話群からも追われる赤龍帝。語り合うには両者の立場は不似合いであり、だからこそ両手を挙げたシーグヴァイラに話し合いを提案された際、一誠は少し驚いた。
「実力差を悟っての降伏じゃないな。俺が暴れないように細心の注意を払いつつ、隙あらば情報を抜いてやろうって魂胆だろ」
「あら、気付いたの。立場柄、演技にはそれなりの自信があったけど私もまだまだ大根役者のようね」
「ゼノヴィアと同じ眼をしてたからな」
以前のコインランドリーでの一幕を思い出し、一誠は苦笑した。あのときはゼノヴィアの予想外の質問責めに翻弄されたものだ。一誠が自嘲混じりに指摘すると、「私の眷属ですもの」と彼女は自慢げに微笑んだ。とはいえ、雑談はここまでだ。緊張状態が充分に解れたことを確認してから、シーグヴァイラは憎しみの宿った眼差しを向ける。
「単刀直入に訊くわ。貴方は一体、どこの誰と戦っているの? 誰がフリードを殺したの?」
駒王町に現れた侵入者を新領主シーグヴァイラ率いるアガレス眷属が討伐した話は、新体制のアピールを目指すディハウザーの政治的思惑も含めて冥界で大々的に報道された。果たしてプロパガンダは政府の予想した以上に効果を発揮しつつあり、彼女は早くも期待のヒーローとして周囲に持て囃されつつあった。大衆から向けられる視線には遅々として進まない復興からの現実逃避の意味合いが強く、本当の意味での英雄となるには実績も実力も不足している。あくまでも政府の支持率上昇のための広告塔に過ぎない。
それはそれとして、そういった身勝手な期待を自身の糧にできる強さと器量をシーグヴァイラは既に有していた。実家に山のように寄せられる見合い話を受け入れるつもりは皆無だが。
「だって、注目を集めた途端に求愛してくるようなヘタレばかりなのよね。軟弱なボンボンは趣味じゃないの」
以前の自分が聞けば血涙を流すであろう言葉で彼女は一刀両断した。勢いのある派閥への鞍替えを一概に悪いとは思わないが、しかしこのタイミングで見合い話を申し込む連中などプロパガンダに踊らされる三流でしかない。結婚どころか手を結ぶ価値すらも薄いだろう。それでなくともシーグヴァイラには密かに慕っている相手がいたというのに。
惜しむらくはその相手が、出世街道を進み始めている今のシーグヴァイラの姿を見ることなく、正体不明の何者かに殺害されてしまった点だ。
「フリードはとんでもなく口と素行が悪いけど、いざというときは頼りになった。私一人だったら敵わなかった侵入者も彼のお陰で倒せた。本当のヒーローは彼なのよ。キャラじゃないって大笑いしたでしょうけど」
不審な魔力反応を察知し、裏通りの最奥部に駆けつけたときには手遅れだった。二度と口を開かない愛しい少年の遺体を抱えて泣きじゃくった。しかしシーグヴァイラがどんなに悔やんだところで彼が戻ってくることはなく、あの兵藤一誠の側近として顔の知られた元悪魔祓いの葬儀を表立って執り行うこともできず、廃教会の片隅にひっそりと埋葬してやることしかできなかった。
その日から、シーグヴァイラは復讐を誓った。
復讐を果たす為なら、自身の排斥を目論むディハウザーの掌の上で踊ることも、無知蒙昧で無責任な大衆からの重圧を浴びることも、そして悪名高い一誠と手を組むことも苦痛ではない。
「同情でも憐れみでもいい。どうかフリードの仇の名を教えてちょうだい、兵藤一誠。勿論、代価は払うわ。相応の謝礼も渡すし望むなら私を──」
「三代目の領主は聡明だと思っていたが、どうやら買い被りだったらしい。お前の許せんところは情報をダシにして身体を求めるような男だと踏んでいる点だ。愛妻家を馬鹿にするな」
「……そう、よね。だってオーフィスを愛しているものね。ごめんなさい、先の発言は撤回するわ」
謝罪を受けて、「今の言葉は聞かなかったことにする」と一誠は告げた。悪魔嫌いで有名な彼にしては甘い処遇だが、この場で言い争っても無意味だと判断したのだ。彼女を領主に任命したディハウザーの面子もある。それにフリードの敵討ちは上司である一誠にとっても果たさなければならないことだ。思案の後に、一誠は詳細を知らないティアマットへの説明も兼ねて情報の共有を選んだ。もしくは無意識に話し相手を求めたのかもしれない。
″禍の団″を構成する各派閥の離脱。
それに伴う事実上の組織崩壊。
リゼヴィム率いる″クリフォト″の暗躍。
悪用される″幽世の聖杯″。
聖杯を介して使役されるかつての仲間。
そして、誘拐されたオーフィス。
この廃教会に流れ着くまでの経緯を、一誠は簡単に述べた。連合戦争時からは想像もできないほどに凋落の一路を辿っているが、それでも赤龍帝派が活動を続けているのは一誠の手腕であり、あまりにも三大勢力への憎悪が根強いが故である。
「──というわけで、すまないがフリードを殺した仇の正体は掴めていない」
「そう……」
しかし推測は可能だ。目に見えて落胆するシーグヴァイラに一誠は心の中で付け加えた。先程の説明では敢えて省略したが、″禍の団″から離脱した英雄派や魔法使い派と連絡が取れなくなっているのだ。恐らくはリゼヴィム達の強襲を受けたのだろう。出産を控えていたオーフィスの保護を約束してもらっていただけに彼らの死亡は痛手だ。いや、単に死亡しただけならマシである。最悪なのは″幽世の聖杯″によって尖兵に仕立て上げられた場合だ。
──曹操が所有する″黄昏の聖槍″にゲオルクの″絶霧″、挙げ句の果てに″魔獣創造″を持つレオナルドときたもんだ。上位神滅具を三つも相手取るのは流石に面倒だ。その矛先が俺と三大勢力のどちらに向くのかは知らんが。
裏を返せば実力の知れるフリードに彼らを差し向けるとは考えにくく、他のメンバーを刺客にする筈だと一誠は予想した。具体的にはヘラクレスやジャンヌ、そして魔剣使いのジークフリートだ。
「リゼヴィムの野郎……」
一誠は、フリードとジークの関係性を思い浮かべて顔を歪めた。その呟きに使い魔の森での激戦で苦渋を舐めさせられたティアマットが反応する。
「あんな悪趣味なだけの男がルシファーの血族を名乗るとは、初代が知ればさぞかし嘆くだろう」
「知っているのか?」
「かつて思いがけず交戦したことがあってな。残念ながら決着はつかなかったが、正々堂々の一騎討ちを好む銀髪の美丈夫だったぞ。私ももう少し若ければ口説いたかもしれん」
初代ルシファーとの激闘を脳裏に浮かべ、ニヤニヤと悦に浸るティアマット。彼女の回想に今度はシーグヴァイラが、「どうしてかしら」と首を傾げた。
「過去の遺恨から天界や″神の子を見張る者″を狙うのなら理解できる。悪魔を滅ぼそうとする兵藤一誠に挑むのも納得できるわ。けれど同胞である筈の冥界すらもグレンデルやヴァーリに襲撃させたのは何故なの?」
「そりゃ俺に濡れ衣を着せる目的だろう。先に説明したように、俺を孤立させればそれだけ計画を成功させやすくなるからな」
「本当にそれだけかしら……」
「他に目的があると?」
そうではない。リゼヴィムの興味と行動意図は全て一誠に集約されており、これまで主導してきた妨害作戦の根幹にあるのは彼への挑戦に他ならない。それは間違いないのだ。
──兵藤一誠が復讐と愛に生きているのなら、リゼヴィムは何のために生きているというの?
シーグヴァイラの疑問に答えを返す者はいない。
この場には。
▼抵抗▼
「次の標的はどうなさいますか? 北欧に邪龍の束でも送り込みますか? それともギリシャにヴァーリチームを向かわせますか?」
「いんや、どっちも後回しでいいってばよ」
ユーグリットの問いに、リゼヴィムは手中の聖杯を弄びながら答えた。その周囲にはゲームや漫画が山と積まれており、最上級悪魔の身でありながら吸血鬼勢力を支配下に置いてみせた男の私室にしてはなんとも威厳に欠けている。彼の歪な精神性を体現したとも取れる子供部屋の中で、しかしリゼヴィムは室内の雰囲気に似つかわしくない策略を巡らせていた。
「グレンデル達にルーマニアを襲わせたのは、三大勢力以外も標的になるかもしれないという不安を煽るために過ぎねえのだよ。どこだって構わないとは言ったが優先すべき目標は他にあるのさ! うひゃひゃひゃ♪︎」
その言葉にユーグリットは疑問符を浮かべた。あらゆる神話勢力が一誠を敵視もしくは戦々恐々としている現状において、それらの神話群に被害を与えることは全面戦争の勃発を意味している。悪であれ魔であれ、をモットーとする彼にとって戦争は自分の理念を証明する絶好の機会である筈だが、本人はまた異なる理想郷を脳内に描いているようだ。
──いるんだろう? そこに。
リゼヴィムはほくそ笑む。再起を目指す一誠が″禍の団″のアジトを放棄し、故郷の街に潜伏するであろうことを既に予測しているからだ。必然的にリゼヴィムの次なる標的も限られてくる。
「英雄派の主力を出撃させろ。徹底的に駒王町を蹂躙してやれ」
悪魔には悪魔を。
ドラゴンにはドラゴンを。
人間には人間を。
徹頭徹尾、リゼヴィムという男は悪意を糧として生きている。己が悪意を世界中に見せつける為に生きている。
ただし、狂気の奥底に隠した理由を真に知る者は彼の他にいない。
この場には。