誤魔化せないから孤立する。
誤魔化すから孤立する。
孤立している人は歪んでいるのだろうか。
それとも――。




この小説はニコニコ動画にて投稿されている朗読動画です。
タイトルはこの小説と同じで、その動画ではボイスロイドである結月ゆかりさんたちが朗読しています。そのため、小説の登場人物の名前にボイスロイドの名前が使われています。なお、主人公の声は結月ゆかりさんが担当していますので、ぜひ想像しながら読んでみてください。
また、この小説は『読者騙し系小説』となっております。
1周目と2周目で印象が全く変わるので2周読むことをおススメします。
あと、読む前に感想は読まない方が楽しめると思いますのでよろしくお願いします。

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歪んだパズル

 この世界はとても歪んでいる。

 まぁ、何が、とは断言できないのだが、代表例として挙げるならば才能。

 人の才能はどれも不平等で自分自身では選べない。それを補うためには凄まじい努力と幸運がなければ才能を持っている人には勝てない。

 それだけではない。お金、家庭、権力。これら全て生を受けた時に神様がランダムで手札を配るだけで融通のへったくれもない。

 私の言いたいことはただ一言。

 

 

 

 ――神様なんか嫌いだ。こんな自分にした神様が許せない。私のような歪んだピースなど、どのパズルにもはめられず、取り残されるだけ。

 

 

 

 そんなことを考えながらチラリと黒板の上に設置されている時計を見た。時刻は午後2時半。そろそろ6時間目が終わる。その後は待ちに待った放課後。学校と言う名の監獄を抜け出せる時間だ。

 季節はすでに6月になり、クラスメイト達が高校生活に慣れた頃。その中で私だけは馴染めずに孤立していた。無理もない。誰とも話さず、ずっと本を読んでいる人になど誰も近づきたくないだろう。私だって近づきたくない。

 それに伸びに伸びた前髪のせいで目元が隠れて不気味さに拍車をかけている。真夜中に薄暗い場所で人に会えば悲鳴を上げられるほどだ。ちょっと傷つく。

 ため息を吐いていると丁度、チャイムが鳴った。さぁ、自由の時間だ。早く家に帰って着替えよう。やっぱり家が一番落ち着く。ありのままの私でいられるから。

「えー? そうなのー?」

 帰る準備をしていると少し遠いところから楽しそうな声が聞こえる。それは私の世界の外の話。

「そうそう。あのドーナッツ屋にいたんだって! 俺見たもん!」

 友達にそう叫ぶのは弦巻さんだった。大げさな身ぶり手ぶりで必死に伝えようとしている。

「だって、あの顔だよ? ドーナッツとか食べるのかな?」

 弦巻さんの話を聞いてサイドテールの子は首を傾げていた。どうやら、超筋肉質な体育教師がドーナッツ屋にいたらしい。私もそんな話信じられなかった。だって、あの巨体だし。

「そう言えば、前に柏餅食べてたよ? 先生」

 そこで黒髪の子が弦巻さんを援護する。

「ほら、やっぱり甘党なんだって! 俺の言ってること信じた?」

「んー……まだ信じられないかな」

「信じてくれよぉ! なんか悲しくなるだろ……」

「あー、ゴメンゴメン。弦巻ちゃん」

「だから、俺のことをちゃん付けするなあああああ!!」

 そう言えば、弦巻さんは4月の自己紹介の時、『俺のことは弦巻君とか君付けで呼んでくれ!』と爽やかな笑顔で言っていた。確かに身長は低いものの顔はキリッとしていて格好いい。だが、性格のせいで『弦巻ちゃん』と仲の良いクラスメイトから呼ばれている。その度にあんな風に叫ぶのだが、それさえ可愛らしく映ってしまうのでもう悪循環だ。実際、話したこともない私でも可愛いと思ってしまうのだから仕方ないのだが。

「おい、結月。これ、先生から渡せって」

「あ、うん。ありがと、吉田さん」

 鞄を持ったその時、委員長を任されている男子の吉田さんが1枚のプリントを渡して来た。自分でも聞こえないほどの小さな声でお礼を言うが言い終わった頃にはすでに彼の姿はなかった。

「……はぁ」

 ため息を吐きながら手元のプリントを見る。どうやら、緊急の図書委員会が明日、行われるらしい。別に会議に出ることは嫌いじゃない。どうせ誰も私のことなど見ていないのだから。だが、問題は時刻だった。

(午後4時、か……)

 図書委員会なのでもちろん、1年、2年、3年の図書委員が集まる。そのため、会議の始まりは8時間目が終了した後になる。そうしないと授業のせいで会議に出席できない生徒が出て来るからだ。しかし、6時間授業の人は憂鬱である。まだ友達と一緒に待つのならいいが、私は友達がいない。教室に残るにしても弦巻さんたちのようにすぐに帰らずに駄弁るクラスメイトもいるのでここで待つのはいささか居心地が悪い。

(仕方ない、あそこに行くか)

 多分、私しか知らない場所。存在は知られているが、入る方法がない私の逃げ場所。明日はそこで時間を潰そうと決心しながら鞄にプリントを突っ込んで教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 次の日の放課後。私はそろそろ夕暮れになりそうな空を見上げながら一息つく。

 ここは屋上。数十年前にここから自殺した子がいたようで立ち入り禁止になってしまった場所だ。その証拠に私の後ろに佇んでいる金属製のドアにはしっかりと鍵がかかっている。

 じゃあ、どうやって入ったのか? 実は抜け道があるのだ。屋上に入るためのドア付近には不要になった机やイスなどが鎮座していてごちゃごちゃしている。しかし、一番手前の机をくぐり、イスや机の脚などを避けて先に進むと何故か、壁に穴が開いているのだ。ここまでの道は一本――つまり、イスや机の脚が邪魔して決まった道にしか進めないので『机の下に潜って先に進もう』と思えば誰でも抜け道を見つけることができる。きっと、卒業した先輩たちが屋上への抜け道を作って利用していたのだろう。まぁ、机の下を潜るので体が大きな人は入って来られない。私は体が小さいし柔らかいのでギリギリ先に進めた。

「本当にここはいいなぁ」

 少しだけ肌寒い風を受けてそう呟く。あの日、机の下に潜ろうと思って本当によかった。

(見つけたきっかけが屋上のドアの前で独り寂しくご飯食べてたら話し声が聞こえて急いで身を隠そうと机の下に潜って逃げるように先に進んだってのが情けないけどね……)

 沈んでしまった気分を振り払うように鞄から1冊の本を取り出す。今日は恋愛小説でも読もう。

 ペラペラと本を捲る音が響く。下の方から野球部がバッティング練習でもしているのか甲高い音を響かせている。

「よっと」

 その声はあまりにも唐突に聞こえた。反射的に声が聞こえた方を見ると抜け道からぬるっと誰かが出て来るところだった。

「おお、まさかこんなところに屋上への抜け道があるとは……自分の子供心に感謝だな」

 苦労することなく抜け道から体を抜いたその人は立ち上がって軽く伸びをする。それを私は驚きもせずに見ていた。人間とはあまりにも唐突な出来事に出くわすと驚きすらしないんだな、とのん気に考えていたのだ。

「おー! すげー! 結構、綺麗な場所なんだ!」

 制服に付いていた汚れを手で叩いた後、私に目を向けることなく屋上から見える景色を堪能していた。

(あ、弦巻さんだ……って!?)

 声の正体がクラスメイトの弦巻さんだと気付いた時、やっと目を丸くして驚くことができた。いや、だってまさかこんなところに人が――しかもクラスメイトが来るとは思わなかったのだ。

「ふふん、明日からここでお昼を食べよう。この景色を見ながら食べるお昼は最高だろうなぁ……」

 私に背を向けたまま、うんうんと頷いている。独り言が多い人だ。

「でも、他の人はあそこを通り抜けられなさそうだな……結構、狭かったし。俺だったから抜けられたのか?」

「……」

 どうしよう。このままでは見つかってしまう。どうにかして逃げなければ。

 別にやましいことをしているわけではないが、話しかけられても上手く話せるとは思えない。本を鞄に仕舞って音を立てないように抜け道へと向かう。

「うーん、せっかくここでキャンプでもしようかと思ってたのに……飯盒でご飯食べてみたかった」

「何でキャンプ!?」

 あまりにも素っ頓狂な発想に思わず、突っ込んでしまった。それにこのまま何も言わなければ本当に実行してしまいそうだったのもあるだろう。

「だって、学校でキャンプとか楽しそうじゃないか? ほら、青春っぽい」

 私の声を聞いて振り返った弦巻さんが笑顔でそう言った。

「危ないですよ! あの抜け道を通ることができる人はそんなにいません! 何かあったらどうするんですか!?」

「ふむ……なるほど。安全面は考えてなかった。やめておこう」

「そうですよ。よかったです、踏み止まってくれて……って」

「ん?」

 やっと私たちは口を閉ざしてお互いを見つめる。私は冷や汗を流しながら。向こうは首を傾げながら。

(や、やっちゃったぁッ!)

 咄嗟とは言え、あんな大声を出してしまった。しかも、初めて会話する相手に対してだ。

「あ、いや……その、えっと」

 混乱しながら何か言おうと言葉を紡ぐが出て来るのはそんな言葉ばかり。目の前がグルグルして何が何だかわからなくなっていた。

「おお、誰かと思えば結月じゃないか。まさかここを知ってる人がいるとは……」

 あたふたしている私に笑いかけながら弦巻さんがそう言う。まさか私の存在を知っているとは思わず、目を丸くした。

「知ってるん、ですか?」

「いや、今日まで知らなかった。あんな場所に抜け道があるなんてな」

「そう、じゃなくて……じ、ぶんを」

「知ってるも何も同じクラスじゃないか」

「そ、そうだけ、ど……話した、こ、とないか、ら」

 駄目だ。言葉がつっかえる。自分でも緊張しているのが手に取るようにわかった。

「君だって俺のこと、知ってるだろ? それと同じさ」

「同じじゃ、ない……例えるな、ら芸能人と、一般人」

「ん? つまり、俺が芸能人で……一般人の君はテレビで俺のことを知ってるが、芸能人の俺は一般人の君を知らない、ということか?」

 私の言葉足らずな例え話を理解してくれたことに少し嬉しく思いながら何度も頷く。

「面白い例えを使うんだな。なるほどなるほど。確かに君は教室で本を読んでることも多く、あまり他のクラスメイトとは関わってないな」

「ッ……何で、知って?」

「あー……まぁ、いいじゃないか。とにかく、俺は君を知ってる。そんなことより、よくここには来るのか?」

 何だか話を逸らされたような気がする。でも、弦巻さんはこれ以上、さっきの話には触れられたくないようだ。流されよう。

「は、い……お昼、とか。放課後、とか」

「へぇー。教室にいないと思ったらこんなところにいたのか……あれ? 放課後はすぐに帰るのに今日は帰らないの?」

「図書、委員会……」

「あー、委員会かー。4時まで残ってなきゃ駄目なんだよなー。だからここにいたんだ」

 納得してくれたようだ。片言の日本語で会話が成立していることに驚きながらホッとする。

「4時までまだ時間あるね。それじゃ、それまで俺が暇つぶし相手になるよ」

「えッ……」

 まさかそんな提案されるとは思わず、変な声を漏らしてしまった。

「で、でも……迷惑、じゃ?」

「そんなことない。俺、ずっと君と話してみたかったんだ」

「な、ぜ?」

 こんな自分と話したいと思う人がいるなんて思えず質問を重ねる。

「何故って言われても俺自身、よくわかってないけどな。何となく、君とは気が合いそうで」

「……」

 意味がわからない。同じクラスに属しているだけで一度も話したことない薄い関係だ。それなのにずっと私と話してみたいと思っていて、その理由もはっきりとしていない。そんな説明で納得できるわけがなかった。

「納得できない?」

 首を傾げている私を見て弦巻さんが問いかけて来る。その通りなので黙って頷いておいた。

「まぁ、そんなことどうでもいいじゃないか。俺と話そうぜ」

 傍から聞いたらナンパしているように聞こえるが、弦巻さんが言うと不思議とそんな風には聞こえなかった。当たり前なのだが。

「じ、自分……話すの、得意、じゃな、い……です」

「それは……聞いてたらわかるけど。でも、最初のあの勢いのあるツッコミは?」

「あ、れは……咄嗟に、出ただ、け」

「咄嗟なら出るんだ?」

「……」

 弦巻さんの意地悪な質問に対して私は目を背けることで答える。

「ま、無理に話さなくてもいいよ。たまに相槌打ってくれるだけで」

「?」

「つまり、俺の話を聞くだけでいいんだ。俺、お喋りするの好きなんだよね」

 それはクラスの皆知っています。

「ほらほら、そこに座って」

「あ、あの……」

 何か言おうとするもその前に私を強引に座らせる弦巻さん。そのまま私の隣に座った。

(ち、近い……)

 元々、社交的な弦巻さんのパーソナルスペースは狭いようで私のそれに侵入して来る。すぐに離れた。

「ん?」

 それに気付いた弦巻さんはまた近づく。

「……」

 また離れた。でも、また近づいて来る弦巻さん。

「……あ、の」

「何?」

「ち、近い、です」

 我慢できずに指摘する。

「そう? だって、今からお喋りするんだよ?」

「少しぐら、い離れて、ても……話せ、ます」

 私のパーソナルスペースはかなり広い。教室で椅子に座っているだけでも嫌なのに今現在、弦巻さんとの距離はとてつもなく近いのだ。それになんか弦巻さんからいい匂いがして目の前がクラクラする。

「んー……そっか。じゃあ、これぐらいでいいか?」

 少しだけ不満そうだったが、鞄1つ分ほど開けてくれた。これぐらいなら我慢出来る。

「ありがと、ございます」

「まぁ、同じクラスメイトとはいえ、初めて話したからな。あまり近づかれると嫌だよな……」

 そう呟きながら肩を落としてため息を吐く弦巻さん。まさかそこまで落ち込むとは思わなくてオロオロしながらフォローする。

「で、でもでも……お話し、出来るのは、嬉しいです……よ?」

 これは本音だ。パーソナルスペースが広いとは言え、私だって人間だ。ずっと黙って独りで過ごすのは苦痛に感じる。人間は独りでは生きていけないのだ。

「そ、そう!? よかった!」

 私の言葉を聞いたからかニッコリと笑う弦巻さんを見て、『可愛い人だなぁ』とのん気に思った。

「じゃあ、お話ししよう。そうだなー。何がいい?」

「……楽しいお話」

「そっかそっか。楽しい話か……んー、よし。この前、コンビニに行った時の話なんだけど――」

 結果から言うと弦巻さんのお話はとても面白かった。聞き手に楽しんで貰おうと言葉を選んだり、少し結末をぼかして焦らしたり、時には身振り手振りを使って大げさに表現する。弦巻さんの人気は性格もそうだが、話し上手なところも関係しているのだと、私はすぐにわかった。そのせいなのか私にしては珍しく、相槌を打ったり質問したりと弦巻さんとのお喋りを楽しんでいた。

「それでね。その人ったら……あ」

 笑顔で話していた弦巻さんは何かに気付いたらしく、言葉を区切る。何だろうと首を傾げた。

「時間だよ、時間! もうそろそろ図書委員会始まるんじゃないか!?」

「え、あ!?」

 携帯のディスプレイで時刻を確認して立ち上がる。委員会が始まる4時までもう5分を切っていた。

「ど、どうしよう!? 時間が!?」

 叫びながら鞄を掴んでその場で頭を抱える。今から走っても間に合いそうにない。

「大丈夫! 少しぐらい遅れたって――」

「目立ちたくないんですよ! ああ、どうしたら……」

「よ、よし! ここは俺が君を負ぶって!」

「余計時間かかります!」

 負ぶって貰うより自分で走った方が速いに決まっている。体格差を考えて欲しい。

「ゴメン……ん?」

 私のあまりの剣幕にタジタジになっている弦巻さんはまた何かに気付いたようで校舎の方を見た。何だろうと私もそちらを向く。

『――繰り返します。本日、4時からの図書委員会は急遽、なくなりました。後日、別紙にて図書委員会の日時をお知らせしますので、図書委員は下校してください』

 それは図書委員会がなくなった放送だった。

「な、なくなったんだ……よかったぁ」

 ホッとしてその場にへたり込んでしまう。これで目立たなくてすむ。

「……ふふ」

 安堵のため息を吐いている私を見下ろして弦巻さんはくすくすと笑いだした。

「え、あ、あの……」

「本当に咄嗟なら流暢に喋るんだな」

「あ……」

 そう言えば、焦っていたせいで弦巻さんに色々酷いことを言ってしまったことを思い出す。

「す、すみま、せん……怒鳴ってしま、って」

「いやいや、気にするなって。元はと言えば俺のお喋りに付き合ってたからだし」

「時間を、忘れてた、のは、じ、ぶん……つるま、きさんは、悪くな、い、です」

「はは、そう言ってくれると嬉しいね。それって俺とのお喋りが楽しかったってことでしょ?」

 何だか、そうやってはっきり言われてしまうと恥ずかしくなってしまい、俯きながら頷く。

「そっか。ありがと」

「ど、うして、お礼を?」

 お礼を言うのは私だ。図書委員会には遅れそうになってしまったけど、それまでの間、楽しく過ごせたのは弦巻さんのおかげなのに。

「俺も楽しかったからだよ。結月は他の人とは違って適当な相槌じゃなく、本当に興味があるように聞いてくれるから」

「興味が、あったのは本当、ですよ」

「それが嬉しいんだよ。他の人はお話しじゃなくて俺の傍にいることを目的としてるから。お話しは二の次なんだ」

 弦巻さんはクラスで人気のある人だ。だからこそ、弦巻さんの傍にいることがその人のステータスになる。スクールカーストの上位に居続けるために弦巻さんとつるんでいた方が確実なのだ。

「そう、なんですか……」

 何だかそれを聞いて悲しくなってしまった。それは上辺だけの関係だ。自分の価値をあげるためだけに群れる。そんな関係を思い浮かべただけで吐き気がした。

 そして、そんな弦巻さんが私とのお喋り――まぁ、一方的にだが、楽しんでくれたことが嬉しかった。こんな私でも役に立てたのだと少しだけ誇らしかった。

「結月はもっと他の人と関わった方がいいんじゃないか? きっと友達も出来ると思うぞ」

「……人は、怖いです」

 私は歪なピース。それが人に知れたらと思うと目の前が真っ暗になる。私のような嘘つきは孤独に生きた方がいい。それが人の、自分のためになるのだから。

「人が怖い、か。確かに人は何考えてるかわからないし、他人を傷つける。でも……そんな人ばかりじゃないってことも知っておいてほしいな」

「……はい」

「それじゃ、帰ろうか。一緒に帰る?」

 弦巻さんの問いかけに私は首を横に振って拒否した。

「うん、わかった。じゃあ、また明日」

「……さよなら」

 そう言った私を弦巻さんは少しだけ寂しげに見た後、屋上を出て行く。

「……はぁ」

 空を見上げる。すでに日が暮れて夕焼け空が綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日のお昼休み。何となく予想していたことだったが――。

「こんにちはー。お邪魔してるよー」

 ――屋上にお弁当を持った弦巻さんがいた。

「……何でいるんです、か?」

 教室にいなかった時点で十中八九ここにいるだろうと思っていたのだが、やはり少しだけ驚いてしまった。

「何でって、結月とお昼食べたいからだけど?」

「……楽しく、ないです、よ?」

「何言ってるのさ。昨日の時点で結月とのお喋りは楽しいって検証済みだろ?」

 まぁ、確かにお喋りは楽しいけど。

「ほらほら早くしないとお昼休み終わっちゃうよ?」

「でも、いつもの、人たち、は?」

「もちろん、断ったさ。元々、俺って放浪主義というか……決まって食べる相手はいないんだ。いつも誘われた場所へ行くだけ。フラフラとね」

 『だから心配するな』と笑って弦巻さんは右手でポンポンと地面を叩く。そこに座れということらしい。仕方なく弦巻さんが叩いた場所より人一人分、距離を置いて座った。

「よいしょ」

 だが、すぐに人一人分の空白を埋める弦巻さん。

「……近い、です」

 良い匂いがして少しくらっとするから離れて欲しい。

「いいじゃないか。ん? 結月、君、香水とか付けてるの?」

「ッ……え、あの、その!」

 まさかばれるとは思わず、急いで立ち上がって後ずさる。しかし、焦っていたためか足がもつれてそのまま背中から後ろに倒れてしまう。

「あ、危ない!」

 目を見開いて私に向かって手を伸ばす弦巻さんを目の端に捉えながら、ゴンッという音と共に私は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん……」

 ズキズキと後頭部が痛む。その痛みで目を覚ました私は状況を把握しようと目を開けた。「あ、よかった。目が覚めたんだな」

 私の顔を覗き込むように見ていた弦巻さんがホッと安堵のため息を吐く。しかし、どうして弦巻さんの後ろに青空が見えるのだろうか。それに何だか、柔らかい物が私の頭の下に――。

「ん?」

 そこで一つの仮説が頭に浮かび、顔から血の気が引いていく。

「あ、あの……自分は、何を枕に?」

「俺の膝だけど?」

 その仮説はどうやら当たっていたようで慌てて体を起こそうとするがそれを弦巻さんが止める。

「頭を打ったんだ。すぐに動くと気持ち悪くなるぞ」

「で、でも! うっぷ」

 確かにあまり動かない方がよさそうだ。もし動いてリバースでもしたら余計、弦巻さんに迷惑をかけてしまう。暴れるのを止めて私は大人しく弦巻さんの膝に頭を乗せた。

「そうそう、ゆっくり休みな」

 そう言いながら私の頭を撫でる弦巻さん。その仕草はとても優しく、とても気持ち良かった。

「……あ、その。今、何時で、すか?」

 睡魔が私の脳を支配しそうになった頃、お昼休み特有の喧騒が聞こえないことに気付き弦巻さんを見上げて質問する。

「ん? そうだね。3時くらいか?」

「……3時!?」

 お昼休みはおろか6時間目も終わっていた。

「え、な、何で?」

「さすがに気絶したまま放っておけなかったし。気絶してる君をここから出すのは無理だったからな」

 まぁ、あの抜け道は私が通るにはギリギリだから当たり前なのだが、私は別のことを聞いたのだ。

「何で、1人で戻らな、かった、んですか?」

 そう。別にここには誰も来ない。屋上までの抜け道を知っているのは私と弦巻さんだけ。放っておいても何の問題もない。むしろ、先生に私のことを伝えた方がよかったのではないだろうか。屋上への抜け道はばれてしまうが仕方ない。

「あー……いや、考えたんだけど。止めた」

「どうし、て?」

「……ここで君とお喋りできなくなると思ったから」

 恥ずかしいのかぷいっと顔を背けながら弦巻さんは答えた。その仕草が何だか可愛らしくて思わず、笑ってしまう。

「あ、笑うなんて酷いぞ」

「だって。弦巻さん、可愛くて」

「……はぁ、全く転んで脳震盪起こした奴に言われたくねーよ」

「あだっ」

 べしっとデコピンをされて額を両手で覆った。意外に痛かったので涙目になってしまう。

「あ、すまん。思わず」

 唸っていると痛がっているのに気付いたようで慌てて弦巻さんは謝りながら私の前髪をかき分けて、すぐに体を硬直させる。

「あの?」

「……」

「あのー?」

「……」

「……弦巻さん?」

 勇気を出して名前を呼んだが、応答はなし。額を押さえられているので私も動けない。どうしようか。

「……なぁ、結月」

 どれほど経っただろうか。突然、弦巻さんが私を呼んだ。

「あ、は、はい」

 家に帰ったら何をしようか適当なことを考えていたのでちょっと驚きながら返事する。

 

 

 

 

「俺、君のこと好きだわ」

 

 

 

 

「……」

 あまりにも唐突な告白。出会ったのは2か月前。しかし、初めての会話は昨日。まだお互いのことなどほとんど知らないのに、『好き』と言われた。

「……すみません。今日は帰ります」

「……ああ」

 強引に弦巻さんの手を退けてそのまま抜け道の方へ向かう。

「俺は待ってる。放課後、ここでずっと待ってるから……いつか返事、聞かせて欲しい。明日じゃなくてもいいから……逃げないで欲しい」

 振り返ると弦巻さんは座ったまま、こちらを見て笑った。その笑みは引き攣っていた。とても、苦しそうな微笑み。

「……」

 私はあえて返事せずに屋上を後にした。抜け道を通り抜け、階段を下り、鞄も持たずに学校から抜け出した。

「……何で」

 その間、ずっと問いかけていた。どうして、弦巻さんは私に告白したのだろうか。どうして、このタイミングだったのだろうか。

「はぁ」

 私は歪なピース。どのパズルにも当てはまらない役立たずな存在。

 そんな私が人を好きになってはいけない。なってしまったら私も相手も不幸になってしまうから。

「……」

 ため息を吐くことすら忘れて太陽を見る。もう少しで紅く染まり、綺麗な夕焼けとなるだろう。

 私は弦巻さんのことが好きだ。認めよう。見た目も優れていてずっと憧れていたし話してみてもっと弦巻さんのことが知りたいと思った。こんな私に優しくしてくれて嬉しかった。あの笑顔を見ていたいと願った。

 だからこそ、自分のことが嫌いになった。あんなに素敵な人を好きになって……私は悩んでしまったのだ。

「私は……弦巻さんのどこが好きなんだろう」

 そんな問いかけは虚空に消えてなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから私は屋上に行けなくなっていた。どんな顔をして弦巻さんに会えばいいのかわからなかったから。

 クラスで弦巻さんは声をかけて来ることはなかった。私が嫌がると思って気を使ってくれているらしい。でも、たまに視線を感じるので私の返事を待っているようだ。

(ごめんなさい……もう私は……)

 もうアナタと関わる気はないの。

 弦巻さんの視線を無視して私は鞄を掴んで教室を後にした。

「ああ、結月少しいいか?」

 廊下を歩いていると担任の教師とばったり出くわし、肩を掴まれた。

「な、なん、でしょうか……」

「いやぁ、実は少し手伝ってほしいことがあってな。明日配るプリントを作ったのはいいんだけど数枚あってホッチキスで綴じようかと」

「……はぁ。わかり、まし、た」

「話が早くて助かるわ」

 満面の笑みを浮かべた先生の後を肩を落として付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解放されたのはそれから2時間後だった。大人しくホッチキスでプリントを綴じていたら別の雑用を押し付けられたのだ。断れずにあれよあれよと雑用が溜まって結果、このような時間まで学校に拘束された。早く家に帰ろうと誰もいない廊下を早歩きで進む。

「あ……」

 玄関に辿り着いた時、雨が降っているのに気付く。

(廊下の窓から雨降っているのに気付かないほど夢中で歩いてたんだ……)

 学校にいたら嫌でも弦巻さんのことを考えてしまう。だから早く家に帰って自由になりたかった。私の心が休まる場所は家しかないから。

 ――俺は待ってる。放課後、ここでずっと待ってるから……いつか返事、聞かせて欲しい。明日じゃなくてもいいから……逃げないで欲しい。

「……まさかね」

 こんな雨の中、待っているはずがない。でも……もし、待っていたら?

「……」

 少しだけ様子を見に行こう。そう思って私は屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗くて狭い机の下を這って進みながら雨の音を聞く。シトシトと乾いた大地を潤してくれる恵みの音。

 右手に私の傘。左手に折りたたみ傘を持っているのでいつもよりゆっくりと進む。だが、理由はそれだけではない。やっぱりまだ怖いのだ。弦巻さんがいたら、と思うと恐怖で足が竦む。本当に会ってしまったらどうするのだろうか。

(……私は多分)

 逃げてしまう。脱皮の如く屋上から逃げ出し、家に帰って布団の中で震えるだろう。

 そんな思考を巡らせている内、屋上へと続く穴まで来てしまった。

「……」

 その穴から慎重に顔を出して周囲の様子をうかがう。弦巻さんの姿はなかった。ホッと安堵のため息を吐き、引き返そうとしたその時――。

「そんなとこで何してるんだ?」

 ――頭上から弦巻さんの声が聞こえて心臓が爆発しそうになった。

 急いで上を見上げると塔屋に立ったまま、私を見下ろす弦巻さんの姿を見つける。その手には傘などなくずぶ濡れだった。

「つ、弦巻さん! 何で傘差さないんですか!」

 逃げるタイミングを完全に失ったので誤魔化すように大声を上げる。慌てて持って来ていた折りたたみ傘を投げた。

「おっと」

 突然投げたのにも関わらず弦巻さんはしっかりと傘をキャッチし、すぐに差した。私も自分の傘を差して屋上に出る。パラパラと傘に雨が当たる音が響く。

「いやぁ、助かったよ。傘、教室に忘れちゃってね」

「なら取りに行けばよかったじゃないですか!」

「だって、取りに行っている間に君が来たらまずいじゃないか」

「来る保障なんてどこにもないんですよ!?」

「でも、君は来た」

 塔屋から降りて私の前まで来た弦巻さんはニヤリと笑う。まるで、本当に私が来ることを予知していたような言い方だった。

「どうして、わた……自分が来るってわかったんですか」

「それは君のことが好きだから……なーんて、カッコいいこと言えたらいいんだけどね。雨が降ってたから俺のことを心配して来てくれそうだって思ってね」

 当たっているので反論できなかった。

「でも、まさか折りたたみ傘まで持って来てくれるなんて思わなかった。助かったよ」

「そ、うです、か」

「ありゃ元に戻っちゃった。普通に話せるんだろ?」

 どうしてこの人はわかるのだろうか。

「……では、自分はこれで」

「待てよ」

 踵を返して帰ろうとするが右腕を掴まれて邪魔されてしまった。少しでも力を入れれば振り払えるだろう。でもそれはしたくなかった。

「離してください」

「嫌だ」

「……何で、告白したんですか」

「君のことが好きだから」

 ああ、羨ましい。そうやって自由に恋愛ができて。きっと弦巻さんは純粋に私のことが好きなのだろう。理由なんてわからないけれど目を見ればわかる。真剣そのものだ。

「何も知らないくせに」

 自分でも驚くほど低い声が出た。しかし、弁解する気にはなれなかった。

「話してくれなきゃ何もわからない」

「話したって理解してくれません」

「言ってみなきゃわからない」

「……聞いたら後悔しますよ?」

「大丈夫、絶対にそれはないから」

 そんなこと言って弦巻さんだって私から離れていくに決まっている。

 小学生の頃、何も知らなかった私は愚かにも1人の友達に話してしまった。その次の日にはクラスメイトはもちろん、学校に通っているほとんどの生徒が知っていた。それから私は酷い虐めを受けて転校する羽目になったのだ。

 確かに伝えるのは辛い。またあの悪夢のような毎日が来ると考えるだけで体が震える。でも、弦巻さんを不幸にするぐらいなら私のことなんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、女の子なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言った後、恐怖を和らげるために傘を持っていない左手でズボンをギュッと握った。

「……」

「ね、後悔しましたよね。だって、“私は男の子なのに女の子の心を持っているんですから”」

 性同一性障害。それが私の秘密。ずっと隠し続けて来た嘘だ。

「それだけじゃないんです」

 そして、私の嘘にはまだ続きがあった。いや、もしかしたらこっちの方が異常なのかもしれない。

「はっきり言います。私は弦巻さんのことが好きです。最初は何となく目で追ってただけだったのに……いつの間にか憧れになってて、ここで初めて会った日に初めて話してみてとても楽しかった。もっと弦巻さんを知りたいって思いました……でも、おかしいですよね。だって、私は男でも心は女の子なんです。それなのに――」

 雨が強くなって来た。これでは小声じゃ聞こえないだろう。少しだけ声を大きくして言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

「――女の子である弦巻さんを好きだなんておかしいと思いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、一際強い風が吹き、弦巻さんのスカートを揺らす。彼女は鬱陶しそうにそれを手で押さえながら私を見つめていた。

「私は女の子です。恋愛対象は男の子。矛盾してます。だからわからないんです。どうして、弦巻さんを好きになってしまったのか。どこに惹かれたのか。わからなくなって申し訳なくなって……怖くなったんです」

 誰にも相談できず、孤独の中で答えを求めた。

「考えれば考えるほどわからなくなりました。私は一体、何なんだ。男なのか。女なのか。男として弦巻さんが好きなのか、女として弦巻さんが好きなのか。もう……頭の中でごちゃごちゃになってしまって。だから……もう会わない方がいいって。こんな中途半端な答えで会ったら後悔するって」

 だから今も言い訳染みたことを言っている。そんな自分が情けなくて目に涙が溜まり始めた。こんな私を好きになってくれた弦巻さんに失礼なことを言っていると自覚しているからだ。

「だから、お願いします。私のことなんか忘れ――」

「――俺は君のことが好きだ」

 私の言葉を遮って弦巻さんは断言する。心臓が痛くなった。

「いや……だから私は性同一性障害で」

「4月に教室で初めて君を見た時、すぐに気に入った。好みのど真ん中だった。話しかけようかと思ったけど勇気がなくてできなかった。それでこの前、偶然ここで会ってドキドキしながら話した。俺の……秘密がばれそうで怖かったのもあったけどやっぱり、君の傍にいたいから」

「……」

 この人は、何を言っているのだろうか。何だか、その言い方だと私と同じような――。

「そして、君の香水の匂いを嗅いだ時、何となくわかった。それから君の日頃の様子を思い浮かべて……すぐに察した。君が性同一性障害だって」

「ッ……じゃ、じゃあ! どうして告白なんて!」

「俺も一緒だからだ」

 最初、弦巻さんの言っている意味がわからなかった。

「それって、どういう……」

「性同一性障害。俺も女の子なのに男の子の心を持ってるんだよ」

「え」

 弦巻さんが性同一性障害? 私と同じ――。あまりにも突然なカミングアウトに私の頭は真っ白になった。

「こんな俺を君は気持ち悪いって思うか?」

「思うわけない!」

 寂しそうに問いかけて来た弦巻さんに向かって反射的に叫んだ。

「思うわけないです……だって、弦巻さんはとても優しくて話が面白くて……こんな私を好きになってくれた。それが全てなんて思わないけど、きっと他にもいっぱいいいところがあるに決まってます!」

「それが答えなんじゃないか?」

「……え?」

 夢中になって叫んでいるといつの間にか弦巻さんは私を見て微笑んでいた。

「君は男や女って概念に縛られ過ぎだ。いいじゃないか。男が男を好きになったって、女が女を好きになったって。もちろん、男が女を、女が男を好きになってもいい。そこに確かな愛があれば、ね」

 『お、晴れたね』と言いながら彼女は折りたたみ傘を閉じる。気付かない内に雨が上がっていたようだ。私も傘を閉じた。

「俺のこと好き?」

 閉じ終えた時、すぐ近くまで寄って来ていた弦巻さんがそう問いかけながら私を見上げる。その目は少しだけ不安で揺れていた。

「え、ぁ……はい」

「どこが?」

「……」

 そう、そこなのだ。私ははっきりと弦巻さんの好きなところが言えないのである。顔なのか性格なのか。はたまた別のところなのか。

「いいんだよ別に。はっきりとしなくても。顔が好きならこの容姿に産んでくれた両親に感謝する。性格が好きならこんな自分にしてくれた周囲の人に感謝する。それに顔しか好きになれないなら中身を磨くし、顔が好みじゃないならもっと綺麗になるために努力する。この体が目当てでも喜んで股を開くさ。それから俺自身を好きになって貰う」

「ま、股って……」

「そりゃそうだろ? 俺は君に惚れたんだ。好きな人に好きになって貰うために努力するのは当たり前だ」

 私は素直にすごいと思った。性同一性障害を持っていても真っ直ぐに生きているのだ。私のようにぐだぐだ考えて足を止めていない。そんな彼女が羨ましかった。

「……じゃあ、弦巻さんは私のどこが好きなんですか?」

 だからこそ、そこが気になった。真っ直ぐな彼女は私のどこに惚れたのだろう。

「んー、さっきも言ったけどタイプだったし、話してみて楽しかったってのもあるけど……一番の理由は、目かな」

「目?」

「ほら、脳震盪起こしただろ? あの時、君の前髪をかき分けてその目を見たら俺は吸い込まれそうになった。とても綺麗だった。俺のように誤魔化していなかったから」

「それは違います!」

 私はずっと嘘を吐き続けて来た。女だと言わずに、ばれるのを恐れて誰とも接することなく黙り続けた。それを誤魔化しと言うのではないのだろうか。

「確かに君は人と接することはなかった。自分が女だと言わなかった。でも、それは自分に“嘘”を吐きたくないからじゃないか?」

「それなら弦巻さんだって私なんかよりずっと自分をさらけ出しているじゃないですか。自分のことを君付けで呼んでくれって言ったり」

「……それが誤魔化しなんだよ」

 少しだけ顔を歪ませて弦巻さんは空を見上げた。先ほどまでの雨が嘘だったかのような快晴が広がっている。

「よくあるだろ。テストで今回、自信ないって言う奴。あれは保険なんだ。本当に悪かった時のためのな。『ほら、やっぱり駄目だった』と思えるように自分を誤魔化すための言葉。点数が良ければ『ラッキー』だって思って、駄目だったら『しょうがない』って諦められる。そんな逃げ道なんだよ。それと同じだ。君付けで呼んでくれって言って呼んでくれたら『ラッキー』。呼んでくれなかったら……『ネタ』として扱われる。俺が男だってばれないための仕掛け。カモフラージュだ」

 つまり、弦巻さんはあえて君付けを要求することで自分が男だとばれないように仕向けたのだ。本当に君付けで呼んで貰えたら幸運。そして、呼ばれなくても『はいはい、そう言う人なんだよね』と思われて終わる。だが――。

「――誰も、君付けで呼んでいません」

 そう、クラスメイト全員、弦巻さんのことはちゃん付けもしくは呼び捨てで呼ぶ。誰にも弦巻さんの願いは届いていない。

「ああ、そうだ。俺はばれるのが怖くて……わざとネタにしてるだけだ。そのおかげで『俺』って言ってもそういう奴――キャラだって見られるだけだ。多分、この小さな背のせいでもあるけどな」

 弦巻さんの身長は私より低い。私だって彼女を見て何度も可愛いと思った。小さな子が背伸びをしているようだ、と。しかし、弦巻さんはそれを聞く度に傷ついて行く。

「自分で蒔いた種だけどさ……やっぱり、悲しいかな。本当の俺を見てくれないって。そんな俺とは違って君は……ちゃんと自分をさらけ出してる」

 すぐに反論しようとするがそれを彼女が手で制止させた。黙って話を聞けと言いたいらしい。

「君が独りでいる理由は簡単。話せばばれてしまいそうになるからだろ? それって自分に嘘を吐けないってことなんじゃないか?」

「それは……」

 私が孤立の道を選んだ理由はまさにそれだ。きっと、人と関われば自分の嘘がばれてしまうとわかっていたから。

「でも、そんな中でも香水を付けたりしてた。ちゃんと本当の自分を皆に見せてた」

「……」

「それだけじゃない。君はすぐに家に帰っただろ? それって、家の人は君のことを知ってるからじゃないか?」

「……知ってます」

 小学校でいじめを受けていた私は耐え切れなくなって両親に全てを話した。自分は女の子であること。それを言ってしまっていじめを受けていること。辛くて辛くて今にも壊れてしまいそうなこと。

 両親も最初は戸惑っていたがすぐに受け入れてくれた。今も家では私を女の子として扱ってくれる。可愛い服だって買わせて貰える。家で女の子の服で過ごしても『似合ってる』と言ってくれる。この世界で唯一、私が心から信頼している人たちだ。

「この学校よりも家の方が居心地がいいからすぐに帰る。それは当たり前だ。誰だって居心地のいい場所を求めるから」

「……あ」

 そこで私は気付いてしまった。弦巻さんはいつも“遅くまで学校に残っている”ことに。

「気付いたか? そうだ。俺は……まだ親にすら言えてないんだ。この学校……いや、この世界で俺が男だって知ってるのは結月だけ」

「ッ……」

 ゾッとした。本当の自分を知っている人がいない。それはどれだけ辛いことなのだろうか。事実、ついこの間まで彼女の本当の姿を知っている人はいなかった。

「そんな時、君が香水を付けていて、もしかしたら結月も俺と同じなんじゃないかって思った。誰にも言えずに苦しんでるんじゃないかって……それは俺の勘違いだった。目を見てすぐにわかったさ。こいつは、誤魔化したりなんかしない。自分は自分だってはっきりと言える奴だって。君が悩んでるのだって俺に対する気持ちを誤魔化したくないからだろ?」

「……」

「こんな綺麗な目を持ってるんだって気付いた時にはもう、心は奪われてた。俺にはない物を持ってたから」

「私も……」

 無意識の内に口を開いていた。

「私も弦巻さんが羨ましかった。皆と楽しそうにお喋りして……ああ、この人は人を笑顔に出来る人なんだなって思いました。それはとてもすごいことです。私じゃできないこと。人と関わることを止めて安全な場所でしか自分をさらけ出せない自分とは違うんだって。でも……私は一つだけ勘違いしていたんです。弦巻さんだって1人の人間なんだって。今、気付いたんです」

 誰にだって悩みはある。その大きさは違うが悩むのはとても辛いことだ。そして一番大事なのは――それを言える人がいるかどうか。悩みを聞いて真剣に答えてくれる人。その存在は貴重である。

「弦巻さんはいなかったんですね……自分の悩みをさらけ出せる人が」

「……」

「想像しただけで背筋が凍りました。もし、いじめられていたことを両親に話さなかったら……今の私はいません。下手をすれば死んでいたでしょう」

 学校で孤立していながら日々を過ごせるのは家でストレスを発散しているからだ。家でも窮屈な暮らしをしていたら私は爆発していたに違いない。

(ああ、そうか)

 彼女の寂しそうな表情を見て私は確信した。やっと気付くことができた。

「両親にはとても感謝しています。私の悩みを聞いてくれて。こんな私でも愛してくれて。笑顔を向けてくれる。だから……私もそんな存在に、なりたいです」

「結月?」

「心の底からそう思いました……貴女はとても強くて、弱い人だって。誰かが守ってあげないと壊れてしまう。まだ、何とか耐えてるけどそろそろ壊れてしまう……そんなの悲し過ぎます。誰にも言えずに壊れるなんて。だから私は貴女を守りたい」

 私の願いに弦巻さんは目を丸くする。

「やっとわかったんです。私が貴女に惹かれた理由が。私は太陽のように輝く貴女を支えたいんです。笑うなら傍にいて一緒に笑いたい。もし、疲れたのなら月になって夜の間、世界を照らしてあげたい……泣いているなら抱きしめてあげたい」

 傘を地面に置いて弦巻さんをギュッと抱きしめた。彼女は驚いたのか体を硬直させる。

「大好きです」

 そして、彼女の耳元でそっと愛を囁いた。

「……何だよ、俺より男っぽいじゃないか」

「体は男ですから。それに弦巻さんが言ってたんですよ? 誤魔化さない私が好きだって」

「……はは。だからあんなに恥ずかしいことも言えるのか」

「あ、やっぱり恥ずかしいことなんですかね……今更恥ずかしくなっちゃいました」

「嘘つけ。ものすごく嬉しそうな声だぞ」

 そう言いながら弦巻さんも私の腰に腕を回した。そのまま、私の胸に顔をくっ付ける。

「落ち着く」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「……何でこんなに落ち着いてるんだ? バクバクいってる心臓の音聞いてやろうと思ったのに」

「自覚しちゃえばこっちのものです」

「俺の方がドキドキしてるから何か悔しい」

 拗ねたような声でそう言うので彼女の頭を撫でた。泣いている子供をあやすような手つきで。

「もう、大丈夫ですよ。私がいますからね」

「ッ……ず、ずるいぞ」

「散々私をドキドキさせた罰です」

「くっ……う、うぅ」

 我慢できなくなったのか、弦巻さんは声を抑えて涙を流した。その間、私はずっと大丈夫だと声をかけながら頭を撫で続ける。少しでも彼女の悲しみがなくなるように。

「……」

 数分後、私の背中をポンポンと叩く弦巻さん。腕の力を緩めると彼女はそっぽを向いたまま、私から離れる。顔を見られたくないようだ。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……ありがと」

「いえいえ」

「……ああ! もう!」

 微笑みながら彼女を見ていると唐突に叫んで弦巻さんは私の顔を見上げた。その目はとても真剣で思わず、『カッコいい』と思ってしまう。

「俺は男だ! 泣き顔を見られるなんてものすごく情けない!」

「私としてはもっと見せて欲しいですけど」

「俺が嫌なの! 少なくともまだ嫌だ! ちゃんとした関係になるまで嫌なんだ!」

 絶叫する彼女は私に向かって右手を差し出し、頭を下げて――告げた。

「俺は君が大好きだ。もっと君と話していたい。ずっと君の傍にいたい。そして、俺も君を守りたい。だから……俺と付き合ってくれ」

「……はい!」

 差し出された右手を握って堂々と頷く。もう、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は歪んだピース。どのパズルにもはめられず、取り残される存在。

 それはとても孤独で悲しくて辛いことだった。

 でも、どんなに歪んでいても『ピース』なのだ。

 

 

 

「あ、弦巻さん。見てください、虹です」

「ホントだ。綺麗だな」

「綺麗ですね」

 

 

 

 ピースならばきっと繋がる他のピースだってあるはずだ。パズルにははめられないかもしれないけれど、ピース同士ならば繋がる。

 

 

 

「あ、そうだ。帰りにどこか寄らないか?」

「いいですね。どこ行きます?」

「んー、コンビニで買い食いでもするか」

「私、肉まん食べたいです」

「この季節、どこにも売ってないんじゃないか……?」

 

 

 

 

 こんな他愛もない会話を交わしながら手を“繋いで”虹を見上げる私たちのように。

 




皆さん、こんにちは。hossiflanです。
ハーメルンでは2作目の読者騙し系小説でした。どうですか? 騙されてたでしょうか?
今回のテーマは『性別』です。最初、結月は女で弦巻が男だと思っていたのにまさかの逆でした!的なノリです。
なお、2周目を読むと弦巻が塔屋に登っていたシーンではパンツが丸見えだったり、抜け穴からぬるっとめっちゃちっこい女の子が出て来るなど想像出来るかなと思います。因みに結月と弦巻ですがかなり背が低いです。弦巻なんか150cmないと思います。
さて、この小説もニコニコ動画にて朗読動画として投稿させています。多分、この小説を読んでしまったらもう1周目の気持ちにはなれないと思いますが、ぜひ朗読動画の方も見てみてくださいね!



では、この辺で失礼します。また別の作品でお会いしましょう。

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