「あれは……!?」
処刑台の上でただ死を待つだけのリアスは、突如として降り立った無限に驚愕した。二十万の連合軍を粉砕し、今またサーゼクスと対峙していた一誠が変身したのだ。血のように赤い代名詞の鎧は濡羽色に染まり、全身に散りばめられていた翡翠の宝玉は紅蓮に点灯している。
リアスにはあれがどのような力なのかまでは分からない。しかし戦場一帯を支配する冷気から自分の想像をはるかに上回る怪物が誕生したことは辛うじて理解できた。
「あれは無限だ、リアス嬢。恐らくオーフィスの愛と加護が兵藤一誠に奇跡を与えた」
「……愛?」
「知らないのかい? オーフィスと彼は恋仲だよ。それもキスに留まるような清い関係じゃない。幾度も閨を共にする間柄さ。無限の龍神を孕ませるような男は彼が最初で最後だろう」
呆然と眺める彼女に話しかけたのは、いつの間にか隣に立っていたロイガンとディハウザーだ。まだ学生の身分には少しばかり刺激の強い事実を赤裸々に語られリアスは赤面する。そんな彼女を尻目に興味深そうな眼で一誠を観察するディハウザー。その傍らにはアザゼルやミカエルの姿もあり、司令室での一触即発の雰囲気は既に払拭されていた。言い争いをしている場合ではないと判断したらしい。
「ふむ……完全には至ってないな。魔力に侵食されつつあるだけの半端者といったところか。籠手を展開している場合にのみ発動可能な形態とみた」
「おいおい、なんだあのバケモンは! ちょっと見ない間にバカみたいな進化を果たしてやがる! 神器の慮外面に触れた……いや、違うな。深淵面との複合か! それも無限というイレギュラーが絡んだことによる兵藤一誠だけのパワーアップだ!! ああチクショウ俺の好奇心を刺激しやがって! 研究してみてえ!!」
「そんなに研究したいなら捕まえればいいではありませんか。ですが、特攻するなら一人でやってください。あんな怪物の相手など私はお断りしますよ。命が幾つあっても足りやしない」
ディハウザーに続いて、アザゼルとミカエルが各々の意見を口にした。ロボットアニメを見る少年のような瞳で語るかつての同胞は無視して、ミカエルは今後について思案する。ああは言ったものの、どのみち一誠を放置すれば自分達が滅ぼされてしまう以上、挑まないという選択肢は無い。しかし最高戦力である四大熾天使の内、ウリエルとラファエルは戦死。ガブリエルも消息を絶っている。堕天使や悪魔の被害も大きく、残存勢力を纏めたところで勝算は限りなく低い。
何より、頭上に浮かぶ二体の獣が気になった。醜悪極まりないキメラを象った巨大な結晶体である。純白と紅蓮。かつての二天龍を彷彿とさせる獣達は悠然と戦場を見下ろすばかりであり、攻撃する意図は感じられない。
──あれは″魔獣創造″によって産み出されたアンチモンスターでしょうか。ですが、誰が冥界に解き放ったのです? 兵藤一誠はあんなものに頼る必要が無い。するとディハウザーの仕業なのか、それとも別の第三者……いえ、先ずはこの場を乗り切ってから考えるとしましょう。
ミカエルの視線の先では、今まさに一誠とサーゼクスが激突しようとしていた。
▼決着▼
滅びのオーラそのものと化したサーゼクスを、一誠は一瞥する。その視線は単に目の前の敵を殺害するのではなく、彼を利用して頭上の獣をも倒せないかと策を編んでいる瞳だ。
「
「……
サーゼクスの周囲に展開された無数の礫。一斉掃射されたそれらが一誠を覆うオーラを食い破らんと殺到する。しかし無限を獲得した幾重もの赤黒い繭を完全に滅ぼすには至らず、表層を少し削るだけで逆に無限に貪られて消滅していく。埒が明かないと踏んでサーゼクスはゆっくりと前進を開始した。
「アリーナで大量虐殺を実行し、第一次連合戦争でも大勢の同胞を殺した。そして今、我々を滅ぼそうとしている。何が楽しい? 何が面白い? 命を何だと思っている?」
「新しい武器はブーメランってか? 戦場のど真ん中でそんなもん撒き散らしてる分際で。上層部の愚行を止められなかったお飾りの魔王が命の大切さを偉そうに説いてんじゃねえ!!」
『InfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinity──B∞st!!!!!』
皮肉を伴う漆黒の魔力弾を返され、サーゼクスはその歩みを止める。自慢の滅びのオーラをもってしても無限を完全に消滅させることは不可能であり、被弾した腹部が黒い焔に焦がされる。しかし自身を喰らう炎が激しく燃え広がっても彼は意に介することなく、再び歩を進める。その姿に一誠はウンザリしたように頷いた。
「いい加減に諦めちまえよ。俺を見捨てたときみたいにさ」
「まだだ……この程度で……っ!!」
「……そうか」
オーラで象られたドラゴンの黒翼を羽ばたかせ、一誠は攻撃の準備に移る。翼は彼の意思に従い自由自在に形を変えていき、やがてその背に一対の大口径キャノンを形成した。別の世界において″龍牙の僧侶″と呼称される砲撃戦仕様に該当する形態である。経緯は違えど、これもまた体内の″悪魔の駒″が無限の侵食によって異常反応を起こしたものだ。
「──
弾丸のように発射された黒炎は、サーゼクスではなくその周囲の地面に着弾し、爆発と煙の群れを率いながら加速度的に戦場一帯に拡がっていく。まさか外したのかと安堵するサーゼクスだが屋外にも拘わらず灰煙が一向に晴れない点に気付いた。
「元同僚のシスター曰く、聖水や十字架が悪魔は苦手らしい。けど手っ取り早く生命活動を奪う方法は他にもある。どんなに強くても呼吸を奪っちまえば流石に死ぬよな?」
「こんなことで僕を倒せるとでも……!?」
「思ってねえよ。──
一誠の合図に呼応してキャノン砲がまたも変形を開始する。そうして彼が手元に滑らせた一振の黒の大剣は身の丈に匹敵する程のサイズの刀身を誇り、切るのではなく剣の重量そのものを生かして力任せに断ち斬る用途であるようだ。とはいえ、その名に応じた対悪魔専用の特殊能力は有しておらず、やや大層なネーミングは彼なりの殺害宣言に過ぎない。
並みの所有者なら持つことすら難儀するであろうアンバランスな大剣を一誠はまるで爪楊枝を持つかのように軽々と振り回すと、その切っ先をサーゼクスへと突きつけた。
「ここまで長かった……過去に
「いいだろう……!!」
冥界が軋む。天地が叫ぶ。無限と滅び、対極に位置する両者が対峙する。残存魔力を全解放し、さながら彗星のように突撃するサーゼクス。対する一誠も敢えて回避せずに受け止める姿勢を見せた。
「身体が崩壊しかけてるじゃねえか!! こりゃ俺が手を下すまでもなさそうだ!!」
「君もだろう!! そんなドーピングがいつまでも維持できるわけがない! 無限を使うに値する相応のリスクを背負っている筈だ!」
「代償は払うさ……目的を果たした後でなあ!!」
そう叫ぶなり投擲された漆黒の大剣はサーゼクスの眼前で瞬時に短剣の軍勢へと分裂し、業火を纏う雨と化して飛翔する。迎撃態勢はフェイク。正面衝突と見せかけての思わぬ奇策に驚愕しながらも打ち落とすサーゼクスだがその姿に余裕は感じられず、オーラを盾状に展開して意地で持ち堪えているといった状態だ。
「不味い……炎と煙が……!!」
「燃え尽きろ。──
「まだ終わっていない……!! 僕には赤龍帝を討つ義務があるんだ……!! 貴様を倒すまで死ぬわけにはいかない!!
「誰一人守れなかった魔王が……!! 俺を見捨てたお前が……!! 偉そうに吠えるなよ!!」
赤と紅。道が違えば義兄弟になれたであろう二人が互いの全力をぶつけ合う。
「ここまで衝撃波が届くのか……っ!?」
「このままだと処刑台も吹き飛ばされてしまう!」
「踏ん張れ、お前ら!! 仮にも一つの組織を率いてるんだ!! だったら障壁術式ぐらい維持してみせやがれ……っ!!」
「流石は堕天使総督殿だ! 人使いが荒い!」
「……ふん」
処刑台を守る淡い光の中で、三大勢力の首脳陣達は団結して障壁を展開する。ディハウザー、ミカエル、アザゼル、ロイガン、バラキエル。各々が神仏にもその名を知られる実力者にも拘わらず、額には大量の汗が滲んでいる。そうして皮肉にも真に手を取り合えた彼らの視線の先──暴風雨の向こう側では、一つの激戦或いは時代にピリオドが打たれようとしていた。
『InfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinityInfinity──Ωver B∞st!!!!!』
「くたばれクソ悪魔ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」
「……!!」
漆黒の業火が巨大な蛇へと形を変え、サーゼクスの右腕を抉る。焔に傷口を焼かれては再生することも叶わず、堪らずに膝をつくサーゼクス。その隙を縫うように周囲の炎が一斉に襲い掛かった。
「遺言があるなら聞いてやるよ」
「……貴様には、無い」
「そうか」
オーラの体を維持しきれずに元の姿に戻ったサーゼクスは、倒れ伏したまま一誠と最期の視線を交わす。それも束の間、抵抗するだけの体力も気力も失った彼は瞬時に蠢く闇に覆われ、そして身体を貪られていった。
「お兄様……!」
「サーゼクスがやられた……っ!!」
「嘘だろ……!?」
「……まさか本当に成し遂げるとはね」
世界のあらゆる修羅神魔仏が見つめる中で、一誠は高らかに勝利を叫ぶ。ドラゴンと成り果てた満身創痍の身体に鞭を打ちながら、余命幾ばくもないその口で、彼は世界を敵に回す。
「……やったぞ!! 俺が殺した!! 俺がぶち殺したんだ!! 残る標的は
己が目的のために世界の滅亡すら許容する姿は、図らずもリゼヴィムによく似ていた。