その光景に一誠としては珍しく溜め息を吐いた。彼の代名詞とも言えるトレーニング室に多くの者達が修業に現れたのだ。
しかも旧魔王派や英雄派、その他小数の派閥などメンバーも様々だ。彼らは一誠に刺激を受けた者達である。
修業する場所が無いということで彼は少なからず不機嫌だった。与えられた部屋にもトレーニング機材が設けられており簡単な運動程度であればこなせるが、如何せんスペースが圧倒的に足りない。満足に動き回れないようでは本格的な特訓は到底できないだろう。
そんなわけで、一誠はトレーニング室の前で部屋が空くのを待っていた。暇潰しと癒しを兼ねて傍らにちょこんと座るオーフィスの頭を撫でているが、それも限界だ。なにせ二時間も待っていれば疲れるより先に飽きてくる。
「暇だ、早く空いてくれ」
「……無理。寧ろ、人が増えている」
一誠の何気無い呟きに律儀に返すオーフィス。一誠はまたもや溜め息を吐く。二人の特訓はレベルが高過ぎて、他の者では即効で灰になってしまう。だから二人きりで特訓を行っているのだが、この様子だといつになるのやら分からない。
「……あの、兵藤一誠さん」
仕方なしに踵を返そうとした直後、背後から不意に声を掛けられた。赤い眼球が描かれた黒のローブに身を包んだ、銀髪の少女だ。彼は記憶をまさぐり、その少女が組織の会議に出席していたことを思い出した。
「お前は誰だ?」
「申し遅れました。私はソフィア・ヴァリエールと申します。魔法使い派の暫定リーダーを務めています」
「魔法使い派……そういえば今度の首脳会談を襲撃する予定だったよな。それがどうして俺に接触を?」
疑問に対して、彼女は頭を下げながら答える。
「今回こうして一誠さんを伺ったのは、私達についてのお話を聞いてもらいたいからです」
はぐれ魔法使いの集団、魔法使い派。
一般的なはぐれ魔法使いのカテゴリーは大まかに分けると二つ存在しており、一つは魔法使い協会から異端と見なされ追放された者達。死者蘇生などの黒魔術を研究して危険視されたのだ。最もポピュラーな理由だが、近年は別の理由ではぐれ魔法使いになってしまった者達も多い。
自己紹介を行ったソフィアが率いる魔法使い派がまさしくそれであり、不運にも別の理由によってはぐれ魔法使いになってしまった者だけが属する派閥だった。
ソフィアの言葉に一誠は首を傾げたがそれも仕方ない。彼自身はソフィアと接点が全く無いのだから。強いて挙げれば同じ組織に所属している程度だが、それが話をされる理由とは思えなかった。
無意識に構える一誠に、ソフィアは慌てて釈明する。
「ま、待ってください! 私が貴方にお話をしようと決意したのは、兵藤一誠さんがSSS級はぐれ悪魔だからです! 少なくとも一誠さんなら私達の話を聞いてくれるだろうと思いまして!」
「……取り敢えず、早く話せよ。オーフィスが不機嫌になっている」
一誠はオーフィスを撫でながらぶっきらぼうに告げた。
「……前提として、魔法使い派の構成員は全員がはぐれ魔法使いなんですよ。そして魔法使いがはぐれ認定される理由は、一般的には禁術研究が理由なんですが、中には理不尽な理由ではぐれになってしまった者もいるんです。
「……」
「私達の以前の所属、教えましょうか? もう既に気付いているかもしれませんけど」
一誠は咄嗟に、言うな、と叫びかけた。わざわざ言われなくとも、今の話と彼女の魔力で大体の事情は察することができる。
しかし、ソフィアの方が一歩だけ早かった。
「──私達は皆、はぐれ悪魔。後から魔法を覚えた歪な存在なんです」
「……ッ!!」
彼は絶句した。彼にとって絶対に言って欲しくなかったからだ。彼はもう結論を出している。ソフィアの言う通り気付いているのだ。
なのに何故、自ら傷口を抉るような真似をするのか。そんなことをすれば彼女の心は軋んでしまうだろう。現にそれを言った直後のソフィアは涙目で息が粗い。
「……私はヨーロッパの名家に生まれました。中世から続く由緒正しい貴族の家柄でした。両親は蝶よ花よと私を可愛がってくれました。そのまま成長して、結婚して。普通の人間として生涯を終える筈でした」
ソフィアは俯き、そして心の中に溜め込んでいた感情を爆発させる。
「ですが、十六歳の誕生日に悪魔が現れたんです! アイツは両親も執事達も、全員を殺しました! 私はその悪魔に捕まって! ソイツは奴隷商人で! 私は貴族悪魔に──」
せめて、そこから先の台詞だけは言わせたくなかった。一誠はソフィアの頬に優しく手を当てた。怯えるように震えていた彼女はそれで落ち着きを取り戻したらしかった。
するとソフィアはローブを脱いで見せた。ノースリーブから見える雪色の肩には赤い紋章が刻まれていた。見たことのない刻印であったが恐らくは奴隷の証か、もしくは貴族の家紋だろうと一誠は考えた。
そして、魔法使い派の全員に烙印が押されていることも理解してしまった。
一誠は冥界の裏に潜む闇を見せられた。他種族を捕らえて売り払う奴隷商人がいた。それを平然と購入し、無理矢理に眷属にしてしまう貴族達がいた。
だがそれは氷山の一角に過ぎない。多額の賄賂を受け取った上層部が事実を揉み消していると知れば、元々の恨みもあって即座に冥界に宣戦布告したかもしれない。それを知らなかっただけ、一誠とソフィアはマシだった。
ふと、彼は手が止まっていることに気付いた。下を見てみるとオーフィスが頬を膨らませていた。それがあんまりに可愛いのでひょいと抱き上げてから、一誠は告げる。
「それを話したのは何故だ? 言っておくが復讐への協力依頼ならお断りだぞ」
「それは分かっています。復讐は自分の手で行うものですから。ただ、頼みたいだけです。もしも貴方が上層部を殺すときが来れば、その際は私達を思い出して下さい。私達は今度の襲撃で無能な魔王と戦いますから」
そうしてソフィアは去っていった。二人きりになった後も彼は先程の話を思い返していた。
彼女が話した内容は彼にとって聞き逃すことが出来ないものだった。特に、去り際の表情は瞼に深く焼き付いていた。
あれは死を受け入れた顔である。
「彼女の顔には死相が見えたな」
「……死ぬ?」
「そうだ。免れない死の宣告だ。覆せるとすれば
「……行く」
オーフィスは一誠の肩に飛び乗った。落ちないように注意を払いながら一誠は食堂へと歩いていった。
ただし彼がソフィアと話し過ぎたので、ラーメンを食べるときもオーフィスはご機嫌斜めであった。
▼魔法使い派▼
この日、駒王学園旧校舎の一番奥に聳える扉が開かれることとなった。室内には光源が存在せず薄暗いが、無数のぬいぐるみやコンピューター類の輪郭は辛うじて見える。
そんな暗い部屋の真ん中に彼はちょこんと座っていた。プルプルと震える様はか弱い小動物を思わせ、まるで幼い少女のようだ。
扉を開けた張本人であるリアスは告げる。
「ごきげんよう。元気そうで嬉しいわ」
「ぼ、僕に何の用ですか?」
部屋の主であるギャスパーは自慢の金髪を振り乱しながら、部屋の片隅に鎮座する冷たい棺桶へと隠れた。
「封印解除が許可されたのよ。もう外に出られるわ。私達と一緒に外に出ましょう?」
「い、嫌ですっ! どうせ僕は周囲に迷惑をかけちゃうんだから! お外怖いっ!」
リアスの説得にもギャスパーは応じようとしなかった。彼女の性格上、本来なら無理矢理にでも外に出すところだが、相手が相手なのでそれも叶わない。ギャスパーの能力はそれ程までに厄介なのだ。
リアスは外に連れ出そうと懸命に話を続けるが結局は無理な話だった。リアスはしばらく時間を置くことを決定し、眷属達を連れて部室へと戻ってきた。
部室に戻ると、まだギャスパーとの面識が無いゼノヴィアが疑念を口にした。リアスは説明がてら、ギャスパーの過去を話すべく口を開いた。
「ギャスパーはヴラディ家の出身なのだけど、母親が人間で妾だった為に純血ではなかったの。吸血鬼は悪魔以上に純血と階級を重んじる種族。混血児のギャスパーには居場所が無かったらしいわ」
そして彼の最も不運な点は、神器をその身に宿してしまったことである。
時間を停止させる能力を持ち、使い手次第で一国をも簡単に落とせるという″停止世界の邪眼″。それを宿すが故に彼は周囲から恐れられた。そして類希な吸血鬼としての才能も兼ね備えて生まれた彼は、成長するに従い神器の能力も格段に上昇させてしまったのだ。
当初こそ、停止できるのはスプーンやフォークといった手のひらサイズの軽い物体だけだったが、やがてテーブルや街路樹など徐々にエスカレートしていき、遂には大人の吸血鬼を停止させるまでに至ってしまった。元々周囲から危険視されていたため、その一件で彼は家から追放されたのだという。
そして路頭に迷ったところを教会戦士に殺され、偶然にも通り掛かったリアスに助けられたのだった。
そのような過去を持つが故に、ギャスパーは極度に他人を怖がり、外の世界を嫌う性格となった。そしてリアスの報告を受けた上層部もギャスパーを危険視し、他者を停止させてしまう可能性を指摘した上で彼の封印を命じた。今になって封印解除が許可されたのはコカビエルの足止めがリアスの功績として認められたからである。
実際は一方的に蹂躙されていたのだが、プライド高い上層部は噂が立つことを恐れ、結果として封印解除を選択したのだ。
「……」
話の顛末を聞いたゼノヴィアは、何も言わなかった。ギャスパーが可哀想だといえば成程、同情めいた言葉を掛けることは出来る。しかし追放も殺害も、彼を取り巻く周囲の選択は現実に沿っていた。
無意識に他者の時間を停止できるギャスパーは、恐怖の対象だ。いつ誰が停められるか分からない、そんな存在を自陣に置いておけば最悪の場合は暴走するかもしれない。そうなれば吸血鬼の種族は終わりだ。たかがハーフ吸血鬼一人とその他全員の命となれば、ギャスパーを捨てるのも納得できる。
だが、賢明な彼女はそれを指摘しない。リアスも他の眷属達もギャスパーを擁護しているからだ。この状態で意見を述べても寧ろ肩身が狭くなるばかりだ。
「私は主失格なのかしら。ギャスパーも、一誠も救ってあげられない」
リアスが口にする一誠とは誰なのか、ゼノヴィアはある程度の知識こそ有していてもリアス達以上に熟知しているわけではない。故にそれに対するフォローはできなかったし、別にするつもりもなかった。
ゼノヴィアは呆れを隠せないまま、部室に掛けられているカレンダーを視界に入れた。グラビアアイドルが大きく描かれているそれは一誠が前に持ち込んだ私物らしかった。
大きく赤丸がされた日、即ち会談予定日はそこまで迫っていた。
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″禍の団″の幹部達は連日、会談襲撃について議論を重ねていた。襲撃のタイミングや護衛対策、会談参加者の情報などをモニターに映し出し、各々の意見を出しあっていた。
会議室内には魔法使い派の暫定リーダーであるソフィア、旧魔王派を率いるカテレア、そしてヴァーリに一誠。襲撃に参加する予定のメンバー達が集まっていた。
二天龍である一誠とヴァーリは勿論、ソフィアやカテレアも相当の実力を誇る。特にカテレアは先代レヴィアタンから受け継いだ才能と最近の特訓も相まって、魔王と呼ばれるに相応しい成長を遂げていた。
ヴァーリが手元の書類を見ながら、参加メンバーを見渡す。
「先日話したように、″停止世界の邪眼″を持つギャスパー・ウラディを利用する。組織で新開発した術式で神器を暴走させ、停止した参加者や護衛連中を一人ずつ殺していく。同時に魔法使い派とカテレア、そして俺が襲撃を加える。一誠は俺達を迎えに来るんだったな」
「この機会だからな。連中に俺を再確認させる」
一誠は不敵な笑みを浮かべた。数ヵ月前の一誠とは違う、強者の風格があった。
唐突に、彼の左手が翡翠に光り、ドラゴンの紋章が浮かび上がった。
『遂にやるのか、相棒』
威厳ある太い声が響いた。一誠の相棒にして二天龍の称号を持つ最強クラスのドラゴン、ドライグが語り掛けたのだ。
ドライグは今の一誠を気に入っていた。前の煩悩一辺倒で真っ直ぐな彼も嫌いではなかったが、三大勢力に敵意を持つ一誠の方がドライグとしては好感を持てた。自分を封印した憎い三大勢力共を代わりに滅ぼしてくれるのではないか、と期待を寄せた。
ただし、オーフィスと懇意である点は彼の予想を越えていたが。
「そうだ、遂にやるんだよ。ドライグ」
『俺は相棒に協力しよう。相棒には実戦経験が足りないからな。参謀として助言させてもらおう』
「助かるよ」
確かに一誠は強いが、まだ経験が不足している。対してドライグは二天龍として三大勢力の大軍と渡り合った猛者であり、その助言は金銀に劣らぬ価値を持つだろう。彼にとってありがたいことだった。
明日は、会談予定日だ。