昨日まで駒王学園だった瓦礫の山に佇み、俺は夜空を見上げる。鎧を解いてもドラゴンのままであるこの顔には恐らく怒りが滲んでいることだろう。
敗北は濃厚だ。ヴァーリや裏で糸を引いているリゼヴィムにより冥界は陥落した。二大魔王のみならず全悪魔が敵に回ったと考えていい。これはつまり、捕縛したという前魔王──ファルビウムとアジュカは勿論のこと、聖杯を介して治療すればサーゼクスやセラフォルーの参戦が可能であることも意味している。
いや、魔王だけならマシだった。彼らの真の狙いはシトリー領に眠る第一次連合戦争での戦死者の蘇生と、それにより天界と″神の子を見張る者″を戦争に巻き込むことだろう。だが、リゼヴィムにとってはそれすらも新たな戦争の火種に過ぎない。
かつて俺達を支援してくれていた四大神話は既にスポンサーから退いているばかりか、俺を討伐する機会を虎視眈々と狙っているように思う。オーフィスから視線を逸らさせるためとはいえ、表向きには俺は力に呑まれたことになっているからな。こればかりは仕方ない。そして暴走を開始した赤龍帝を危惧し、討伐を決意するのも当然の対応だ。
四大神話のみならず、あらゆる神々が手を組むだろう。そして、それこそがリゼヴィムの目的なのだろう。過去現在未来永劫において間違いなく最大規模であると断言できるそれに、世界という器が持ちこたえるとは考えられない。俺という巨悪が倒れ、代償に力のある神仏が消滅し、待ち受けているのは弱小神話による勢力争いだ。規模こそ劣るが結局は血で血を洗う抗争なのだ。世界が幾つあっても足りやしない。
さて、俺自身のことは後回しにしよう。どうせ討伐される運命だ。それよりも気にするべきはシーグヴァイラ達の今後である。
″魔王化″のもたらす洗脳が冥界全土を照らしたということは、必然的に彼女の実家たるアガレス領も堕ちている。そんな状況で帰還したのではわざわざ殺されに出向くようなものだ。
「シーグヴァイラ、お前は隠れろ。ゼノヴィア達を連れて駒王町から遠く離れた片田舎で大人しく暮らしていけ。冥界はもう手遅れだ。お前の家族や他の眷属もヴァーリの手駒にされちまった」
魔王には遠く及ばないとはいえ、兵隊として見れば木場達は決して弱くない。シーグヴァイラの両親も純血悪魔である以上はそれなりの実力を持つだろう。故にこれは遠回しな殺害予告だ。
「俺はオーフィス救出に全力を尽くす。神だろうが魔王だろうが俺の邪魔をするなら容赦しない。お前らが参戦してもハッキリ言って荷物にしかならん。それに……生き残って結末を見届ける者がいないと寂しいだろ」
所詮は民間の伝承クラスにまで堕とされた弱小神話達であるが故に、彼らの背比べは無意味に世界を荒廃させるだけの共倒れで幕を閉じる筈だ。しかしその中には人間界も含まれている。管理と守護を担う日本神話も俺が倒す予定である以上、どこまで平和に過ごせるかは不明だが。
三大勢力や日本だけではなく、北欧も須弥山もギリシャも滅ぼす。オーフィスのためなら命ぐらい安い取引だ。目的のために手段を選ばない点は……どこぞの大バカ野郎に似ていて笑えない。
「ま、待ってくれ! 私は戦えるぞ!」
ティアマットが抗議してくるが、そんな傷だらけの身体で訴えられても説得力に欠ける。
「ラードゥンやニーズヘッグごときに倒された負け犬の分際で偉そうに吠えるなよ。五大龍王だのと大層な肩書きを名乗るから期待してみれば、護衛任務すらも満足にできてないじゃねえか」
「それは……」
「怪我が完治していれば勝てた、とか言い訳を聞くつもりはない。足手まといを戦場に連れていくこともしない。怪我人はさっさと隠居してろ。これからの戦場には力不足だ」
涙目のティアマットだが、俺の言葉が間違ってないことは周囲の悲惨な光景が如実に表している。
冒頭で述べたように駒王学園は崩壊。グラウンドは血の海と死体の山で溢れている。どうせ聖杯で再復活させられるだろうが、この程度の相手にすら彼女達は抗えなかった。同行させたところで死ぬか手駒にされると相場が決まっている。
俺だって好んで元仲間を殺すような趣味は持ち合わせていない。戦力外であれば、せめて敵に回らないように努力してもらう。
「……拒否する権利も、弱者には与えられないのでしょうね。分かったわ。荷物を纏めて今日中にでも別の土地に引っ越すわよ。けれどもそれは領民を見捨てたのではないわ。あくまでも戦力差を考慮しての戦略的撤退ということを忘れないで。領主を辞めるような無責任な真似はしない。仮に駒王町に危機が迫れば、あなたの反対を押し切ってでも戻るから」
「それでいい。今回の処置はあくまでも一時的なもの。俺の死後のことまで指図するつもりはない」
「あなた自身は死ぬ覚悟を決めているのかもしれないけれど……それでも祈らせてもらえるかしら? どうか死なないで。オーフィスさんと一緒に生きて駒王町に戻ってきて。SSS級はぐれ悪魔でもテロリストでも、愛すべき領民の一人には違いないもの」
残念ながら祈っても無意味だと思うぞ?
それに、俺はその言葉を──
「勝手にしろ」
部長から聞きたかったんだよ。
▼Dの行く先▼
「ふざけるな!! そんなことをお前らの独断で決められてたまるか!!」
戦争準備を促すディハウザーからの通信に、アザゼルは思わず執務机を殴り壊してしまいそうな勢いで立ち上がった。
「リアス・グレモリーの公開処刑だと!? そんな真似をすれば兵藤一誠が攻めてくるのはそこらの子供でも分かることだ! 特にウチはグレンデルとヴァーリの襲撃を受けたんだ! 勢力再建の途中なのに戦争準備なんてできるわけないだろ!! 駒を埋めれば人材が揃うお前らとは違うんだ!」
一誠が彼女を復讐対象として狙っていることは裏世界では有名な話である。だからこそ、リアスはこれまで厳罰を与えられこそしたが処刑執行には至らなかった。下手に彼を刺激することを恐れた前魔王政権と、生き地獄を味わわせようとする一誠の利害が一致した形だ。
『彼女を生かしておいても厄介事の種にしかなりませんからね。芽は早期に摘んでおかねば。それはアザゼル殿も同意見と思いますが?』
襲撃事件の影響で有耶無耶になっているが、″神の子を見張る者″内部では、連合戦争での大敗を発端に過激派が発言権を増しつつある。
「ハッ! 総督職にしがみつく口実作りで釣ろうって魂胆だろうが、その手には乗らねえぞ。二代目総督はシェムハザ、副総督はベネムネに譲ると正式に決めてるんでな。俺は総督こそ退くが新たに設けた相談役のポストに就く」
『代替わりですか』
「というわけで戦争準備はお断りだ。それに今はシェムハザ達への引き継ぎ作業で忙しいんだよ。兵藤一誠と心中したいなら悪魔だけで勝手にやれ。俺達を巻き込むな」
『……そうですか』
断られたというのに、通信術式の前で笑みさえ浮かべるディハウザー。不審に思ったアザゼルが問い詰めるよりも先に口を開く。
『では公開処刑の詳細だけお教えしましょう。場所は旧グレモリー邸、執行は明後日です』
「それは……随分と急な決定だな」
『あの赤龍帝に準備期間を与えてはならないことは他ならぬアザゼル殿が既に証明していますから。此度は策を用意する暇さえ与えませんよ』
「ふん、俺達のようなヘマはしないことだな」
『勿論ですとも。当日は我々が兵藤一誠を討伐するまでの一部始終を特等席でご覧あれ』
そうして通信を終えた途端、アザゼルはシェムハザとベネムネを執務室に呼び出した。創成期を知らない小僧に侮られた屈辱からだろう、発した号令は憤怒に歪んでいる。
「すぐに集められるだけの戦力で部隊を編成しろ。仮想敵は兵藤一誠及びその傀儡に成り下がった悪魔共だ。奴らが言うリアス・グレモリーの公開処刑は単なる茶番だろう。恐らく標的は堕天使だ」
副総督として事前に話を聞いていたシェムハザと、一幹部に過ぎなかったベネムネでは対応が違った。前者は呼び出された直後から最悪の想定をしていたのか特に反応を見せず、後者はディハウザー政権が一誠の傀儡であるという事実に驚愕しているようだった。それでも即座に動揺を抑えてみせる姿は流石、次期副総督に抜擢されただけのことはある。
時間を惜しみつつも、アザゼルは状況確認を兼ねてベネムネに一誠と現冥界政府の関係を説明した。連合戦争当時に浮上した内通疑惑と、魔王に至らせるための自作自演。暴走を開始したとして兵藤一誠が神仏から危険視される中でも、悪魔だけは裏の主従関係を断ち切っていない。
「ディハウザーとロイガンが政権を握った時点で俺は連中から距離を置くことを決意した。コカビエル派から臆病者と後ろ指を指されようが、目立たないために息を潜めるよう指示した。事前にミカエルとも相談した上でな」
アザゼルは堕天使総督である。他種族のために同胞を絶滅の危機に晒すような真似はできない。
「俺は悪魔を、教え子を見捨てた。駒王同盟を実質的に破棄した。元人間の転生悪魔なんかのために俺達は苦汁を舐めさせられた。だが、そもそもは悪魔の不祥事のせいであんな化物が生まれたんだ。ならば悪魔が責任を取るのが道理だろうよ。同盟を結んだのは最大のミスだった」
それでも、彼は悪意から逃れられなかった。仮想的を見誤るという過ちを犯したが故に。
「ミカエルにも連絡しろ。駒王同盟が破棄されてる以上、泥舟に気を使う必要はどこにもない。俺達と手を結んで悪魔を滅ぼそう、と」
「ですが、話に乗るでしょうか? 天界も相応の被害を被っていますし、それに……連合戦争後に消息不明となったガブリエルの捜索に彼は心を砕いていると聞きます」
「最悪の場合は俺達だけでやるしかない。あまりに分の悪い博打だが不可能でもない。世の中には三大勢力の軍勢のど真ん中に飛び込んでくるバカもいるんだから。それよりマシと思えば気が楽だろ?」