曰く、隻眼の老神は崩壊していた世界の均衡が取り戻されていくのを感知した。
曰く、全知全能の雷は神仏をも恐れさせた一対の暴虐の帰還を悟った。
曰く、冥府に蠢く髑髏の王は来るべき戦争の更なる激化を前に策略を巡らせた。
曰く、須弥山を統べる暴君は自身の武勲を証明するまたとない好機の顕現に歓喜した。
神話曰く、彼らは龍の身でありながら不遜にも天の領域に到達してみせた者達であった。
歴史曰く、彼らは聖書に挑み敗れた。しかしその誇りと憎悪は途絶えさせなかった。
彼ら曰く、その少年は最強最悪最後にして最高の宿主であった。故に相反する彼らは一つとなり、そして世界に紅蓮と白銀が再臨した。
少年は言葉を残さなかった。
▼二天龍の鎧▼
『……不思議な感覚だな。こうして立っているのは間違いなく我らだというのに、まるで相棒の視点を借り受けただけのような気もしている。しかし何故だろうな。中々どうして悪くない気分だ』
「その声……今のお前は誰なんだよ……!? なんでドライグ達の声が混ざってるんだ!」
『神器は所有者の魂と密接に関係している。その″禁手″を同時発動させているからだろう。我らの意識が統一されているのは』
威厳のある声で告げる兵藤一誠という名の漆黒の人型ドラゴンは、一見すると″禁手″特有の外見上の変化は成されていないように思える。
しかし両腕と両翼に埋め込まれた宝玉の色が示しているように、実は二天龍のこれまでの経験と記憶の集大成ともいえる劇的且つ効率的な強化を果たしているのだ。
″赤龍帝の籠手″と″白龍皇の光翼″が至った場合、通常は内に宿りし彼らの姿を模倣した全身鎧へと形を変える。所有者の戦闘能力を向上させる手段としては鎧の装着こそが最も効果的だからだ。
ところが現状の一誠に限っては、無限の侵食により鎧に頼らずとも防御力や生命力が底上げされている点と、全身に纏うことから却って動きを制限してしまうのではないかという懸念が生じる。
故にドライグもアルビオンも全身鎧ではなく、神器そのものの基本性能や自分達の固有能力を極限まで追求・再現する道を選択した。″二天龍の鎧″発動時の姿が殆ど変化しないのは、それが兵藤一誠には最適の形態だと彼らが判断した結果である。
『ああ、安心しろ。別に二天龍に自我を喰われたわけではない。あくまでも我らは
「……!!」
かくして降臨した冗談のような存在を前に、匙は直前までの自信に満ち溢れた雰囲気が嘘のように吹き飛ばされ、呆然と立ち尽くしている。
当初の予定では、リゼヴィムから与えられたバンダースナッチとジャバウォック、そして聖杯の恩恵により強化を果たしたサイラオーグを主力に──しかしそれは囮であり、隙を突いて″罪科の獄炎龍王″が操る炎によって本命の呪殺を成功させるという二段構えの作戦だった。希望的観測が過ぎる策ではあるものの、これでも数多のシミュレーションの中で最も成功確率が高いものを選んだ。
リゼヴィムにとって自分達が単なる駒であることを悟っていたとしても、家族や領民の復讐を遂げられるなら構わない、とあらゆる恥辱や激痛にも耐え抜いてきた。
しかしそれだけの代償を支払っても、目の前に立つSSS級はぐれ悪魔──悪魔勢力が滅ぼされた今では無意味だが──には届かないでいる。
匙には、その事実がどうしても受け入れられなかった。
「ふざけんな……! 俺は寿命を代償に捧げた……気の狂うような地獄の痛みにも堪えて……特訓と称した殺し合いも生き残って、ハンバーグも喰って……人間性すらも捨てて、やっとお前に肩を並べたと思ったのに、こんなのあんまりじゃねえかよ……っ!!」
『貴様の努力を否定するつもりは無い。事実として今の貴様は最上級悪魔の領域にも辿り着いている。これだから人間は面白い。想いによって神仏すらも凌駕する力を発揮してみせるのだから。かつての相棒を思い出したぞ』
「……届かなければ、意味が無いだろうが」
『果たして本当にそうだろうか? 少なくとも我らは本気を出してもいいと思っているぞ? 今の貴様には』
「ハッ、憐れみのつもりかよ」
『いいや、これは最大限の敬意だ』
敬意、と一誠は口にした。
匙本人は知らないことだが、ドラゴンは総じて誇りを重視する種族である。過程や経緯はさておき、正面から戦いを挑んできた同胞の戦士を二天龍が無下にする筈がなかった。
『誇っていいぞ? 我らに本気を出させたのは両手の指で足りる数しかいない。初代四大魔王に聖書の神、そして我が永劫の宿敵だ』
一誠は懐かしそうに言った。その脳裏には、ドライグとアルビオンから継承した、古の三大勢力戦争の光景が浮かんでいた。十万単位の軍勢を動員したとはいえ、二天龍に本気を出させたという意味では評価すべきかもしれない。
『貴様もドラゴンを宿す者であれば……敵わずとも挑んでみせろ』
「……上等だ。ああ、やってやるよ!! どうせ俺にはもう後が無いんだ!! だったら刺し違えてでもお前を殺して、今日この場で二天龍の伝説を終わらせてやるよ!!」
匙の決意に戦意を取り戻したのだろう、ソーナ達も魔力やオーラを滾らせながら戦闘態勢に移る。
しかし彼らよりも先に、咆哮を帯びながら動く二つの巨影があった。リゼヴィムの戯れによって製造されたバンダースナッチとジャバウォックだ。
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』
″幽世の聖杯″が誕生させた狂気の産物。愚かしくも二天龍の再現をコンセプトとする、紅蓮或いは白銀の巨大な結晶体の獣達が光と闇の入り交じった咆哮を放ち、しかしその醜悪な叫びは唐突に途絶えた。
『Aaaaaaaaaa──a?』
『……獣が、誰に向かって我らの真似事だ。身の程を弁えろ』
『……!!!??』
『王の裁きをくれてやる』
刹那、獣を象っていた結晶が粉砕される。幾百もの″半減″と″吸収″を乗せた魔力の波動を正面からぶつけられた結果だ。
バンダースナッチにもジャバウォックにも再生能力が搭載されていたのだが、かつてリゼヴィム自身が説明したように、神々をも上回る一撃で核もろとも消し飛ばされたのでは意味を成さない。
『
「糧……!?」
そうだ、と一誠は肯定する。あくまでも暴走形態に過ぎない″覇龍″や無限の侵食という強大なデメリットが存在する″龍神化″とは異なり、″二天龍の鎧″は成長性と拡張性に余裕を持たせている。その根幹を担うのはアルビオンの固有能力である″吸収″だ。
″半減″と″吸収″を操る″白龍皇の光翼″は一騎討ちにおいては無類の強さを発揮する反面、大部隊との戦闘を苦手としていた。事実、先代所有者であるヴァーリはリゼヴィムにその弱点を突かれたことで敗北している。
それは対象に触れなければ発動できない制約を抱えていたからだが、″二天龍の鎧″は彼らの固有能力の再現を極限まで追求したことでその欠点を克服してみせた。
『近付くまでもない。我らの波動に触れた者は全ての力を奪われる。このようにな』
そう告げたと同時に、三叉槍を象る白色の巨大な結晶体が一誠の右掌の中に形成される。魔を滅する光。第二次連合戦争の際に三大勢力連合軍を蹂躙した浄化の雨が最悪の相手に渡ってしまったのだとソーナは戦慄した。
否、それでも彼女達の覚悟は揺るがない。
「……だから、どうしたというのです。貴方の実力は最初から知っていたではありませんか。悪魔が誕生させてしまった復讐者、災厄の具現化、最初で最後のSSS級はぐれ悪魔……きっと私達では逆立ちしても勝てないのでしょう。しかしそれが諦める理由にならないことは、他ならぬ貴方自身が誰よりも理解しているのではないですか?」
発端となった一誠とライザーの対決を観戦していたソーナだからこそ口にできる指摘に、一誠は苦笑した。それを言われては反論もできない。
『そうだな……あの忌々しい紅髪の女を追い詰めるためとはいえ、貴様らを策略に巻き込んだ非礼を詫びよう。そして本気を出すに値する敵であるのだと認めよう……ただ一辺の未練も魂も残さない。深き眠りをくれてやる。大手を振って自慢するがいい』
「貴方に褒められても嬉しくありませんね。私はその言葉をお姉様から受け取りたかった」
『奇遇だな。かつての
一誠は手中の槍を消した。ドラゴンの戦いに無粋なものは不要だと言いたげに。
ここまで口を挟まないでいたサイラオーグは、しかし思うところがあるのか、″獅子王の戦斧″と化したレグルスを手元に呼び寄せる。
そして黄金に輝く鎧──″獅子王の剛皮″を顕現させ、あの日のリベンジを果たすべく身構える。
「俺はサイラオーグ・バアル。お前を倒す男だ」
『……兵藤一誠。最後の二天龍だ』
交わした視線が戦いの幕開けを飾った。
颯爽とサイラオーグが先陣を切る。修練の果てに会得した金色の闘気を纏い、さながら彗星と化して突撃する。更に匙を除いた両眷属合わせて三十名が彼に続き、早くも包囲陣形を完成させた。
切り札である″罪科の獄炎龍王″が全力を発揮するには幾ばくかのチャージを必要とする。その時間を稼ぐための足止めだ。
無論、聖杯の恩恵を加算しても彼らは一誠に遠く及ばない。サイラオーグを蹴りの一撃でよろめかせた隙を狙い、一誠は包囲網の壊滅に動いた。
『いい策だ。しかし惜しいかな、我らを抑え込むには肝心要の力が足りん。一手、教授してやろう。包囲殲滅とはこうするんだ』
直後、両翼の鱗の隙間に散りばめられた宝玉の群れが一段と濃い煌めきを放つ。その内の十六個が一誠の意思に呼応して宙に飛び出したかと思えば、彼の周囲を縦横無尽に駆け巡り、そうして瞬く間に掌サイズの純白の飛龍へと形を変えていった。
『
「……!!」
まだ見ぬ力を警戒したソーナが退避を叫ぶよりも一足早く、飛龍達が極小の咆哮を解き放つ。一時的にでも指揮を欠いてしまったことで、一同の対応は地面に転がっての退避か或いは避けられないと踏んでの防御に大きく別れた。
「ゔ……っ!?」
「ルガールさん!」
人狼形態に障壁術式を重ねての防御を容易く貫通されてしまい、シトリー眷属の″戦車″ルー・ガルーは全身を駆ける痺れに呻き声を漏らしながら倒れ、しかし即座に起き上がった。
その様子に主君であるソーナは安堵の息を溢しかけるが、ふと直前に目撃した神理崩壊の性質を思い出して顔を蒼白に染める。
神理崩壊は、アルビオンの持つ″吸収″を魔力の波動に乗せる技。彼自身の記憶と戦闘経験を継ぐ今の一誠がその応用を思い付かない筈がない。
即ち、飛龍達も″吸収″を与えられているのだ。
「あの咆哮には細心の注意を払ってください! 触れてしまえば″吸収″されてしまいます! 椿姫はルガールを離脱させて! そのままでは遠からず戦闘不能に陥ってしまう!!」
『判断が早い。さて、次はどうする?』
「──俺が挑む!!」
砕け散っていく″獅子王の剛皮″の黄金の雨の中を突き進み、渾身の右ストレートを放つサイラオーグ。
これ以上の無理は堪えられないと全身が激痛によるアラートを鳴らしているのだが、元よりこの戦場を死地と決めている彼は気にしない。生涯最後にして最高の檜舞台に悔いを残すような真似はできないのだ。
「……届かず、か」
『しかし見事な一撃だった。我らは認めよう。貴様を好敵手だと。故に本気で倒そう』
「来い、兵藤一誠」
そして解き放たれた魔力弾に飲み込まれながら、サイラオーグは笑みを浮かべた。領民の仇こそ討てなかったが、もう未練は無い。故に二度と″幽世の聖杯″に呼び戻されることも無い。
ただし、それは時間稼ぎの役割を果たしたという意味を含めての笑みでもあった。
今際の際、サイラオーグの視線の先では奥の手を解放した匙が蛇に似た漆黒のドラゴン──ヴリトラと化していたのだから。
『……久しいな、ドライグにアルビオン』
『貴様も懲りん奴だ、ヴリトラ。宿主の肉体を借りてでも雪辱を果たさんと挑むか……いや、これは我らが言えたことではないな』
『天変地異を巻き起こすつもりか? あの二天龍が共闘するなど、以前を知る者達が見れば卒倒するだろうよ』
『随分と数を減らしたがな。五大龍王と称えられた貴様らも現役で活動しているのはティアマットだけになってしまった。今は極東の地で年下の小娘達と共に暮らしているだろう』
『ほう、奴に少女を侍らせる趣味があったとは驚きだな。それでいつまでも所帯を持たんわけだ』
『本人に聞かれたら殺されるぞ……さて、雑談もここまでにしておこう。再会の挨拶に訪ねたのではあるまい?』
『無論だ』
事前に能力の詳細について教えられているソーナ達が離脱するや否や、ヴリトラと一体化した匙は全身から極めて禍々しい高密度の魔力を噴出させる。
呪いの焔は彼の肉体のみならず余命すらも著しく消耗させる代物だが、僅かでも勝率が上がるなら安い取引だと匙は承諾した。
そのことを告げた瞬間の主君の表情は、敢えて見ない振りを貫いた。
「……最後の命令です。椿姫は直ちに他の眷属達を纏めて撤退しなさい。情報によれば人間界にはシーグヴァイラが避難しています。彼女と合流して、今後は彼女を″王″だと思って支えるのです。そして平穏に生きなさい。私には……眷属の我が儘を見届ける義務がありますので」
「……了解しました、会長。どうか、ご武運を」
命令を告げたソーナは次にクイーシャ率いるサイラオーグの眷属達に視線を移したが、彼女達は無言で首を横に振った。″クリフォト″の勧誘に乗ったのは主君を蘇生させるためだ。その彼が未練を残さずに戦死できた以上、生き恥を晒したくはない。
こうして開始した絶望的な挑戦は、しかし全員が諦めることだけはせずに抗い続けた。主君の後を追うために、最高の戦いを演じるために、″王″の責務を全うするために。
『最高の戦いだったぞ、ヴリトラ。そして……最高の宿主と主君だった』
『いい女だろう? 我が相棒が限界を越えることができたのはソーナのお陰だ。胸は小さいがな』
『その一言多い悪癖はマシにならんのか……しかし貴様が羨ましいよ……ああ、その一点においては紛れもなく──貴様の勝ちだな』
『……そうか』
主君の亡骸を抱えながら共に光と帰していく昔馴染みの姿を、
それは本人にしか分からない。
・
▼ステータス
筋力:SS+
耐久:SS
敏捷:SS+
魔力:SS+
幸運:EX
神器:EX
ドライグとアルビオンの共闘により覚醒した、内に宿す″赤龍帝の籠手″と″白龍皇の光翼″の二つを同時に″禁手″へと至らせた形態。赤龍帝であり白龍皇でもあるという矛盾した存在の証明。
姿は神器未発動の状態(純黒の人型ドラゴン)からほぼ変化していないが両腕と両翼の宝玉が紅蓮と白銀に煌めき、二天龍の生前の固有能力である″倍加″・″譲渡″・″透過″・″半減″・″吸収″・″減少″・″反射″を自由自在且つ無制限、更にはタイムラグ無しに操れるようになる。また彼らの絶技である火炎と猛毒に加えて、幾百幾千年もの間に培われてきた莫大な戦闘経験と記憶も継承する。
これは全身鎧による戦闘能力向上よりも神器そのものの基本性能や二天龍の固有能力の再現を極限まで求めた結果であり、無限の因子による侵食を逆手に取り、敢えて生身での防御力に任せて全身鎧の選択肢を捨てたことと、アルビオンの″吸収″を根幹としたことで、キャパシティに余白と伸び代を持たせることに成功した。
″龍神化″が完成された最強形態であるなら、″二天龍の鎧″は成長し続ける最高形態であるといえる。
ただし負担が大きいなど弱点もあり、特にリゼヴィムの″神器無効化″とは相性が最悪であることは考慮すべき点である。
・詠唱
我ら、目覚めるは
真の理に到達せし二天龍なり
無限を想い、刹那を憂う
我ら、龍の天頂を極め
終たる汝に紅蓮と白銀を授けよう
▼技
・
魔力の波動に″半減″と″吸収″を上乗せし、それを媒体として相手の力を奪う技。
″白龍皇の光翼″と比較して、直接触れるという制約を無くした点と、ドライグの″倍加″により吸収上限を無視している点で格段に使い勝手が向上している。
ちなみに基となったのは一誠がオカルト研究部時代に思い付いた
・
両翼から飛び出た宝玉が極小の飛龍を象る技。それらは一誠の意思に応じて遠隔操作できる他、口部と思しき箇所から二天龍の固有能力を乗せた咆哮を放つ。
何の因果か、原典世界の一誠が至った能力の名前に酷似している。
▼余談
・イメージソース
『仮面ライダーク○ガ』『仮面ライダーオ○ズ』をイメージを固める上での参考にしている。