「最期に問おう。どこからどこまでがお前達の計画通りに進んでいた? 最終目的は何だ?」
執務室を覆う純白の光に心を洗われながらも、ディハウザーは意地を振り絞って訊ねた。しかしヴァーリは相手が満足できるだけの解答を持ち合わせていない。リゼヴィムの目的を理解するなど常人には難しいのだ。
あくまで俺の推測だが、とヴァーリは釘を差す。
「どこまでが計画通りなのかという質問については正確なことは分からない。ただ、アイツはかなり以前から入念に準備を済ませていたのだろう。そうでなければルーマニアを本拠地に選ぶ筈がない。若手悪魔の会合に乗り込んだときか或いはそれ以前か、兵藤一誠の存在を知った瞬間から彼は動き始めていたんだ」
「解せないな。どうして彼に執着する。あのオーフィス殿と懇意にしているとはいえ、彼は根本的には元人間だろう。ルシファーの血族が興味を示す理由が無い」
リゼヴィムと一誠。両者の生い立ちは鏡写しのように対極に位置しており、純血悪魔の価値観からすれば後者は虫や石にも等しい存在だ。今代の赤龍帝である点を考慮しても、眷属に加えるならまだしも殺害を目論むのは明らかに矛盾している。堕天使でもあるまいに。
「狙いは一誠殿と見せかけて、本命はオーフィス殿なのだろうか? いや、それも違う。その場合は殺害ではなく誘拐に徹するからだ。まさか、愛しい者を殺されて怒り狂った龍神と対峙するような馬鹿ではあるまい。自殺志願者なら話は別だがな」
最後の呟きに、「それだよ」とヴァーリは意外にも反応した。
「それが二つ目の質問の答えだ。リゼヴィムは死にたいのさ。勇敢に、華々しく、歴史に自分の名を刻んだ上で」
「……は?」
聖杯を手中に収め、伝承の邪龍のみならず一誠の仲間達を傘下に加え、世界中の修羅神魔仏をも巻き込み、結果として彼を正真正銘のはぐれ悪魔に追い込んでみせた男のあまりにもちっぽけな目的に、ディハウザーは思わず間抜けな声を漏らした。
「悪魔という種族は悠久に等しい時間を生きる。だが数千数万単位の年月を大した目的も無く生き続けるのはハッキリ言って拷問だ。どんなに高い実力を誇っていようと精神まではそうはいかない。それはルシファーの実子であるリゼヴィムも例外ではなかったようだ。隠居してからは廃人同然の状態が続いたらしいぞ。幾百幾千年もの間」
「確かに、悪魔は娯楽に飢えた種族だ。それ故にレーティング・ゲームという名の殺し合いを発展させてきた。それに生きる目的への渇望は私にも理解できる。とはいえ、自殺願望を叶えるために一誠殿を敵に回すなど常軌を逸しているな。死にたければ一人で勝手に死ねばいい」
「……死に様を選り好みしたいんだ。単に首を括って死ぬなら冥界を追われた旧魔王の血族の末路を哀れまれるだけで終わるが、兵藤一誠に挑んだならそれは冥界を守ろうとしての勇敢な戦死に昇華される」
ヴァーリは悔しげに唇を噛む。他ならぬ自分自身の願望でもあったことは最大の皮肉だ。
「せめて俺は仲間を、ヴァレリーを守りたかった。兵藤一誠に勝ちたかった。誇り高いドラゴンでありたかった。内に抱えた未練が俺の身体を動かす燃料となる」
「そうか、聖杯の蘇生には条件があるのか」
「詳細は教えられていないけどな。例えば連合戦争の舞台となったシトリー領で聖杯を起動したなら、先の三つ巴の戦争にも劣らない不死の軍勢が編成できるだろう」
「……納得した。やはりお前はリゼヴィムの孫だ」
「新魔王のお褒めに預かり光栄だ。もうルシファーなんだよ、俺は」
ディハウザーの皮肉に肩を竦めるヴァーリ。
「今度は俺からの質問だ。兵藤一誠はリゼヴィムを打倒し得ると思うか?」
「私には分からん。先の内乱でリゼヴィムと直接に顔を合わせたことは無かったからな。しかし話を聞くに、どうしようもない破滅願望の持ち主だということは理解した。そういう輩は正面から相手にしてはならない。同じ土俵に立とうとすべきではない。いざとなれば自爆すらも躊躇しない類だ」
ここまでの一誠の動きを見るに、彼の策はあまりにも愚直だ。だからこそ蜘蛛の巣に絡まった。
「リゼヴィムの計画は悪意で満ちている。だから、お前にも初代ルシファー様の真似事をさせるんだ。察するにこれは一定の法則に従って配下を送り込むゲームだろう。ところで冥界はこれからルシファーの光に飲まれるわけだが、第二次連合戦争でも勃発させるつもりか?」
そんな生温い話で済むわけがない。疑問を投げ掛けたディハウザー自身もその可能性に気付いているのだろう、頭を横に振って否定した。
「第二次連合戦争は我々の完敗に終わる。リゼヴィムの裏工作も含めて、一誠殿は三大勢力を滅ぼしたという実績を築く。それが、世界中の神話に戦争を決意させる最後の鍵だ」
一誠が三大勢力を蹂躙する光景は他神話も目撃するだろうし、リゼヴィム率いる吸血鬼が被害者代表として声高に討伐を訴えてもいい。彼に冤罪を被せても構わない。必要なのは神仏が手を組むに値する大義名分だ。
「さしもの一誠殿とて名だたる神々を相手にして五体満足で生き残るのは厳しいだろう。それでも彼はルーマニアに辿り着く筈だ。行く手を阻む神仏や忌々しいリゼヴィムを殺害し、愛しいオーフィス殿の救出をしてみせる。だが、兵藤一誠はその直後に力尽きて死ぬ。後に残るのは巨悪と強大な神々が不在となった世界と、神話連合に加われなかった弱小勢力の群れだ。広大な空白地帯の奪い合いでまたも戦争が勃発するというシナリオだろうな」
「もしくは、奪い合うのはオーフィスの娘かもしれないぞ? 秩序を失った世界で最も重要視されるのは力なのだから」
出産を間近に控えたオーフィスは、ルーマニアの城の中で手厚い医療支援を受けている。打算も大いに関係しているとはいえ、彼女に対する一切の手出しを禁じられているのはクロウ・クルワッハの存在が大きかった。
「お腹の子の名前はリリス。あのリゼヴィムがそう名付けた。兵藤一誠とオーフィスの娘であり、無限を受け継ぐ第三の龍神だ。狙わない理由があると思うかい?」
ちなみに、この世界の彼らは知らないことだが、原典での英雄派は自分達の思い通りにならないオーフィスに業を煮やし、意のままに操れる新しい御輿を作ろうと目論んだ。一介のテロリストですらその選択をするのだから、世界がどのような手段を取るのかなど分かりきっている。
「夢幻は現世に干渉せず、666は所在不明。しかし世界は力を欲している。そして好都合なことに無限には産まれたばかりの子供がいる」
「……人質か」
「クロウ・クルワッハが生き残れば話は別だが、彼は兵藤一誠との殺し合いを楽しみにしているし、どうせリゼヴィムが手を打つだろう。あれは夢を叶えるためならば手段を選ばない類だ」
勇敢に、華々しく、歴史に名を刻んだ上で死ぬ。しかしそれは正確な目的ではなかった。リゼヴィムは、自身の没した後の世界すらも自身の破滅願望を叶える駒に利用しようと画策していた。悪であれ魔であれ、という母の教えを最期まで貫こうと目論んでいるのだ。
ただし、厳密にはこれでも正解ではない。孫であるヴァーリはうっすらと自論の誤りを感じていた。
──悪であれ魔であれ。それがリゼヴィムの根幹を形成するモットーだ。今の狂人染みた言動は、彼なりにその言葉に従った結果なのかもしれない。それが証拠に、企てた計画の悉くが緻密な計算に基づいている。狂人の皮を被った合理主義者だ。そんな男が世界の滅亡だけを願うとは思えない。メリットに欠けている。
どうせ人形が考えたところで無意味だ、とヴァーリは苦笑した。そして、同じ結論に辿り着いたのだろう忌々しげに顔を歪ませるディハウザーに、右手を翳した。
「魔王殿との話は楽しかったよ。久々に充実した時間を過ごせた。あなたとは、もっと別の形で出会いたかった」
「時間が過ぎるのは早いな。既に心の殆どはお前に忠誠を誓っているよ。ああ、先代として一つだけ頼みを聞いてはくれないか? どうか若者達を嬉々として死なせるような暴君にはなってくれるな。死ぬのは我々だけで充分だ」
「承知したよ、前魔王ディハウザー殿。けれども悪いがその頼みは聞き届けられそうにない。公開処刑を執り行うように命じられている悪魔が一人だけいるんだ」
それが誰のことを指しているのか、ディハウザーは即座に理解した。
「リアス・グレモリー。兵藤一誠の元主君だ。彼女には赤龍帝の手綱を握れなかった責任がある」
それが、第二次連合戦争の鍵である。復讐を誓った標的が自分以外の手で殺されるとなれば、一誠は公開処刑の場に乗り込まなければならない。
「悪魔には悪魔を、ドラゴンにはドラゴンを、人間には人間を。リゼヴィムは皮肉を好むんだ。兵藤一誠は忌み嫌っている筈のリアス・グレモリーを救出させられる羽目になるのさ。それが単なる時間稼ぎだと知っていても、新たな戦争の幕開けだと悟っていても」
一誠は戦わなければならないのだ。
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