完全に″魔王化″の虜に堕ちたディハウザーに、ヴァーリは訊ねる。
「気分はどうかな? 我が新たな側近、数秒前まで確かに魔王の座に就いていた男よ」
「私めを重用していただき光栄でございます、新魔王ヴァーリ様。気分は最高ですとも。役職制度の紛い物ではなく、ようやっと冥界が本来の主たるルシファー家の悪魔の手に還るのですから」
「そうか。ならば早速だが任務を与える。第一にリアス・グレモリーの捕縛。選抜した精鋭部隊をグレモリー領に差し向けて絶対に逃がすな。無いとは思うが、肉親が庇うようなら躊躇なく殺せ。それから公開処刑の準備を早急に進めろ。テロリストとの内通容疑でも被せてしまえ」
ディハウザーに矢継ぎ早に指示を出し、それを終えるとと今度はもう一人の前魔王を呼び出す。言わずもがな、既に純白の光に洗脳されているロイガンである。ディハウザー経由で連絡を受けた彼女は転移術式から姿を現すや否や、恍惚の笑みすら浮かべながら膝をついた。
「お久し振りです、ヴァーリ様」
ベリアルとベルフェゴール。ソロモン七十二柱でこそないものの、″番外の悪魔″に数えられる名門一族。その現当主にして魔王を務める二人がヴァーリの支配下に加えられた。二度目の冥界の陥落だ。
「子飼いのメディアは持っているか?」
「ご安心ください。前魔王の地位やトップランカーの名声を差し引いても、業界には相応に顔が利きます。貴族の嗜みというものです」
二代目魔王のサーゼクス達がそうだったように、魔王となった悪魔は当主やそれに準ずる立場を手放さなくてはならない。しかしディハウザーもロイガンも後継者選定には時間を要するとして当主代行を兼任していた。それもヴァーリにとっては幸運な点だった。
「なら、すぐに政府発表を行うように伝えるんだ。冥界全土をルシファーの光で照らしてやる。兵藤一誠の真似事と洒落ようじゃないか。テレビ放送を通じて大衆に″魔王化″の光を見せることで、冥界は戦わずして堕ちる。とはいえ、あまり表舞台に顔を見せるわけにはいかないからな。二人にはこれまで同様に二大魔王を演じてもらう」
「かしこまりました。ところで、リアス・グレモリーの処刑を執行するということは、兵藤一誠との全面戦争を行うのですか?」
「……不服か?」
「まさか」
先の連合戦争のリベンジとばかりに、ロイガンは頭を強く振った。″魔王化″の光には対象の悪魔に高揚感や多幸感を与える、麻薬に似た効果も含まれているのだ。
「天界や″神の子を見張る者″には此方側から共闘を申し出よう。勢力の再建に奔走している最中だが、公開処刑を発表してからの打診であれば彼らも頷くしかあるまい。手を組む他に三大勢力は抗う術を持たないのだから」
「見逃してもらう代わりに、兵藤一誠にすり寄る可能性は考えられませんか? 本来、あれは悪魔の敵です。一応の警戒はするべきかと」
かつての三つ巴の大戦に第一次連合戦争。どの陣営も二度の戦いで壊滅的な被害を被った。この状態で兵藤一誠に仕掛ければ今度こそ種が滅びる。さしものアザゼルやミカエルも今回ばかりは戦争回避に奔走するだろうと思われた。
「巻き込んでみせるさ」
ロイガンからの指摘にも、ヴァーリは不敵な笑みを崩さなかった。前述したように、連合戦争の舞台となったシトリー領は復興が遅々として進んでおらず、立ち入り禁止区域に指定することで疫病対策を施しているだけの状態だった。そんな場所で聖杯を起動すれば、悪魔のみならず戦死した天使や堕天使の軍勢までもが蘇生される。それを見た一誠がどのような判断を下すかは記すまでもない。
──バラキエルやアルマロスの遺体は既に確保済みだ。アザゼルは乗るしかない。ああ、嫌になってくる。どこまでいっても俺達は誰かの掌の上で踊らされているだけなのだから。
どうやら育ての親にも似たらしい、とヴァーリは苦笑した。その冷たい眼差しは、戦勝を夢見る表向きの魔王達に向けられている。
「……ぼんやりしている暇はないぞ、早急に関係各所への手配を進めろ。これから忙しい日々になる」
「「直ちに」」
号令を合図に、二大魔王は配下の悪魔へと指示を飛ばしていく。冥界中のテレビ画面にルシファーの純白の光が映し出されたのは、その日の午後のことだった。
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駒王学園で発生した戦闘は、″クリフォト″の圧倒的な物量にシーグヴァイラ達が押し潰される形で幕を閉じた。
はぐれ魔法使いの一団に包囲されたギャスパーは時間停止を駆使して奮戦したものの、最後はソフィアが切り札として持ち出したニンニクの山に屈服した。以前より抱えていたコミュニケーション難の改善に手間取り、あまり実力の向上を果たせていなかったのが敗因だ。
ゼノヴィアはジークとの一騎討ちに敗北した。デュランダルを振り回しての真向勝負を好む彼女のスタイルは、手数と速度に長けるジークとは相性が悪かった。かつての愛剣である″破壊の聖剣″クラスとはいかずとも、せめてもう一振の得物があれば彼に全力を出させることも可能だったかもしれない。
そしてシーグヴァイラとティアマットは、ニーズヘッグとラードゥンの邪龍コンビに敗れた。期待の若手悪魔といえども伝承に名を残したドラゴン達の相手をするには荷が重く、五大龍王の一角は先の傷が完治していなかったが故の敗北だ。万全でさえあれば、とティアマットは悔しげに呻いたが、狂える邪龍を同時に相手取って二人共に五体満足で生き残れただけ大金星である。実験用の母胎にリゼヴィムが欲しているという事情もあるが。
本来の計画ではティアマットのみを拠点に連れ帰る手筈だったが、優秀な母胎は多くても困らない。シーグヴァイラもゼノヴィアもさぞ優れた子を産み落としてくれることだろう。
『……で、このハーフ吸血鬼のガキは、おでが殺してええのんかぁ?』
『折角ですから捕獲しましょう。先程の時間停止の能力は神器によるものです。抜き取るなり殺害して人形にするなり、使い道はありますから』
『そっかぁ! お前、頭いいなぁ!』
感心するニーズヘッグに、ラードゥンは気楽で羨ましいと言いたげに溜め息を吐いた。生きたままリゼヴィムに捕らえられたが最後、死に様すらも選べないからだ。
″禍の団″を離脱後、北欧の片田舎に潜伏していた英雄派と魔法使い派。″クリフォト″の強襲を受けて壊滅した彼らだが、無条件で皆殺しにされたわけではない。高い実力を持つ幹部クラスこそ殺害と聖杯を経て駒に成り果てたが、その他多くの一般構成員は実験や愛玩目的の家畜に堕とされた。リゼヴィムが語るには、部下を従えるのに必要なのは実益であるらしい。カリスマだけでは腹や性欲を満たせないということだ。
吸血鬼の価値観もあり、別種族である捕虜達の扱いは苛烈の一言に尽きる。飽きて廃棄されれば幸運だ。その意味では、かつて魔法使い派だった家畜にとっては天職ともいえる。
『お喋りはここまでにしましょうか。どうやらメインディッシュが来たようです』
ラードゥンは、目の前に展開された赤黒い転移術式を一瞥して言った。そうして姿を見せた一誠は既に術式と同じ色の鎧に身を包んでいる。
「八つ当たりさせてもらうぞ」
口調こそ変わらないが、一誠の言葉には怒気が含まれていた。
「あのバカ野郎にしてやられた分をどこかにぶつけたくてな。冥界に乗り込もうか悩んだが、時期尚早だと断念した。それにこのままティアマット達を連れていかれるのも目覚めが悪いんでな。こうなると俺の内にたまったものを吐きだせるのがお前らだけになるんだよ」
その前に、ジークが立ち塞がった。
「元リーダーを倒したみたいだね。ユーグリットから連絡が届いたよ。ジャンヌとヘラクレスに至っては次元の狭間に放り投げたって? お陰でもう聖杯で蘇生できなくなったじゃないか。随分と躊躇いなく殺すんだな」
「きちんと対価は支払ったさ」
『……まあ、いいでしょう。しかし今代の赤龍帝であり、あのオーフィスに選ばれた歴史上唯一の男と戦えるとは。蘇生はされてみるものですね』
『おで! おでが戦う!』
「……鬱陶しいな」
彼らが口を開ける度に、一誠の苛立ちは増幅の一路を辿った。原因は自分自身にある。冥界を掌握したヴァーリやその背後にいるリゼヴィムがこれから成そうとしている計画を予期しておきながら、どうすることもできない自分への怒り。頼れるバックアップの喪失は致命的だ。
第二次連合戦争は前座に過ぎない。やがて行われるであろうリアスの処刑すらも余興でしかない。三大勢力が絶滅の危機に瀕しようが、神仏にとっては宴の種にしかならないのだから。
真に腹立だしいのは、その余興に付き合わざるを得ない点だ。矛盾しているようだがリアスを殺されるわけにはいかない。
──あのバカのことだ、どうせパーティーの招待状が届くだろう。そのときに備えてまた計画を練り直す羽目になっちまった。ああ、憂鬱だ。まあ一先ずは後回しでいいか。今はそんなことより。
「お前ら全員、纏めて相手してやる」
この戦いに訪れたのは、夜明けの光ではなく暴虐の雨だった。
▼Re: ▼
冥界政府より速報です。
本日午後、警察隊はリアス・グレモリーを国家反逆罪の疑いで緊急逮捕しました。警察の調べによるとリアス・グレモリーはテロリスト組織″禍の団″所属のヴァーリ・ルシファーと内通し、機密情報を流していた疑いが持たれています。
リアス・グレモリーは以前にもヴァーリ・ルシファーとの密会が疑われており、警察の極秘調査で内通が発覚したとのことです。
本人は容疑を否認……我が名は……ヴァーリ……。
我が名は、ヴァーリ・ルシファー。真なる魔王ルシファーである
冥界よ、我に従え。