はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(こうしてペロペロできるのも残り約4話か……)


異形になってしまった男

 私──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーの眼前に舞い降りたのは、端々に紅蓮と純白のラインが入り乱れた濡羽色の人型ドラゴンだ。今では世界で最も有名なその厄災の名を兵藤一誠という。

 

 兵藤一誠はこれまでの歴代所有者の誰も成し得なかったドライグとアルビオンの和解を成し遂げ、二つの神滅具を同時に″禁手″に至らせることで、無限に頼らない新たな領域へと辿り着いた。

 

 また、これは単なる偶然ではあろうが、ほぼ同じタイミングでアガレス家の小娘が眷属であるデュランダルの使い手や混血児の吸血鬼、更には助っ人の龍王とフェニックス家の小娘を率いて現れた。

 

 後者は戦力的には知れているものの、手足である邪龍軍団やユーグリットとの連絡が途絶えている以上は私のみで戦わなければならない。いや、恐ろしいのではない。面倒ではあるが、″幽世の聖杯″を保有する今の私の敵ではない。

 

 待ち望んだ兵藤一誠との戦いを邪魔立てされることがどうしようもなく気に入らないのだ。

 

 故に私の次なる一手は迅速だった。迷わず召喚術式を構築し、空中に描かれた無数の紫の文字列から温存してきた切り札の一つ──ゲオルクとレオナルドを吐き出させると牽制に宛がう。ともすれば移動と兵力増強の要を一度に失いかねない暴挙だが、彼との決闘が叶えば最早どうでもいい。

 

 死後も聖杯の下でゾンビとして使役される元同僚達の姿に、兵藤一誠の眼差しが鋭さを増した。彼の戦意を煽れたのであれば、或いは愚策ではなく上策だったのかもしれない。安い取引だ。

 

 宿敵リゼヴィムとして、私は六対の蝙蝠の翼を拡げながら名乗る。

 

「賓客ようこそ。改めて自己紹介をしておこう。私はリゼヴィム・リヴァン・ルシファー。初代ルシファーの実子たる最上級悪魔であり、今はこのルーマニアでしがない相談役を担っている、ただの落ちぶれた隠居ジジイだ」

『貴様に名乗る名前は無い。我らが花嫁を返せ』

「そう結論を急がないでくれたまえよ。以前から君との会話を楽しみたいと思っていたんだ。しかしユーグリットが死んだ今、生憎と紅茶や菓子の類は用意できなくてね。世間話を肴に思い出を語らおうじゃないか。その方が、そこにいる奥方やお嬢さんのことを思いやるなら利口な選択だと思うがね」

 

 オーフィスとリリスの入れられた檻の傍らから片時も離れず、迂闊な攻撃を牽制する。

 

「どこから話そうか……前提として、種族や目的は違えど我々は兄弟だ」

『ほざけ。悪魔と兄弟など反吐が出る』

 

 一誠は間髪いれずに拒絶するが、しかし私の言葉は紛れもない事実なのだ。無論、血縁関係にあるわけではない。

 

「かつてリリスという女がいた。彼女はアダムに嫁ぐ際に対等な扱いを要求した。ところがアダムはそれを拒否した。口論の末に楽園を飛び出したリリスは初代ルシファーに拾われ、やがて子を成した。それが私であることは聖書を開くまでもないだろう。しかしこのエピソードには歴史に記されなかった真実がある」

『真実?』

「神の失敗だ」

 

 ともすれば人間の創造を上回るミスを、かの神は演じてしまった。思考を巡らせていた彼もその可能性に思い至ったのか、呻き声を漏らす。

 

『……純血悪魔の価値観からして、単なる人間の女を拾う筈があるまい。百歩譲って初代ルシファーが特別に惚れたのだと仮定しても、″悪魔の駒″の根幹部分である転生システムが既に実用化されていたのだとしても、古い価値観に凝り固まった側近連中は納得するまい。即ち、リリスは彼らを黙らせるような手土産を持参したことになる。察するにその結果が貴様か』

「模範解答だ、我が兄弟。やはり正解要員がいる前提での会話は楽しいな」

 

 楽園を出奔する際、リリスはあの手この手で聖書の神の監視を誤魔化し、一つの神器を盗んだ。カウンターとして用意された試作品だ。

 

 極めれば神をも滅ぼすと称されるように、神滅具の力は絶大だ。しかし人間がそれを宿す以上、万が一にも神に挑もうとするような愚か者が出現した場合に備えなければならない。人間の悪意を誰よりも理解しているが故に。

 

 それが″神器無効化″だ。

 

 それが最初の神滅具だ。

 

「我が真名はリリン──()ゼヴィム・リ()ス・リヴァ()・ルシファーだ」

 

 私は純血悪魔ではない。

 

「初代魔王ルシファーである父と、元人間の転生悪魔の母との間に生まれた混血児。″神器無効化″は母に埋め込まれて獲得したものだ。サーゼクスやアジュカのように純粋な″超越者″ではない。しかしこんな出来損ないの私だが、最後の神滅具を宿した兄弟がこうして訪ねてくれた。運命や奇跡というものがあるなら、それは私達のことかもしれない」

「……はた迷惑な兄弟ね」

「私も同意見だ」

 

 アガレス家の小娘の呟きに、私は苦笑した。

 

「悪であれ魔であれ、とは母の残した呪い(願い)だ。私はその言葉に従い、ある日は前冥界上層部に言葉巧みに近付き彼らの計画を推し進め、またある日は国際テロリスト組織の討伐を目的とする″クリフォト″を結成し、そして今日は兵藤一誠の物語における実質的なラスボスとして降臨を果たしている。そこに正義も悪も無い」

 

 そう、あるのは純粋な欲望だ。

 

 兵藤一誠に勝ちたい。

 母の遺言を果たしたい。

 

 全ての暗躍は今、この瞬間のために。

 

「初手から″神器無効化″というのもつまらない。私の用意した余興に付き合ってもらおうか」

 

 そう言って懐から取り出したのは、金と黒のツートンカラーの装飾が施された一振の短槍。

 

「アザゼルが製作し、カテレアが強奪し、曹操が保管し、私が接収した。五大龍王ファーブニルを封印したこの人工神器の名は″堕天龍の閃光槍″。相応の近代化改修を施した自慢の切り札だ。ゴミのような同胞達もたまには役に立つ」

『材料か』

「軍団として宛がったのは一部だ。総人口から逆算すればあまりにも少なかっただろう? 不必要な分は聖杯に注ぎ込んだよ」

 

 ……さて、演出はここまでにしよう。

 

「さあ!! 兄弟!! 殺したり殺されたり死んだり死なせたりしよう。さあ乾杯をしよう。宴は既に今宵・此の時より開かれたのだ……なんちゃって! うひゃひゃひゃひゃひゃ♪」

『Downfall Dragon Balance Breaker!!!!!!!』

『シーグヴァイラ、どうしてこの場にいるのかは敢えて問わん。そこの元同僚の相手を任せる。腐っても英雄だ。油断せず迅速且つ確実に討ち取れ』

「任されたわ、兵藤一誠。どうか武運を」

 

 兵藤一誠は龍翼を展開した。

 

世界(我ら)が求めたのはいつだって力だった。世界(我ら)が否定したのはいつだって愛だった。しかしその選択は誤りであった。愛もまた大いなる力なのだと教えられた。ならば認めなければならない。償わなければならない。取り戻さなければならない。それには貴様が邪魔なのだ』

 

 紅蓮と純白の宝玉が瞬いた。

 

『──故に、貴様に破滅を与えよう』

「やってみろよ!!」

 

 最初で最後の、世界を巻き込んだ盛大な兄弟喧嘩が勃発した。

 

▼異形になってしまった男▼

 

「これじゃ一体どちらが悪役なんだか」

「両方だろう。二人揃ってヒーローとは程遠い」

 

 呆れを隠そうともしないシーグヴァイラに、ティアマットが鋭く返した。最終目的の違いはあれど、その過程と結果は滅びでしかない。これを悪の所業と蔑まずにどう糾弾するのか。

 

「ジークには不覚を取ったが、次こそデュランダルの錆びにしてくれる」

「なら私は燃やし尽くして差し上げましょう」

「随分と頼もしいけど、この程度の相手はレディ達の手を汚すまでもないのさ! ……ところでマイハニーはどこだ?」

 

 軽口を叩きながら全員が臨戦態勢に移る。小人数(こにんず)ではあるものの、リゼヴィムをして面倒だと言わしめる手練れが揃う。直接戦闘の手段に欠けるゲオルクとレオナルドのコンビでは荷が重いだろう。しかし自我はあれど拒否権は無い。″幽世の聖杯″の支配は死への恐怖すらも塗り潰すのだ。

 

 それを自覚しているからこそ、ゲオルクの浮かべる笑みは皮肉げだ。

 

「……英雄になれない条件、か」

「なによ、それ。もしかしてヒーローにでもなりたかったの?」

「今となってはつまらない願望だ。俺達のチームは世界中の神仏を討つことで英雄の座に到達しようと企んだ。それを成すだけの力もあったからな。しかしリゼヴィムに嗤われたのさ。英雄というのは英雄になろうとした瞬間に失格なんだ、とね。つまり英雄派はいきなりアウトってわけだ」

 

 曹操が方針を転換したことで、英雄派は後ろ暗い稼業の一切から手を引き、北欧の片田舎で孤児院の運営を行う道を選択した。誰も彼もが、以前までの思い上がりに対する咎を甘く見ていた。強襲を受けた彼らは子供達を逃がすべく囮となって壊滅し、″禍の団″解散後も活動を共にしていたソフィア率いる魔法使い派も同様の道を辿った。唯一の救いは、そこまでして守りたかった子供達も引率を託されたペルセウスもろとも惨殺されたと知らない点だ。

 

 饒舌なゲオルクとは反対に、レオナルドは無言無表情のまま″魔獣創造″を起動させた。多種多様なアンチモンスターによる兵力確保を担う都合上、自我すらも剥奪されているようだった。

 

 タイミングを見計らい、今度はゲオルクが″絶霧″による濃霧を展開した。宙からボトボトと鴉の糞尿のように、三大勢力に連なる者共の死体を降らせる。

 

「ゼロから製造するよりも素体を改造した方が強力な個体が誕生する。リゼヴィムの発案は兵藤一誠の両親や教会戦士の八重垣正臣、そして腹心のユーグリットを経て、バンダースナッチとジャバウォックで証明された」

「……そんな、こんなのって」

「愛していたのなら燃やすべきだった。あのクソ悪魔を相手に、ご丁寧に目印()まで築いたのはアガレス家の才媛らしからぬミスだったな。だから悪趣味な人形にリサイクルされるんだ。俺達のように」

 

 そして、見覚えのある少年神父のそれも。

 

「やあやあ、久し振りだねえ! 誰かと思えば泣き虫のシーグヴァイラたんではあーりませんか!」

「……黙れ」

「そんな寂しいことを言わないでよ! 俺の墓の前であんなにも泣いてくれた関係じゃん?」

「黙りなさい」

「だからさ、俺も名残惜しくなって愉快に素敵にモデルチェンジしてシーグヴァイラたんとデートしに来たんだぜ! リゼヴィム様がさあ? 新しい力をくれるって言うからどんなものかと思って楽しみにしてたら──合成獣(キメラ)だってよ!!」

「偽者の分際で私の名を呼ぶな!!」

 

 シーグヴァイラは絶叫した。粉々に粉砕されて降り注ぐ硝子の愛の中で、少年少女は殺し合う。

 

 否、彼女だけではない。

 

「……ルヴァルお兄様」

「すまない、レイヴェル」

 

 不死鳥の少女は消息を絶っていた兄と対峙する。

 

「イリナ、死んでいたのか」

「第二次連合戦争でね、殺されちゃった」

 

 デュランダルの担い手は元相棒の栗毛の少女と刃を交わす。

 

「おい、私だけ扱いが酷くないか」

『グハハハハ!!』

 

 最強の女龍王は自分を包囲する邪龍のレプリカ達に不満を露にする。

 

「俺なんかレディどころか顔見知りでもない優男なんだけど。それと黒い犬」

「……」

 

 邪眼の王は狗を従えた少年との戦いに興じる。

 

「当初の目的を省みれば、現状はまさしく英雄派の理念に則った活動というわけか。それに俺達を表舞台に出さずに裏方に徹させたのも全てはこの演出のため。シーグヴァイラがこの場に現れたのは偶然だが、どうせ頃合いを見て駒王町に差し向けるつもりだったのだろう。本当に大した悪魔だ」

 

 リゼヴィム曰く、木を隠すには森であるのと同様に死体を隠すのは戦場が好都合らしい。この理屈の応用として、「木を探すには森を伐採して死体を見繕うには戦場を作るんだ」と彼は続けた。漁るのではなく戦場そのものを生み出せばいいと平然と言ってのける部分に、リゼヴィムがリゼヴィムたる所以が凝縮されている。それを遂行している自分も同類だとゲオルクは自嘲した。

 

 個人的には兵藤一誠を援護したいが、聖杯はそれを許さない。反旗を翻した瞬間に物言わぬ人形に堕とされるだろう。それと気付かれない程度に手を緩めるのが精一杯である。

 

「一握りの復讐をさせてもらおう、魔王ルシファーの末裔よ」

 

 異形に抗うのは、いつだって英雄だ。

 

 

 一誠は猛攻を加える。

 

『滅びろ』

 

 ルーマニアの空を射貫く紅蓮の魔力弾を、リゼヴィムは片手で防いだ。龍王の中で最も強固な鱗を持つファーブニルを封印しているとあって、″堕天龍の鎧″の防御力は極めて高い。

 

『無傷だと? あり得ん。龍王の鱗など容易に貫ける威力なのだぞ』

「腕が鈍ったんじゃないのー?」

 

 ここぞとばかりに挑発するリゼヴィム。黒に金の装飾が誂えられた派手な鎧は、アザゼルが趣味と実益を兼ねて特別に製作した試作品である。まだまだ完成には程遠いとはいえ、仮にも堕天使総督が纏うことを想定した秘密兵器だ。並みの神器では比較にならないチューンアップが施されている。そこに″幽世の聖杯″が材料を投入することで、神滅具をも凌駕しかねない性能を発揮していた。

 

 否、それだけではない。

 

 厳密には、リゼヴィムは攻撃を無傷で捌いたのではない。そんな芸当は最早、無限もしくは夢幻のような絶対的な強者でなければ不可能だ。

 

『……鎧が修復されている? ファーブニルはそのような能力を有していない筈だ。それも聖杯の恩恵によるものか? いや、違う』

 

 リゼヴィムは敢えて肯定も否定もせず、魔力弾に堪えきれず一度は欠けた筈の左手が瞬時に再生されていく感覚に浸っていた。遅れて一誠も違和感の正体に気付く。たかがルシファーの末裔が、二天龍の攻撃を受けて無傷で済むわけがない。両者の間に横たわる実力差を埋められる外法の名を、彼は既に知っていた。

 

『″幽世の聖杯″を自分に移植したのか』

「ピンポーン!! ヴァレリーちゃんが宿していたのはイレギュラーでさ、三つでワンセットとかいう代物なんだよ!! そりゃ強奪ぐらいするでしょ? だって俺は最低最悪の悪魔だもん! ああ、ちなみに死んではないよ? 手遅れになっちゃうかもしれないけど! うひゃひゃひゃひゃ♪︎」

 

 真実の一部を伏せる彼の視線は、眼下にて玉座の間を駆けるギャスパーへと向けられていた。どうやら″黒刃の狗神″との相性の悪さをもろともせずに幾瀬鳶雄を降し、そのまま愛しい恩人の捜索に向かおうとしているらしい。無駄骨だ。

 

「ギャスパー、それともバロールと呼ぼうか。ヒントをあげよう。そんなところをどれだけ探したってヴァレリーは見付からないぜ?」

「……じゃあ、どこに隠した?」

「うひゃひゃひゃひゃひゃ♪ それはギャグで言ってんのかよ!」

 

 目の前にいるだろ、とリゼヴィムは告げた。

 

「ご存知のように″幽世の聖杯″の力は強大だ。神の領域に踏み込み神の理を汚すことのできる唯一の神滅具なんだ。いや、今のは正確じゃない。″蒼き革新の箱庭″や″究極の羯磨″のような比類するレベルの代物もあるが生憎と発見できなかったんでな。世界ってのを創造してみたかったが、無い物ねだりはするまいよ。だったら……今ある手札を徹底的に活用するしかないじゃん!!」

 

 剥がれ堕ちる″堕天龍の鎧″。剥き出しになった彼の胸部から生えるのは、吸血鬼少女の上半身。

 

「聖杯は対象を差別しない。指定された部品が本来の所有者であっても聖杯は躊躇なく改造に用いる。かくして俺は無限に近しい再生能力を獲得した。しかし足りない。この程度ではママンの願いを叶えられないんだ。だから、お前を倒すことで俺は自分を証明してみせる──我が兄弟(兵藤一誠)!!!」

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