はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(前編)


戦いの帰還

「これより首脳会談を行う。ここにいる者達は、最重要機密事項である神の不在を認知していることを前提として話を進める」

 

 サーゼクスの厳かな開催宣言により、三大勢力首脳陣の会談は幕を開けた。会場となった駒王学園には二重三重に人払いと防御を兼ねた術式が構築されており、また各々の護衛も質・量の両方が過去に類を見ない規模である。

 三大勢力はそれなりに大きな勢力なだけあり、敵対する神話も多い。最悪の場合を想定し、特に堕天使総督たるアザゼルは膨大な数を護衛に割いていた。

 

 そんな中、先の一件に関わったとして出席を命じられたリアスは一人震えていた。彼女にはエクスカリバー強奪事件を報告する役目がある。もしそこで粗相をしてしまえばグレモリーや悪魔全体の評価を落とすことになりかねない。とも考えれば緊張してしまうのは当然だった。

 リアスはふと、同じく出席しているソーナを見た。ソーナも内心では緊張しているが、それを外面に出さないという点でリアスよりも優秀だ。

 

「リアス、例のエクスカリバー強奪事件について報告をしてもらおうかな」

「はい、魔王サーゼクス様」

 

 彼女は立ち上がり、あの日に自分が見聞きしたことを包み隠さず語った。事前に纏めた通り、コカビエルとの接触から戦闘、解決に至るまでの一部始終を話した。

 時折挟まれるソーナの補足説明のお陰でリアスは上手く報告することができ、サーゼクスは満足しながら頷いた。そして着席を促すと今度は自分の前に座っているアザゼルに顔を向けた。

 

「さて、この件について堕天使側の意見を聞きたい」

 

 アザゼルと呼ばれた、黒に一部金が混ざった髪色の男は欠伸をしながら話した。

 

「エクスカリバー強奪はコカビエルの独断専行だ。処理は白龍皇がおこなったよ。軍法会議でコキュートスでの永久冷凍に処したから、あの馬鹿は二度とシャバに出てこれない。それについては事前に提出した報告書に全部記しておいただろ?」

「アザゼル個人が我々と刃を交える可能性に関してはどうでしょうか。ここ数十年、″神の子を見張る者″は神器所有者の勧誘を続けているではないですか。総督本人の意見が知りたいですね」

 

 天界代表である金髪の美青年ミカエルが透かさず睨みつけるが、アザゼルは豪快に笑い飛ばした。

 

「お前らが思ってるような物騒な目的じゃない。ただ純粋に神器を研究したいだけさ。なんなら後で研究資料も送ってやるよ。少なくとも俺は戦争なんざ金輪際しない。今の世界に満足してるんでな」

「本当かい、アザゼル。もしもコカビエル同様に第二次を勃発させるつもりなら」

「俺の信用は最低かよ。神や先代魔王共よりはマシかと思ってたんだが、お前らも面倒だな。こそこそ研究するのも限界か……」

 

 そして、アザゼルは提案する。

 

「──三大勢力で和平を結ぼうぜ。お前らも元々そのつもりなんだろ?」

 

 リアスやソーナ、ライザー達は驚きを溢す。そんな次世代達を尻目に、先駆者は次の段階を話していた。

 提案を受けたミカエルが瞑目する。しかしながら既に答えを導いていたらしく、眼を瞑ったのはほんの数秒にも満たない。

 

「私も悪魔政府と″神の子を見張る者″に和平を持ちかける予定でした。三つ巴の争いを続けていても世界の害でしかないのです。神の子を見守り、先導していくのが残された我々の使命なのだと天界は結論を出しました」

 

 ミカエルの言葉を聞いていたサーゼクスとセラフォルーも互いに頷くと、自身の意見を口にする。

 

「私達も和平を提案するつもりでした。種を存続させるために悪魔は次に進まねばなりません」

「戦争は我らも望まない。第二次が勃発すれば今度こそ悪魔は滅びる」

「そうだ。二度目の戦争をすれば三大勢力は滅びちまうのさ。それに他神話や人間界にも悪影響を及ぼしてしまうだろうな。神や初代魔王が亡き今、残された俺達で勢力を守っていかねばならん」

 

 最後の呟きは、あまりに力不足でちっぽけな男の本音ともいえた。

 

「神がいなくとも、世界は回るのさ」

 

 アザゼルは心底面白そうな笑みを浮かべながら、窓の外を見た。護衛達が所狭しと整列しているが、その隙間から僅かに星が伺える。そしてなんとなく手を伸ばした。

 

 ──そして全ては停止した。

 

「……あら?」

 

 リアスは目覚めた。見れば各首脳達と、サーゼクスの護衛として背後に控えているグレイフィア、自身の眷属である木場とゼノヴィア、それ以外の全員が停止していた。まるでDVDの一時停止のようにピタリと停止させられており微動だにしない。

 リアスは、ギャスパーの能力であることを瞬時に悟った。しかし彼はまだ対人恐怖症を克服できておらず、部室に置いてきた筈なのだ。

 思考を続けていると、窓際に立っていたアザゼルが彼女に気付いた。

 

「おう。起きたか、リアス嬢」

「これは一体……!?」

「テロだよ。魔法使い連中の襲撃だ」

 

 そう言いながら、アザゼルは窓の向こう側を睨んだ。目視でざっと百は余裕で数えられる。死角や援軍を含めるとその数倍は予想範囲内だ。彼らは時間停止により動けない護衛達を殺しながら迫ってきている。

 放たれている魔法の威力から察するに一人一人が上級悪魔クラスの実力を持つだろう。迂闊に飛び出しても袋叩きになってしまうだけだ。

 

「私とミカエル、アザゼルで強固な防壁魔法を展開しているから我々に被害は与えられない。しかし結界を維持しなければならない私達はこの場を離れることができない。それにしてもこの状況……恐らくは魔法でギャスパーくんの″停止世界の邪眼″を強制的に″禁手″に至らせたのだろう」

「一時的にとはいえ、視界に映した建物の内部にいる者にまで効果を及ぼすとは。あのハーフヴァンパイアの潜在能力だろうな。ま、俺達を止めるには出力が足りなかったようだが。さて、ヴァーリは外に出て敵の目を引き付けてくれ。白龍皇であるお前が出れば敵のリーダーも出てくるかもしれん」

「了解だ。──″禁手化″」

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!』

 

 瞬時に純白の鎧を纏い、天に駆けていくヴァーリ。その背中を見つめながら、アザゼルはリアスに銀色の腕輪を投げ渡した。

 

「ヴァンパイアの小僧を助けに行くんなら、この腕輪をアイツに渡せ。神器の暴走を抑えてくれる」

「分かりました! お兄様、キャスリング″ギャスパーを助けに行きます!!」

 

 キャスリングとは″王″と″戦車″の位置を入れ替えるチェスの技術の一つにして、それを模して″悪魔の駒″に搭載されたシステムの一つである。

 ギャスパーが留守番をしていた旧校舎の部室には未使用の″戦車″の駒が保管されている。リアスにとっては絶好の機会だ。

 

「それならば虚をつけるだろう……グレイフィア」

「簡易術式しか展開できませんが、お嬢様ともう一人ならば転移可能です」

「僕が行きます!」

 

 最初に名乗り出たのは、木場だった。

 

「任せたよ、二人とも」

 

 グレイフィアの助力により、リアスと木場は転移していった。

 その直後、床の中央に二つの転移魔法陣が描かれた。場を混乱が支配する中でサーゼクスは現れた二人に問い掛けた。

 

「久し振りだね、カテレア。それにA級はぐれ悪魔であるソフィア・ヴァリエールまで。テロの黒幕は君達か」

「サーゼクス……! 魔王の地位を奪った若造が!」

 

 名を呼ばれたカテレアはサーゼクスを睨みつけた。彼女達の間には因縁があった。

 

 長く続いた三大勢力戦争が休戦した際、悪魔勢力は疲弊しきっていた。戦争を続行すれば種の存続すら危うい程に人口は激減し、莫大な金が戦費として徴収されたことが原因で餓死した者も少なくなかった。それは莫大な財産を所有している筈の貴族悪魔すら例外ではなく、没落・衰退の一途を辿る家も多々あった。

 

 他の二勢力もそうだが、特に悪魔はクリアしなければならない課題が多かった。次期魔王の選出もその一つだが、ここにも上層部の意見が影響した。

 

 上層部の老害は、若く扱いやすい悪魔を傀儡にしようと企んだ。完全に操る事はできずとも、せめて自分達に反抗しない者を魔王にすることで彼らに都合の良い世界を作ろうと目論んだのである。そうして先の戦争で手柄を立てた四人の若い悪魔を魔王に仕立てたが、跡目を狙っていた初代魔王の血族は当然ながら激しく反発し、悪魔側は内戦状態に陥った。

 結果としてはサーゼクス達の率いる革命派の勝利に幕を閉じ、旧魔王派は冥界の辺境に追いやられることとなる。

 

 その旧魔王派の指導者の一人であるカテレアは、積年の恨みを晴らさんと強力な殺意を放出していた。

 

「我々は″禍の団″への協力を決めました」

「……シェムハザが察知した、各勢力の危険分子が集まったというテロリスト集団か。メンバーには神滅具所有者も確認している。そして組織の首魁は──″無限の龍神″オーフィス!!」

 

 オーフィス。その名前が出された瞬間、周囲に動揺が広がった。

 何故なら彼女は神々も恐れるという最強のドラゴンだ。そんな存在がテロリスト集団を組織したとなれば一同が驚愕するのも当然だが、普段の彼女を知っているカテレアとソフィアは特に気にする様子はない。

 

「オーフィスはただの広告塔だろう。仲間を集めるべく拵えた神輿と見たが」

「……確かに最初はそうだったわ。力の象徴として扱えばそれでいいと思っていたけど、最近はそんなことを考えていた自分が酷く馬鹿らしくなってね。現魔王政権への復讐は自力で達成しなければ意味が無い」

「そうかい。どちらにしても、俺はお前を倒さなきゃならない。これからの世界にテロは必要無いんだよ」 

 

 カテレアとアザゼル、両者が同時に力を解放した。その魔力質量は互角であり、その衝突に伴い周辺一帯にプラズマが迸る。

 水の魔力がカテレアを覆った。アザゼルも十二にも及ぶ巨大な黒翼を展開した。

 そして二人同時にグラウンドに飛び出したのである。

 

 水と光が激突する。闇である魔に相性が良い光は徐々に優勢になっていくが、カテレアは魔力の出力を上昇させ、ウォーターカッターの要領でアザゼルの光槍を一刀両断した。返しに水系魔力の応用である氷の弾を乱射するが、それは避けられる。

 一見すると互角の戦闘を繰り広げているかのように見える。それは経験の浅い木場にゼノヴィアのみならず、歴戦の猛者であるミカエルやサーゼクスでさえそう思った。

 

 しかし長く実戦から遠ざかり神器の研究にばかり時間を費やしていたアザゼルに対して、カテレアは特訓に余念がなかった。三大勢力戦争や悪魔を二分した内戦に比べると格段に質は落ちるが、しかし戦闘に必要な勘は取り戻した。

 そうなれば、水という自由性が支える豊富な手数を有するカテレアが有利である。事実、最初こそ上手く立ち回っていたアザゼルは身体の鈍りもあって傷が目立ち始めた。このまま続ければアザゼルの敗北は濃厚だ。

 

「思ったより楽しめるじゃねえか。あの戦争で何度か交戦したが、あのときより強くなったな」

「私は偉大なるレヴィアタンの一族! 貴様らごとき偽善者に敗けはしない!」

 

 カテレアは吼えた。背後に水で形成された龍を従え、見事な連携を見せた。彼女が攻撃すれば水龍も氷の咆哮を放ち、水龍がアザゼルの視界を水で隠してタイミングを崩し、術者であるカテレアが攻撃の対象になれば瞬時に盾となる。

 意思を持つ一生物として独立する存在はアザゼルにとって脅威以外の何物でもないだろう。

 

 余裕を見せるカテレアとは逆に、アザゼルは苛ついていた。堕天使総督としてのプライドを持つ彼は無意識にカテレアを見下していたのだ。魔法使い達と同じ雑魚という認識であった筈が気付けば遅れを取っている。

 深呼吸しリズムを整えた彼は、防戦一方となる前に短期決戦に持ち込むことを決めた。

 

「その魔力の質と量は普通じゃないな。オーフィスからドーピング剤でも貰ったのか」

「確かに彼女から力を借りましたけど、これから死ぬ者が知ってどうするのです」

「仕方ないか」

 

 アザゼルは話をしながら、ごく自然にポケットをまさぐった。ポケットには自身が開発した人工神器である″堕天龍の閃光槍″を忍ばせているからだ。

 神器研究の一環として作製した人工神器は不安定で実戦投入には早い代物ではある。だが両者の差を埋めるには五大竜王たるファーブニルが封じ込められたそれを起動させるしか方法が無い。苦渋の決断だ。

 そして彼は覚悟を決めた。ポケットから勢いよく″堕天龍の閃光槍″を取り出し、勇ましく名乗りを上げようとしたまさにその瞬間だった。

 

 不可視の大顎により、彼の左腕は槍ごと消失した。まるで初めから存在しなかったかのように腕があった場所から血が噴き出した。

 

「あ、あがァァァァァァァアアア!!!!」

 

 顔を苦悶の表情に歪めながらも視線を移してみれば、直前まで堕天使総督の左腕として機能していた肉塊は、カテレアの後ろに立っている二体目の水龍の口内に浮いていた。カテレアは水龍から″堕天龍の閃光槍″を受け取ると勝利を確信したように笑みを浮かべた。

 

「水の強みは不可視。恐らくは水龍が移動する時に生じる歪みを見極めて戦っていたんでしょうけど、後ろにもう一体いたのですよ」

「なんだと……!?」

「もう一体は全く動かなかったから気付けない。ましてや私達と戦っている貴方にそんな余裕はない。本来なら首を食い千切らせようと思っていたのだけど、貴方が神器を取り出したから作戦を変更したのよ。敵のパワーアップを見逃すほど私は耄碌していないつもりです」

 

 歯軋りするアザゼル。出血こそ魔法で止めたが所詮は応急処置であり長くは保たない。対してカテレアは体力を温存しており、彼から人工神器を奪い取ったことで戦意も高揚している。

 万事休すかと思われたが、しかしカテレアは不意に転移魔法陣を広げた。意外な行動にアザゼルは怒鳴る。

 

「待て、逃げるのか!」

「貴方との戦闘を続行すれば戦利品を奪い返される可能性もありますし、二兎を追うよりも確実に持ち帰るべきと判断したのですよ。それではごきげんよう。堕天使総督アザゼル」

 

 カテレアが虚無に呑み込まれていく光景を、アザゼルは見ていることしかできなかった。そして彼女も水龍も″堕天龍の閃光槍″も自分の左腕も、全ては虚空に消え去ってしまった。

 

 アザゼルに快勝したカテレアとは打って変わって、ソフィアはグレイフィアに追い込まれていた。ソフィアはサーゼクスと対峙していたのだが、そうは行かないと″女王″であるグレイフィアが彼女の前に立ちはだかり、そのまま戦闘を開始したのだ。

 子供を産み多少衰えたとはいえ、かつてセラフォルーと女性悪魔最強の座を争ったというグレイフィアの実力は今も健在だ。

 高速で迫り来るグレイフィアに、ソフィアは咄嗟に何重もの魔法陣を拡げる。

 

「これで、目眩まし程度には!!」

 

 幾百もの魔力弾が灰煙と共にグレイフィアに向かっていくが、最強の″女王″には足下にすら届かない。放った魔力弾の全てを完璧に叩き潰され、その光景に唖然としている彼女は煙が揺れたことに気付くのが遅れた。

 戦場に置いて、それは死を意味する。

 うねりを持って、グレイフィアの鉄拳がソフィアを殴り飛ばした。隕石の落下に等しいエネルギーが直撃し、彼女をグラウンドの土に捩じ込んだ。爆発的な衝撃はそれだけで収まらずグラウンドにまで大穴を空けた。

 その中心点に転がっているソフィアはさながらボロ雑巾と化していた。血と土に汚れ、それでも意地とばかりにグレイフィアに魔力を放つ。

 

「そのような物で私が止められるとでも?」

 

 だが彼女が少し腕を払うだけで、擦り傷の一つすら与えられないまま魔力弾は四散した。そして彼女の姿が見えなくなり、かと思えば次にはソフィアの目の前に立っていたのである。

 ソフィアは笑うしかなかった。何故か無性に笑いたくなった。自分はこの一撃で死ぬだろうと察したのだ。

 

「A級はぐれ悪魔のソフィア・ヴァリエール。最後に言い残すことは?」

 

 寝転がっている故に相手の顔ははっきりと見えないが、恐らく氷のような無表情であろう。どのような事情があろうと、彼らにとっては一介のA級はぐれ悪魔であることに変わりはないのだから。

 

 それでもソフィアは、叫ぶ。

 

「私は──人間(ソフィア)! 悪魔じゃない!」

 

 戦争で人口が激減したからという身勝手な理由で、他種族を無理矢理に連れてくる。そして目ぼしい者が入れば眷属にする。上級悪魔というものは眷属の見た目で競い合う傾向がある。

 個人の好みにもよるが、美しければ美しいほどに所有者である悪魔の格と評価が上昇し、挙げ句には専門の奴隷商人が店を構える始末であった。

 なにせボロい商売だ。非力な他種族──特に人間から上玉を拐って貴族に売れば高値で買い取ってくれるし、眷属は埋まっていてもメイドの名目で購入する者も数多い。故に業者の増加はあっても減少することはないのだ。

 

 そして、はぐれ悪魔は悪魔の被害者であるケースが圧倒的に多い。中には本当に力に取り付かれた者もいるだろうが、大抵は望まぬ取引を強要された場合が殆どである。

 彼らは家畜以下の扱いに怒りと憎しみを覚え、主を殺害することで自由を得たのだ。契約を不当に破った主が悪いのは一目瞭然であり、本来であれば主側が罰されるべきである。

 だが如何なる事情であれど罪を問われるのは被害者である筈のはぐれ悪魔だ。大した調査もされないまま追手が差し向けられ、そうでなくても尊厳がある内に自殺する者が大半だ。

 

 悪魔にされれば二度と元の人生には戻れない。

 ソフィア・ヴァリエールもその一人であり、だから必死で戦ってきた。

 

 しかしそれも、もう終幕だ。

 

「……では、覚悟を」

 

 魔法陣が描かれ、死刑宣告の光がソフィアの首を捉えた。妖しい輝きを放つ魔法陣が眩しくて、彼女は思わず顔を背けた。

 

 瞼に映るのは愛しい両親。楽しかった日々。

 そして自分自身。

 

『私は悪魔の奴隷になるの?』

「貴女は……幼少期の私?」

 

 グニャリ、と少女の顔だけが忌々しい悪魔の顔に変貌を遂げる。下品な笑みを絶やさない醜悪な男だ。

 

『お前は物だ。私の所有物だ』

『……はい、ご主人様』

 

 何度も何度も、連続する日捲りカレンダーの如く、次々と少女の顔だけが移り変わる。

 自分を捕えた奴隷商人、オークション会場の支配人、品定めするかのような視線を浴びせてくる上級貴族達、自分を購入した貴族悪魔。哀れむべきことに、ソフィアは走馬灯すら悪魔に支配されていた。

 そして、最後に現れたのはつるつるした真っ白な顔だった。何も描かれていない顔はまさしくソフィアの人生そのものを表しているといえるだろう。

 

「……私は、何のために生まれたんだろう」

 

 振り返れば真っ白(虚無)でしかなかった人生を歩んできた。願わくば来世は幸せに生きたい。

 ソフィアは願いながらゆっくりと目を閉じた。

 

『ソフィア』

「……一誠さん?」

 

 投げ掛けられた一誠の声。しかし彼の姿は無い。

 どこにいるのかとソフィアが少し焦れったくなってきても一向に彼は姿を現さない。

 

『ソフィアッ!』

「どこですか……?」

 

 ようやく見付けた。前に、遥か前方に兵藤一誠の姿はあった。必死に何かを叫んでいる。

 

 分からない。気になる。

 

 知りたい。

 死んだら知ることが叶わなくなる。

 でも知りたい。

 

 ──だから、死にたくない。

 

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ッッ!!」

 

 ──死にたくない!

 

 刹那、ソフィアの頬に暖かい手が重なった。白い夜が明けた。

 

▼戦いの帰還▼

 

 最初に視界に飛び込みその全てを覆ったのは、見覚えのある赤一色の鎧だった。ドラゴンを模した赤い鎧は魔法陣が発射した魔力弾を受け止めていた。

 水蒸気こそ僅かに漂っているが、本人にダメージはない。二天龍の加護を有するその鎧はグレイフィア如きの魔力では破壊できない。

 

「……ソフィア、生きてる?」

 

 赤い鎧に乗っかっているオーフィスが彼女を癒した。その最中でもソフィアは赤い鎧を凝視したままである。

 

「本当はお前らを迎えに行くだけだったけどな。仕方ないか。ドラゴンは自分勝手な種族だからな」

 

 兵藤一誠が今、歴史の表舞台に再び姿を現した。

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