▼戦場のウェルシュ・ドラゴン▼
「ぐ! ぐああああ──」
「ファルビウムくん!? おのれ赤龍帝、よくも私の仲間を! 氷漬けにされちゃいなさい!!」
「くたばれ」
″譲渡″で膨れ上がった自身の魔力を利用しての内部破壊攻撃に、次々と血反吐を撒きながら倒れていく三大勢力の軍勢。それは魔王クラスの実力者ですら例外ではなく、回避の遅れたファルビウムが絶叫しながら身体を破裂させ、その残虐な光景にセラフォルーが悲痛な声を漏らす。否、漏らしていた。過去形だ。
「クソッ! 直接には触れられてないのに!!」
「恐らくは赤龍帝が纏うオーラを媒体にしたんだ! 充分に距離を取って戦え! 遠巻きにして光の槍の連射で仕留めろ! どれだけ強くても赤龍帝は元人間の転生悪魔だ!」
軍全体に動揺が広がりかけるもサーゼクスの一声で士気を取り戻し、ウリエルとアルマロスの率いる天使・堕天使合同部隊が光の槍を構える。即席とはいえ、彼らの連携には目を見張るものがあった。だが合図によって放たれた槍の群れは″赤龍帝の鎧″に弾かれ、鱗を傷付けることすら叶わないまま叩き落とされていく。
「駄目じゃ! 通用せぬ……ぎゃっ!?」
「人型ドラゴンと化した今の俺に光が効くと本気で思ってるのかよ、おめでたい頭してるな。というか俺ばっかり気にして獣に殺されてるじゃねえかよ。所詮は使い捨ての兵隊だな」
バンダースナッチがばら蒔く雨により、一人また一人と倒れていく。まるでリゼヴィムの悪意に侵食されるように十万の軍勢は瞬く間に数を減らしていき、三大勢力連合軍の第一陣は主力を残して早くも壊滅状態に陥った。
「まぜっ返しやがって……楽でいいが」
「チクショウ! せめて一太刀だけでも! 我が同胞ガブリエルの仇……ゔっ!!」
「死んどけクソ熾天使」
バンダースナッチもジャバウォックも暴風を放つ以外の動きは見せない。連合軍との連携を欠片も行わないのはリゼヴィムの意向だろうと一誠は推測した。最初のステージをクリアできないのなら先には進めないという類のゲームらしい。尤も、制作者本人が率先して三大勢力を全滅させようとしているのだから皮肉な話である。
前線は崩壊し、陣形の維持すらできなくなる程に軍は数を減らした。好機と見て仕掛ける一誠の視界の端に夥しい数の転移術式が映った。増援だ。
「お初に、兵藤一誠。私はメフィスト・フェレス。とある魔術結社の理事を務めさせてもらっているだけの一介の悪魔さ。本当は関わるつもりは無かったのだけれどね、愛する故郷の危機となればそうも言っていられない。今宵は魔法使いではなく最上級悪魔として赤龍帝の命を頂戴しよう」
「ペラペラと御託を並べやがって。そのオッドアイに正気を取り戻してから出直してこい」
「これは手厳しいな」
初代ゲオルクと契約を交わしていたことで知られる伝説の悪魔、メフィスト・フェレス。現悪魔政権とは距離を置いていた筈の彼が″魔王化″の光に支配されてしまったのは、情報収集と暇潰しを兼ねてたまたま冥界のテレビを眺めていたという偶然だ。長く実戦を離れていたとはいえ、実力は健在だろう。さしもの一誠も進撃を止め、メフィストの一挙手一投足も含めて周囲を注意深く観察する。
『どうする? あまり足止めされるのも不味いぞ。リゼヴィムのことだ、また別の奇策を打ってくるかもしれん』
「全員殺せば済むだろ」
″倍加″を鳴らす一誠の前に、合計十万の第二陣を背にしたメフィストとサーゼクスの両雄が並び立つ。いつの間にか雨はやんでいた。
「僕は先代魔王ルシファーとして、世界の脅威である赤龍帝を排除しよう」
「さあさあ心踊る胸の高鳴る討伐劇のスタートだ。主演にして終焉たる赤龍帝よ、どうかどうか最期の一時を拍手で迎えてくれたまえ!!」
「……遺言はそれでいいか?」
メフィストの指示で第二陣が一誠を包囲し、新たな戦闘が勃発した。彼らが装備品らしきものを纏っていないのは、聖杯で蘇生させたワイルドハントではなくヴァーリの″魔王化″によって支配した悪魔達のみで構成されているからだ。
「よくもアリーナでママを殺したな!!」
「お前が冥界を裏切らなければグレモリー家が没落することもなかったのに!!」
「くたばれ! 家族を殺しやがったクソ野郎が!」
数とは力だ。光と闇の雨がやんだ今、一誠は体感的には先程の倍の戦力を相手取っていた。民間人だけでなく名門貴族の当主といった上級悪魔クラスも相応に混じっており、負担を強いられることに一誠は苛立ちを募らせる。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost──Transfer!!!!!』
「邪魔だってんだよ──
「ぎゃあ!!」
「進め! 押し潰せ!! お前らが死んだところで代わりは幾らでもいるんだ!」
絶え間なく押し寄せてくる悪魔の波に、流石の一誠も疲労が見えた。それでも″譲渡″による内部破壊で一部隊まるごと薙ぎ倒したところで、今しがた倒した悪魔の中に見知った顔があることに気付いた。記憶が正しければ彼らは旧魔王派の残党達だ。
そして一部の残党はリゼヴィムに鞍替えし、冥界で自爆テロを起こしたことがある。
──そうか、バンダースナッチが攻撃を中止した理由ってのは!?
一誠が反射的に宙へと飛び退いた直後、地面に倒れていた旧魔王派の死体が膨張・爆発した。聖杯によって爆弾に改造されたそれらは連鎖的に爆発し、まだ生きている仲間をも爆風と高熱に晒す。一誠に傷を負わせるには至らず無駄に肉片と悲鳴を撒き散らす結果に終わったが、牽制としては充分だ。
『大丈夫か、相棒!?』
「ああ……だけど厄介だな、自爆されるんじゃ迂闊な攻撃はできんぜ」
「おやおや? 随分とお疲れのご様子。もしかして赤龍帝ともあろう者がこの程度で降参するのかい? 言っただろう。彼らの代わりは幾らでもいるんだ」
「聞こえなかったか? 全員殺せば済む」
メフィストが差し向けた自爆部隊は一誠が展開したオーラに触れた瞬間に″譲渡″され、彼に辿り着かないまま次々に破裂した。作戦自体は悪くなかったものの、所詮は意表を突いた奇策。距離を置いたり自爆前に肉体そのものを崩壊させれば対応は容易だ。
「こうもあっさりと対策するのか。せめて逆鱗の一枚ぐらいは剥がせると思ったんだけどねえ」
「もう触れてるっての」
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』
血と肉の雨が降り注ぐ中を一誠は正面から跳躍しメフィストへと肉薄する。赤と青のオッドアイが翡翠の瞳と交差し、互いに魔力を漲らせた。激突は一瞬だった。
「
『──Transfer!!!!!』
一誠が左手を触れさせるまでもなく、全てを焦がす赤黒いオーラがメフィストの展開した障壁魔法を焼き尽くし、そのまま彼の体内の魔力をおよそ二億倍にも拡大する。暴走する魔力を制御できずに自身の死を悟ったメフィストは爆発の中で皮肉げな笑みを浮かべた。
「代わりは幾らでも……そうか、私も……」
メフィスト・フェレス。伝説と称された最上級悪魔が戦死し、第二陣も彼の自爆に巻き込まれて大半が死亡した。残る脅威は宙に浮かぶバンダースナッチとジャバウォック、そして──
魔王だ。
「よう、サーゼクス」
「赤龍帝……!」
「情愛で有名な元グレモリー様が仲間や民衆を見殺しにするのかよ。ほんと、お前って奴はろくでもない魔王だよな。次は誰を見捨てるんだ? 家族か、それとも親友……なんだよ、もう既に死んでるじゃねえか。どうやら見捨てた後らしいな」
「お前……お前がっ!!」
金切り声を漏らしながらサーゼクスが滅びの魔力の弾丸を発射する。
「
あらゆる存在を消滅させる必殺技は周囲の土や死体を貪りつつ直進し、一誠へと迫る。それでも彼は不敵な笑みを崩さない。どのような特性を有していようが結局は魔力なのだ。膨張させられるのであれば″譲渡″から逃れる術は無い。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost──Transfer!!!!!』
「ちったあ学習しろや。そんな鳥頭だから人間に頼らなきゃ種族を維持できなくなるまでに衰退するんだろうが。ほら倍にして返すぜ。お前の仲間によ」
「……っ!」
「お、巻き込まれて死んだな。今の紅髪のガキってお前の息子か? 平和のためなら家族すらも犠牲にするとはご立派なことだ。立派過ぎて反吐が出る」
合計二十万もの軍団を壊滅させられ、更に図らずも自らの手で妻子を殺害してしまったサーゼクスは呆然と立ち尽くす。だが、それも一瞬のこと。理性を写さない虚ろな瞳は奥の手の解放を決意した。
「……殺す。殺してやる!! この世から魂すらも残さずに消し去ってやろう!!」
「やっと本性を現したな。超越者の一人、滅びのオーラの凝縮体。だったら俺も本気を見せようか」
一誠の左手が純黒に染まった。
「どうせ見てるんだろクソッタレの神仏共! この際だから宣戦布告してやるよ!! 我が名は兵藤一誠!! 復讐を誓うSSS級はぐれ悪魔であり、テロリスト組織″禍の団″の首魁であり、そして過去現在未来永劫において最強最悪の赤龍帝だ!!」
戦場に無限が降り立った。
『──Infinity!!!!!』
我に宿りし紅蓮の天龍よ、覇から醒めよ
我と契りし漆黒の龍神よ、后と成り啼け
濡羽色の無限の女神よ
赫赫たる刹那の帝王よ
際涯を超越する我らが誓いを見届けよ
汝、燦爛のごとく我らが燚にて紊れ舞え