Fate/Sickness   作:逸環

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第10話です。
どうぞ。


December 02 11:03:50 【同盟】

それは、『聖杯戦争』が開始される半月ほど前のことだった。

 

「久我の小父様がわざわざ当家に来られるなんて、なんの御用なのかしら?」

 

「言わねば分からぬか?壬生瀬のよ」

 

洒落たアンティークの家具に囲まれた洋風のその部屋で、染めているのであろう長い茶髪にワンピースの女が、皺の刻まれた顔とパイプに和装が特徴の男の前に紅茶のカップを置く。

男の名は『久我(くが) 慶顕(けいけん)』。女の名は『壬生瀬(みぶせ) 加奈子(かなこ)』。

久我はこの『富士野市』を中心とした『春日』と呼ばれる地域における『管理者(セカンドオーナー)』であり、壬生瀬はその久我に対し、毎月一定額の金銭を支払うことでこの春日の土地の魔術師として生きている。言ってしまえば、大家と借主の様な関係と言っても良い。

その関係性は壬生瀬の初代当主が春日に魔術師の家として根を下ろして以来の関係で、加奈子の代で五代に渡る長い付き合いとなっている。

それほど長い付き合いなのだから、自然と慶顕と加奈子は親戚の叔父と姪程度の面識を持つようになっていた。

その様な関係性の両家が、久我の前当主が改まって壬生瀬の現当主に会いに来た理由。それは、

 

「20年前より準備しておった、此度の『聖杯戦争』。その同盟の申し出じゃよ」

 

「やはりそうですか。勿論、受けさせていただきます」

 

『聖杯戦争』をより有利に進めるための、同盟の締結。

 

「それにしても、20年前となると(アタシ)はまだ9歳の時になりますね」

 

「うむ……。正確には20年前に企画、5年をかけて準備をしその後15年かけて魔力を『大聖杯』に溜めたのじゃ。ああ、その度にお前の先代には手伝ってもらっていたのう……」

 

「父も貴重な聖杯の術式を見ることができると喜んでいました」

 

「あやつは病気でさっさと逝ってしまったが、その縁もあり『聖杯』に我々を『冬木』における『御三家』と同じように、優先的に『令呪』を与えるようにすることができた」

 

そう言いながら右手の甲を差し出す慶顕。その手の甲には、マスターの証である三画の『令呪』が刻まれていた。勿論それは、対面に座り微笑む加奈子の左手の甲も同様。

だが、二人ともまだ完全にマスターになったわけではない。

まだマスターになる権利を勝ち取っただけに過ぎないのだ。

 

「して、壬生瀬の。サーヴァントを召喚するための触媒にアテはあるのか?」

 

「ええ、一応は。父が生前集めていた聖遺物の中に、良い物があったのでそれにしようかと」

 

「ふむ、なるほどのぉ……。必要であれば儂が見繕ってやろうとも思っていたが、その必要はなさそうじゃな。……ああ、灰皿を頼めるかの」

 

「今は携帯灰皿を持ち歩く時代ですよ、小父様。ちょっと待っていてくださいね」

 

「悪いの」

 

服の袂からパイプケースを取り出して、年季の入ったパイプに煙草を詰め始める慶顕に対し、苦笑しながら加奈子が別室に置かれていたガラス製の、まるでサスペンスドラマでよく見かけるような灰皿を持ってくる。

しかし、慶顕にマッチやライターなどの火を点ける物を用意する様子はない。

なぜなら彼は魔術師。マッチもライターも、必要とはしない。

 

「『瞬け』」

 

彼が一言、一工程(シングル・アクション)の詠唱を行いパイプに魔力を流すと、それだけで煙草に火が点き煙を(くゆ)らせる。

彼が行ったのは、簡単な『着火』の魔術。それで火をつけられるのだから、マッチもライターも不要に決まっている。

もっとも、その様な火を点ける道具を持っていれば事足りるところを、わざわざ魔術で行うあたりが魔術師らしいといえばそうなのだろう。

 

「ふぅー…。まあ、儂らの同盟の内容は、お互いが最後の生き残りになるまで共闘し、そして最後には『聖杯』をかけて戦うといったところで良いじゃろう。もちろん、マスター殺しは我々の間では厳禁とする」

 

「それで(アタシ)も大丈夫です。『自己強制証文(セルフギアス・スクロール)』はどうしますか?」

 

「儂の方で用意してある。文面は先に述べたことそのままじゃが、一応確認はするように」

 

スッと慶顕の袂から差し出される、一枚の用紙。

そこには彼自身の血液で書かれた契約文が書かれていた。

あとは加奈子が自身の血液で自分の分のサインを書き入れれば、契約は完了となる。

ササッとそれに目を通し不備がないことを確認すると、特殊なペンでサインを書き入れる。

 

「これで契約は完了じゃの。儂はこれで帰るが、壬生瀬の。お互いサーヴァントを召喚したら連絡を入れるようにの。儂も今夜召喚する予定じゃから、明日の朝には連絡を入れる」

 

「ええ、では(アタシ)も今夜にでも」

 

慶顕が立ち上がり、扉へと向かう。

咥えたパイプからは、まだ煙が立ち上っている。

 

「……ああ、そうじゃ」

 

「どうしました?」

 

ドアノブに手をかけたところで、慶顕が振り返る。

その表情は、何かを思い出し、そして思いついたといった表情だ。

 

「時計塔からウィールドンの今の当主が来るようじゃ。あやつの魔術は防衛向きじゃから、十中八九アナグマを決め込むためにキャスターか、それか巣籠をしながら相手を倒すためにアサシン辺りを召喚するじゃろうて。……奴を相手にするのは面倒じゃから、あやつにも同盟を持ちかけようと思うのじゃが、どうじゃろうか?」

 

「あら、それは良い案ですね」

 

二人は微笑み、そして言葉には出さないが同じことを考えていた。

相手が同じことを考えていることも、分かり切っている。

その内容は、

 

「「(用済みになれば、背後から二人がかりで始末すれば良い。同盟を拒否されても、その時は実力で捻じ伏せればそれで良い)」」

 

彼らからすれば、この戦争の勝者がどちらかでさえあれば良いのだ。

そもそも、お互いに何が何でも『聖杯』に縋らなければいけない願いがあるわけではない。

ただ、古くからの既知の者同士として、他にとられるならこの人の方がまだマシ程度には思っているから、どちらかが勝てばいいと思える。

 

「それじゃあ、儂は本当に帰るとしよう。またの」

 

「ええ、また」

 

そのまま加奈子に見送られ、壬生瀬宅を後にする慶顕。

首尾は上場。あとは今晩を予定しているサーヴァントの召喚を成功させるだけだ。

彼の足は自宅へと向けられる。

 

「……さあて、『聖杯戦争』を始めるかの」

 

 

 

慶顕のいなくなった壬生瀬家で、加奈子は紅茶のカップを片付けるとそのまま自室へと直行した。

そのまま柔らかく、暖かなベッドへ潜り込むと、

 

「……あぁー…やっぱり小父様とお話するのは微妙に緊張するわね……」

 

慶顕との会話で溜まった緊張と疲れを吐き出した。

彼女は決して、慶顕の事が嫌いなわけではない。

むしろそれぞれが独立して、埋没して魔導の探求を行うことが多々ある魔術師でありながらも、親戚の様に付き合いのあった彼の事を好ましくも思っている。

だが、それはそれとして魔術師として厳格な彼と対面すると緊張するのもまた事実。

 

「……癒しよ。今の(アタシ)には癒しが必要だわ……」

 

そう言って加奈子が手を伸ばした先にある物、それは本棚の一冊の本だった。

この本棚に納められている書籍に、魔術に関するものは何一つとしてない。

その類の物は全て、歴代の『壬生瀬』の当主たちが研究した成果を残してきた、地下の工房に納められている。

あくまでもこの加奈子の自室の本棚には、彼女のプライベートな趣味に関するものしかない。

では、その趣味とは何か。

 

「……あぁ!やっぱり尊い!!このカプ尊いわ!!うふふ……!」

 

通称BL(ボーイズラブ)と呼ばれる、男同士の友情ではなく愛情を描いたものこそが彼女の趣味。

今手に取っている本も、同人誌と呼ばれる二次創作の漫画だ。

つまり彼女は、『壬生瀬 加奈子』29歳独身は、俗に言う腐女子だった。

 

「……でも、このカプマイナーだから、供給が少ないのよねぇ…………」

 

重たい溜息とともに、呟かれる悲哀の言葉。

それは彼女の、心からの嘆き。

だからこそ彼女は『聖杯戦争』に参加するのだ。

 

「まあ、『聖杯』を使えば供給も増えるはずよね」

 

自身の好きなカップリングの作品を増やすために。

 

 

 

その晩、彼女はランサーを召喚した。

 

 

 

 




「それでどうする?ウィールドン家当主殿」

「その申し出を――――――」

「さて、行くぞ」


次回、『Fate/Sickness』。
「December 22 23:26:34」
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