どうぞ。
セイバーとランサーの初戦から三日前のこと。
何も知らない一般人のマスター、『日向 慶次』とアサシンは朝日が差し込む慶次の自室で話し合っていた。
何を?
「……で、『聖杯戦争』ってのはまあ分かった。『聖杯』っていうドラゴンボールみたいなのを奪い合う戦いだってのは。それじゃあ、『サーヴァント』ってのは何だ?」
「『サーヴァント』というのはですね……」
そもそもの根本的な説明をしていた。
何せ彼は何も知らない。聖杯戦争の事を、何もかも。
それもそうだ。
彼の先祖に魔術師がいたとして、その魔術が何一つ伝わっていない廃れた家系なのだから。
「英霊と呼ばれる、過去に偉業を成し遂げた人物や神話などに登場する人物たちが、信仰を受け精霊とまでなった存在を使い魔として召喚したものです。ああ、人物といっても、英霊を英霊たらしめるものは信仰、つまり人々の想念ですので、確かな知名度と信仰心さえ集まっていれば物語の中の人物であろうがかまわないようですが。その英霊たちは、本来人には使役することができないほど位が高いのですが、『クラス』という役割に当てはめることで使役を可能としているもの……といったところですかね?」
「なるほど」
「分かっていただけましたか」
「つまり歴史上の人物と一緒に戦えるってわけだな」
「……その解釈で間違っていません。それと、サーヴァントのクラスは七種類あり、それぞれ『
本質からはズレているが、それでも慶次は理解した。
大枠は理解した。
そして立ち上がると、一言。
「面白そうじゃないか!!まるでマンガやアニメの主人公みたいで!!」
「……は、はぁ」
面白い、という感情を全面に押し出して一気に捲し立てる慶次に、アサシンが少々引き気味ながらも肯定する。
そこでふと、アサシンは気付いた。
「そういえば、魔術師殿……いや、魔術師ではない貴方にこの呼び方は相応しくはないですね。慶次殿、とお呼びしても?」
「ああ、こっちからは……」
「アサシン、とお呼び捨てください」
「分かった、アサシン。それでなんだ?」
「先ほども説明しましたが、『聖杯』は全てを叶える願望機です。突如巻き込まれる事となってしまいましたが、慶次殿には何か叶えたい願いはありますか?」
それは、素朴な疑問だった。
戦いに、何の前フリもなく巻き込まれてしまったこの少年が、せめて何か叶えたい願いはないのだろうか、と。
それに対し慶次は首をひねり、少し考えると、
「………大金、かなぁ?ウチも貧乏ってわけじゃないけど、俺の学費とか苦労かけてるし」
「……が、学費?」
「あ!それにあれだぜ!ウチのローン36年ローンだから、親父が定年した後も払い続けることになるんだぜ!?つまり最後の方は俺が払わなきゃいけないんだぞ!?」
鬼気迫った表情で、だいぶ先の未来の話をする慶次にアサシンはキョトンとしながら圧倒される。
恐らくは、本当は叶えたい願いなど思いつかなかったのだろう。
それでも何となくで、そして自分に降りかかるであろう未来のためにその答えを出したのだ。
ならば、この身をとしてその願いを叶えさせよう。
何よりも自身にも、叶えたい願いがあるのだから。
「……私にも、叶えたい願いがあります。私が信仰する神以外の全ての宗教の根絶を……。日本人たる慶次殿には理解しがたいでしょうが、それほどまでに私にとって我が神は絶対なのです」
「……そうなのか。俺には本当に分からないけど、アサシンには大切なんだよなー………」
慶次自身は昨今の日本人に多い、チャンポン宗教で尚且つ宗教に所属しているという意識のない人間だ。
そもそも宗教自体にこだわりも興味もない。
「なら、俺はそれを反対する理由もないしな。勝ってドラゴンボール……じゃないか。『聖杯』を手に入れたら、お互いに願いを叶えようぜ?」
故にアサシンの願いに対し特に気にすることもなく、その開いた手を伸ばす慶次。
「むしろお前の願いを叶えるためにな。俺のは対した事じゃあねえし。ま、頑張ろうぜ?」
「……ええ、よろしくお願いします」
その手を握り、礼をとるアサシン。
この時、初めてきちんとした契約がなされたと、アサシンは感じていた。
そのマスターである慶次には、その様な感覚は一切ないだろうが。
「それじゃあ、アサシン。まずは何からする?」
「では、私が隠れ潜み情報を集めましょう。そして機が熟したときから、行動するのです」
「じゃあ、それでいこう」
こうして、アサシン陣営の聖杯戦争は始まった。
誰も期待せぬ最弱の陣営の、聖杯戦争が。
「……ああ、そうだ。『宝具』についての説明がまだでしたね」
「ほうぐ?」
彼らの聖杯戦争が本格的に始まったところで、アサシンは一つ説明し忘れていたものを思い出した。
「ええ、慶次殿に分かりやすいように言うならば、必殺技といったところでしょうか」
「おぉ!!」
それは『宝具』のこと。
サーヴァントたちがもつ、その幻想の具現たる切り札のこと。
「我々サーヴァント、つまり英霊には生前の伝承や逸話があります。その伝承や逸話が物質化した奇跡その物が宝具なのです。例えば、アーサー王の『
「はぁー……。で、アサシンの宝具は何なんだ?」
感心したような声を出しながら、慶次が訊ねる。
「……ふむ、本来ならば魔術を知らぬ慶次殿に明かさない方が良いのでしょうが、私の能力を把握していただくためにもお教えしましょう。何より、恐らく私の宝具は
「使えない?弱いってことか?」
「いいえ、決して強くはありませんが、弱くもありません。私の『宝具』の名前は、『
「狂化……?怪力ってのは、まあパワーアップってなところなんだろうけど、狂化って具体的にはどういうことなんだ?」
「狂化というのは、理性を犠牲にしステータスを上昇させるスキルです。私の場合ですと、理性をほとんど失う代わりに全ての能力が向上されますね。……まあ、理性を失うので技能を活用できなくなるというデメリットはありますが。それともう一つ、我々にとって大きなデメリットがあります」
「……大きなデメリット?それは?」
「消費する魔力量の増大です。我々サーヴァントはマスターから供給される魔力を糧に現界していますが、慶次殿は一般人。魔力を産み出す魔術回路があるとは言っても、その本数は微々たるもの。『宝具』を使用した状態の私の現界を維持するどころか、魔力を搾り取られ、枯渇し死に至る可能性が高いでしょう」
「……マジかよ」
アサシンの言葉に、思わず落胆する慶次。
それはそうだろう。
言ってしまえばアサシンの『宝具』は実質使用不可能なのだから。
切り札となる『宝具』を使えば、マスターである慶次は死んでしまう。
「まあ、それでもこの身は本来は影。暗殺という手段が本来メインですので、問題はないでしょう」
「ああ、確かにな」
むしろ、理性を失う『狂化』を植え付けるアサシンの『宝具』は、彼の基本的な戦いから考えれば不要とさえ言える。
「それでは、私はそろそろ偵察に行ってまいります。運が良ければすぐにでも他の陣営を見つけられるでしょう」
「うん、頼んだ」
「では」
そう言って霊体化し、消えるアサシン。
後に残された慶次は一人、これからの事に思いを馳せた。
これからどんな戦いになるのだろうか。
これからどんな戦いが待ち受けるのだろうか。
そして自分は、自分とアサシンは勝ち抜けるのだろうか。
「……まあ、一先ずあれだ」
大きな欠伸を1つして、ベッドの中へと潜り込む。
昨夜は、正確には今朝は色々ありすぎて大して眠れていない。
幸い今日は休みだ。
そう思い寝直すことにして、瞼を閉じる。
「……勝つぞ、アサシン」
その数分後、部屋の中からは規則正しい呼吸音だけが聞こえるようになった。
彼の夢の中では、勇ましく戦い煌びやかな杯を得る自分とアサシンの姿を見ていた。
そしてその夢は、その翌日には叶わないことになる。
19日から発生した『呪い』は、僅か数時間で町中を覆い尽くし『病魔』に感染させた。
それはもちろん、
「アッ!アガァァァァッッ!!!」
「慶次殿!!」
マスターであるとはいえ、一般人である慶次も例外ではなかった。
異変を察知して偵察から戻ってアサシンも、彼自身に魔術の心得があるわけではない。
これがただの病気であれば、それこそ病院に担ぎ込むなりなんなりすればいい。
だが、これは『呪い』。
魔術に疎いアサシンでも、サーヴァントである今これが魔術的なものであることは理解できている。
つまり現代の医学では何もできず、そして自分ではどうにもできないということも。
それでも、看病せずにはいられなかった。
『呪い』が発生し、慶次が病に倒れてから数時間が経って日は登り、そしてまた日が暮れても。
それでも、当たり前のように慶次の容態は回復しない。
「クソォッ!!」
思わず拳を握るが、それを振り下ろす先はない。
かくなる上は聖杯戦争を取り仕切る教会に駆け込み、保護してもらうかとまで考えている。
「……慶次殿」
その時、慶次の顔を見ながら仮面の奥で呟く彼の耳に、部屋の扉が開く音が届いた。
おかしい。この家の人間は既に、慶次と同様に病に倒れているはずなのに。
咄嗟に彼が扉の方へ向け振り向くと、
「ハッハッハッ!単純な魔力計も役に立つもんだな」
伸ばし放題でボサボサの金髪頭と、首に赤いスカーフ。額と左頬の傷が特徴の男が、『アラスター・ウィールドン』がそこにいた。
「俺の望みは一つだ。……その令呪をよこせ」
「……アサシン………?」
「契約は成立しました」
次回、『Fate/Sickness』。
「December 20 03:10:52」