霧の迷宮の中で、純黒のドラゴンは本能的に勝利の彷徨を轟かせる。その周囲にはかつて仲間だった者達があちらこちらに倒れ伏しており、五体満足な者は誰もいない。
「……ッ!」
首を掴まれた黒歌は抵抗できないまま、密かな自慢としていた脚を食い千切られ、激痛に表情を歪める。何かしらの理由で彼女が選ばれたのではない。たまたま足元に倒れていたというだけで彼女は意中の相手に生きたまま喰われる絶望を味わわされた。
食事に夢中となる一誠に、満身創痍の身体で攻撃を仕掛ける者がいた。ヴァーリだ。
「それ以上……俺の仲間を食われてたまるかぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「──Aaaaaaaaaahahahahaha!!!」
「戻れ戻れ戻れ戻れッ!! 戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ……戻れよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
破れかぶれの特攻は尾の一撃に弾き飛ばされ、墜落したヴァーリを巻き上げられた土砂の雨が襲う。そうしている間にも一誠は不気味な嘲笑を溢しながら黒歌の頭に齧りつき、そのまま丸飲みにした。
ヴァーリは慟哭するが、そもそも三大勢力連合軍に質も量も劣るような駒にはどうすることもできなかった。先陣を切った旧魔王派の残党部隊は焔によって灰塵と帰し、包囲陣を形成しようと動いた魔法使い派は片っ端から餌になり、英雄派とヴァーリチームだけでは戦力差を覆せず、今はこうして虫の息で地面に横たわりながら生きたまま喰われるのを待つばかりだ。
かといって撤退するだけの体力や気力は既に失っており、言葉の通じぬ怪物が大人しく見逃してくれるとも思えない。
「……兵藤一誠!! 正気に戻れ! そんな力でオーフィスを救えると本当に思っているのか!?」
「Aaaaaaaaaaaaaaaa……?」
しかしヴァーリは最後まで説得を諦めきれなかった。実力こそ差が開いてしまったものの、彼には二天龍としてのプライドがあった。自分こそが一誠のライバルなのだと信じて疑わないでいる。
致命的だったのは、今の一誠の性質を見誤ってしまった点だ。
一誠は無限の代償の穴埋めとして相手を補食し続けているが、そうして摂取した新鮮な肉は単に肉体を維持するだけに活用されるのではない。同時に獲得した魔力は体内に蓄積されていき、積み上げられたそれは一誠の糧となる。
「Ahaha……hahahahahahahahahaha!!」
『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost──Ruin!!!!!』
「……その魔力! そうか、お前は!?」
そして一誠の全身に散りばめられた宝玉に深紅の色が灯った直後、噴出させた魔力に滅びの性質が付与される。それがリアス・グレモリーを補食した結果であることをヴァーリは知る由も無いが、目の前で繰り広げられた残酷な光景から滅びの魔力の獲得経路については何となく察した。
肉体維持に不可欠な筈の獲物を自らの手で消滅させてしまう皮肉である。魔力のみならず獲物の魂すらも取り込んでしまうが故の汚染である。悪魔でもドラゴンでもない正真正銘の異形の顕現である。
ただ幸か禍か、重度の汚染に晒されてはいても一誠自身の人格は完全に消滅してはいない。オーフィスを救うという目的を見失ってもいない。暴走の渦から脱出できないでいるだけだ。
それに気付いた瞬間、ヴァーリは覚悟を決めた。
「……俺は誇り高きドラゴンになれなかった。誰も守れなかった。リゼヴィムの人形に成り果てた。最初から俺は大望を成すような器ではなかったということだろうな。だが……お前は違う筈だ!!」
「Ahahahahahahahahahahahaha!!」
「ゔっ……俺を喰うつもりか。そうだ、それでいい。そこで倒れてる奴らよりも美味いぞ。曲がりなりにも二天龍を宿しているんだ」
棒立ちのまま、ヴァーリは首を掴まれる。
内側からライバルを救うために。
「絶対にオーフィスを……」
遺言は最後まで続かない。
彼の視界を鮫のように鋭く生え揃った牙が覆い、そして一瞬遅れて肉を噛み千切られる激痛が襲い、次に裂かれた腹から腸を引き摺り出される。その度に、戦闘で負うダメージとはベクトルが異なる別次元の痛みに苛まれる。
それでもヴァーリは、思考がブラックアウトする直前まで、自分の身体を貪る一誠から眼を離さないでいた。
後悔はあるが未練ではない。この生は無意味だったかもしれないがこの死は有意義である。
──ざまあみろ、リゼヴィム。俺はお前の予想を超えてやったぞ。
そうして彼は笑みを浮かべながら補食され、その果てに死亡した。
「Ahahahahaha……ha……」
一誠がヴァーリを骨すら残さずに喰らった直後、嘲笑を停止させる。
その理由は、彼の内側で憎悪の暴風雨を食い止めている六対十二枚の白い翼にある。沈黙を貫く″白龍皇の光翼″に代わる力として与えられた″魔王化″が、暴走の根元たるリアスの人格を遮断し──遂に意識を取り戻させることに成功した。
成功してしまった。
『気付いたか? 赤いの』
『……何故、アルビオンがここにいる? 俺はあのとき意識を……そうか、相棒はリアス・グレモリーだけでなくヴァーリ・ルシファーも喰らったのか』
『これはもう貴様の知る兵藤一誠ではない。多数の魂を取り込んだために彼らの人格に精神を汚染されてしまった。無限の侵食の影響もあるだろうがな』
二天龍は精神世界で対峙する。神器に封印されてからというもの、歴代宿主を介して会話する機会はあれどこうして対面するのは初めてのことだ。
一誠がリアスを補食してからのコネクトを遮断されていたドライグは最初こそ戸惑ったが、やがて納得したように頷いた。
そして、一誠の策略が進んだことを確信する。
『何がおかしい。我々と違い、貴様は兵藤一誠を気に入っていたではないか。嘆きこそすれど喜ぶ理由が分からんぞ』
『……アルビオンも知るように相棒は緻密な計画を立てる策略家だった。あらゆる状況をシミュレーションしてから戦いに挑むタイプだ。そんな相棒が自分の死を想定していなかった筈がないだろう?』
『まさか、この状況も予想済みだとでも?』
『過程は異なるがな』
一誠にとって最大の目的は復讐とオーフィス奪還の二つであり、そのためならば世界の滅亡すらも許容した。とはいえ、荒廃した世界でオーフィス達が生き抜けなくては本末転倒だ。四大神話を筆頭に力のある神々が滅びれば残された弱小勢力は覇権争いに動き出す。その中でオーフィス母娘の身柄確保を目論むだろう。
オーフィスだけならばどうにでもなるとして、娘を人質にされればどうしようもない。そもそも子育ての知識はあっても経験に欠ける。
故に一誠は妻子の護衛兼ベビーシッターを探していた。後者はシーグヴァイラやティアマットと交流を結んだことで一応の解決をみたが、護衛を任せるには力が不足していた。混沌の世界を乗り越えられる圧倒的な実力が必要だった。
『無限に侵されたことに気付いた相棒は、延命処置を行わずに敢えて放置することにした。手の施しようが無かったのもそうだが前々からの計画を進めるのに好都合だったからだ。地獄の業火に身を焼かれるような激痛にも堪え続けた。リアス・グレモリーを補食したのは流石の俺も想定外だったがな。お陰で一時的にコネクトを切断されてしまった』
『そこまでして進めるとは、さぞかし自慢の策なのだろう。勿体ぶらずに聞かせてはどうだ?』
『……一つ質問するが、オーフィスと聖書の神ではどちらの力が上だと思う?』
遠回しだが、長い付き合いのアルビオンはドライグの言わんとしていることを瞬時に悟った。
無限の侵食は留まることを知らず、心身だけでなく神器にも影響を及ぼしている。それが証拠に″龍神化″など歴代でもイレギュラーの進化を果たした。
神滅具は強力な性能を誇る代物だが所詮は聖書の神が製造したもの。ドライグとアルビオンを封印する術式もまた同様。どうして無限の侵食に抗えるだろう。
『俺は現世に解放される……貴様も付き合うか?』
『……ほう』
世界と共に、時代もまた変化していく。
「
先の見えない迷宮の中を、悪魔でもドラゴンでも兵藤一誠でもない異形は進み始めた。
▼禍の団▼