ディハウザーは、指令室として接収した旧グレモリー邸の一室から外を眺める。
彼自身は創成期を知らない世代だ。三つ巴の大戦の後に生まれ、内乱ではサーゼクス率いる革命派に参加し数多の武功を挙げ、戦後はレーティングゲームで″皇帝″と称される程の名声を獲得した。そして今は魔王の一角である。そんな彼でも、外に敷き詰められた軍勢には感嘆せずにいられない。
聖杯で蘇生させた十万の強者。特例で釈放したファルビウムとアジュカ。そして治療を施されたサーゼクスにセラフォルー。現魔王を含めて、合計六人の魔王が揃い踏みだ。第一次連合戦争とは比較にならない、そこらの神話勢力なら容易く蹴散らせる規模を誇るも、それでも兵藤一誠に届くとは考えにくい。だからこそディハウザーやヴァーリ──否、リゼヴィムは次の策を用意した。それが残る二大勢力の参戦だった。
司令官としての席は、苦虫を何匹も噛み潰したような顔のアザゼルやミカエルにも用意されている。悪魔を警戒する彼らはのらりくらりと参戦回避を目論んだ。戦争当日も映像越しに高みの見物を図ったものの、処刑台を護衛する部隊の中に同胞達の姿を見付けるや否や、血相を変えて悪魔政府に通信を飛ばした。
ディハウザーは義勇軍だと弁明したが、要は道連れが欲しいだけだ。それを悟っていても参加を拒めなかったのは、この光景を目にした一誠がどのように判断するのか分かりきっているからである。彼は最早、一つの勢力だけで抗うのは不可能だ。討伐には複数の強大な組織が手を結ぶ必要がある。現実を受け入れたが故にアザゼルもミカエルも参戦を決断したが、それはそれとして強引に連合を組まされて面白い筈もなかった。
しかし最も恐ろしいのは、共闘相手の考えがまるで読めない点だろう。
予告されたリアスの公開処刑まで、残り一時間を切った。兵藤一誠が確実に現れる以上、厳戒態勢を敷くのは当然だ。しかし復興を後回しにしてまで処刑を強行する理由がアザゼル達には分からない。被害を被ったのは悪魔とて同じだ。寧ろ三大勢力の中で一際大きなダメージを負ったのは彼らである。茶番であるとはいえ、今回の戦いは悪魔政府という強大なバックアップを自ら捨てるに等しい。
──そもそもリアスへの復讐は兵藤一誠の原点と言ってもいい。彼にとっては何よりも優先すべき目的の筈だ。慎重になるってんなら理解できるが、ただ単に戦争の口実に使うとは思えない。種族が絶滅するかどうかの瀬戸際だぞ? ディハウザー側に受け入れるメリットが無い。ただの盛大な自殺だ。
「……お前、兵藤一誠に何を命じられた?」
単刀直入にアザゼルは訊ねた。
どのような手品を使ったのかは不明だが、サーゼクスの前線復帰までは理解できる。彼は一誠の復讐対象だ。戦争のどさくさに紛れて復讐を果たそうという魂胆だろう。他神話から怪しまれるのを防ぐため、長期入院中だったセラフォルーも復帰させた。サーゼクスが妹の処刑に反対しないのは何らかの弱みを握っているのかもしれない。そこまではいい。前魔王にして敵対していたファルビウムやアジュカまでも釈放する理由がアザゼルとミカエルには掴めなかった。下手をすれば戦争の混乱に乗じて逃走される恐れもあるのに。
「仰る意味が分かりませんな。まさか我々が繋がっているとでも? 彼は絶対に討伐すべき最強最悪のテロリストであり、私は冥界を統べる魔王の一人。敵対こそすれ、協力する理由などありませんよ。それよりも気にすべきは兵藤一誠がどこから攻め寄せてくるかでしょう。前回は軍勢のど真ん中に現れましたからな。次は空から降ってきても不思議ではありません」
「侮るのも大概にしろよ、若僧が」
「ふざけないでもらえますか?」
創成期を生き残った怪物達の怒気がディハウザーを襲う。返答次第では魔王の首を三つ巴の大戦の狼煙にする覚悟だ。
「俺達はとっくにネタを掴んでるんだ。現悪魔政府は兵藤一誠の策略によって樹立させられた傀儡だ。お前もロイガンも与えられた功績で成り上がった偽りの魔王だろうが」
「赤龍帝の人形に堕ちたとしても限度というものがあります。故郷も家族も捧げるなんて正気の沙汰ではありませんよ」
「──今は赤龍帝の襲撃に備えて一致団結すべきだと思うが?」
答えたのはディハウザーでもロイガンでもなく、唐突に室内に入ってきたバラキエルだった。グレンデル襲撃事件で戦死した筈の同胞の登場に、慌てて立ち上がったのはアザゼルだ。その顔に親友との再会の喜びは欠片も無く、驚愕と困惑の色が強く浮かんでいる。死を看取ったのは他ならぬ彼自身なのだから。
ロイガンが口を開く。
「瀕死の重傷で倒れていたところを巡回中の部隊が偶然にも発見しましたので。そちら側に連絡が遅れてしまったことは謝罪します。ご希望なら我々は少し席を外しましょうか? 苦楽を共にした親友ですものね、あなたとバラキエル殿は。ああ、ミカエル殿にとっても……かつての仲間でしたか」
「……ふざけるな、ふざけんじゃねえぞ!!」
瞬間、十二の翼が黒い羽を撒き散らす。
「バラキエルは死んだ!! 俺を庇って殺された! ヴァーリと戦えないでいた大バカ野郎なんかのために死にやがったんだ!! だから生きてる筈がないんだよ!! 答えろ、お前は誰なんだ!? お前らの目的は何だ!? 俺の親友に化けて何を企んでるってんだ!!」
親友の慟哭に、かつて堕天使幹部を務めていた男は肩を竦めた。その問いに答える権限を彼は与えられていない。
「兵藤一誠の討伐ですよ」
やはり、答えたのはディハウザーだった。
「我々は長い平和の中で堕落してしまった。このままでは抗うことすらも叶わなくなる。若輩者とはいえ、私は魔王です。冥界に仇なす敵を討つ義務があります。どのような犠牲を支払っても必ずね。信用できない気持ちも理解できますが、無用な勘違いはしないでもらいたい」
「……まさか、お前」
兵藤一誠からの離反。ここまでの会話から、アザゼルは悪魔政府が彼に本気で反逆を目論んでいることを察知した。どのような経緯で決断したのかは不明だ。神話群との戦争に巻き込まれることを恐れたのか、或いは別の理由があったのか。分かるのは討伐宣言が本気であることと、バラキエルを復活させた手段についてだ。
死者蘇生を可能とする″幽世の聖杯″は、長らく行方が掴めないままだった。その所有者をディハウザーが発見・接触し協力関係を結んだのではないか。そう考えれば十万の軍勢を用意できた理由も同胞達がそこに混じっている説明もできる、とアザゼルは納得する。ただし、答えに辿り着いたからといって信用を置くことはできない。寧ろ逆なのだ。
「一つだけ確認しておきたい。グレンデルを復活させたのはお前の差し金か? ニーズヘッグと違い、奴は自力で蘇生するような能力は有していない。現世に再び復活するにはどうしたって外部からの干渉が不可欠だ。邪龍を甦らせるなんて芸当も聖杯ならできるよな?」
強い口調での問いにディハウザーは黙った。それは無視したのではなく、暗に正解を告げているのでもなく、窓の外のどよめきがにわかに大きくなったことに気付いたからだ。戦争開始の合図に一足遅れてアザゼル達も気付く。
「ざっと十万ってところか。ザコが数だけ揃えても無駄だっての。ま、そんなことはどうでもいい」
▼第二次連合戦争▼
国際テロリスト組織″禍の団″首魁。最強最悪のSSS級はぐれ悪魔。
旧グレモリー邸の前に敷かれた布陣と対峙するように正面から乗り込んだのは、赤い龍の帝王だ。
「俺の標的は……まだ生きてるよな?」
赤龍帝──兵藤一誠
「僕は先代魔王ルシファーとして、世界の脅威である赤龍帝を排除しよう」
「……やってみろよ」
サーゼクス率いる軍勢が進軍を開始し、そして一誠に襲いかかった。″倍加″を鳴らしながら最初の防衛戦を蹂躙する一誠と、見えない糸で操られているかのように怒涛の猛攻を見せる三大勢力連合軍。仕組まれた第二次連合戦争が遂に勃発したが、これはまだ序幕に過ぎない。悪意が足りない。
ならば、誰かが注いでやる必要がある。
悪を、魔を。
龍に抗う獣を。
「これより戦争は第二段階に移る。さあ、これだけ準備を整えてやったんだ。ヘマすんじゃねーぞ? なーんちゃって、うひゃひゃひゃ♪︎」
その獣に過去は無い。理性も無い。兵藤一誠を殺すためだけに″魔獣創造″で産み落とされた正真正銘の怪物だ。燃料として様々な強者達の魂を聖杯から供給されることで産声を上げるに至った。
その獣に躊躇は無い。慈悲も無い。与えられた目的を果たすためなら都市も国も軍勢も滅ぼしてみせる幻想の中の魔物だ。名付け親の遊び心によりルイス・キャロルの詩に登場する生物の名を冠した。
その獣に意味は無い。価値も無い。名付け親からすれば余興として製造されただけの存在だ。故に扱いは粗雑であり″絶霧″を介して空中から投げ落とされる形での運用となった。
魔を滅する光、聖を喰らう闇。矛盾する二つを龍殺しの属性が縫い合わせる。
戦場に降り立った
豪獣鬼──バンダースナッチ
超獣鬼──ジャバウォック
「そういうことかよ、リゼヴィムの野郎……!!」
三大勢力の軍勢もろとも、一誠を挨拶代わりの暴風が襲った。