第二次連合戦争の結末は、それを見つめていた神話勢力の手によって全世界へと拡散された。
日本、北欧、須弥山、ギリシャ。
次に勃発するであろう戦いを担う神仏達はその結果を歓喜と恐怖とが混ざりあった感情で受け止め、そして覚悟を決める。神々が食い入るように眺める映像術式或いは部下からの報告書には戦争の勝敗が鮮明に映されていた。
「三大勢力の壊滅……!」
「ファファファ……! 遂にサーゼクスの小僧を殺りおったのう!! これでまた魂の価値がグンと上がったな!!」
「無限の断片に到達した兵藤一誠!! 今度は世界に宣戦布告……経験の足りねえ青二才が、利用されてることも知らねえでYO!!」
旧グレモリー邸の広場を中心に発生した三大勢力連合軍と兵藤一誠の二度目の戦争は、獣達の乱入こそあれど予想通りの展開で幕を閉じた。三大勢力は援軍含めた二十万の軍団を壊滅させられ、勢力としては再起不可能なまでの深手を負った。無限の力によってサーゼクス率いる連合軍を蹂躙した一誠は処刑台に詰め寄ると、抵抗を試みたディハウザーやアザゼルといった首脳陣も惨殺。この戦争の発端となったリアスの身柄と共に撤退した。
これにより戦争は終結したが当然ながら神々の興味は宣戦布告を行った一誠と、その彼に
「のう、ロスヴァイセよ。お主はあの獣を何処の誰が製造したと思う?」
「それは……兵藤一誠ではありませんか? 暴風雨で軍団を滅多打ちにしていましたから」
「まあ普通ならそう考えるじゃろう。しかしのう、彼のようなバケモンならわざわざ連れてくる必要はあるまいて。あの無限のオーラを使っちまえば済むことよ」
「……つまり他の第三者が介入したと?」
三大勢力は兵藤一誠に勝てない。彼の実力を知る者であればミーミルの泉の水を飲まずとも容易に導き出せる推測。だからこそ例の獣達に一誠は関与していない筈だとオーディンは読んだ。つまり第二次連合戦争の裏で一誠・三大勢力・神々のいずれにも属さない正体不明の陣営が動いていたことになる。
そして、それは北欧へと挨拶に訪れた使者と無関係ではないのだろう。ロスヴァイセとオーディンの視線は共に来賓用のソファに座る少女へと向けられている。
「あれだけ他勢力との関わりを拒み続けてきた吸血鬼がこのタイミングで我ら四大神話と同盟を結びたいという……キナ臭さを疑われん方がおかしかろう。エルメンヒルデ殿はそう思われんかね?」
「それはそうですが、価値観に拘って滅ぼされたのでは笑い話にもならないでしょう。兵藤一誠はグレンデルに我がルーマニア強襲を命じた黒幕。同胞の仇を討つためならば古き価値観を捨てることも他種族と手を取ることもしてみせますわ」
「同胞……のう」
グレンデルが襲撃したとされる一帯は下級や混血などの被差別階級の吸血鬼達が暮らしていた区域であり、随分と純血至上主義に好都合だと言いたげにオーディンは溜め息を漏らした。それはそれとして
「平和な時代は確実に終わる。待ち望んだラグナロクの到来じゃな」
エルメンヒルデが退室した後でオーディンは不敵に笑う。第二次連合戦争がもたらしたのは、三大勢力の壊滅だけではない。
「偽りの平和は終わった!! これより始まるのは強きが栄え弱きが滅びる混沌の世界!! 天地海冥を等しく戦乱に導いた兵藤一誠の首級こそが乱世の覇者を決める指標になるであろう!! 奴を討ち、我ら北欧神話が新世界の覇権を握ろうぞ!!」
他神話が聖書の勢力を忌々しく思っていたのは、主柱を失っても世界に多大な影響力を有していたからである。目の上のたんこぶが消えた今、残された強大な神々が忘れた筈の野心を再燃させるのも必然の流れだった。
かくして世界は滅びを選択した。それすらもリゼヴィムの目論見通りとは知らないまま。
▼終わりの始まり▼
時間は、サーゼクスが戦死した直後に遡る。
一誠は死屍累々の地獄絵図と化した広場をジャバウォックとバンダースナッチに護られるようにしながら悠々と歩き、リアスの待つ処刑台に到達した。満身創痍の身体を引き摺る彼は、しかし″龍神化″を解かれても遂に訪れた好機を前に翡翠の瞳が爛々とした輝きを増すばかりであり、戦力的に優位である筈のディハウザー達はその獣染みた気迫に思わず圧倒された。
「……退け。俺の邪魔をするな」
リアスの身柄を明け渡せば危害を加えないと言外に告げる一誠。そんな彼の前にバラキエルが立ち塞がる。
「おい、何を考えてやがるんだ! 悪魔に続いて俺達まで滅ぼすつもりか、バラキエル!!」
「しかしだな、アザゼル。与えられた抹殺指令は果たさなければならんのだ」
「指令!? 誰からそんな……ディハウザー! まさかお前の仕業──」
「それが堕天使の総意なら滅ぼすまでだ」
アザゼルが制止するよりも速く、バラキエルの身体は巨大なハンマーに殴り飛ばされたかのように宙に放り出された。″倍加″を乗せた渾身の一撃を無抵抗のまま受ける彼の脳裏にはありし日の妻と娘の姿があった。それが走馬灯であることを理解する権限すら与えられないままバラキエルは意識を手放し、そうして地面の赤黒い染みと化した。
刹那、アザゼルにシェムハザ、それにミカエルが激昂に身を震わせながら強襲を仕掛ける。言葉も無く勝算も無く、友を失った憤怒に焦がされながら。
「……バカだな、お前ら」
憐憫に揺れる一誠の眼差しが、彼らの見た最期の光景である。
「ひっ……!?」
目の前で上司を惨殺され、次期副総督のベネムネは悲鳴をあげながらその場に座り込んだ。みっともなく涙と鼻水を流す姿からは普段のクールビューティーな雰囲気も堕天使としての誇りもすっかり消え失せており、スカートの一部を水らしきもので湿らせる始末だ。完全に心をへし折られたベネムネに興味を示すことなく、一誠はディハウザーとロイガンに視線を移した。
「そこの小便臭い女はどうでもいいが、まさか現役の魔王が逃げようとか思っちゃいないよな?」
「逃走も降伏も必要無い。お前はこの場で我々に殺されるのだから」
一誠がサーゼクス率いる連合軍や直前のアザゼル達との戦闘で想定以上に消耗を強いられたことで、その隙を突けば勝ちの目があるとディハウザーは踏んでいた。ましてやロイガンとの二人がかりだ。″赤龍帝の籠手″を抜きにしても勝算はあると薄く笑みを浮かべる。
そんな彼に、一誠は手の甲の宝玉を見せつけるようにわざとらしく左手を翳す。″龍神化″の再発動には幾ばくかのタイムラグを必要とし、そればかりか鎧の維持すらも怪しい状態だ。そんな身体で二大魔王を相手取るのは自殺行為に等しい。
「……バカ揃いだ。俺に勝てる気でいやがる」
「強気だな。立っているのも限界だろうに……安心したまえ。すぐ楽にしてやる」
「お前に言ってねえよ。もっと上だ」
自分の存在が神々の覇権争いに利用されることに彼は気付いていた。それがリゼヴィムの目的通りであることも、その目的に沿って頭上の獣が送り込まれたであろうことも。
ならば、それを逆手に取るまで。
「──どうせ見てるんだろ? 三大勢力は俺が滅ぼしてやったよ。次はお前らの番だ」
──最終戦争の舞台を整えてやろう。稼げるだけの時間を稼ごう。
「そうだな……二日後の正午、俺はこの場所でお前らを待つ。どこの誰だろうと関係無い。どれだけ数を集めても意味が無い。オーディンだろうがハーデスだろうが全員纏めて俺がぶち殺してやるよ。同意するってんなら誰か代表で挨拶しろや」
──敢えて連合を組ませてやろう。リゼヴィムをこの場に引きずり出してやろう。
「ぐっ……!?」
「ぎゃっ……!!」
直後にディハウザーとロイガンが苦しみ悶え、遂にはその頭部を破裂させた。一誠が
映像術式の前で一部始終を眺めていた神々は、彼の挑発に乗ることを即決した。あの忌々しい聖書の勢力を滅ぼしてくれた兵藤一誠に対する最大限の感謝を含めて。
そうしてリアスの身柄と共に撤退していく一誠を満足そうに眺めるリゼヴィム。そんな彼にクロウ・クルワッハがやや慌てたように報告する。
「──産まれたぞ。オーフィスの娘が」
滅びが……始まろうとしていた。