はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(次回、最終話)


逸生

 星空の下、フリードは隣に座る人影から最後の指示を受け取る。

 

 打倒リゼヴィムとオーフィス救出の両方を成し遂げた後、一同は見慣れた駒王町の見慣れた廃教会へと移動した。数多の激闘を経て屋根も壁も半壊したそれは風を防ぐ最低限の機能しか残されていない。シーグヴァイラが誂えたマンションなど他の選択肢もある中で仮の拠点に定めたのは一誠の希望を汲んでのことだ。連戦の疲労が堪えたのか、他の面々は結界を敷いた礼拝堂の長椅子で眠りこけている。

 

 フリードは、素人目にも高級と分かるワインとグラスをその人影に手渡した。どさくさ紛れにリゼヴィムの城から失敬してきたものだ。また罪を重ねちまったと苦笑する彼は、もう人間ではない。再度の離別を惜しんだシーグヴァイラが余っていた駒を用いてセルゼン兄妹を悪魔に転生させたのだ。

 

 かくして消滅を免れたフリードとリントは人間界に留まることとなった。閻魔大王のローンを踏み倒すという悪魔らしい手段で。ゼノヴィアや合流した椿姫ら元シトリー眷属など一部の者は凄まじく嫌そうな顔をしていたが。誰だって、自分の主君の選んだ男が元殺人鬼の変態など御免被りたいだろう。

 

「飲もうぜ、大将。俺の奢りだ」

「おい、未成年だろ」

「今更そんなこと気にするのかよ。三大勢力を滅ぼしてみせた最強最悪のテロリスト様が」

「違いない」

 

 グラスを鳴らし、最初で最後のワインを一気に飲み干す。飲酒経験の無い一誠には酒の味を楽しむ舌に欠けている。それでも、信頼する側近にして唯一の悪友と交わす酒は美味いものだ。

 

「……今日の昼だったか? 大将が旧グレモリー領に殴り込むのは。主神を相手に大喧嘩とは流石、二代目首魁はスケールが違うザマスねえ。それとお土産は美人のパンツでヨロシクな☆」

「嫁さんに殺されちまえ」

 

 裏口の前で二人、雑談で盛り上がる。敢えて普段通りの雰囲気を貫こうとフリードは決意している。最終決戦だのラスボスだのとやる気を漲らせるのはキャラではないのだ。その善意に寝ている仲間への配慮は含まれていないのだが。

 

「姿が見えないと思ったら、私を省いてナイショ話とは寂しいですわね。私だって赤龍帝派の一翼を担っているというのに」

「お、誰かと思えば舐めプして無策で突撃かました挙げ句にカリバーンで殺されかけたフェニックス家のご令嬢ではあーりませんか! ちっとはその無駄に自己主張の激しい乳じゃなくてオツムに栄養を回してくれよ」

「シーグヴァイラさんとリントさんにセクハラ被害を訴えますわよ?」

「調子乗ってすいませんでした」

 

 音速で土下座するフリード。悪魔に転生したことと聖剣を二振も獲得したことで以前の比ではない実力にまで上り詰めているのだが、どうやら相応の弱点も抱えてしまったらしい。

 

 情けない同僚はさておき、レイヴェルもまたグラスを手にして晩酌へと参加する。空き手にはスナック菓子の詰められた袋がぶら下げられている。

 

「それ、どこから調達してきた?」

「そこのワインと同じですわ。あのマザコン変態悪魔に実験材料にされていましたもの。それなりの謝礼を頂戴して然るべきですわ」

「ちなみに金庫も借りてきましたんで☆ 渡し賃は六文あれば充分っしょ!」

「いつから俺達は強盗団になった」

 

 呆れる一誠だが、これで今後の活動における資金源も確保できた。リゼヴィムも地獄で微笑んでいるに違いない。

 

「これにて赤龍帝派は解散するが、お前達は駒王町で暮らすのか?」

 

 その問いに、フリードとレイヴェルは頷きながらも付け加える。

 

「嫁さんが領主だからな。復興させるとなれば夫の俺も手伝うに決まってんだろ。学園とかボロボロのままだし」

「住民には記憶操作で誤魔化したそうですが、やはりケジメは必要ですわ。確かに三大勢力こそ滅ぼされましたが、我々には人間界に被害を与えてしまった責任と償いが残されていますので。それが私達に与えられた役割なのだと考えています」

「律儀なことで。どこぞの紅髪の元主君にも聞かせてやりたいぜ」

 

 一誠は口にする。以前からリアスに対して抱いていた一つの疑惑を。自分達の出会いが突然や偶然ではなく必然であった可能性を。

 

「お前、わざとレイナーレを泳がせたな?」

 

 当時の政情を省みれば、堕天使との小競り合いを回避するべく敢えて眼を瞑るのは良策ではないにしろ完全な愚策でもない。侵入者の目的が掴めるまで様子見に徹するのも定石だ。そこまではいい。

 

 領民に犠牲者が出た。それが問題なのだ。

 

「俺はレイナーレに殺された。そこのフリードも悪魔と契約したって理由だけで住民を殺した。俺はいいんだ。そのお陰で最終的にはオーフィスと結ばれたし、娘も産まれたのだから。俺は許そう。しかし後者は……それすらも盲目を決めたのなら領主の役割を手放したに等しく、知らなかったのであれば領主の資格を持たない証拠だ。お前は″王″になるべきではなかったのさ、リアス。上層部の愚行を止められなかった兄貴と同じでな」

「殺してすいませんでした」

「部下の不始末は上司の責任だ。俺は閻魔大王に頼んで全てのケジメをつけてくるが、悪魔はそれすらもしなかった。悪意があるだけリゼヴィムの方がマシに見えてくるんだから恐ろしいぜ」

 

 悪意も害意も敵意も無い。

 純粋な悪魔だったからこそ、彼女は赤龍帝(兵藤一誠)を眷属に加えた。

 

「どうして、″王″のお前が召喚に応じた」

 

 姫島朱乃でもギャスパー・ヴラディでも木場祐斗でも塔城小猫でもなく、現れたのはリアス・グレモリーだった。

 

「どうして、お前は俺を助けた」

 

 純血悪魔の価値観に照らし合わせれば、人間など道端の石ころと同じだ。契約だからと言ってしまえばそれまでだが、下等種族である筈の人間と意識が戻るまで寝室を共にするなど正気の沙汰ではない。それこそ使い魔に任せるべき雑用だろう。しかし他の目的──例えば八個もの″兵士″を求められた理由について調べていたのだとしたら。

 

「どうして、お前は眷属に恵まれていた」

 

 ″女王″は堕天使幹部の娘であり、″僧侶″と″騎士″は貴重な神器を宿していたし、″戦車″は姉のことを考慮すれば将来的に仙術を扱える素養があった。挙げ句に″兵士″は赤龍帝だ。その内の四人は命の危機に瀕していたところを土壇場で救われており、残る一人も身分や血縁を考慮すれば始末されてしまう危険があった。

 

「どうして、お前はそう口にした」

 

 貴方が、とは瀕死の一誠を発見した際にリアスが呟いた言葉だ。果たしてその後にどのような台詞を続けようとしたのか。単純に自分の召喚者であることを確認しようとしたのか、それとも一誠こそが神器所有者であることに気付いたのか。仮に後者であれば、彼女は以前から駒王町に神器所有者が暮らしている可能性を察知していたことになる。

 

 必然、レイナーレ達の目的も見えてくる。堕天使の活動は神器所有者の抹殺或いは保護なのだから。しかし実際には野放しにされていた。

 

「こうして、お前は俺を見殺しにした」

 

 純血悪魔の価値観に照らし合わせれば、希少な神器の所有者を眷属に持つことはステータスであるらしい。リゼヴィムとの対決を視野に入れていたサーゼクスなどの例外はさておき、その眷属構成からしてリアスもそういった側面を有していたのだろう。そうでなければタイミングを見計らったかのようにギャスパーや木場の前に現れるわけがない。誘惑を断れないようにする機会を窺っていたのだ。そうなると、それを実行するだけの情報収集能力も備えていることになる。

 

 つまり、レイナーレ達の目的に関してのみ知らなかったという言い訳は成立しない。あのプライド高い少女が自分の治める領地に侵入した堕天使の情報を集めないままでいるなどあり得ない。

 同時に、そこまでのコネクションを有していなかったとする弁護もできない。ギャスパーや木場の情報をピンポイントで拾えるだけの情報網が堕天使に関する情報だけ無知蒙昧であるような奇跡など信じることの方が難しい。

 

 結論。リアス・グレモリーはわざとレイナーレを見逃すことで兵藤一誠を殺害させた。自分の眷属に加える為に領民を犠牲にするその姿勢は実兄や上層部に似て醜悪で、実に悪魔らしい。

 

「そうして、お前達は俺を見捨てた」

 

 実力主義とは便利な看板だ。真実はそれとは正反対の純血主義が蔓延していながら、しかし内戦で武功を挙げただけの若者を担ぎ上げる大義名分として機能した。上級未満の悪魔達に甘い夢を見せることで不満を逸らす飴にもなった。それはライザーに敗北した一誠を見捨てる建前にも利用できた。

 

「だから滅びた……」

 

 いつの間に起きていたのか、シーグヴァイラが星を眺めながら言った。

 

「俺が滅ぼしたのさ。三大勢力は気に入らなかったんでね。そして今度は神々を滅ぼす」

「どっちが巨悪なのか分かんねえでガンス」

「ああ、そういえばアガレスの奥様の耳に入れておきたいクレームが。そちらのご主人ったら私の胸ばっかりジロジロ眺めてくるんですのよ? そればかりか、その無駄にデカイ乳を揉みたくってポンプみてえに金髪ドリルに栄養送って空飛ぶまで回転させてやるよ、なんて叫びながらズボンを脱いできますの……もう恐ろしくって思わず消毒しそうになりましたわ」

「待って、そこまで言ってない」

「そこまで?」

「すいませんでした」

 

 光速で土下座するフリードの姿に、一誠は珍しく腹を抱えて笑った。その口元も瞳も顔も肌も全て、濡羽色の人型ドラゴンではなく人間の形を取り戻している。オーフィスによって余剰なオーラを吸い取られた結果だ。

 

 久々に人間を満喫する一誠にまたしても声をかける人影があった。巨人から子犬サイズにまで縮んだグレンデルと、彼を肩に乗せたティアマットだ。

 

『負けた俺にあれこれ言う資格はねえけどよ、リベンジも許してくれないんか?』

「本人が罪の清算を求めているんだ。せめて最期ぐらいは好きにさせてやれ……と本来なら見送りたいところだがな。オーフィスとリリスを残して死ぬ点には納得していないぞ」

「使い魔の森で殺し合いしたお前らが随分と仲良さそうじゃないか。というか、普通に考えてこの場面ならクロウ・クルワッハだろ。そこらを散歩でもしてるのか?」

『……いや、クロウの旦那はだな』

 

 眼を逸らすグレンデルに代わって、ティアマットが答える。

 

「夜泣きしたリリスの面倒を見ている。まるで姪に久し振りに会った親戚の叔父さんのようだ。赤ん坊を笑顔であやしてる姿は気味が悪かったぞ」

「はあ?」

『いや、マジなんだよ。ラードゥンもニーズヘッグもアジ・ダハーカも一緒だ。今は四人で人形劇の真似事してるぞ。あ、縮んだラードゥン達がパペット役でクロウの旦那は司会のお兄さんだ』

「「「「???」」」」

 

 雇用主を失った邪龍達は、あたかも最初から味方だったかのように駒王町行きの転移術式に相乗りした。これにはひと悶着あったが、最終的には一誠が許可した。オーフィスとリリスを守る戦力を欲したのだ。

 

 そのお陰で、現在の駒王町は生半可な神話なら容易に潰せるだろう怪物の巣窟と化した。悪魔祓いの兄妹とデュランダル使いと二人の上級悪魔と龍王最強と邪眼王と聖杯を持つ吸血鬼、そこに邪龍達まで参加しているのだから。そこまでして守りたい筈のオーフィスが街の最高戦力であるのは皮肉だが。

 

 恐るべきは、この鉄壁の布陣にまたしても過剰戦力が加わる点である。

 

 一誠はブレザーのポケットから紫色の宝玉を取り出した。

 

「大将、それは?」

「″堕天龍の閃光槍″のコア。落ちてたから失敬してきた。中には龍王ファーブニルが封印されてるんだってさ。封じられたままってのも不憫だし、ドライグとアルビオンのついでに解放してやる」

「手癖が悪いザマスねー」

「お前に学んだんだよ」

 

 無限の侵食が神器に編まれた術式を喰らう。聖書の神であっても無限には抗えない。彼が製作した神器もまた同様。遂に二天龍は長き封印から解き放たれる。英雄への恩赦としては遅いぐらいだ。

 

 彼らにとっては草花や蟻を踏み潰すのと似たような感覚だが、全盛期の三大勢力の軍勢を二体で蹂躙するなど普通は不可能だ。あの忌々しい連中を滅ぼすには至らずとも衰退にまで追い込んだその戦果は英雄と称賛されるに相応しい。つまり一誠もまた英雄にカウントされるのだが、英雄の末路は総じて悲惨である。

 

「なあ、大将。今からでも遅くない。考え直すことはできないのかよ? もう復讐も救出も果たしたんだ。これ以上の苦しみを背負う必要は無いんだ。妻子を泣かせてまで戦場に拘る理由も無いんだ。大将は死ななかったんだ。生き残ったんだ。わざわざ死ぬ理由なんざ探さなくていいんだよ! 宣戦布告なんて無視して、このまま俺達と一緒にコメディしてくれよ。俺達を置いていかないでくれ!」

 

 フリードは諦めなかった。側近であり悪友でもある彼だからこそ、本気で止めようとした。

 

「ケジメはつけるさ。だって俺は幾百幾千幾万もの命を奪った史上最悪のテロリストだからな。目的だけ達成して大団円なんざ神は許しても俺が俺を許さない。テロ組織の首魁としてギロチンを受け入れる覚悟はできてるよ。とっくの昔にな」

 

 消滅こそすれど、″禍の団″の汚名は消えない。三大勢力と同じように。

 

 誰かがその命で責任を取る必要がある。それもまた三大勢力と同じように。

 

「俺がいなくとも世界は回るのさ」

 

 一誠はグラスを傾ける。普段と比較して饒舌なのは酔いの影響もあるのだろう。仲間にすら隠してきた本音も酔いに任せて打ち明けてしまっていいとさえ思っていた。背負っていた重圧から解放された影響もあった。

 

「……俺だって死にたくねえよ」

 

 溢れた呟きを、その場の全員が聞いた。二十年も生きていないちっぽけな少年の言葉に誰もが耳を傾ける。

 

「誰が本気で死にたいと願うんだよ。家族も仲間も故郷も捨てて、むざむざ戦死する為だけに戦いを挑んで、挙げ句に世界の晒し者にされたいなんて誰が本気で思うんだよ。俺だって怖いんだよ。それこそ俺達のことを誰も知らない田舎で余生を過ごしたかったさ。でもな、もう遅いんだよ。俺は大量殺戮を実行した最悪のSSS級はぐれ悪魔だ! 老若男女を皆殺しにしてきたテロリストが家族を幸せにできるわけがないんだよ。それにどうせ俺の余命は僅かなんだ。放っておいても死ぬなら、悪魔らしくドラゴンらしく戦場で暴れてやるさ」

 

 許される願いではない。逃れられる罪ではない。眼を背けてはならない。幸せになるべきではない。

 

 兵藤一誠は死ぬべきだ。潔く審判を受け入れるべきだ。それが彼に与えられた最後の役割なのだ。

 

「……俺は、戦う。戦って死ぬ」

 

 彼は強い。夢幻と無限を除いた世界中のあらゆる勢力が束になったとしても或いは彼の自殺願望を止めるべく動いたこの場の全員を相手にしても圧勝するだろう。無限の因子は簡単に神の領域を踏み越えさせる。

 しかし精神まではそうはいかない。心までは最強でも最悪でもない。ごく普通の元人間に過ぎない。だからこそ、一誠はどこまでも残酷になれた。無類の強さを発揮してみせた。

 

「止めたいなら、試してみるか?」

「……私達を相手に、敢えて憎まれ役を演じなくともいいのですわ。逆に不愉快ですもの。ええ非常に不愉快ですとも。何が気に入らないって、リーダーがそこまで思い詰めていたと露知らずに側近だの左腕だのと名乗っていた私達の能天気さと不甲斐なさにムカついたのです」

「いや、レイヴェルが気負うことは」

「その言葉、ブーメランとしてそっくりそのまま投擲してあげましょうか? 部下の成長を確かめるのも上司の役目ですのよ」

「返す言葉も無い」

『お、喧嘩か?』

「そこの邪龍は黙りなさい」

 

 レイヴェルは咳払いをして、最強の切り札をぶつけることにした。視線の先には喧騒に誘われたオーフィスが立っていた。まだ邪龍軍団にあやされているのだろう、リリスの姿はない。

 

 月光に照らされた彼女は奇しくも最初に出会ったあの日の夜と同じで、一誠は思わず苦笑した。空気を読んだのか、いつの間にかフリード達は教会の中へと戻っていた。

 

「……一誠、いなくなる? もしかして、我のことが嫌いになった?」

「そんなわけがない。オーフィスを嫌うなんて世界が滅んでもあり得ない」

 

 愛してる、と彼は一際強い口調で告げた。その言葉に偽りは無い。

 

「だから、俺は戦う」

「……そうして、一誠は死ぬ? 一誠、我の隣からいなくなる?」

「聞いていたのか」

「……最初から」

 

 エヘンと胸を張るオーフィスは泣いていた。褒めてほしいのに泣いていた。

 

「……我、一誠を死なせたくない」

「そうしないとオーフィスもリリスも安心して暮らせないんだ。きっと世界に狙われ続ける」

「……なら、我が滅ぼす」

「その手でリリスを抱き締めるのか?」

「……きちんと洗えば大丈夫」 

「洗っても取れないんだよ、罪は」

「……我は悲しい。夫が反抗期に突入するなんて」

 

 ああ言えばこう言う。理屈を捏ねては戦死を目論む夫に、さしものオーフィスも少しムカついた様子で拳を構えた。

 

「……来い、一誠。久し振りに特訓する」

「止めたいから試すってか。上等だ。今回は前にも増して抗ってやるよ。おい起きろ、ドライグにアルビオン。戦争の前のウォーミングアップだ」

『最初で最後の夫婦喧嘩か』

『無謀な真似を』

「強敵に挑んでこそのドラゴンだろ」

『『物理的に尻に敷かれるに一票』』

「お前ら、少しは宿主を信じてくれよ」

「……やはり、一誠は面白い」

 

 かくして繭の中で勃発した特訓と、その後の仲直りについて語るものはいない。ただ、後日に訊ねられたドライグとアルビオンが揃って沈黙を貫き、オーフィスが寂しそうに腹を擦っていたことだけは記しておく。結局、過去の騒動から一欠片も学んでいない点は一誠もまた立派な悪魔であるらしい。

 

▼逸生▼

 

 太陽は昇る。指定した時刻が訪れる。

 

「ようこそ、神々の皆様。念の為に自己紹介をしておこう。我が名は兵藤一誠。最低最悪のSSS級はぐれ悪魔だ。指名手配していた連中が死んだ今となってはクソみたいな肩書きだけどな」

 

 旧グレモリー邸前の広場に誂えられた処刑台を玉座の代わりにして、一誠は神々の軍勢を見つめる。総力を挙げて討伐に現れるかと思われた四大神話だが、しかし主神を筆頭とした少数精鋭の選抜のみに留めた。これがせめてもの温情ではなく、一誠を微塵も侮っていないが故の最大限の措置であることは明白だ。かの二天龍を相手にどれだけの大軍を集めようと無意味であることは先の三大勢力が証明している。

 

「思ったよりも少ないな。蝗のように押し寄せてくるかと踏んでいたが拍子抜けだ」

「その手には乗らぬぞ。対多数との戦闘はお主が最も得意とする分野じゃろうて。それに、あの忌々しい連中を滅ぼしてくれたことに対する礼も兼ねておる」

「礼には及ばん。一連の戦いは俺が俺個人の理由で勝手にやったことだ。お前らへの同情でも慈悲でもない。というか、その程度で俺に勝とうなんざ傲慢が過ぎるぞ」

「それこそやってみねば分からぬことよ。元人間でありながら復讐心だけで聖書を喰らってみせた怪物の名を知らぬとは言わせぬぞ。世界の広さと、人間の可能性の恐ろしさを痛感させられたわい」

「違いない」

 

 虚仮の一念岩をも通すという言い回しもあるが、極めれば神話をも滅ぼせることを証明したのは他ならぬ自分自身だ。

 

 リゼヴィムによって第二次連合戦争の勃発を仕組まれた三大勢力は、その思惑から逃れられないまま壊滅の一途を辿らされた。民も王も政府も等しく喪失した悪魔は僅かな生き残り達に再建の目処すら放棄されたことで滅亡が確定した。グレンデルの襲撃で被った損害を癒せないまま参戦した″神の子を見張る者″も大打撃を受けたが、新総督ベネムネの尽力により辛うじて活動を再開した。天界はかつての同胞の温情に縋ることで巻き返しを図った。

 

 しかし以前の栄華を取り戻すには足りず、今後は鼠や害虫のように細々とした活動を強いられていくことだろう。それが彼らに与えられたケジメだ。

 

 次は、一誠の番だ。

 

「……じゃあな、オーフィス」

 

 衝突から数時間後、世界に二天龍が帰還した。彼らは戦場に舞い戻るや否や、死闘を経て疲弊していた神々を蹂躙してみせた。それは歴代最後にして最強最高の宿主の死を意味している。

 

 再臨を察知した側近の少年神父と不死鳥の少女は無言で空っぽのグラスを傾け、邪眼王と邪龍筆頭格は良き戦友良き宿敵に思いを馳せ、無限は愛する彼の名を呼びながら泣き続けた。

 彼がどのような道を辿ったのか。それを誰もが知っているが故に。

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