どうぞ。
「どうしてなんだ!?教授!!」
「……くどいぞ、アラスター」
イギリスはロンドン。
観光地として人気を博するその土地に、それはあった。
『時計塔』。
数多くの魔術師とその卵たちが集う、『魔術協会』の一つ。
その中でもここ『時計塔』は魔術という学問を学び、研究する一種の大学機関の様な役割を担っていた。
その『時計塔』に所属する、一人の講師の部屋でその二人は言い争っていた。
一人はボサボサの金髪に、額と左頬の傷が特徴的な、首に赤いスカーフを巻いた男。
もう一人は長い黒髪に、赤いコートを纏った年嵩の男。
「教授もかつては参加しただろう!?それも俺よりも未熟な時分に!!」
「ファック!それは貴様には関係ないだろう!!いいか!『聖杯戦争』に参加するなど、絶対に認めん!!」
「なんでだ!?教えてくれ!『ロード・エルメロイⅡ世』!!」
「教え子が死地へ向かうのを許す馬鹿がどこにいる!!『アラスター・ウィールドン』!!」
「……………ッッ!!」
顔を赤くして詰め寄る金髪の男―――『アラスター・ウィールドン』に対し、『時計塔』においても自身は魔術師として凡庸でありながら、他者の才能を伸ばすことに長けた名講師であり、アラスターの教師だった『ロード・エルメロイⅡ世』は机を拳で叩き一喝する。
「そもそも、なぜそこまで『聖杯戦争』に出たがる……?あのバカが『聖杯戦争』に参加しようとしていた時にもいったが魔術師同士の闘争というのがどういうものか理解しているのか?死ぬよりも悲惨な目にあった挙げ句、何を成すこともできぬまま惨たらしく殺されるかもしれんのだぞ?」
「そんなことはどうでもいい!!……俺が勝って、あんたが最高の魔術師だと証明するんだ……!!」
「ふざけるな!そんなことをしたところで、優秀なのは貴様であって私ではない!!」
アラスターが訴えるも、それを怒りとともに一蹴される。
当然といえば当然ではあるのだが。
それでも彼は訴える。
「魔術回路も少なく、実家から勘当同然に見捨てられてた俺を拾ってくれたのは教授だ!!フラットの兄ィと何度も問題起こしても、見捨てないでくれてたのは教授だ!!その教授が家柄しか見てねえクソッたれどもに、いつまでも見下されてるのが我慢できねえんだよ!!」
「魔術師がより多くの代を重ねた家が優秀になる以上、『時計塔』の血統主義はそう容易くは塗り替えられん。私も未熟な頃はこの現状を変えようとしたものだ。自分こそが優秀であり、血統主義ではなく実力でこそその地位を得られるべきだと訴えたことすらある。………だがな、私は凡庸だった。才能などなかった。優秀でなど、全くなかった」
「………教授」
「かつて未熟さと驕りから『聖杯戦争』に身を投じた私に残されたモノは、偉大なる王との絆と使命。喪失の悲しみ。そして打ち砕かれた驕れる自分だけだ……。それも、運良くそれだけのものを残すことができただけのこと。本当であれば、私などあの戦いの最中死んでいてもおかしくはない。………いいか、アラスター。お前が参加しようとしているものは、そういうものだ。『聖杯戦争』に参加するなど、絶対に許しはしない」
ポツポツと、過去を振り返るように、未熟だった自分を恥じるように語る師に、弟子たる男は一度その顔を俯かせる。
そして顔を上げると、
「…………だけど教授……、……いや、分かった。やめておきますよ、教授を悲しませたくはないですしね」
『聖杯戦争』への参加を、諦めた。
「ファック!貴様が死んだところで、悲しみなどするか。後々の処理が面倒なだけだ」
「カハハ!まあ、そういうことにしておきますよ。それじゃあ、また」
お互いに笑みを、片や安堵の笑みを浮かべ、片や苦笑いを浮かべる。
苦笑いを浮かべた方は踵を返し、そのまま部屋から立ち去った。
残された者は、その背を見送り扉が閉まってから呟く。
「……これで、良かったんだ」
その言葉は、葉巻の紫煙とともに吐き出された。
『時計塔』から程近いところにある、ボロボロの安アパート。
そこの一室が、アラスターの居住地だった。
12代に及ぶ魔導の大家の次男である彼が住むには、あまりにも似つかわしくはないだろうが、生まれつき魔術回路が少ないためほぼ勘当されているも同然の状態で放置されているからこそ、彼はここに住んでいた。
そのアラスターは今、部屋中から少ない衣類や貴重品、ありったけの霊装を鞄に詰め込みパソコンでフライトチケットを購入していた。
行先は、『成田空港』。
彼は参戦をあきらめてはいなかった。
「(すまない、教授。だが、俺はあんたに恩返しがしたい。それに、あんたは俺の憧れなんだ。憧れの人がかつて参加した聖杯戦争なんだ。俺だって、参戦したい。あんたが見たものが何なのか、俺も知りたい。許してくれとは言わない。だから、帰ったら一発ぶん殴ってくれ)」
「……ハッ。フラットの兄ィも、こんな気持ちだったのかねぇ?……いや、あの人はもっと単純か」
最後の荷物、今の彼にとって最も大事な荷物である
アパートの鍵をかけ、そのままタクシーを捕まえるために大通りへ向かう。
前途は多難であることは百も承知。
それでも彼の足取りは軽かった。
だが、運命はそう上手くはいかないものだった。
既にチケットの購入時間が遅かったことと、移動時間の関係で飛行機の搭乗は翌日になってしまった。
それから更に日本までのフライト時間と、日本製のゲームをプレイするために日本語が読めても話すことができず、不慣れな日本のせいで空港から『富士野市』に辿り着くまで合計で3日かかってしまった。そして宿泊先は師のかつての行動に倣い、一般人の家に暗示の魔術を使用して潜伏。そこの家庭はイギリスから日本に移住して長い老夫婦の家で、孫が遊びに来たことにすれば近所の人間を暗示にかける必要すらなかった。
まるでかつての師のようだと少し満足感を感じていた彼だったが、最大の壁が立ちふさがっていることに気付いていなかった。
一見全て順調に見えるが、遅かった。
1日。僅か1日『富士野市』に入るのが遅くなってしまったがために、彼は失してしまったのだ。
「ッッッ!!!??」
12月19日、午前2時0分39秒。
ベッドの上で早く令呪が宿らないかと手の甲を見ていた彼の体を、突如どす黒い怨嗟に染まった魔力が突き抜けた。
「今のは……呪いの一種か!?」
思わず飛び起きて魔力が―――『呪い』が来た方角を見る。
そして気づいた。
急いで鞄から霊装を取り出し、家中に呪い除けの結界を張って家人と自分に被害が及ばないようにすると、再び自室の窓から外を見る。
そのあまりにも規格外極まりない光景に、精神を落ち着かせるために煙草を咥え、星のマークが刻まれた愛用のライターで火を点け一息吸い、吐き出す。
その間にも、頭の中で思考は駆け巡っていく。
この『聖杯戦争』が始まるというタイミングで、ここまで大規模な呪いを撒き散らすのは参加者しかいない。そして恐らくこれはサーヴァントによる仕業だ。目的はいくつか考えられるが、現状ではどれも確証がない。
「……ッ!?」
そこまで思考し、ある事実に気が付き思わず目を見開く。
その答えを、彼は口にした。
「……おいおい、嘘だろ?『聖杯戦争』始まっちまってんじゃねえか!!?」
「あれは……いったい何なんだ……?」
「……ここに契約は成った。マスターよ」
「『聖杯戦争』……?」
次回『Fate/Sickness』。
「December 18 01:58:03」