fallout とある一人の転生者   作:文月蛇

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ラテン語:暴君はかくのごとし

アメリカ合衆国バージニア州のモットーであり、かの『リンカーン暗殺事件』において、実行者のジョン・ウィルクス・ブースが暗殺直後に暗殺現場の劇場で観客に見せつけるようにして叫んだという。


四十二話 Sic semper tyrannis!

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーとは政治家にとって戦場である。

 

血生臭く、硝煙が混じる空気に泥を浴びるものが戦場とは限らない。戦う場は民間人であろうとも存在する。工場であれば、技術者の戦場は壊れた機械群だろう。兵士は生命そのものをベットして賭けをしているが、政治家は政治生命を掛けた戦いに身を投じる。頭を使い、持ちうるすべての知識と財力で話す。非合法な手段で情報を得て相手に揺さぶりを掛けることもある。失敗すれば、嘲笑と共に政界から引退する。大概の人物は持ちえた財力を潰して余生を過ごすのが相場だが、悪事を染め続けた政治家の末路は刑務所、もしくは不審死を遂げることとなる。

 

 

「首都警察設立記念式典」と銘打たれたパーティーでは行政区画の各省庁の高級官僚のほかに軍上層部の高級将校。地方から来た官僚もパーティーに参加している。そして、俺も高級将校の一人として「少佐」の階級章を付けてパーティー会場にいた。オータム大佐のような佐官用の軍服を身にまとい、シャンパンのグラスを傾けていた。

 

ウェイストランドはエンクレイヴから見れば、無法地帯そのものである。実際そうなのだが、その中でもコミュニティーが作られ、メガトンやリベットシティーのように独自の価値観によって作られた法が存在する。もっとも、それらは掟とか他者に危害を加えたら死刑など、戦前と比べればアバウトなものだ。そこでエンクレイヴは嘗ての法の統治を行うために法を守らせるための執行機関を設立した。

 

元々、軍所属の憲兵によって治安維持が行われていたが、軍の本質は国外からの敵を排除するために作られた物だ。よって守るべき国民が国の敵と安易に考えることが出来る。軍が国民を統制する機関となると、組織は変質する。守るはずの国民を威圧していき、次第には害するようになってしまう。国民を法の下に統治し、法執行する特化された警察機構が不可欠だった。

 

だが、大統領を始め、西海岸出身の高官はあまりいい顔をしなかった。市民による地下活動に加えて、反政府組織の存在もあることから、国民を下手に刺激すれば反乱分子が増えることを懸念した彼らは首都警察の設立を渋々了承するに至った。

 

 

いつまでも軍が警察の代わりをやるわけにはいかない。エンクレイヴという組織、アメリカは弱り、前へと向かねばならなかった。派閥争いをする彼らだが、戦前のアメリカを取り戻したいという思いは共通の事項だった。

 

 

「スタウベルグ中尉、楽しんでる?」

 

「はい、少佐殿。あまり食べたことないものがたくさんあり、舌鼓を打っています」

 

「さっきまで食べてたじゃん」

 

「別腹ですから」

 

アリシアはそう言うと、テーブルに置かれていたショートケーキを食べ始める。勿論それは、合成食品を使ったものではない。全て天然の食材から使われているもので、アリシアはそれを口にすると頬を綻ばせた。

 

「まさか少佐としてここにくるとはな」

 

俺は小声でそう口にする。少し離れた所ではオータム大佐が様々な要人と会話をしている。パーティーは苦手だ。出来ることならウェイストランドに帰りたいと願ってしまうが、戦争前の華やかなパーティーよりも荒廃した大地を求めるなど退廃的としか言いようがない。

 

料理は確かに絶品だが、戦場の真っただ中で楽しく味わうことなどできはしない。美味しそうだから食べてみても味を確認することなどできない。味わう余裕なんてないのに、隣のアリシアは嬉々としながら、ローストビーフを食べていた。

 

腕時計を見てみると19時を過ぎたところだった。

 

一度、俺はpip-boyを装着していたおかげで、正体がばれそうになった。その為、その趣旨をオータム大佐に話したところ、それでは困るということで外科的な用法でpip-boyを取り除いてしまった。本来は半永久的に死ぬまで取り外せないものなのだ。死んだ場合は、次の世代に受け継ぐために遺体から取り外される。外科的な方法で取り除くのだが、vaultで生活する上で携帯端末の役割や身体能力や体感時間を変化させる機械がなければ仕事すらままならない。

 

特殊な機器で取り外せるのだが、大抵のvaultにはそれが存在しない。取り外す必要がないためだ。エンクレイヴには過去にvaultを襲撃して住人を人体実験の材料にしたことがある。Pip-boyは高価であるため、変異して肥大化した腕によって破壊されないよう、戦争前の情報を元に器具を制作。倉庫で眠っていたそれによって俺の腕から取り外すことに成功した。

 

外したことによってその能力は使えなくなるし、神経接続介して体感時間を大幅に遅らせるV.A.T.S.は使えなくなった。しかし、pip-boyの取り外しに加えて顔には特殊メイクで顔識別システムをかいくぐれるように施術が成された。

 

身元がばれないだけ良しとしよう。

 

 

「食べます?」

 

「いや、これが終わったら楽しく食べられるだろうな」

 

乾杯の時にシャンパンを飲み、薦められた肉のパイ包みを食べたが味を感じることはなかった。

 

「あのホテルで食べとけばよかった。」

 

 

「盛ってないで食べればよかったのでは?」

 

「う、煩いわ。寝室に誘導したのは中尉だろうに」

 

 

アリシアは大佐と共に食べたフルコース料理の他にもホテルの料理を食べている。それも二人前だ。どこにそんな胃袋があるのかと問いただしたかったが、パーティーで出された料理を食べるアリシアを見てその気も失せた。

 

あの後、シャルを落ち着かせた後彼女に襲われた。無論、性的な意味であるが、後から聞くと料理で出されたワインを飲んだためにムラムラしたらしい。ワイン自体に催淫効果があるのか疑ったが、実際シャルには酒淫の癖があるようだ。

 

隣に音が聞こえてしまったらしく、アリシアにとっては「またやってるな~」と思ったに違いない。

そんな赤裸々な話を周りに聞かせるわけにもいかずに小声で話し始める。

 

「あのままアリシアが乱入してくるのではと焦った」

 

「私だって空気は読める。まあ、乱入して搾り取るのも良かったかもしれないが」

 

「え?」

 

アリシアの一言に一瞬驚きを見せるものの、いつものような弄りだろうと結論づけた。

 

「またまた、まずはシャルと仲直りしてからにしてくれよ」

 

「いや、既に話は済んでいたからな。あとはお前の気持ち次第だった。今日は忙しいからあとにしようと思ってな」

 

「な・・・なんだと?」

 

彼女の顔は冗談を言っているようには見えない。冗談に思えない冗談はあまり言わないし、彼女の顔を見れば一発で分かる。何せ、口元が笑っているから一目で分かる。だが、今の彼女は先ほどのホテルで乱入すれば良かったと後悔している表情だった。

 

「う~ん。ホテルで食べずともここで食べれば良かったのだから失敗したかもな」

 

「いや、ちょっと待ってよ。シャルと話したってどんなことを」

 

「・・・いや、恥ずかしくてそんなこと言えないよ」

 

「乱入しなかったことを後悔している女の発言じゃないだろ」

 

 

シャルと和解していた事は予想外だったが、それ以上にアリシアには気兼ねなく接することが出来るだろう。アリシアとも関係を作るとなれば、シャルに一度聞かねばならないだろう。非常識であることは分かるけども・・・・。

 

 

 

 

 

「ムネモリ少佐・・・・だったかな?すこしよろしいかな?」

 

 

そこへやってきたのはタキシードを着た初老の男とその妻らしき女性だった。

 

初老の人物はさっきの議会で見たことある人物だったが、どんな要職に付いているかは知らされていない。

 

「私の名前はブレストン・フォークドマン。国防長官だ」

 

そう言えば、彼は議会の中でもあまり口を開かなかったが、オータム大佐曰く議会でもナンバー3に当たる人物だったはず。それだけでなく、エンクレイヴ軍の中の軍人以外で大統領を除く文官のトップであった。

 

現在のエンクレイヴの保有する軍は陸海空軍全てを国防総省が指揮しており、統合参謀本部は作戦の立案や遂行を行っている。その裏方として行政や各部署を統括するのが目の前に居るフォークドマン国防長官だった。60近くの高齢であるものの中肉中背の肥えていない腹部を見る限り、健康的な生活を送っているようだ。

 

白髪が大半を占める頭部と老眼鏡を掛ける彼は一見、穏やかなお爺さんと見えることだろう。だが、事前にアリシアから伝えられた情報は外見に反して、政治という魑魅魍魎がはびこる世界に生きている人物には到底見えなかった。

 

俺はエンクレイヴの佐官服着ているため、一応彼は上司に当たる。敬礼しようとする俺に彼はさっと片手を出して握手しようとし、俺はすぐそれに応じた。

 

「統合参謀本部第三作戦室のジョン・ムネモリ少佐です。国防長官殿」

 

「こっちは家内のアナベラだ」

 

「アナベラよ。よろしくね・・・。あなたかなりもてそうね、もう婚約者はいるのかしら?」

 

貞淑な老婦人の印象を持つアナベラ夫人は握手すると、まるで少女が恋話を見つけたような笑みで俺を見つめてきた。そんな彼女にフォークドマン長官は呆れたようにため息を吐く。

 

「アナ、花婿探しはよさないか。オータムの話じゃ、既にいるのだから諦めなさい」

 

「あら、この会場で娘にあう子を探してるけど、やっぱりダメね」

 

どうやら自分の娘に合いそうな男を捜しているらしい。フォークドマン夫妻のような人たちの娘ならさぞ美しいのだろう。

 

「お二人の娘さんならさぞ美しいのでしょうね」

 

「あら、煽てても何も出ないわよ。でも、あなたのような口の上手い子に遊ばれてしまうから注意しないとね」

 

お茶目っ気のあるアナベラ夫人はテーブルに合った葡萄を一房取ると、アリシアへと照準を定めた。どうやら俺たちの話を聞いていたようで、舌なめずりしながら(多分してない、幻覚だろう)アリシアへと近づいて恋バナを咲かせている。どの世界もそう言った話は女性が好物とするようだ。すると、蚊帳の外になった俺と長官はお互い困ったような表情をしてしまった。

 

「家内はマイペースだからな。それに、人の恋愛を知るのはこの上なく好きと言っている。まあ、言いふらしたりはしないだろうから安心だ。」

 

「そうでしたか、それなら良かったです」

 

「君はまだここへ来たばかりなのだろう。なら、注意することだ。パーティーは華やかに見えて権謀術数の世界だ。彼女が君達にしたのはほんの子供だましさ」

 

本来であれば、あの挨拶など遊びにしか過ぎない。ウォーミングアップにすらならないだろう。パーティーで話し始めれば、情報戦が展開される。何も、ハッキングやスパイだけではない。パーティーでも様々な情報戦が繰り広げられているのである。

 

「これがただの結婚式なら気楽なことこの上ない。だが、ここは政界の魑魅魍魎共がウヨウヨしている。ここで生きていくのなら、身構えておくことだよ」

 

長官はそういうと視線を移し、「手を出したまえ」と俺の手に何かを手渡した。

 

「私の今回の役割は運び屋かな。ブツは奥の男子トイレの奥から二番目の個室だ。そこで紙を見るといい。」

 

手渡されたのは何やら白い紙だった。ここで開きたいものだったが、ここでは人目につく。

 

「長官、自分はちょっとトイレに行ってきます。副官はあなたの奥方に拘束されているようですので彼女を見ていてもらえますか?」

 

「ああ、美女といるのは幾つになっても嬉しいものだからな」

 

「聞こえてますよ、貴方」

 

 

アリシアと話していたであろう夫人は冷やりとするような冷たい笑みを浮かべた。長官は困ったように笑うと、俺に早くいくよう促した。

 

会場から出ていき、近くのトイレへと移動する。

 

パーティーの会場である第七室内練兵館は元々兵士たちのレクリエーションの場としても用いられる。室内競技であるバスケットボールやバレーボール、格闘技などが行われる。しかし、こうした式典にも用いられるような設備も整えられている。近くに厨房があり、作ったものをすぐに会場にもっていけるような体制になっている。学校の体育館のようだと思ってしまうのは俺だけだろうか。

 

トイレは体育館の汚いトイレではなく、上品な外観で清潔だった。

 

「奥から二番目・・・」

 

小声で言うと、そのトイレに入って腰かけた。長官からもらった紙を読んでみる。

 

 

『目標の暗殺は照明を消した状態で行う。

1950時に大統領の演説が終了して政界の要人に挨拶をしはじめることだろう。それを狙って照明を落とす。銃は22口径の消音拳銃を使用する。特殊な加工と消音処理をされたそれは暗闇でも発射光が見えない仕組みだが、一発でも撃てば、その機能は無くなってしまう。一発で仕留めなければならない。

 

目標の暗殺後、アリシア中尉と共に厨房へ移動後、中の手引きで装甲車へ移動する。そこから仮設司令部へと向かう。シークレットサービスからの抵抗があるだろうが、火器と人員は既に配置している。

 

暗殺時はすべての照明が消されるが、シークレットサービスの暗視インプラントによって暗闇でも見えてしまう。五秒以内に暗殺を行い、銃を隠さなければ彼らの人口眼球によって発見されてしまう。暗殺終了後、混乱を見計らって脱出せよ。脱出ルートはスタウベルグ中尉が把握している。

 

22口径特殊消音拳銃と暗視用のキャットアイはトイレットペーパーの山の裏にある。

幸運を祈る                 A                 』

 

たぶん、オータム大佐を指すのだろう。書いてあった通り、トイレットペーパーの山の裏を見てみると22口径拳銃とキャットアイのラベルが張ってある小さい瓶を見つけた。キャットアイを見てみると、パッケージには「軍用のため、民間への横流しは法律で罰せられます」と書かれていた。効果は一時間。それを飲むと、視界が一瞬歪んで緑がかった視界へと変わっていく。副作用で癌を引き起こすんじゃないかと冷や冷やしつつも、その効果は窓を見ることによって明らかになった。

 

人口の太陽光が基地の上にあるものの、時間的には夜である。防犯上の理由で街灯や光を最小限にして暗闇に染まらずに済んでいた。だが、大統領の警備体制をより強化するために、周囲は灯火管制が敷かれており、あたりは暗闇に包まれていた。いま周囲が確認できるのは、暗視ゴーグルや視覚インプラントを持つシークレットサービスかパワーアーマーを装備した部隊だろう。

 

キャットアイによって、視界がクリアとなり建物に何があるのかはっきりと見ることができた。ツーマンセルで周囲を見守るスナイパーやミサイルランチャーを構える兵士たち。道路には半機械化された軍用犬と巡回する兵士がおり、そして幹線道路につながる道には検問と装甲車が配置されていた。

 

「これ、大丈夫なのか?」

 

厳重な警戒態勢でモールラットの出る穴もない・・・、いやあれだけ大きいと困るが、穴がないのは確かだった。

 

しかし、アリシアが脱出ルートを知っているなら大丈夫なのだろう。

 

22口径ピストルに異常がないか確認する。弾倉を抜いて薬室を空にする。普通の22口径拳銃よりも銃身部分が分厚く一発だけ無音無光となる特殊消音器具となっている。一発撃ってみたいが、撃つことによって隠密機能が失われる危険性もあった。8発の弾が入った弾倉を装填し、スライドを引いて薬室に次弾を送り込む。

安全装置をオンにして胸のホルスターに入れておくと、個室を出た。

 

 

誰もいないが、一応手を洗って鏡を見てみると自分の顔かと驚いてしまう。あごは割れて、二重から一重瞼に変わり、左目近くの傷は消えて、新たに大きい鼻が装着されていた。顔色も変えられて色白になっているが、耳の裏から引っ張り剥がせば簡単に元の顔になる。

 

それはさながらスパイ映画のようであった。あの映画も国防総省から極秘データを盗み出すのを任務としていた。俺もその主人公と似たようなことをしているが、あの映画の最後は自分の上司であり師だった男に裏切られていたという結末だった。

 

 

そんなことを考えていると、腕時計は長い針がもうすぐ六時を指そうとしていた。トイレをさっさと出ると、会場へと入っていく。

 

「失礼、少佐殿。身分証明書を拝見します」

 

心臓が跳ね飛び、目の前にいる人物に驚く。俺の身長を子供と言わんばかりの巨体の男は黒いスーツを着て、シークレットサービスのマークのピンバッチを付けていた。スキンヘッドの男に殴られれば俺の体が粉々になってしまうかもしれない。スーパーミュータントも殺せるんじゃないかと思えるような男は巨体に似合わないような笑みを浮かべていた。

 

焦らずに胸ポケットから事前に渡されたIDカードを渡す。

 

「失礼いたしました。ムネモリ少佐、もうそろそろ大統領の演説ですので警備を一時的に強化させていただきました」

 

「いや、構わない。そちらも大変だな」

 

「私はこのような豪華な食事は胃腸に合いませんので」

 

「私もだ、もっと質素な食事の方が体に合う」

 

お互いに愛想笑いを浮かべると、労いの言葉を掛けてその場を後にした。すると、入口で待っていたのか扉付近にはアリシアがワインを傾けて待っていた。

 

「遅かったですね、少佐殿。腹でも下したんですか?」

 

「まあ、久々に美味しいものを食べすぎて驚いたようだ」

あまり食べていないが、この後の事を考えれば当然だろう。大統領の演説が始める予定で、既にステージでは準備が進められ、出されている料理の半分ほどがデザートへと変わっていた。ステージの周囲には黒い服を着たシークレットサービスが周囲を警戒していて、ステージになにか小細工がないか調べている徹底ぶりだ。

 

俺は彼女の側によって小声で話しかけた。

 

「準備ができた、会場はどんな感じ?」

 

「あと少しで大統領の演説が始まる。演説のすぐ後に大統領は数人の高官と会食をする。テーブルを挟んで彼を撃て。もう薬は飲んだよな?」

 

「ああ、飲んだ。軍用のキャットアイがあるなんてな」

 

「民生品は急に暗闇になると適応するのに時間が掛かるが、軍用はすぐに見えるようになるはずだ」

 

アリシアは言うと、目線を演壇上に向ける。壇上には最終チェックであろうマイクの設置や大統領の原稿を表示する防弾ガラスを設置していた。

 

「俺たちはここにいていいのか?」

 

アリシアと俺は入口の近く、演壇上から少し離れた位置にいた。ここに大統領がくるのにどれほどかかるだろう。電灯を全て消すタイミングと大統領がこちらに来るタイミングが合えば何とかなるだろうが、その疑問は彼女が解決してくれた。

 

「シークレットサービスと大統領補佐官が持っているスケジュールで把握している。大佐も補佐官の一人だからな。大統領のスケジュールは分刻みだ。演壇から降りた後のスケジュールも組まれている。誤差は30秒というところだ。ここであってるから安心しろ」

 

アリシアは俺の不安を払拭するように言うと、照明が消えて室内には演壇の光が灯る。俺たちがいる位置は暗く、キャットアイを飲まなければ目を凝らさないと見えないようになった。間もなく、大統領の演説が始まるはずだ。

 

「なあ、ユウキ。これが終わったら・・・」

 

「アリシア、それはフラグだぞ」

 

「フラグ?それってフラグ(旗)のことか?」

 

フラグとは近年見る伏線のことをさす。元はコンピューター関連の言葉であったが、そのルーツは日本の2chである。もっとも、この世界には2chは存在しないので、この世界にフラグは通用しない。

 

「映画でいう『俺、国に帰ったら結婚するんだ』とか必ず言った兵士は死ぬだろ。エンディングは主人公が彼の遺品を彼の婚約者に渡すんだ。これが終わったらなんて、何があっても言わないでくれよ」

 

どれをどう見ても、彼女のセリフはフラグ建築士としては最高の腕前かもしれない。しかし、ここで披露されては困るのだ。

 

彼女は言葉の意味を理解したのか、成程といった表情で掌に拳を載せる仕草をする。

 

「ならば、これならいいだろう」

 

アリシアはそういうと、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

俺の視界が遮られたと思うと鼻腔に女性独特の甘い香りが流れ込み、唇に柔らかい感触が脳髄を走る。サラサラとした髪が顔に掛かり、一方的に唇を吸われる。それは互いの身体に腕を回すような情熱的ではないものの、そのパーティー会場にはあわないものだ。ただ唇を触れあわせるだけの接吻な筈なのに、舌を絡め合うような脳髄を溶かすような強烈なもののように感じられた。

 

それは一瞬の間だったのかも知れないが、唇を離すと下唇をペロリと舐めている様子は艶めかしく、満足感に浸った笑みを浮かべていた。

 

 

「あ・・・アリシア・・・」

 

 

とっさに周囲を確認するが、その瞬間を見ているものはいない。演壇に大統領が登場したためそちらに注目してしまっていたからだ。

 

(アメリカ合衆国大統領、ジョン・ヘンリー・エデン氏に拍手をお願いいたします!!)

 

俺の心臓が高鳴り、早く脈打つ鼓動は拍手でかき消され、スピーカーから流れる音楽によってアリシアの声は周囲に聞こえない。

 

「言うのがダメなら行動で示そう。これが私の気持ちだ。あとは終わった後でならいいだろう?」

 

先ほどの初心な乙女の表情をしていたアリシアではなく、いつも通りの表情へと変えていた。いや、幾ばくか生き生きとした表情だった。

 

「ああ、これが終わったら続きを・・・・」

 

 

たぶん、この会話聞かれているんだろうな・・・・。所々で生暖かい視線と殺気が飛んできてるし。

 

アリシアはここで覚悟を決めたのだろう。

 

 

 

今後の目標が見えなくては、人間は生きていけない。命をかけて戦う兵士は勿論のこと、日々普通に生きる人間には目標が不可欠だ。アリシアも生きるためには目標が必要だ。成功率が低く、生存率も無いに等しいものでも、生きる目的があれば成すことも可能だ。俺にキスしてきたのは、彼女なりの決意表明だった。

 

 

 

 

俺は演壇を見る。

 

 

演壇にはいまだ拍手が鳴りやまない喝采の中、周囲の人間に手をふるエデンの姿があった。その姿は人間のようで、どうみてもアンドロイドには見えなかった。

 

 

「諸君、多大なる喝采に感謝する。昼間の演説を聞いた方も多いようだし、同じ原稿を使うのはつまらないからやめにしよう」

 

 

場を笑わせるジョークを言い、周囲は笑いに包まれる。声はゲームやラジオで聞こえていたエデン大統領の声と全く同じだ。容姿は議会に飾られていた肖像画と同じような初老。しかし、公式発表では80代前後。戦前の技術を駆使すればできるかもしれないが、多忙な大統領に容姿を気にすることができようか。手術する時間があれば、公務に精を出しているはずだ。察しのいい人間なら気づくだろうが、エンクレイヴの首脳陣の集まるこのパーティーにおいてそれを指摘する者はいなかった。

 

 

「首都警察の設立に貢献した皆々様にこの場を使って感謝する。そして、地下の輸送網を通ってはるばるここまで来た基地司令や行政各局にもお礼を言いたい。君たちのお陰でエンクレイヴの国民は生きていけるのだから」

 

エデンはそこで話を区切る。

 

 

 

 

「さて、諸君は知っての通りだが、私はアメリカが好きだ。いや、私はアメリカが大好きだ。」

 

 

 

「この大地で育まれた文化や科学技術、軍事、民主主義、国民、あらゆるものが好きだ」

 

 

 

「アメリカを発端とするジャンクフードは多くの肥満を生み、生活習慣病の引き金となった。それでも、あれは言い表せないほど、美味だ。実際二週間に一回の割合で私も食べている」

 

 

若干名の人は今の台詞に苦笑を漏らした。

 

 

「月まで到達した宇宙飛行士。宇宙開発では他国の追随を許さず、確固たる地位を守り続けたアメリカの科学技術には感服せざる負えない。アメリカの軍事については言うまでもない。『世界の警察』たる地位を盤石なものにした五軍は今でも色褪せないほど、栄光の光に満ち溢れていた」

 

 

「このアメリカで養われた民主主義はヨーロッパで虐げられたプロテスタントがこの地に逃げ込み、そしてイギリスの圧政に苦しんだ事はご承知の通りだと思。独立を所望したジョージ・ワシントンの意思を継いだ崇高なる精神が根底にある。そして、その守護者たる国民は同時に軍や私が守らねばならないものだと確信している。常々彼らを正しい道に導くことこそが使命であると」

 

 

 

 

「私はその使命を思い、常日頃から公務の他にラジオを使ってエンクレイヴについて放送しているのはご存じだろう。ケンタッキー州の田園地帯で生まれ、愛犬と少年時代を過ごしたと言っているはずだ。だが、そんなことはない。ありえない。何故なら200年前の大戦争によって合衆国の誇る穀倉地帯は全て灰と化したからだ!」

 

 

エデンは声を張り上げ、体を左右に揺らしながら大きくジェスチャーをする。

 

 

 

「ケンタッキー州は失われ、地上には犬の形をした何かが生息している。無論、私があの放送で言ったことは嘘が含まれている。それは政治的なプロパガンダであることは明白だ。」

 

 

 

エデンは演壇に置かれた水を一口飲むと続けた。

 

 

 

「では、なぜ私が使命を思い、嘘をつくのか。とある市民政治グループは私のことを阿呆と言っていることと思う。確かにケンタッキー州で育ったことはない。私が育ったのはカリフォルニアのヴァンデンバーグ基地だ。愛犬など居ない。これまでラジオでそれを流していたのは、外にいる無知な彼らに戦前の様子を伝えるためだ。」

 

 

 

演壇の左右にあるブラウン管テレビが起動し、そこには嘗ての自然豊かなワシントンDCが映された。ウェイストランドのオゾン層が破壊された空ではなく、幾分か汚れた空ではあるものの、様々な種類の鳥が群れを成して大空を飛ぶ姿。生い茂る緑の木々。笑う子供らに幸せな家族。それはアメリカの国民が享受していた幸福な世界だった。

 

 

 

そして映像は変わり、アンカレッジ戦線の記録映像が流された。戦線を指揮するチェイス将軍の映像から塹壕戦、冬季迷彩に身を包んだ兵士たちが凍える手で銃剣を装着し、雄叫びをあげながら中国軍陣地へ突撃する様子が見られた。並べられた火砲によって兵士は吹き飛び、四肢を引き千切られる。欠乏した数少ない弾薬を装填して、果敢に突撃する。銃剣を敵兵に突き刺す。そして他の敵兵が突き刺した兵士へ銃撃を食らわせる。弾が無ければ銃剣で。銃剣が無ければ、スコップ、ナイフ。それもなければ己の拳を。有史から同種である人を殺めてきた闘争本能は高度化されたその戦場においても、本質は全く変わらない。己が生き残るために力の限りある暴力を使って敵を殺していく。幾度となく繰り返されてきた殺し合いは最終的に核という己自身を滅ぼす最悪の矛を使った。核爆弾が落とされ、キノコ雲が上がり、4000度の炎が文明を焼き尽くした。

 

 

映像はそこから最近撮ったと思しき映像が流れていく。それはエンクレイヴボットから撮影されたものらしく、メガトンの街並みやリベットシティーの様子。そしてレイダーが行商人を襲い、奴隷商人がボロ衣を着たか弱い少女を鎖でつないで引っ張っていく様子が見られた。核戦争から二百年経った今日でさえ、人は殺し殺されていく。過ちは繰り返しながら。

 

 

 

 

「嘗ての肥えた大地や澄みわたる青空。破壊されていないオゾン層。それらは彼らにとって夢物語にも等しい。ならば、それを彼らに伝えねばならない。夢物語は現実に起こせる出来事であると。だが、具体的に彼らに伝えたとして戦前の生活に戻すことは我々の世代では難しい。」

 

「だが、今のエンクレイヴであれば後世に肥沃な大地を与えることも難しくはない。嘗てのアメリカの朝食、パンに牛乳、コーンフレーク、そして新聞を読む父親。我々、純粋なるアメリカ国民が食しているのは大半が合成食料だ。それを何としても自然に作られた小麦で作られたパン、変異していない牛から搾乳された牛乳。これらを実現するためには法の守り人たる警察官が不可欠であると私は思う。」

 

「君たちはどう思う?今のままで満足するか?

 エンクレイヴを作り上げた先人たちが遺して行った遺産を食いつぶしてもいいのか?

 そんなはずはない。君たちはエンクレイヴである前に偉大なるアメリカ国民なのだから」

 

 

演壇に立つ男に全ての参加者が集中し、その一つ一つの言葉に聞き惚れていく。これはまるで20世紀最悪の指導者であった演説に瓜二つだった。それは人を扇動し惑わすカリスマ豊かな指導者。それがZAXシリーズのスーパーコンピューターが行っているとはどうにも考えられない。

 

一体奴は何者なのか、本当にエデン大統領はZAXコンピューターなのか?

 

 

 

「現在のワシントンDCは、キャピタル・ウェイストランドと呼ばれていることは知っての通りだ。道を歩けばミュータントや無法者に襲われ、人喰いが徘徊している。全ての地域で無法が蔓延り、植民計画は計画はじめから頓挫した。我々は我らの首都を、治安を復活しなければならない。その為には国民一人一人が団結しなければ成し遂げられないだろう。汗を流し、時には血をも流すかもしれぬ。しかし、これこそがアメリカ復興の兆しである。私はここに首都警察機構の設立を宣言する!これがアメリカ合衆国復活の第一歩となるであろう!」

 

演説終了と共に会場を埋め尽くす程の雷音のような大拍手が響き渡る。この中は様々な思惑が入り交ざった政界の真っただ中であったが、すべてが彼に向けて視線と拍手を送っている。彼らは政治家という身でありながらも、政的には敵である彼にこの瞬間だけ魅了されていたのだ。

 

20世紀を代表する独裁者は完全なる民主主義のシステムを経て、合法的にその座に上り詰めた。そこにはカリスマと狂気に満ちていたが、彼には人を魅了する演説の才能があった。二度目の世界大戦の後、彼を支持した国民の殆どが彼を拒絶した。まるで詐欺に騙されていたように。もし、そうであるならば、彼の存在は詐欺師そのものに他ならない。

 

俺とアリシアはその演説に恐怖していた。形だけ拍手をしているが、出来るのなら今すぐにでも懐にある22口径拳銃で奴の頭を撃ち抜きたい。コンピューターである彼がここまで人を騙せることを知り、今すぐにでも奴の茶番に終止符を打ち込みたかった。

 

エデン大統領はその声援に軽く手を振りながら視線を周囲へ向ける。そして俺たちのところへ視線を向けた時、奇妙なことに俺のことを真っすぐ見ている気がした。間違いなく、俺のことを見ていた。エデンは俺のことを察知していた。アリシアへそのことを伝えようとしたが、彼女もそれが分かったようで、顔を強張らせている。

 

(ありがとうございました、大統領閣下。パーティーは引き続き続きます。残り短い間となりましたが、シェフ自慢のデザートを用意してあります。どうぞご堪能くださいませ)

 

時計を見るとまだ時間はある。大統領が周囲を回って政権支持者へとあいさつ回りした最後にこちらに近づいてくる。そこで暗闇となり奴を葬る予定だ。心臓が高鳴り、緊張の余り制服の下に着ていた下着が冷や汗で湿っていく。

 

「アリシア、まさかバレたんじゃ?」

 

「いや、そんなはずはない。私は知っていてもお前の顔は特殊メイクをしている筈だから分からないはずだ」

 

「だよな・・・・、じゃああの視線は一体・・・」

 

一抹の不安が頭に残るが、時計を見ればまだ五分ほど時間があった。五分後に来ればこちらとしても仕事がやりやすい。しかし、大統領が居る周囲が慌ただしかった。ギャラリーが大統領に握手を求めているのではないかと思ったが、どうやら近くを警備していたシークレットサービスは耳に装着したインカムで交信を繰り返していた。すると、人垣から大統領がこちらに向かって歩いてくるではないか。

 

「アリシア・・・!」

 

「動くな、無暗に動けば気づかれる」

 

ここで下手に動けばシークレットサービスが不審に思うはずだ。下手に動けず、大統領はすぐそこまで迫っていた。

 

「大統領!一応、ルートがすべて決まっているのです。あまりご自由になされても困ります」

 

「会いたい者が居るのだからいいではないかね?この後は少し予定がずれても問題ないはずだ。就寝する時間を減らせばいいだけの話だろう?」

 

そういうことではなく・・・、と秘書官の台詞が聞こえたが、大統領はその秘書官の制止を振り切ってエデン大統領は俺とアリシアの目の前に立った。

 

やはり大統領が見ていたのは俺のことだった。大統領は俺の目の前に立ち、品定めするように俺を見据える。この状態で暗闇になったとしても、真正面から撃ったとして直ぐにバレてしまうだろう。出来れば至近距離ではなく、近距離から中距離であればなんとかなるのだ。

 

だが、其れよりもなぜ大統領が俺の目の前にいるのか。

 

「ムネモリ少佐かな?君のことは知っている。大佐を手伝っているそうだね、彼は実に多忙だ。彼をうまく補佐してやってくれ」

 

大統領は茫然と立つ俺の手を取って握手する。アリシアは驚いた表情で目の前で起きた状況を把握しようとしている。暗殺者の手を握る大統領とはとても滑稽かつ大胆極まりないものだ。そして確実に俺の正体を見破っているはずだ。統合参謀本部にムネモリ少佐は在籍していないし、そんなこと大統領は分かっている。なら、なぜこんな猿芝居を打つのか。ここで、俺が偽将校だとバラせば、暗殺者として処刑することができるはずなのに。

 

「あ、ありがとうございます、大統領閣下。閣下にお手を煩わせない様努力いたします」

 

頭が真っ白になっていたが、何とか言葉を返し、大統領は俺達から離れていく。今のは、「貴様を知っているぞ」という、威嚇だったのか。それとも、軍のデータベースに作った俺の偽パーソナルデータを参考に、声を掛けに来たのか分からない。だが、どちらかであるならば後者であったほうが喜ばしい。

 

大統領はそのまま俺達から離れていき、狙いにくそうな位置へと移動していく。大統領が移動したのはかなりの誤算だったが、少しずつ動いていけば、しっかりと狙える距離に近づくだろう。

 

「中尉、デザートを取りに行くが一緒に行くか?」

 

デザートのテーブルが丁度大統領の近くにあり、取りに行くことを理由に大統領に近づくつもりだ。アリシアも俺の意図に気が付いたのか、頷いた。

 

「少佐、貴方のことですから大統領にお会いして緊張したのですか?」

 

「その通りだ。今にも倒れそうだから甘い物が食べたいんだ」

 

腕時計にはあと1分ちょっとで照明が消される。その前に狙いやすい位置に移動しなければ、暗殺は失敗に終わるだろう。そのためにも移動しなければならない。ゆっくりと人をかき分けながら、ウェイターからもらった取り皿を取って大統領へと近づいた。

 

照明がもうすぐ消えるため、心臓が再び高鳴り、緊張が俺の心をかき乱す。頭では失敗したらどうしようかと頭の中でグルグルと駆け巡っているが、それをやめなければ大統領を打つことはできない。

 

デザートのテーブルに近づき、ウェイターが切り分けるケーキの向こう側に政府要人と笑顔で話している大統領を見つけた。ここならば大統領を暗殺することができるだろう。ウェイターにケーキを皿に置くよういい、22口径拳銃をすぐにでも抜けるよう準備しておく。小さく深呼吸して息を整え、腕時計を見たその時だった。

 

二階に位置する窓ガラスが大きく割れて、パーティーにいた人は驚きの声をあげた。窓の下にいた人は軽い悲鳴をあげながらそこから退避するが、その悲鳴よりもさらに大きな悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

おれが窓からその叫び声に目を移し、最初に見たものは胸に大穴が空き、真っ白な血を吹き出すエデン大統領の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 






やっと殺せました。まあ、やったのは主人公ではありませんがw

多分、次の話は短くなるかと思いますが今月中に投稿出来るよう頑張ります。

いやー、最近hellsingの少佐キャラに嵌っていまして、ああいう狂人キャラだそうかなと考えたりしてます。ある意味、大統領も人というか狂ってますけどねw

hellsingの二次創作とか面白そう(←やるとは言ってない)


誤字脱字ありましたらよろしくお願いします。その他ご感想頂けると、袖付きの真っ赤な全裸のように執筆速度が速くなります

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