半壊した旧アジトの中で、かつて仲間であった英雄達とドラゴンは対峙する。数の利こそ前者にあるが、それが彼らの間に横たわる戦力差を埋めるに値しないことは全員が承知していた。挑戦者たる曹操は担いでいた聖槍の切っ先を、超常に成り上がった一誠へと向ける。
「光栄だな。世界中の神仏に恐れられる、かの赤龍帝が俺と戦ってくれるとは」
神をも貫く絶対の槍は、神をも喰らう怪物に果たしてどこまで通用するのか。無意味な答え合わせだが、それでも曹操は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「一手、ご教授願おう」
聖杯からの恩恵により目視不可能の速度で放たれた一撃は、風を断ち斬る音を従えながら赤い龍と化した一誠の喉元に吸い込まれる。鉄壁の鱗も可動域ならば薄いだろうと見込んでの不意打ちは、その目前で無情にも彼の人差し指と中指に受け止められる。
「良い鋭さだ。が、それだけだ。まだ甘いな。俺の指に留まる程度なら英雄にはなれないぜ」
背後から、爆発を纏った拳と、龍を象った聖剣の群れが飛来する。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost──』
最上級悪魔クラスでさえ重傷を免れなかったであろう強襲は″倍加″された魔力により容易く防がれ、揺れる土砂と灰煙の向こう側で翡翠の相貌が爛々と煌めいた。そうして今度は挨拶を兼ねた強烈な打撃が、ヘラクレスとジャンヌを襲った。人間相手であれば無意識にセーブしただろう攻撃も、ゾンビとなれば遠慮はいらない。
ヘラクレスとジャンヌは、虚無そのものである次元の狭間へと弾き飛ばされた。
「……相変わらずの化け物ぶりだ。一応、聖杯の効果により魔王に匹敵するほどのインフレーションを果たしているんだけどね。こうもあっさり降されると自信を失いそうだ」
「死なないように手加減する手間が省けただけ、生前の方がずっと手強かったぞ。それにお前ら程度でインフレーションとは、世界の広さを知らんな」
「こうなる前に知っておきたかったよ。リゼヴィムの尖兵に成り果てた今となっては叶いそうにない」
「確かにそうかもしれんが、そんなものはこれから知っていけばいいだろ。そうだ、冥土の土産に俺の本気を教えてやるよ。まだ使いこなせていないけどな」
オーフィスの特訓を経たとはいえ、一誠は自力で神仏の領域に届いてみせた。その極致が、限定的に無限の一端をその身に顕現させる″龍神化″だ。
籠手を介した力のみしか解放できないという条件付きではあるものの、赤黒く変色した鎧と、そこから放出される純黒の魔力はオーフィスのそれと何ら変わらないものである。
グレートレッドが語ったどこかの世界のようにイレギュラーで不安定な力ではない。オーフィスと交わり、彼女の魔力を身体に残留させ続けたが故に発現した、永劫に近しい歴史の中でたった一人にしか許されない禁断の力は、瞬時に旧アジトが縫われている次元の狭間一帯を蛇のように蝕み、消失へと導かせていく。
存在しない筈の新たな龍神の降臨を前に、成す術もないまま曹操は膝をついた。
「……まさか、無限に到達するとはね。長生きはしてみるものだ」
名状し難い黒の威圧感の波に晒された曹操は、自慢の聖槍を杖の代わりにして辛うじて立ち上がるのが限界だった。一誠は感嘆した様子で頷く。
「俺が認めてやろう、曹操。お前は最後の最期まで英雄だった」
『InfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinity──B∞st』
連続される″無限″の音声は、人の身で抗ってみせた英雄へのせめてもの手向けだ。
「最期に言い残すことは?」
「……手加減はいらない。全力で来てくれ。あの世で大手を振って自慢してやるさ」
「上等だ」
決着には、数秒も必要なかった。聖杯の恩恵など最初から存在しなかったかのように、振るう聖槍はただの一度も掠りともせず、曹操は戦死した。だが満足げに眠る英雄とは裏腹に、物言わぬ彼の傍らに立ち尽くす一誠は天を見上げる。それからしばらくして解除された兜の奥の素顔は、その半分が既に人の形を失っていた。
『もうすぐ……相棒の肉体全てがドラゴンのそれへと置き換わる』
かつて支払った代償に加えて、内に残留した無限の魔力が一誠の肉体を侵食する。定期的に魔力を散らしてくれていたオーフィスが不在である今、彼はドラゴンに極めて近い存在と化している。それこそ龍殺しと名高いグラムやアスカロンを持ち出されれば致命傷を免れないほどに。
持ち主であるジークはどちらに姿を現しただろうと思考する一誠。シーグヴァイラ達に差し向けられるのも不味いが、絶対に動きを防がなければならないゲオルクやレオナルドの護衛をしていた場合は最悪の展開だ。
「滅ぼされるのは駒王町か、それとも冥界か。前者ならジークと邪龍連中で足りるが、後者となると聖属性のモンスターの束を″絶霧″で放り込めば手っ取り早いし確実だ。そして俺が確実に出撃する以上、カウンターとしてグラムは最高の切り札になる」
『アジトを捨てたのは痛手だったな。情報を得る手段が限られてくる』
「それも策の一つだろう。戦いにおいて相手の視野を狭めるのは基本だからな」
思案の末に、一誠はシーグヴァイラ達の救援を選択した。ティアマットの存在を加味しても聖杯による無尽蔵の戦力差だけは覆せない。現段階で切り捨てるには、彼女達はあまりにも惜しい。
ただし、それはディハウザーも同じである。警戒を促そうと一誠は通信術式を耳元に展開する。
『どうなさいましたか?』
「いや、緊急で伝えたい用件があってな。そっちに異変はないか?」
『特に兆候はありませんが。ああ、一点だけ。雲隠れしていた前魔王ファルビウムとアジュカの捕縛に遂に成功しました。今は旧政府上層部と同じ、地下フロアに厳重に収監されています』
「ほう、捕らえたのか」
ディハウザーとロイガンの二大魔王が誕生した直後からファルビウム達は行方をくらませていた。旧上層部の末路を見て、自分達の行く末を悟ったのだろう。しかし座を譲り渡したからといって自分達の怠慢が見過ごされるわけがない。草の根を分けるような懸命な捜索と、それによって発生した激戦の結果、ファルビウムとアジュカは眷属もろとも捕縛された。
残る前魔王は、長期入院中のサーゼクスとセラフォルーだけである。
「可及的速やかに兵を差し向けて捕縛しろ。ファルビウム共も有無を言わさず処刑するんだ」
『かしこまりました。ですが、随分と殺害を急がれるのですね。もっと苦しませて殺すとばかり思っていましたが』
「腐っても魔王だからな。立場は失っても実力だけはそうはいかない。万が一にも脱獄されれば厄介だし、それこそルーマニアと手を組まれれば目も当てられない。それに全ての貴族がお前らに賛同しているわけでもないだろう。反逆の芽は摘んでおけ」
『承知しました。すぐにでも直属の──』
その瞬間、通信が乱された。
『なんだ、やけに外が眩しいな……』
冥界の空を染め直す光が、悪魔の頭上に瞬いた。
シーグヴァイラも一誠も読み違えていた。ゲオルクとレオナルドはリゼヴィムが企てた作戦の本命であり、″魔獣創造″によって産み出された大量のモンスターを″絶霧″で転送するのだと考えていた。駒王町という現世を荒らすことで神話との戦争を勃発させるのだとシーグヴァイラは読み、冥界というバックアップを潰すことで孤立化を深めさせるのだろうと一誠は踏んだ。
正解は、どちらも違った。
『……我が名は、ヴァーリ・ルシファー。真なる魔王ルシファーである』
微かに聞こえてきた名乗りが、冥界が純白に染められたことを示していた。
▼YOU ARE (NOT) ALΩNE▼
悪魔には悪魔を。
ドラゴンにはドラゴンを。
人間には人間を。
徹頭徹尾、リゼヴィムという男は悪意を糧として生きている。己が悪意を世界中に見せつけるために生きている。
ただし、狂気の奥底に隠した理由を真に知る者は彼の他にいない。
今はまだ。