どうぞ。
「アラスター、こんな遅い時間に外で何をやってたんだ?」
家に入り、階段を上っている最中に、アラスターは老人の男性と顔を合わせた。
「朝が早えな、爺さん。納屋の方がうるさかったんで、泥棒じゃねえかと見に行ったところだよ」
老人----この家の主である『ジョージ・ウェットソン』の問いに対し、何でもないようにアラスターは答える。
なぜなら彼は、今は
「おお、そうか。気づかんで婆さんと寝ていたぞ。それで、どうだった?」
「なんでもねえ。荷物が崩れてただけだった。直してたら地味に時間かかっちまったけどな」
「それは済まなかったなぁ。婆さんに朝食を少し豪華にしてくれるように頼んでやろう」
「ハハ、ありがとうよ。んじゃ、俺はちと寝直してくらぁ」
「ああ、おやすみ」
ジョージと別れ、そのまま階段を上っていく。
今のところ、暗示に綻びが現れる様子は見られない。
ジョージとその妻、『ミッシェル・ウェットソン』との関係も良好に築けている。
問題は、ない。
そのことを確認しつつ、与えられていた部屋に入る。
扉を閉め、部屋の外に音が漏れないように防音の魔術をかけたところで、一言発した。
「よし、現界して大丈夫だルクレツィア」
「はい、分かりましたわ。
黄金に輝く魔力を纏いながら、アラスターのすぐそばにドレスの裾を摘み礼をしながらアサシンが現れる。
それを確認しながらアラスターはベッドに腰掛ける。
契約が成立した後、新たなるアサシン陣営は舞台をアラスターに家人から与えられた部屋に移し、話し合う事とした。
勿論家人に余計な詮索をされないよう、アサシンだけは霊体化をしてその身を消し、アラスターに着いて家に入ったが。
「さて、ルクレツィア……ああ、『聖杯戦争』中だからアサシンで……いや、違うな。これじゃあ
「はあ……?」
アサシンに椅子に座るよう手で勧めながら、アラスターは提案する。
自身の面白さと、作戦上の戦略のために。
「クラス名で呼ぶのも相手に少なからず情報を与えちまうし、この『聖杯戦争』中は別の名前で呼ぼう。……何て呼ばれたい?」
「そういうことでしたら、わたくしは何とでも。
「……それが逆に困るから聞いたんだがな…………」
頬を掻きながら困るが、それでも悩み、考える。
「……どうせなら真名とはだいぶ離れた名前が良いか……?そうなるとルクから始まる名前は避けるとして………」
「ま、
「それもそうなんだが、ほら。真名を隠すためとはいえ、『聖杯戦争』中の短い期間とはいえ、お前を呼ぶための名前になるんだ。そりゃ深くも考えるさ」
「……そうなの、ですか?」
「おおよ」
ポケットから煙草とライターを取り出しながら、彼は笑って言う。
それに対しアサシンは目を丸くして驚きながら、言葉を返す。
そしてその表情が徐々に柔らかいものとなり、柔らかな笑みを浮かべ、言った。
「ありがとうございます、
「ハッ、感謝されるようなことじゃあねぇだろ。
「それでも、です」
「……そうかい」
これだから英霊ってのは理解できねぇ。とでも言いそうな表情で紫煙を吐くアラスター。
そして少しだけ考え、決めた。
「レーティア、ってのはどうだ?」
「レーティア……ええ、良いと思います
アサシンはその名前を反芻するように、味わうように繰り返す。
少しだけ頬を染めた笑顔で。
「俺が偽名で呼ぶんだ、お前も俺をマスターって呼ぶのはやめろ。アラスター……いや、アランで良い。俺の兄貴分がそう呼ぶんだ」
「では、アランと呼ばせていただきますわ」
「それじゃあ、あらためてよろしくだ。……レーティア」
「よろしくお願いしますわ、アラン」
煙草を咥え、口の端を歪めて笑うアラスターと、頬を上気させ、朗らかに笑うアサシン。
色合いは違えど、同じ金の髪を持つ、黄金のアサシン陣営の滑り出しは好調だった。
「さて、とりあえず俺は朝飯ができるまで寝るが、お前はどうする?」
「では、霊体化しておそばに」
「おう、分かった」
徐々に日は昇りつつあるとはいえ、まだ薄暗い時間。
部屋の電気が消え、アサシンが黄金に輝く魔力を残して霊体化すると、部屋は暗くなった。
ベッドに倒れるように寝るアラスターが、ふと思い出したように一言。
「あ、昼過ぎに一度出かけるからな」
「……に、似合って…いますか?」
「おーおー、こりゃまた似合うもんだ」
昼過ぎ、アサシン陣営の二人は駅前のファストファッションショップにいた。
目的はもちろん、衣類の購入。
ただし、マスターであるアラスターのではなく、本来着替えなどの必要がないアサシンの物であるが。
恥ずかし気に開けられた更衣室のカーテンの向こう、そこにいるのは召喚時に来ていたドレス姿ではなくニットのセーターにジーンズ、それと赤いダウンジャケットというカジュアルな装い。
ちなみに、ここに来るまでにはアラスターが持ってきていたジャージとTシャツというあまりにもあまりにもな格好だったのは気にするべきことではない。そしてダウンジャケットの色が赤なのはアラスターの趣味であるからというのも、気にするべきことではない。
「は、初めて着ますが……現代的な装いとは良いものですわね」
「だろ?これで気兼ねなく町を歩けらぁな」
更衣室から出て、着たまま会計を済ませて町を歩く。
多くの人が『呪い』による病魔に蝕まれていると言っても、まだ発生直後。
いつもより人通りは減ってはいるものの、店は開いているところが多い。
アラスターがアサシンに服を買い与えた理由は、それだった。
二人で町を歩いて回るために、買ったのだった。
「よし、飯にすっか」
「わたくしはサーヴァントですから……食事はいらないのですが……?」
「いや、頼むから食ってくれ。俺の魔術回路がクソすぎて、他で補う必要があるんだ」
ちょっとした会話から悲しい内情が漏れて来るが、それも仕方がない。
彼の魔術回路の数は15本。
突然変異的に魔術回路を有した一般人の方が多い場合すらある本数なのだから。
食事からでも、魔力の補給は僅かながらできる。
それが目的でもあるのだ。
それに加え、もう一つ。
「それとな、飯は一人より二人で食った方が美味いんだぜ?」
「……確かに、そうですわね」
アラスターの言葉に微笑みながら返すアサシン。
二人はそのままハンバーガーチェーンで食事を済ませ―――――その際にバーガーのジャンクな美味しさにアサシンが驚きアラスターがゲラゲラと笑うといった一幕はあった―――――今度は唯一の趣味が和製ゲームというロード・エルメロイⅡ世の影響でゲーマーに染まっているアラスターの異常に強い要望により、ゲームセンターへと繰り出すこととなった。
そこまでは良かったのだ。
問題は、店に入った瞬間だった。
「ハッハーッ!!ここがジャパニーズゲーセンか!!心が躍るッッ!!」
「アラン!?」
額と左頬に傷の入った外国人が、店内の騒音よりも大きな歓喜の声を挙げるという問題が。
もっとも、彼らにとっての最大の問題は自分たちがマスターとサーヴァントであると確定されることであるため、ほぼ確実に他の陣営がいないであろうこの場所でどれだけ騒ごうとも大丈夫と言ってしまえばそうであるのだが。
「さてさて、ゲーセンに来たら必ずこれで遊べとフラットの兄ィは言ってたな……」
ニヤニヤと喜びを抑えきれないといった表情でアラスターが近付いたのは、一台のUFOキャッチャー。
中には今流行のクマのキャラクターのぬいぐるみが入っているのだが、それがクマのぬいぐるみであるということ以外には、ゲーム以外に日本に興味のなかったイギリス人と、数世紀前のイタリア人では分かる由もない。
「そのフラットさんという方は、日本に来られたことがあるのですか?」
「あー、何か昔家族旅行で来たとか言ってたぞ。流石実家は金持ちのボンボンだよな。俺も人のこと言えねーけど」
「……それについては、わたくしもそうですわね」
コインを投入し、ボタンを押してアームを操作しながら会話をするアラスター。
その目は真剣そのものでありながらも、喜悦を湛えている。
そして……、
「ファック!!」
当り前のように、ぬいぐるみはアームから零れ落ちた。
それもそうだろう。
初めてのUFOキャッチャーで景品を取れる方がまれなのだから。
しかし、この男はそれで納得する人間ではなかった。
筐体に手を置くと、
「……『Load《装填》』、『解析・開始』」
「魔術を使ってしまうんですか!?」
筐体に『解析』の魔術をかけて三次元的に、細かくぬいぐるみの位置や形状、アームのモーターの力を確認していく魔術師という、他の魔術師、特に彼の師匠が見たらお前はバカか!とでも言われるであろう光景が完成した。
もちろん、本来魔術とはこうも安々と使われるものではない。ましてやUFOキャッチャーの景品を取るために使うようなものでもない。
だが、彼は使い、そして、
「イェッスッッ!!」
全力のガッツポーズとともに、見事クマのぬいぐるみを獲得した。
それで良いのかと問われても仕方がない状態だが、彼はこれで良いのだ。
「お、おめでとうございます」
「おう、ありがとな。ほれ、やるよ」
「……え?」
引きつり気味の笑顔でぎこちなく賞賛を送るアサシンに、たった今取ったばかりのぬいぐるみを渡す。
渡されたアサシンの表情は引きつった笑顔から、たちまちポカンとしたものになる。
「ハッ、俺がそんな可愛いモン持っててどうするんだよ。お前にやるさ」
カラカラと笑いながら、そう言ってアサシンの豊かな胸にぬいぐるみを押し付けるアラスター。
そのぬいぐるみをおずおずと、ゆっくりと抱きしめるアサシン。
「……ありがとう…ございます」
「カハハッ、気にすんな気にすんな」
俯き、赤い顔でぬいぐるみを抱きしめお礼の言葉を告げるアサシンに、アラスターは笑って言葉を返す。
この後一通りゲームを楽しんだ後、アイリッシュパブで酒を酌み交わした二人はそのまま帰路についた。
その最中ずっと、ぬいぐるみはアサシンの腕の中に納まり続けていた。
事態が、『聖杯戦争』が本格的に動き出したのはその翌日の夜だった。
セイバー陣営とランサーの激突。
それを使い魔越しに見ていた各陣営。
彼らは動き出す。
『聖杯』を、『万能の願望機』を獲得するために。
だが、それとは別にアラスターが動く理由が、ある事実により生じていた。
それは、初戦を観戦していた時の事だった。
「……フハッ、ハハハッ、ハハハハハハハッッ!!!」
「…アラン?どうされました?」
そこら辺にいた野良犬を使い魔にして、その視界を共有することで観戦していたアラスターが突如笑い出したのだ。
その理由は、戦っている二組によるものではない。
「……いやいや、まさかなぁ…………」
彼が笑い出した理由は、彼の使い魔と同様に観戦のために出されたであろう、隠れ潜む使い魔たちの一匹。
たまたま野良犬の視界に入った、その内のオッドアイの黒猫こそが、その理由だった。
「レーティア、一つ教えよう。オッドアイの黒猫は
「ッ!?まさか、ということは!?」
「ハハッ!そういうことだろうな!」
咥えていた煙草のフィルターを噛み潰し、アラスターは天井を睨む。
正確には、視界共有をしている野良犬の視線先にいる黒猫を。
もっと正確に言えば、
「……良いぜぇ、殺してやるよ。クソ兄貴が」
彼の
「ああ、これで『聖杯戦争』が始まった」
「『時計塔』の協力者から、私の愚かすぎる弟が参戦しに渡航しているという情報があった」
「丁度良い機会だ。殺してやろう、アラスター」
次回、『Fate/Sickness』。
「December 22 23:01:59」