どうぞ。
「……ふむ、どうやらあの二騎はセイバーとランサーのようだな」
富士野市の郊外にある、洋風な建築としては珍しく、木材をふんだんに使って建てられた一軒の館。
その一室で、整えられた金髪に端正な顔立ちの男が、使い魔との視覚共有のリンクを解除した。
彼の名は、『ミハエル・ウィールドン』。
時計塔でもかなりの地位を持つ、13代続く魔導の家系の次期当主にして、本人も天才と称されるほど優秀な魔術師。アサシンのマスターである、『アラスター・ウィールドン』の腹違いの兄でもある。
もっとも、次期当主とは言っても既に代々受け継がれている『魔術刻印』の継承は済んでおり、後は父が家督を正式に譲るだけなのだが。その父もミハエルが子を成したときに家督を譲ると明言しており、その日はもうすぐなのだが。
「それにセイバーのマスターは恐らくだが、あそこまで色が白く赤い瞳という特徴を考えると、アインツベルンのホムンクルス……といったところだろうな」
「ほう……、ホムンクルスがマスターか。……ホムンクルスと言えば、儂の少し後にホムンクルスで有名な魔術師がおったじゃろう。あれの流れか?」
一人考察しているミハエルの後ろから、年老い皺がれた声が投げかけられた。
直後、青紫色の魔力の光が瞬き、中世欧州の貴族の服装をした、長い髭の老人が姿を現す。
「ホムンクルスで有名……?ああ、パラケルススの事か。いや、アインツベルンは千年の歴史を紡ぐ家系だ。600年ほど前の魔術師よりも、さらに前だな」
それに対し、ミハエルが言葉を返す。
「ふむ……あれよりも、か。それで、セイバーとランサーの真名の目星はついたのかの?」
「いや、まったくもって見当がつかないな。お互いに開示されている情報が最小限に
「つまり全くもって何も分かっとらんということじゃな」
「……その言い方はやめろ、
「……沸点が低いのう。プライドの塊、まさに良き血統の魔術師といったところじゃな」
怒りを向けるミハエルに対し、その怒りをキャスターが受け流しながら話す。
位の高い家に生まれ、自身も才能豊かな魔術師として育ったミハエルは、すぐ近くに魔術回路が少ない弟という存在もあり、随分とプライドの高い人間として育っていた。
「フンッ、当然だ。我がウィールドン家は私も含めて13代続くのだぞ。私に受け継がれた『魔術刻印』を含め私の誇りだ」
「なるほどのう。……それで
キャスターの言う『工房』とは、魔術師たちの言葉では自身の領域を指し示す。
その内部では外界の常識は通じず、外敵を寄せ付けず滅ぼし、神秘の探求を行うための場所。
それこそが魔術師の工房。
キャスターはサーヴァントのスキルとして、この工房を制作するためのスキル、『陣地作成』をBランクという高いレベルで持ち合わせている。
つまりこの屋敷は現在、魔術的な防衛策が幾重にも施された要塞と化しているのだ。
その上で、キャスターはミハエルに外敵への対処方法がないのかと訊ねたのだ。
勿論、これにはマスターを立てるという側面もあるが、そもそもとしてキャスターは魔術師。即ち本分は研究者であるため戦闘には疎い。これが戦闘や戦術に関するものではなく、100%魔術に関する内容であればキャスターはミハエルの意見など求めはしなかっただろう。ミハエルも生粋の魔術師であり戦闘には疎いが、素人二人の考えでも素人一人で考えるよりはマシということなのだろう。
「この屋敷の庭は既に
ニィッと口の端を歪めて笑うミハエル。
その表情からは、自身と余裕が満ち溢れているのがうかがえる。
この傲慢とまで言える自信こそが、血統も、魔術回路も、才能も。その全てが極めて優秀な魔術師である『ミハエル・ウィールドン』の性格そのものと言える。
「まあ、この屋敷は既に難攻不落の存在なのだ。まずは敵となる連中の情報を整理してみよう。これは時計塔の協力者たちから得た、参加しようとしていた連中のリストだ」
「ほおう?」
ミハエルが机の引き出しから取り出した、数枚の用紙。
そこには幾人かの人間たちの情報が記されていた。
「今回は時計塔関係からは参加者は少ないようだな。まず、ゲルトハルト家の長男、使役魔術の使い手『ミケルガ・ジン・ゲルトハルト』。まあ、こいつは気にしなくていいな。家は8代続く名門だが魔術回路が我が弟と同様に少ない。どうせ大したサーヴァントの召喚もできないだろう。続いて私と片方だけとはいえ血が繋がっていると考えるだけでも悍ましいが、愚図な弟である泡魔術の使い手『アラスター・ウィールドン』。こいつも魔術回路は非常に少ない。……フッ、流石母親が新興の家系から我が父へ送られた女だけある。………丁度良い機会だ。殺してやろう、アラスター」
見下し、見下げ、憎むように弟の事を語る。
ミハエルのその様な姿を見たキャスターは、何か面白いものを見ているかの様な笑みを浮かべながら話を聞く。
「まあ、他にも数名参戦しようとしていたようだが、召喚に必要な聖遺物の入手ができなかったり等で参戦を見送ったらしいな。さて、今度は現地の魔術師だが、この春日の地の
「前、とな?今の当主ではなく、隠居した方が参戦すると予想されているのか?」
「うむ、なんでも現当主は現在この春日の地から離れ、海外のとある魔術師と共同で研究をしているらしい。その現当主が聖杯戦争が始まってなお、この地にいないのであれば自明の理だろう」
「なるほどのぉ……」
「あとは候補として挙げられているのは、この地に久我家同様に根付いている魔術の家系が一つあるな。そこの現当主である『
ミハエルが書類に書かれた名前に指を滑らせ、その名を口にする。
「『シルヴェスター・
「蟲……となぁ。なるほど、儂とは
「ああ、そうだな。さて、ここで最初の問いに答えよう。他の陣営が攻め込んで来れば、我々の全勢力を持ってこれを迎撃する。それだけだ。我々にはそれだけの力量が備わっている。……だろう?キャスター」
「勿論だとも、
二人は笑う。
自分たちの勝利を揺るぎないものと確信しながら。
その時だった。
「……む、使い魔か」
敷地内に小動物が侵入したのを感知したミハエルは、それをそのまま通すことにした。
その小動物が庭の木々の間をすり抜け、部屋の窓まで飛んでくる。
それは一羽の燕だった。窓から一羽の燕が飛んできて机の上に降り立つと、くちばしを開け、
「ハジメマシテ、ウィールドンノジキトウシュドノ。『セイハイセンソウ』チュウニツキ、コノヨウナカタチデノアイサツデシツレイサセテモラオウ。ワタシハ『クガ゙ ケイケン』ダ……トイエバワカルカナ?」
鳥らしい高い音で、はっきりと人の言葉を発した。
それも、つい先ほど話題に出た、『久我 慶顕』の名を。
そう、この燕は『久我 慶顕』が放った使い魔。それもただの使い魔ではなく、本来は機能的に人の言葉を話せないはずの燕に、人の言葉を話せるようにした、相当に高度な魔術をもってして作られた使い魔だ。
「ああ、初めまして。用件は何かな?」
燕が流暢に話しているということを全く気にせず、ミハエルが言葉を促す。
内心では燕に人の言葉を話させているということに、その魔術の力量に少々感嘆の念を抱いてはいるが、それはそれで自分もできる事。
冷静さは全く損なっていない。
「タンテキニツゲヨウ。
「
会話の中、引っ掛かりを感じたキーワードに、片眉をあげて反応するミハエル。
「ソウ、ワレワレ『アーチャー』ト『ランサー』ノドウメイニ、キミモサンカシナイカネ?」
「いつの間に……、と訊いたら答えるのかのぅ?」
「フム、ソノテイドナライイダロウ」
キャスターの問いかけに燕が、否、慶顕が回答をする。
そう、各陣営は既に動いている。
「ワレワレハ、『セイハイセンソウ』ガハジマルマエカラドウメイヲクンデイタノダヨ」
中には、『聖杯戦争』開始以前から動いていた者たちもいたのだ。
「久我の小父様が、アタシに何の用かしら?」
「壬生瀬の、前置きは必要か?」
「夢は叶えるためにある」
次回、『Fate/Sickness』。
「December 02 11:03:50」